黒を使え
美大専門の予備校で絵を学んでいた時、僕は先生に「黒を使うな」と言われた。
この話はヤンサンの美術回で少し話したかもしれないけど。
これ抜きでは伝わらないのであえて書きます。
「黒を使うな」という指示は、色を使って陰影を表現させるためのものだった。
絵を描かない人には何を言っているのか意味がわからないかもしれないけど、影の部分に「黒を混ぜた色」を塗るとどんどん画面がくすんでいく。
影だからって安易に黒を使って暗くするのは禁じ手と
いうわけだ。
そうは言っても当時17歳の僕には、この指示はきつかった。
何しろずっと「白黒」で漫画を描いてたのだ。
しかも漫画のカラーページは、基本的にモノトーンで描いた原稿に色を乗せていく。
なので、僕が何かを描こうとした時は「まずモノトーンで輪郭」そして「陰影をタッチとトーンで処理する」という感覚だった。
そんな僕に「黒は捨てろ」という。
「どうしよう・・」
葛藤はあったが、とにかく「美大受験」に受からなければならない。
僕は画箱から黒の絵の具を抜いた。
そして僕はこの瞬間からとんでもない迷走に入った。
とにかく暗い部分をどう処理したら良いかわからない。
苦し紛れに「バーントアンバー(焦げ茶色)」やら「ウルトラマリン(群青色)」などを混ぜて陰影にしようと試みたものの、とにかくいい感じにならない。
先生の指導目的は、印象派などの人達が始めた「陰影にも色彩を加える」というスタイルを習得したほうが、表現のバリエーションが増えるからいい、みたいな事だと思う。
でもそれまで好き勝手に描いていた僕はこの瞬間から「絵の正解」がわからなくなった。
確かに短期間で「それらしい絵」を描けるようになるために仕方のない事だったのもわかるし、その時に「彩度」のバランス意識や、下地の活かし方や、陰影に頼らない立体感の出し方、などを習得できた。
でも僕は「何がいい絵なのか?」というのを完全に見失ってしまったのだ。
【黒を使う人達】
その後なんとか美大には入れたものの、正しい絵にかんしての迷走は長く続いた。
そもそも絵に「正解」などない。だからいいんだ。
ピカソは「真実もない」と言ってる。だから信用できるのだ。
手塚治虫先生はカラー原稿の彩色の際に、明らかに少し黒を混ぜて彩度を落としている。
油絵をやってきた人達から見ると、初歩的な描き方なのだろうけど、僕はこの手塚治虫の色使いが好きだった。
油絵の画家にも素晴らしい「黒使い」は沢山いる。
特にマネやゴッホの黒は素晴らしい。
ゴッホは弟テオにあてた手紙の中で「黒は色彩の王である」と書いている。
いいんじゃん・・・
「もっと自由でいいんじゃん!」などと、頭では理解できたけど、それでもまだ上手く「黒」が使えない。
この呪縛だけは理屈ではどうにも抜け出せない深刻さがある。
【正解という呪縛】
人生には沢山の「押し付け」があるけど、僕は基本的に「そういうこと」から逃げてきた。
でもこの時予備校で刷り込まれた「正しい絵の描き方」という押し付けから逃げるのは難しかった。
真面目に努力して、それが結果(合格)につながった場合、余計に呪縛はきつくなる。
似たような悩みは人生相談なんかを受けていると本当に多い。
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