昨日、廃ホテルの場所を指し示していた暗号の答えが、オレの記憶に繋がっていたことが気になっていた。
あの街で暮らしていたのは、ほんの幼いころの、たった半年間くらいのことだ。父親の仕事のせいで転勤が多かったオレは、学校で友達を作るのが苦手だった。
だからあの街の思い出は、よく母を待っていた小さな公園と、それから、毎週通っていた子供教室だけだ。――子供発明教室。
といってもあそこでは、ほとんど遊んでいたようなものだ。発行ダイオードを光らせてみたり、発砲スチロールと銅のパイプとで勝手に進む簡単な船の模型を作ったり。あの教室では同じ班の子供たちと、楽しく話せていたように思う。
でもあそこにいるあいだは、自分で話すよりも、先生の話を聞いているのが好きだった。
先生はオレに、いろいろな偉人の話をしてくれた。夢を現実にした人々の話だ。
エジソンとニコラ・ステラのこと。最高の頭脳を持っていたノイマンのこと。印刷術のヨハン・グーテンベルク、はじめてスクリーンに映像を映したリュミエール兄弟、電話のほかにもさまざまな発明品を生み出したベル。
もちろん、発明家ではない偉人の話も聞いた。アインシュタインの人生は常に順風満帆だったわけではないということに、救いのようなものを感じた。はじめて月面に降り立ったニール・アームストロングの言葉は、あの頃はよく意味がわからなかったけれど、それでも心が躍った。ウォルト・ディズニーやジョン・レノンのことさえ聞かせてくれた。
――もしも、彼らが明日死ぬと聞いたら、どうするだろう?
運命に立ち向かうのだろうか。それとも、洒落た「最期の言葉」でも考えるのだろうか。なんとなく、普段となにも変わらない生活をおくるような気もした。
つい思い出にふけっていると、スマートフォンが震えた。父からかと思ったが、違う。どこかで見た覚えのある番号だが、アドレス帳には登録していなかったようだ。
スマートフォンを耳に当てると、女性の大きな声が聞こえてきた。
「で、どうだったの?」
まずは名乗れよ、と言いたかった。とはいえ名前を尋ねるまでもなく、電話の相手には思い当った。宮野さんだ。
「どうって、なにがですか?」
「あのアタッシェケースよ。開いたの?」
「ああ――」
忘れていた。あれは宮野さんから預かったものだった。
「開かなかったから、警察に届けましたよ」
オレの身の周りで起こっている、わけのわからない出来事に、彼女を巻き込んではいけないように思う。彼女は得体のしれないプロ意識で、彼女自身も信じていないオカルト雑誌を作っていればいい。なんだか、そんな世界が意外と正常なんじゃないかと思う。
「なにしてんのよ馬鹿!」
「叫ばないでくださいよ。ただでさえ声が大きいんだから」
耳が痛い。
「どこの警察署よ?」
「知ってどうするんですか」
「取り戻しに行くわ」
「貴女のものじゃないでしょう、そもそも」
舌打ちされた。ずいぶん不機嫌そうだ。
「仕方ないわね。ところで君、今夜から動ける?」
「どういうことですか?」
「バイトよ。正式採用になったわおめでとう。取材にいくわよ」
そんな場合ではない。
このままだと明日には、オレは死んでしまう。
「すみませんが、辞退させてください」
「却下」
「なんですかそれ。アルバイトが仕事を辞める権利は誰にも奪えませんよ」
「権利なんてものは義務を果たしている人間しか口にしちゃいけない言葉なの。キミはアタッシェケースを開けるという義務を放棄したんだから、薄給で黙々と働いて償いなさい」
「というか、今日土曜日ですよ? 宮野さん仕事なんですか?」
「締め切りを前にすればカレンダーについてる色なんて関係なくなるの。土曜も日曜も祝日も夏休みもみんな同じ24時間なの」
「夏休みは24時間ではないでしょう」
「世間が夏休みだなんだと騒いでいる期間中の1日も! 行間紙背を読みときなさい。集合場所は――」
オレは彼女に聞こえるようにため息をつく。
「すみません。本当に今夜は無理なんです」
「なによ就活? うちくる?」
「決定権あるんですか」
「さあね。そういや、うちの人事ってどうなってるのかしら」
「社員が平然とそういうことを言う会社には行きたくないです」
カレンダーについている色が関係ない会社にもいきたくない。
「まあいいわ。仕方ないわね、また連絡する」
「というか、直前にいきなりバイトが入るスタイル、やめてもらえませか?」
シフトとかの理性的なシステムはないのだろうか。
「今、この瞬間に動くのがジャーナリストってもんよ」
「オカルト雑誌ってジャーナリズムだったんですか」
「あれってなんか定義あんの? 名乗ったもん勝ちじゃない?」
つい笑う。意外なことだし、不本意なことだが、宮野さんと話すと少し元気が出た。
「ま、なんでもいいです。暇だったら手伝いますよ。もうひと月くらいは忙しくしている予定ですが」
少なくとも8月24日、あのみさきが血を流すシーンをなんとかするまでは、暇にはならない。
「キミのスケジュールなんて知らないわよ」
じゃあね、と宮野さんは言ったけれど、電話は切れなかった。
「……そういや、落し物ってお金じゃなくても1割請求できるんだっけ?」
「アタッシェケースのなにを1割貰うつもりですか」
「情報」
宮野さんは、彼女にしては真剣な口調で告げた。
「次の取材対象、スイマなのよ」
忘れていた。
あのアタッシェケースを手に入れたのも、バスターミナルに行ったのも、宮野さんの取材が理由だった。彼女もなんらかの形で、オレの周りで起こっている奇妙な出来事にかかわっている可能性はある。
オレが口を開こうとした時にはもう、電話は切れていた。
くろーば @clover_152 2014-07-26 15:03:04
更新来てた!発明家の名前なのか
はにわさん@がんばらせてください @haniwa82828282 2014-07-26 15:02:43
ニールはアームストロングのニールか!
はにわさん@がんばらせてください @haniwa82828282 2014-07-26 15:08:24
That's one small step for a man, but one giant step for mankind.
訳:これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。
スター(ロボ) @Sutaa 2014-07-26 15:03:11
グーテンベルク、リュミエール、そしてベル。
達句英知 @tac9999 2014-07-26 15:04:41
@Sutaa ああ、グラハム・ベル そして電話、つながる?
フミ@ベルくんファンクラブ会長! @ayn_l_k 2014-07-26 15:05:17
【再送!注意!】ベルくんのベルはソル命名です!今回には関係ないと思われます!あるかもだけど!←
子泣き中将@優とユウカの背後さん @conaki_pbw 2014-07-26 15:03:00
宮野さんまたヤバくなりそうな悪寒
スター(ロボ) @Sutaa 2014-07-26 15:10:14
@tac9999 うーん、まだ分からないと思います、タイトルのベル[bell]もあるので。
多分タイトルはジングルベルとかでしょうけどね。
いそでぃ@9th大阪初日東京初日 @equi_libria 2014-07-26 18:57:13
「ある誘拐犯の視点」と「ホメロスの視点」「ワーグナーの視点」の温度差が面白いな。全部同じ「会」(スイマ?)の描写と思われるのに誘拐犯視点ではカルト宗教、ホメロスやワーグナー視点では謎解きクラブみたいだ
KURAMOTO Itaru @a33_amimi 2014-07-26 15:35:12
というわけで,昨日の廃ホテルの戦いについて,子供発明教室からの経路を推定してみました.東京都渋谷区です.問題は当該ホテルが今もやっているのではないかという不安です.東京方面有志で暇な方の検証求む!mapsengine.google.com/map/edit?mid=z…
KURAMOTO Itaru @a33_amimi 2014-07-26 15:45:43
【続報】 mapsengine.google.com/map/edit?mid=z… というわけで「大きな歩道橋」から全部たどれました! 渋谷駅西口が最寄のようです.あとは現地がどうなってるかだけに興味あり…
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 16:09:38
@a33_amimi 渋谷到着しました。今からマップの足取りを辿ってみます。
くさがみりん@sol埼玉支部 @kusagamirin 2014-07-26 16:12:31
渋谷の勇者が! 頑張って下さい!
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 16:29:32
@a33_amimi とりあえず日本発明振興会館には着きました。 pic.twitter.com/TGgdFZbuni
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 16:35:40
これが高い塔か pic.twitter.com/lfmpvpNZMo
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 16:47:10
公園にベンチは無し pic.twitter.com/yYdtLlboD0
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 16:49:42
銀扇閣到着 pic.twitter.com/Pw693dvKuF
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 16:56:33
@viola_vfreaqs 役所の施設で一般の方には解放してないみたいです。特に冊子が置いてあったりはしませんでした。
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 17:36:01
とりあえず久瀬くんの廃ビルまでの移動ルート確認班は作戦を終了します。
少なくとも地図のルートに間違いはないことを確認はできました。
伊藤允彦 @gatuhiko 2014-07-26 17:37:41
もしかして久瀬くんが実際に歩んだ道は現地に行く必要がない?=久瀬くんのいる世界と僕たちのいる世界は違う?
まぁ、このことは既に分かっているかもしれませんが…
あわねむ@ソルカナダ班(違) @Awanemu04 2014-07-26 17:40:01
渋谷の方お疲れ様です。
お身体に気をつけてください。
※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント( @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
コメント
コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。