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FF7R感想(ネタばれ注意!)

2020/04/18 00:29 投稿

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FF7R感想

全クリしたので感想。ネタばれ注意! 

おかしな点もあったけど、思い出補正があったからこそ良ゲーと思えた。しかし、聖剣3のリメイクや、ゼノブレイドのリマスターをプレイしていると、何かがおかしいと思える部分が強くなってきた。とりあえず忠犬スタンプ最高。

グラフィック面 ◎+

マップの作りこみが凄い。最初の壱番街の駅を例に挙げれば改札口などが細かく作られているなど、原作だったら数枚のマップで終わりという部分が広大なフィールドになってリメイクされていたのが良かった。しかし、基本的には一本道ゲーなので一回通り過ぎたら終わり。もっとも、それは原作も同様である。

一番感動したのはスラム街からプレートの天井(インデペンデンス・デイのUFOみたいなの)をカメラの視点移動によって見上げることが可能になったこと。昼と夜ではまた違った印象があるのも良い。PS1では無理な演出。あとはスラム街がどんな感じかというのがよりリアルに再現されていてゴミばかりだが見応えはある。バレットのいう腐ったピザっていうのがよく分かる。

原作の記憶を呼び起こすと、ハードがSFCからPS1に変わって、トイレなども描かれている緻密なマップや、爆発や動きのあるムービーシーンなど大幅なグラフィックの向上に感動したものだ(デジキューブの端末がコンビニにあって、ずっとそのプロモーション映像を見ていた)。それが今回PS4になってより臨場感のある仕上がりになっており、当時以上の感動を得られた(これは思い出補正によるもので、原作未プレイの人がやったら普通、という感想しかないと思う)。

とにかくグラフィック面が向上してこれまで想像するしかなかったものが現実化しており、思い出補正との相乗効果で街を眺めていて飽きない。ただ、カメラをもっとズームアウトできればなおよい。よくスクリーンショットを撮るのだが、クラウドのバカでかい剣が邪魔になることが多い。

UIなど ◎

戦闘に関しては後述するが、全体的にUIが使い易くその点に関してストレスがあまりないゲームだった。

良かった点

  • 全キャラのマテリア装備が一覧できて入れ換えなどがしやすい。これはかなり評価できる。いっそ武器や防具も一覧にしてしまえばもっと良かった。あとマテリアの位置の交換は、△押してから○を押すのだが、△を押して△で決定の方が自然なのでは?
  • 敵を倒せばドロップアイテムも自動回収。あまりゲームをしていないからこれが普通なのか分からないけど、ゼノブレなどのようにうろうろしてドロップアイテムを回収するのはそもそも必要なのかと思っていたので、地味によかった。
  • 全般的にロードが短い。メニューの開閉やマップ移動などが短かった。

悪かった点

  • 武器改造は面倒だが、そういうシステム自体はあっていいと思う。問題なのは最近スクエニではやっているのか、FF10のスフィア板あるいはFF13のクリスタリウムみたいな別画面上で改造しなければならないこと。別画面とはいえ相変わらずローディングは速いのだが、コアの切り替えとかが面倒。別画面にせず装備の画面で△とかを押すと項目が一覧で表示されるとかでよかった。オートで改造してくれるシステムがあったのは救い。基本的に攻撃重視型でクリアできるのでとっととクリアしたい人はこれでいい。
  • 各種のロード時間が短いのはいいのだが、セーブにかかる時間が異様に長い。ウィッチャー3とかは一瞬なのになぜこれほどまで時間がかかるのか不思議でならない。まあ、全滅してもバトル直前から再開できるので、頻繁にセーブをしなくてもよく、正直ここは気にならない。

バトル ○-

ゴリ押すと簡単に死んでしまい、適度なガードが必要で単調な戦闘にならずに済んでいる。バーストさせて畳みかける戦闘はそれなりに爽快感がある。

悪かった点

  • NPCはコマンドを指定しないと通常攻撃しかしないので、ここらへんをもう少し練った方が良かったのではと思う。勝手にATBバーを使われても困るけど。
  • カメラがズームアウトできず視点が近いので何やってるか分からなくなることが多い。
  • それゆえに敵のモーションがよく分からず(敵によっては正面なのか背面なのかも)、ガード必須のゲームなのにガードがしにくい(私が下手なだけだろうか)。すばしっこい敵も多く、まじでカオスになることが多々。
  • 操作キャラにヘイトが集まるのはどういうことなのだろう。なるべく操作キャラを切り替えてプレイしてくれというメッセージなのか。

ストーリー△

ネタばれ注意。

リメイクなのに△はちょっとやばいかもしれない。

フィーラーっていう運命を変えようとするとすぐに現れて軌道修正しようとするキャラというか概念が新登場。正直、こういうのいれるとストーリーがなんでもありになってしまうので、やっちゃったなーって感じがする。ピンチになっても「運命はそうじゃなあい!」と言わんばかりに突然フィーラーが現れて守ってくれる。なんでもありな存在なので、ストーリーの深みがほぼ0になってしまう。これはシナリオを作った人の底の浅さが露呈したとしか思えない。だって進行に困ったらフィーラーを出せば解決するんだもの。バレットがセフィロスに刺されたけどフィーラーがすぐに治した。これやっちゃったらエアリスも生き返るじゃん。エアリスは死ぬ運命だから治してくれないのかな?

原作ではライフストリームが時間をかけてクレーターを修復したりして、星自体が一つの生命のようにふるまう話だったから良かったのに、フィーラーは瞬時に現れて軌道修正をする。ご都合の主義の極みである。最後のでいたらぼっちも意味不明。

また、セフィロス(コピー)が何度も自分から出てくる。最後はクラウドに仲間になれみたいなこともいう。何がなんだか。原作ではルーファウスが初登場したとき、プレジデントが死んでセフィロスが生きていることを悟ったクラウドがバレットに「エアリスを連れてビルから出てくれ! 説明はあとだ! バレット! 本当の星の危機だ!」というのだけれど、このセリフは変わっていた。クラウドの口から「星の危機」という単語が出てくるのが個人的によかったのに。

4/20追記

ストーリーを考察しているサイトやら何やらを見て色々分かったので改めて。

ここでいう運命というのは原作通りのストーリーのことで、どういうわけか、FF7Rの人たちが原作通りの行動をとらなかったとき、フィーラーが現れて原作通りのストーリーに修正するということらしい。そして、最後にフィーラーの大ボスを倒すことで、原作とは異なるストーリーがこれから始まるぜ、ということらしい。だからタイトルもFF7 REMAKE Part 1などではなく、文字通り、新しい運命を作り出すという意味でタイトルもREMAKEとなった、という説もある。なんでエアリスがフィーラーのことに詳しかったかというと、エアリスの人生はループしていて、今作で登場した彼女はすでに未来を知っているからという説があり、なるほどなーと思う。ただのFF7のリメイクではなく、新しい展開を作るために色々考えたのだなあとも思う。原作通りのストーリーにならないと聞いて真っ先に浮かぶのはエアリス生存ルート。結局これは死ぬのか生きるのかを最後までじらすのだろうなと思う。完全に公式二次創作になっているわけだが。

狙いはわかったのだが、運命の修正方法が露骨すぎて工夫がない。そもそもFF7Rの人たちがなぜ原作通りの行動をとろうとしないのか不明。セフィロスもループしている説があるが、エアリスとセフィロスが原作通りの行動をとらなかった時にかぎり運命の修正はあってしかるべきなのに、アバランチ一行界隈でしばしば修正が行われる。なぜ? 単にフィーラーがなんのために存在するのかを印象付けるために、ジェシーたちに原作通りの行動をとらせなかったということであり、深い意味はないのだろうか。

キャラクター△~○

Amazonのレビューなどで散々言われているが、クラウドとティファorエアリスのやりとりは見ていて痛い部分が多い。ここら辺は野村ファンタジーといった感じだ。個人的にはミッドガルの街並みなどでお腹一杯だったので、私はスルーしている。ただ、ティファとかが両手を後ろで合わせてかがむアクションをするとまたそれかと思ってしまう。

バレットは声優が変という意見もあるが、まあ突っ込み役としてはよい。ただ新興宗教の教祖っぽい狂信者の雰囲気はある。

コルネオやハイデッカー、スカーレット、宝条あたりはキャラのいかれ具合が出てて良かった(全員敵!)。

首をかしげたのがあるシーンにおけるエアリスの言動である。7番街のプレート落下イベントの時にエアリスはマリンを探しにセブンスヘブンに行く。マリンは見つかったが、ツォンに見つかってしまう。このとき、エアリスはどや顔で「取引しない?」といってマリンの安全を確保して自ら拘束される選択をとる。最初は7番街の人は置いておいて自分とマリンの安全を確保するためにとった行動としか思えず、どうも引っかかった。7番街の人たちがほとんど死ぬんだから、エアリスは顔馴染みのツォンにプレート落下をやめるよう説得するのが普通なんじゃないかと思った。ただ説得するのもどうせ無理だし、歯向かうのも現実的じゃないのでとりあえずマリンが助かる最善の方法をとったという風にとれば、まあありえるかという感じ。一番いいのはエアリスが捕まるシーンをカットすることだったんじゃないかなーと思った。

BGM ○

BGMは原作のものをアレンジしたものばかりで思い出補正があってか結構良かった。7番街スラムはフィールド曲になっている。6番街の道路の音楽なんかは新曲で個人的には好き。

原作を意識してか、更に戦う者達(ボス戦の曲)はエアバスター戦で初出だった。結構粋な演出だと思ったけど、曲自体は無駄に豪勢になっていて原作のチープな感じの曲調の方が良かった気がする。J・E・N・O・V・Aも同様。

鑼牟(ドラムと読む。ひどい当て字)はゼノブレ2のモルスの音楽で世界樹を探索している感じ。

忠犬スタンプ最高。

最後に(スタッフに言いたい)

私にしては真面目な意見をスタッフに言いたい。私は仕事をしていて頻繁に思うことがある。それは

どうでもいいところに手間をかけるのはやめた方がいい。あるいは、どうでもよくはないけど、そんなに力を入れなくてもいい所にそこまで手間をかけない方がいい

ということである。費用対効果の問題だ。

例えばジュークボックス。そこらへんで手に入るCDをセブンスヘブンなどにある音楽再生機に入れるとその曲が流れる。全部で30曲くらいあり、ほとんどが原作の曲をアレンジしたものだ。なんと、1曲1曲に非常にこった以下のようなCDジャケットまで用意してあるのである。









確かに原作ファンから見れば実に面白い取り組みだと思う。私も最初はそう思った。しかし、このファンを喜ばす演出だけにどれだけの時間と労力をかけたのかと想像すると、もっと他のことに力を入れた方がよいのではと切に思う。30曲をアレンジして作り直し、ジャケットを用意する。しかし、街全体のBGMを変えられるのならばともかく、音楽再生機が置いてある狭い範囲でしか聞こえないのである。それも元々流れているBGMと周囲の雑音とセットで。これだけ陽の当たらない部分に力を注ぐ意味が分からない。せめて全クリしたら雑音なしで聴けるコンテンツがほしい。

他にも物語の進行に必要なキーアイテムや









すべての武器や防具、アクセサリにCGを用意したり、









アビリティの解説用の動画(アサシンクリード・オデッセイみたなやつ)を作ったり、武器改造の画面など、多くのプレイヤーが気にもとめないところに力を入れすぎていると強く思う。アクセサリなどにいたっては装備をするとグラフィックに反映されるならともかく、この画面でしか見ることのないCGなのである。もちろん反映されたらされたでアンバランスになって批難を受けることだろう。つまり、初めから作らないが最適な解なのである。
ついこの前、面白いと聞いていたニーアオートマタというゲームをしたのだが、このゲームのアイテム紹介用のグラフィックが以下である。





正直、これで十分だろうと思ってしまう。

FF15のおむすびの件も酷かったが、本当に力をいれるべき箇所を見誤ると、コストと時間ばかりかかってしまう。

全クリするとスタッフロールが流れるが、一体どれだけの人数が関わっているんだよと思う。これで本当に黒字が出るとは思えない。実際FFのナンバリングタイトルは作る度に赤字が増えているだけなんじゃないかとかんぐってしまう。本当に大丈夫か、スクエニ。

ちなみにPS4でスクショをとると、コピーライトが右下に勝手に印字される。スクエニの社名が表示されるのは理解できるが、わざわざキャラデザした人の名前も印字されるのはいかがなものか。恐ろしい自己顕示欲のようなものを感じた。ディレクターとかプロデューサーなど、制作全体を統括しているスタッフならまだ理解できる。もしゲームを構成している要素でキャラデザが一番、というお考えをお持ちなのであれば勘違いをしているのではと思う。すこし考えたが、クラウドやエアリスの写ったスクショをとった場合、このキャラをデザインしたこの人です! っていうアピールをしたいのだろうか。キャラのCGや背景を作りこんだスタッフはどうでもいいのだろうか。最初からスクエニのスタッフみんなで作りましたじゃだめなのだろうか。

なんかのFFでいきなり「イメージイラスト:天野喜孝」と表示された作品があった気がするのだが、これはスクエニの社員でもない天野喜孝に対する敬意のようなものだと自然ととることができた。

考えれば考えるほどNファンタジーという感じがする。

まとめ

忠犬スタンプ配信してくれ。


『FFVII』では、皆さんの思い出をなくすようなことはしない


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