ずっとホテルにいたら息が詰まるだろう、といわれ、八千代にバーまで連れてこられた。狭い土地に無理やり建てたようなビルの2階に入っている、照明の少ないバーだった。
アルコールがあまり得意ではないオレは、ジンジャーエールを注文する。八千代はギネスビールを頼んでいた。
グラスが運ばれてきても、オレたちは乾杯をしなかった。
「いくつか、ききたいことがあるんだ」
とオレは切り出す。
「なんだろう?」
「聖夜協会のことだよ。できるだけ知っておきたい」
「オレもそれほど詳しくない」
「でもオレよりはずっと詳しい」
「ま、そうだろうね」
八千代はアーモンドをかじる。
オレは昨夜、ソルから頼まれていたことを尋ねる。
「聖夜教典って、奇妙な小冊子があるだろう?」
「ああ。君の思い出集だろ」
「あれはいつからあるものなんだ?」
八千代は首を傾げる。
「歴史のようなものは知らない。でも、そう古いものじゃない。あれを協会内で広めたのはメリーだって話だから、センセイが消えてからのことだろう」
「この10年ってところか」
「ああ。そんなもんだと思う」
まだオレが小学生だったころだ。そんなころから、知らないところで英雄だなんだと言われていたのだとしたら、薄気味の悪い話ではあった。
ふと気になって、オレは尋ねる。
「メリーって、いくつなんだ?」
「顔をみたことはないな。どうやら若い女性らしいがね」
「でも、10年前から協会内の権力者だった」
八千代は頷く。
「センセイが消えた時期は、はっきりとはわからない。聞いた話をまとめると、どうやら10年前の春ごろだったんじゃないか、という予想がたつ。そしてメリーは、センセイが消えた直後から、今と同じ地位にいた」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
「彼女に褒められたら、プレゼントをもらえる」
そんな風なことを、八千代が言っていた。
彼はグラスをあおって、それから頷く。
「あいつらは否定するだろうが、協会内の権力構造は、そのままプレゼントの構造だよ。プレゼントを生み出すセンセイがトップ、そのプレゼントの行き先を決めるメリーが2番手。そこに年齢は関係ない」
「どうしてメリーがプレゼントの行き先をきめるんだ?」
「それはわからない。プレゼントについての情報は、手に入れるのが厄介でね。あまり正面から尋ねられることでもない」
「協会内じゃ、プレゼントのことは常識なんじゃないか?」
「存在自体はね。でも詳細は、あまり知られていない。みんなプレゼントが欲しいんだよ。最後の最後には自分の手元にプレゼントが転がり込んでくるように仕向けたいんだ。なら自然と、そこのガードは固くなる」
ま、そうだろう。
オレは細い、スタイリッシュなグラスに注がれたジンジャーエールに口をつける。ジンジャーエールってのは、こんな飲み物だっただろうか? もっと粗暴な印象があったけれど、舌にふれた甘みは繊細だ。
「なら次の質問だ。あんた、みさきを誘拐した最初の犯人を知っているか?」
「ああ。悲しいことだか、強硬派の方に知り合いが多くてね。たしかどこかの元サラリーマンだろ。今は警察に捕まっている」
「元?」
「リストラにあったって話だ」
「なるほど。プレゼントで一発逆転を狙ったってことか」
いかにもな話だな、とオレはつぶやく。
でも八千代は首を振った。
「たしかに新人には、そういう人間もいるみたいだけどね。どちらかといえば例外だ。不思議と聖夜協会には、真っ当な仕事についている人間が多い。医者や弁護士、大手企業のプログラマー。人生でギャンブルをする必要のない人たちだ」
「成功者でも、プレゼントが欲しいものかな」
「よくわからない。聖夜協会は元々、センセイが作ったジョーク・クラブだ。そのころの繋がりと、今のプレゼントに傾倒した協会とが混じり合って、ずいぶんカオスなことになっている」
「オレの父は前者だったみたいだ」
「ああ。オレの親父もだよ」
「センセイについては?」
「よく知らない。こっちはいくら話をきいても、嘘くさくて信じる気にはなれない」
その辺りは、父親に詳しく訊いてみた方がよいだろう。
八千代はギネスビールを飲み干して、テキーラ・サンライズを注文した。オレのジンジャーエールはまだ半分ほど残っている。
脱線していた話を戻す。
「ともかく、誘拐犯の話だ。そいつがトランクを持っていた」
「へえ」
「中身は、何枚かの暗号文と、4つの鍵がかかった小箱だった」
「暗号は協会の中じゃよく使われる」
「どうして?」
「センセイの趣味だときいている。君が載っている教典もそうだけどね、今の協会じゃ、一部の個人の趣味嗜好や些細なエピソードが重大で神聖なものとして扱われている」
センセイが神聖視されるのはわかるが、どうしてオレまで絡んでくるんだ。その辺りは特に疑問だったが、オレは話を進める。
「4つの鍵がかかった小箱の方は?」
「聞き覚えはあるな。特別重要なアイテムは、そういう風に厳重に鍵をかけた箱に入れられる。鍵の開け方は、それぞれ別の聖夜協会員が知っていて、全員の合意を得られなければ開くことができない」
「中身はあの白い星だった」
八千代はぴくりと、まぶたを動かした。
「星? 食事会の入場証か?」
「ああ」
「へぇ。不思議だね。あれはそこまで重要なものじゃない。欲しがっている協会員は多いけれどね」
「じゃあ、どんなものがあの箱に入るんだ?」
「そこまではわからない。星の現物は?」
「ホテルの金庫の中にある」
「そうかい」
オレはナッツの盛り合わせの中からクルミを選んで、口の中に放り込む。
「実はひとつ、あんたのことでも知っていることがある」
八千代は運ばれてきたテキーラ・サンライズに、少しだけ口をつける。
「へぇ。なんだろう?」
「大阪で、スマートフォンとミュージック・プレイヤーを失くさなかったか?」
八千代が眉を寄せた。
「やっぱり、あれは君の仕業か」
「やっぱり?」
「あの場所はアカテから漏れた可能性が高い。そしてアカテに確保を頼んでいた、食事会の入場証は、君の仲間が持っていった」
ソル、か。
「アカテってのは、何者だ?」
「親父の友人だ。あのスマートフォンとミュージック・プレイヤー、どこにあるんだい?」
「知人が持ってるよ。スイマについて調べていたんだ」
「なるほど。スマートフォンは、協会の連絡用だよ。でもミュージックプレイヤーは関係ない」
――宮野さんもそう言っていた。
いくら調べても、スイマの手がかりはみつからない、と。
「返した方がいいか?」
「そりゃもちろん」
「本人に言っておくよ」
「ああ」
「でもあれがあんたの持ち主だって、証明する方法が必要だ」
八千代は笑う。
「詳細に中身を語って聞かせろっていうのかい?」
言い当てられて、オレは口ごもる。よい誘導だと思ったのだが。
八千代は肩をすくめた。
「あんまりよく覚えてないな。昔から持っている、ただの私物なんだ」
「どうしてそんなもん持ち歩いてたんだ?」
大阪のアパート、は八千代の部屋ではないはずだ。
八千代はテキーラ・サンライズに口をつける。
それから、オレの質問には答えずに、言った。
「ま、どっちもそれほど重要なもんじゃない。そのうちに気が向いたら返してもらいにいくと伝えておいてくれ」
それはふだんの彼のイメージには合わない、疲れた風な口調だった。
ナンジュリツカ@(有)ギルベルト・警備員 @nandina_citrus 2014-08-07 21:10:59
どっちもそれほど重要ではない…か。「どっちも」と「それほど」の間に「今は」って付きそうな言い方してるなぁw プレイヤーの方は重要そうな気がするんだけど、まだ内容わからないか。宮野さんの書き起こしに期待、ですね。
桃燈 @telnarn 2014-08-07 21:12:27
ひょっとして、久瀬君が入手した星のオーナメントって「イコンの候補」として強硬派が保管していたけど、鍵の暗号に関わる協会員が不在になって長年未開封のままになっていたものかね?謎自体はセンセイが存在していた頃から作られていたようだし。
しながわりんこ @yuzuyuzuyuzuppe 2014-08-07 21:35:43
八千代の持ってたミュージックプレイヤーが個人的なものだって? 女の子のメッセージいりの?
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