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福井県敦賀市までベンチを数えに行ってきました。(旅行記)

2019/08/15 12:01 投稿

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今回訪れた公園など(訪問順)
金ケ崎緑地(61bp)


松原公園(72bp) ※参考値


金ケ崎公園・金崎宮(53bp)


気比神宮(6bp)


 ※bpはベンチポイントの略。

旅行記
 なんだかお盆に連休をとることになっていたらしく、福井県は敦賀市に行ってきました。
 世の中のブームに流されて帰郷するのと言うのも一つの手でしたが、8月に入り夏が本気を出したので東京は35℃以上。このぶんでは全日本人が南国だと認識している実家鹿児島方面はきっと人々の認識が現実を捻じ曲げて4,000℃を超えているに違いなく、またお盆に帰るのは生人間ではなく霊魂です。それに帰郷は桔梗に音が通じて花言葉は『永遠の愛』です。これが何を意味するか……まあ特に関係ないんですが、実家には帰りたくなかったので帰りませんでした。

 さて福井県敦賀市。私にとっては新潟県、富山県に次ぐ三県目の北陸旅行です。
 東京から新幹線で米原まで約2時間。特急に乗り換えてさらに30分。古くから港町として栄え、日本三大松原の気比の松原があります。経済的には発電、海運、漁業のほか気比の松原が海水浴場として人を集めています。

(松原海水浴場、砂の上を歩き回って人がいない角度を探しました。)




 着いて最初に訪れた金ケ崎緑地は、敦賀港開港100周年を記念して2003年にオープンした海浜公園で、海上保安庁の巡視船を間近で見ることができます。園内には杉原千畝の資料館や旧敦賀駅舎があり、波打ち際は板打ちの波止場のようになっています。また近場には有形文化財である赤レンガ倉庫があり、中にはレストランなどあるようです。
 比較的新しい公園だけあってベンチは素直に並べられており、花火大会などあればよいシチュエーションになりそうです。……ただ、座る場所によってはよくわからないオブジェと対面し続けることになります。

(越前カニの脚?)


(ヨットの帆柱?)



 街を歩いていて、南国生まれhiphop育ち(ではない)私の目に珍しく映るのはやはり雪対策が講じられた建築物でしょうか。バス停や商店街の屋根、足のあるごみ捨て場や深い側溝など。歩道や車道が広く作られているのもひょっとしたらそのためでしょうか。夏場はその広さを利用して路上駐車が公然と行われており、ひょっとしたら駐車場無いのでは?という民家もありました。
 また生態系もなかなか面白く、東京ではほとんど単独行動をするところしか見ないツバメが、スズメのように群れて電線に止まっていたり、トンビが低空を飛んで歩道で地面をついばんでいたりしたのは衝撃的でした。
 それと港町とくれば海鮮料理屋が立ち並んでいるイメージでしたが、焼肉、焼肉、焼肉……地元の方にとって海鮮は家庭料理なのかもしれません。あと床屋や美容院がやたらネオン看板をギラギラさせていたのは敦賀の生態系なのか北陸のそれなのか、はたまた関西由来の生態系なのか。謎が残りました。

(屋根に傾斜がある電話ボックス)


(距離が近いアイドルならぬトンビ。たぶん都会のカラスと同等の扱い。)


(炭火焼肉)


 次に訪れたのは松原公園こと、気比の松原。数年前に静岡県は三保の松原に行ってきましたが、この松原と言う地形、実に不思議な印象を受けます。松がわーっと植わった林を抜けると砂浜。昔の人はこれを名勝と言ったのも納得の眺めですが、現代では松原の周辺が開発されて町の中に突然松林が現れて砂浜、という景観になっております。このアンバランスともシュールともいえる眺め、芭蕉が見たらなんと詠んでいたでしょう。
 ベンチについては、あとで地図を見て気づいたのですが公園の真ん中を通る道路を挟んだ南側の松林を歩いてませんでした。そのためカウントは参考値ですが、半分だけでも歩いた感じでは保全されている松林の中にはほとんどベンチがありません。東側(小学校)の公園入り口付近に遊具とともに集中して設置されています。また浜辺の方は海水浴客だらけでカウントもままならず、これもスルーしたベンチが多そうです。ちょっと心残りですね。

(奥が松林、手前が浜辺です)


(みんな砂浜で遊んでいるので、林側のベンチは貸し切り状態。)







 さて、ここ敦賀を訪れることを決めた第一は大谷吉継の居城があった町であるということ、次に調べているうちに金ケ崎の退き口に興味がわいたことです。そしてほかの候補地はホテルが取れなかったり新幹線のチケットが取れなかったりで断念したからです。
 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、明智光秀、松永久秀という戦国オールスター軍団が朝倉義景・浅井長政軍に挟撃されての撤退戦を展開する金ケ崎の退き口(金ケ崎合戦)。織田信長が朝倉義景が領する越前国(現在の福井県越前市)に攻め入ったところ、同盟を組んでいた近江の浅井長政が裏切り挟撃されそうになったので、信長は秀吉・家康・光秀などを残して単身撤退した、という歴史上の合戦としてはもちろん知っていましたが金ケ崎がどこにあって、どういった地形で行われたのかという話になると実は詳しく記憶にとどめておらず、金ケ崎城が海に面した山城という要害であったことも初めて知りました。
 金ケ崎城跡は現在、金崎宮が建立されています。現在は桜の名所となっているようで石段の脇にはソメイヨシノが植わっていて、その先には立派な社殿が。また小豆を入れて両側を縛った袋(お市の方が警告の意味を込めて信長に贈ったという逸話がある)を模したお守りなどあって『金ケ崎の退き口』に思いをはせるには十分なロケーションです。
 真夏のこの時期、昼間から登る人は少ない様子で私以外の参拝客は2、3人。しかも少し休んでいたら誰もいなくなりました。







 社殿のわき道から抜けると花換の小道と呼ばれる春には神事が行われる道を通ると鴎ヶ崎、さらに昇っていくと月見御殿と呼ばれる敦賀湾を一望できる展望台があります。こちらは海抜86mで数値だけ見ると東京タワーの3分の1もありませんが、舗装された階段や坂道になっているとはいえ実際に登ると真夏の太陽と蝉時雨が汗を拭きださせて体力を奪います。
 依然として人影はほとんどありませんが、すれ違ったうちお一方はランニングをしているようでした。そういえば私も学生時代は山道でランニングしてたなあ。
 観光案内のサイトでは古戦場ウォーキングとしてここからさらに天筒山城跡に続く山道(舗装済み)を歩くマップが用意されていますが、元々どこの地域でも人の少ない史跡、しかも山奥。真夏に歩く人は皆無です。

(月見御殿からの展望。)





 天筒山城は金ケ崎城の支城であり、金ケ崎合戦の折には先に陥落せしめられ金ケ崎城攻めの橋頭保となりました。現在でも二つの城を結ぶ道は使用されているため当時の侵攻経路が歩けるわけです(金ケ崎城跡→天筒山城跡では逆になりますが)。ちなみに天筒山の標高は171.1m。そもそも地図上では金ケ崎は天筒山の一部となっています。
 天筒山展望台まで900m程度。ここまで来たなら、やらいでか。気合を入れて踏み出すとサイレンが12時を告げました。山道で一人。奇妙な気分です。首に巻いたタオルはすでに汗でぐっしょりと濡れて、バックパックでペットボトルが転げるたびに音を立てる。太陽光と気温とやまない蝉時雨が全身の感覚の8割を奪っているはずですが、タオルの感触とペットボトルの音がやけに大きく感じました。














 息はとっくに上がっていますが、どんどん進んでいくと切り立った斜面にある秘境ベンチ(命名、私)がたくさん見つかり気分は上々です。しかしやっとここ天筒山展望台、という看板が見えたところで別の看板も発見してしまいました。

クマ出没注意

 わかっています。ここは舗装された展望台へ続く道。めったに野生動物が出てくるような場所ではありません。わかっています。出現するとしてここは本州なのでツキノワグマ。冷静に対処すれば退けることは可能です。わかっています。看板がある先からクマのテリトリーと言うわけではなく、これまでもこの先進んでも危険度はそう変わらないはずです。わかっています。今ここには私以外の人間は誰もいません。わかっています。もう体力は限界に近づいていました。
 ……彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
 私は兵法に詳しいのです。今ここで不測の事態に対応する体力は残っていません。あと山をむやみに登るのはやべー。馬謖る。
 と言うわけで来た道をとぼとぼと引き換えしました。笑わば笑え。







 最後は気比神宮。古事記にも名前が見える神社でその大鳥居は江戸時代前期に建立された重要文化財。また古くから街道の要所として北陸道総鎮守と呼ばれた歴史があります。主祭神は伊奢沙別命(イザサワケ)という気比神宮特有の神様だそうでなかなか興味深いのですが、すでにへとへとで参拝して早々に帰りました。

 いろいろと心残りはありますが思うままにヘバるまで歩き回って大満足の旅行でした。
 特に金ケ崎城跡の散策は在りし日の山城の雰囲気を全身で堪能できたと思います。大河ドラマや各種映像作品でも山城の描写は”山道の先にある館”といった感じで、もちろんそういう山城もあったのでしょうが要害と言われる山城の険しさを知ることができました。切り立った斜面、急勾配、動物や虫の数。あんな城を攻めろと命令されたらたまったものじゃないですね。

以上です。

コメント

底辺プログラマー
No.1 (2019/08/16 22:45)
トンビはカラスより図々しくないのでセーフ
本気で図々しいのはでかい水鳥(車が来ても絶対に避けません)
嶺北にも遊びに来てくださいな
ゼニクエ (著者)
No.2 (2019/08/17 06:12)
>>1
コメントありがとうございます。車が来ても退かないのはすごい図太さですね。
スズメなどでも人間がどの程度近づけば逃げるか、距離感に地域差があるので面白いです。
不勉強ながらこの旅行の準備をしているときに嶺北、嶺南という呼び方を知りました。
今度はぜひ嶺北の城址や恐竜博物館なども行ってみたいです。
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