頬に冷たさを感じて、目が覚める。どうやら床に寝転がっているようだ。
全身が気だるく、身体の片面が特に痛い。瞬きをゆっくりと繰り返しながら、半身を起こす。ここはどこだろう? 鈍った頭でぼんやり考える。
軽快な音楽が流れていた。暗い部屋だった。窓はなく、室内に2つだけある光源が目につく。
片方は床に置かれたノートPCで、何か動画が再生されているようだ。音楽はそこから聞こえる。
もう片方は、やはり床の上でちかちかしている電光表示のタイマーだ。
――タイマー? なんの?
表示された時間が秒刻みで小さくなっていくのに合わせて、次第に、自分の置かれている状況を理解する。
私はどうやら、厄介なことに巻き込まれたようだった。
※
脚本を書くのが好きだ。――いつからだろう?
中学に入って間もない頃に観た映画の影響かもしれない。でもラジオドラマを聴きはじめたのもその頃だから、理由は曖昧だ。なんにせよ物語、それも、うんとわかりやすい話が好きだった。勧善懲悪と呼ばれるやつ。
だからフランス映画よりはディズニーの方が好きだし、アフタヌーンよりは週刊少年ジャンプ派で、大学3年生にもなってそんなことを言っていると知人には「いい加減卒業したら」と嫌味よりも真摯な心配として言われてしまうのだけれど、そんなとき私は精一杯、反抗的な顔を作って「君こそ自分の卒業を心配した方がいいよ」などと言い返すのだ。
実のところ、子供っぽくみられるのは嫌じゃない。むしろ、そうあり続けたいと思ってさえいる。理由は特にない。生理的に、遺伝的に、そうでないといけない気がするのだ。
脚本を書くのが好きで、子供っぽくみられるのは嫌いじゃない私には、魔法の呪文をふたつ持っている。
ひとつ目はこうだ。
――これも取材。
胸の中でそう唱えると、大抵のことには物怖じしなくなる。雰囲気が独特な飲食店に入る時に、道に迷っている様子の外国人に声をかける時に、私はよくこの呪文を使う。
でも今回はそれが災いしたようだった。
昼になる少し前、気まぐれにTUTAYAでも覗いてみようと私は家を出た。あまり道幅のない路地を歩いていた時、隣に国産のワゴンが停まった。シルバーの、なんの特徴もないワゴンだった。
窓が開き、スーツ姿の男が「すみません」と私に声をかけた。
ワゴンとスーツの組み合わせは、マッチしているとは言い難かったけれど、違和感というほどでもなかった。それよりも私は男の表情に抵抗を感じた。彼は何かに怯えているようだった。口元が強張っていて、目を見開いていた。
「なんですか?」
私が足を止めると、彼はワゴンを降りた。エンジンはかかったままで、ドアは開いたままだった。
危険な香りというのがどんなものなのか、よく知らない。でも私はあの時それを感じたのだと思う。
逃げた方がいい、と本能が言った。
でももしかしたら体調が悪いだけかもしれない。なにか切羽詰った問題が起こって私に声をかけたのかも知れない。人通りの少ない道だが、まったくの無人ということもなかった。こんな時間からそうそう危険なことも起こらないだろうと安心してもいた。
――これも取材。
胸の中でそう唱えて、私はスーツの男と向き合った。
「どうかしましたか?」
と改めて尋ねる。
男は言った。
「センセイはどこにいるか、知っているかい?」
先生?
なんのことだか、わからない。
「いえ」
私は首を振る。
「そう」
男は顔しかめて、頷いた。
それから彼は続ける。
「ところで、大丈夫かい? 顔色が悪いようだけど」
叫ぶような、大きな声だった。それはこちらの台詞だと言いたかった。
こちらに寄りかかるように、彼の身体が傾く。立ちくらみだろうか、と思った時、お腹に衝撃を感じた。殴られたのだと理解するのに、少し時間がかかった。
息を詰まらせている私の肩に、スーツの男が腕を回した。
「やっぱり。私は医者だ。すぐ病院に行こう」
また。叫ぶような声。その直後、首筋にちくりと痛みを感じた。
急速に遠のいていく意識に、私はただ混乱していた。おそらく、なにか睡眠薬のようなものを注射させたのだろう。
悪魔にも体温はあるのだな、と男が呟いたように思う。
※
そして起きてみたら、この部屋だ。
わけがわからなかった。まずは携帯電話を探したが、それが入っているはずの鞄は、近くにはないようだった。
首筋に触れながら、スーツの男について思い出そうとする。でもそれは上手くいかない。あの怯えたような、怖ろしい表情ばかりが鮮明で、他は意識に残っていない。
怯えた顔が怖ろしいというのも不思議なことだった。でも思えば、般若の面も怯えいているようにみえなくもない。あの男の表情は般若に似ていた。
――私は、誘拐されたのだろうか?
他には想像できないが、だとすれば手足を縛られてもいないのは不思議だ。
なぜ私は襲われたのだろう。誰かに恨みを買うような人生を送ってきただろうか。やはり今ごろ実家に、身代金の電話でも入っているのだろうか。それとも純粋に変質者だったのだろうか。どの想像にも現実味がないように思った。
本能で明かりを求めたのだろう、私はノートPCの前に座り込む。
そこでは動画が再生されている。さっきからずっとリピートだ。ボーカロイド曲だろうか、人間とも機械ともつかない声が、どこか懐かしくて疾走感のある曲を歌う。デフォルメされた可愛らしいイラストが、その曲に合わせて走っている。今この状況には不似合いな明るさだ。
なんだか聞き覚えのある曲だった。私はこのリズムを知っていた。だけど具体的な記憶には繋がらない。首筋にへんな薬を注入されたからかもしれないし、このあまりに唐突な出来事に混乱しているからかもしれない。よくわからない。なんにせよ、音楽なんかに気をとられている場合でもなかった。
ノートPCの向きを変え、周囲を照らしてみる。
がらんとした部屋だ。正面の壁には縦に長いロッカーが並んでいる。右手の方にドアがある。床の跡から、かつてはいくつも棚が並んでいたのだろうと想像できたが、今は撤去されている。
部屋の真ん中にあるのは、もう一方の光源だった。カウントダウンを続ける赤い数字。それはクッキー缶ほどの箱に表示されているようだった。隣には『BATTERY』と書かれた大きな箱がある。
カウントダウンとバッテリー、ふたつの箱は太く黒いコードで繋がれている。そしてカウントダウンがある方の箱からは、赤と青、2本のコードが飛び出ている。
まさか、と思った。
それは時限爆弾のようにみえた。
本物の形状なんて知らない。でもあの赤と青は、テレビで何度かみたことがある。わかりやすい死の象徴だ。あれを切れというのか? 私に? どっちを? ふざけている。
こんな、素人の書いた脚本よりもチープなシチュエーションで、私は震えていた。無意識にポケットを探った。指先にふたつ目の魔法が触れて、取り出す。
キーホルダーだ。幼い頃、大切な人から貰った、大切なプレゼント。赤い帽子を被った少年のような、子供っぽくてわかりやすいキャラクターのマスコットがついている。このキーホルダーには幸運の魔法がかかっている。
――助けて、久瀬くん。
彼がこんなところにやってくるはずがないとわかっていた。
でも胸の中で彼の名前を唱えると、多少は震えが収まったように思った。これが私の知っている、もっとも効果的な呪文だった。
もちろん魔法なんてものが、この世界には存在しないことなら知っている。それでも勇気を奮い立たせるのも、心を落ち着かせるのも、言葉のリアルな力だ。
キーホルダーを握りしめたまま立ち上がり、ドアへと向かう。恐怖と暗闇のせいで、平衡感覚が定まらない。後ろではボーカロイドが無機質に歌っている。
金属製のドアに触れた。もたれかかったと表現した方がいい体勢だ。手のひらに冷たい質感が伝わる。ノブを掴もうとする。でも、上手くいかない。
視線を落とす。
愕然とした。
ドアノブが、ない。
切り取られたのか、その跡はコンクリートで塞がれている。
――助けて。
言葉にならず、代わりに嗚咽に似たうめき声が出た。胸の中では繰り返し、助けてと叫んだ。
そんなことをしても仕方がないのに、私はぺたぺたとドアに触る。その冷たさを再確認し、絶望感で胸がいっぱいになる。
と、ふいに、ドンと。
振動が、ドア越しに伝わってきた。
なぜだか暖かな、鼓動のような振動に感じた。
それから、もっと熱を帯びた声が聞こえた。
「みさき? そこにいるのか!?」
私は、その声を知っていた。
最後に彼の声を聞いてから、ずいぶん時間が経っていて、まったく違う声だと言ってもよかったけど。でも。
彼の声は、あの頃とまったく同じように聞えた。
私はドアに両手をついて、おそるおそる、尋ねる。
「……久瀬くん?」
闇の隠居 @yamino_inkyo
みさきちゃん視点も出たーー
てそらさん@ただいま @bluewind_aoi
みさきちゃん視点!?
スター(ロボ) @Sutaa
爆弾きたー!
パウダス @paudasu
これは動画特定が必要なのかな?
そらいろ @s0rat0kum0
つべとかニコニコとかで、動画検索させたりしそうかなぁ?
てそらさん@ただいま @bluewind_aoi
デフォルメの女の子が走ってる曲か...
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