屋上百合香のポエムノート

いじめは本当に悪だろうか? 【百合香のポエムノート1】

2014/08/06 08:00 投稿

コメント:4

  • タグ:
  • イジメ
  • 学校
  • クラス
  • 教育


今月、ひさしぶりに高校時代の友人たちと再会して遊んだ。
北九州からわざわざ上京してくる人は少ない。だいたい、関西までの範囲で進学や就職をおさめようとするのが普通だし、地元愛が強いこともあって、東京で再会なんて珍しいことだ。

4年ぐらいぶりの友人たちは、相変わらず馬鹿やってるボンクラで、実に気持ちのいいやつらだった。「本当変わってねえな!」とお互い指さして終電まで下ネタ話で盛り上がった。



話しているうちに、いろんなことを思い出した。
それこそロクな思い出が故郷にはないのだけど、今回はちょっと自分が受けてきた“いじめ”っていうものについて書いていこうと思う。

僕がいじめられるようになったのは、だいたい小5くらいからだ。
クラスの体育会系の女子たちに目をつけられて、女子トイレに閉じ込められ水をかけられたり、ノートや筆記具を盗まれたり、冷凍みかんの皮を無理やり食べさせられたり、給食のご飯に牛乳をぶちまけられたり、犬の糞のついた石を投げられたりしたことから全てがはじまった。

中学ではヤンキーたちにサッカーボールをぶつけられ、やはり教科書は破られ、女子たちに、「臭い」「キモイ」「汚い」と陰口を叩かれ、塾も学校も居場所がなかった。一番こたえたのは、自分の机一面にエロマンガの切り抜きが貼り付けられ、ガムテープで目張りされた時だろうか。小学校の時はお互いの家で遊ぶくらい仲良かったやつだっただけに、結構辛かった。

そこそこ勉強できる高校に入れば、もうこんな仕打ちはうけないだろうと思い、北九州では(当時)わりと上位の学校に入った。これでいじめも終わるだろうと安心していた。

もちろん違った。
入学して二ヶ月後の学校裏サイトには書いた覚えのない僕の書き込みがあった。掲示板の僕は明らかに偏見のあるオタクしゃべりで、完全に気持ちが悪かった。そうか、僕は他人にこう見えているのか、と少し悲しかった。

高校生男子は、ともかく強い。
殴られれば青アザがくっきりと浮かぶし、頭突きされれば漫画みたいなたん瘤が出来上がる。風呂の中で親にバレないように、ズキズキと痛む部分を鏡で眺めては、「あー明日はどう答えれば、殴られないで済むかなー」とか「学校で目を合わせたくないなー」とか考えていた。
未だもって正解はわからない。

ここまで、ずっと被害者ヅラをして書いてきたことを許してほしい。
僕だって相当、人を傷つけてきたし、今もどう謝ればいいのか分からないようなこともしてしまっている。自分が許せない、自分が嫌いになる行為もたくさんやってきたし、そんなことを思い出しては、つい悲鳴をだしてしまうくらいにはダメなやつだ。

そんな立場だからこそ、考えることがある。
あの頃、僕はいじめを憎んでいただろうか?
本当に悪いことをされていると思っていただろうか?
ひょっとしたら、どこかで「いじめられたい」と思ってはいなかっただろうか? と。



これまでの人生で一番“みじめ”だったことについて書こう。
高校二年生の一学期のことだ。生徒には教材を置いておくためのロッカーが一人ずつに割り当てられている。そのカギは自分で管理しないといけない。だいたいは机の中に入れておけば済むのだけど、友人たちのために貸し出すこともしばしばだ。

昼休み、そのカギがなくなった。
クラスのこれまで貸した連中に聞いても知らない顔。
「いつものことだろ」とニヤニヤして真面目に受け取るやつもいなかった。
普段なら、放課後にひっそりカギがでてきてそれで終わりだ。
僕も、午後の授業を教材ナシでやり過ごそうとしていた。

やり過ごせなかった。
突然、担任の教師が教室に入ってきて急きょ、学級集会が行われた。
議題は、「僕へのいじめについて」だ。

どうやら始終を見ていた女子のひとりが、先生に全て告口をしたらしい。
まず、カギをとった人間の犯人探しがおこなわれ、誰も出てこないと、少しでも僕をいじめた自覚のあるやつは手を挙げろと指示された。

クラスのほぼ全員が手を挙げた。
中には普段僕が仲良くしていると思っている友達もいたし、ほとんど会話をしたこともないような女子ですら手を挙げていた。

教室の壇上で、公開処刑されているような気分になった。
その時の、みんなの目がどうしても忘れられない。その目は僕を憐れむような目だった。
かわいそう、もうしわけない、もう弄るのは怒られるから止そう、そんな視線だった。

これで本当に孤独になったのだと思った。
そして、そこではじめて、僕は今までクラスの中でいじめられていたから、孤独にならずに済んでいたことに気づいたのだ。
分かるだろうか? イジメという馴れ合いの心地よさを。僕がイジメられ、過剰なリアクションをとり、それが皆の笑いになる。その、どうしようもない間抜けさを面白がってくれることで、協調性が生まれていたのだということを。

あの瞬間、僕はそんな立場すらも追放されたのだ。
これからは、もうクラスの連中にはかまってもらえなくなる。笑われることもない。
では、その後どうなる? 何もされない。ただ、かわいそうな人という目で見られる。
それだけだ。

ゆがんでいると思われても、かまわない。
僕は、憐れみの視線を向けられるくらいなら、イジメられた方がはるかにマシだと思う。
叩かれても、蹴られても、プールに落とされて水着を全部脱がされても、それでみんなの輪の中に入れるなら、はるかに良いと思う。

憐れみとは、決して向けて欲しいものではない。
それは、完全に弱い者、のけ者に向けられる差別の視線だ。
可哀そうなどと口では言いながら、はれものに触らないようにして、クラスの輪から外そうとする手はずだ。それを学級集会のあの瞬間、痛いほど分かってしまった。

みな、いじめは悪なのだという。
いじめは無くさなければいけない、という。
テレビで雑誌で漫画で、政治家や有名人、評論家、正義のヒーローたちは口をそろえて、そう言い続ける。

でも、その後については誰も話さない。
その後、向けられる憐れみの視線については誰も語りはしない。
「元いじめられキャラ」は、その後どんなキャラになればいいのか、誰も教えてはくれない。

「元いじめられキャラ」はクラスでどう立ち振る舞えばいいのだろう?
ずっと被害者ヅラをしながら大人しく過ごしていればいいのか、無理やりイジメてきた人たちと何事も無かったかのように仲良くすればいいのか。それとも、今度は自分がイジメ側にまわればいいのか。僕の周りで、そのことに答えてくれる人はいなかった。

いじめはコミュニケーションだ。
人と人との間には必ず「イジる」側と「イジられる」側が発生し、それが笑いを生む。「イジられる」側が酷い仕打ちを受ければ受けるほど、笑いは加速度的に上がる。これまで僕が受けてきたイジメの数々を読んで、面白いと思った人もいるはずだ。誰もが人の酷い様を見て笑わずにはいられない。僕らが人を笑うのは、自分がそいつより優位に立っていると安心する時なのだから。

あらためて考える。いじめは悪だろうか?
もちろん、僕が受けてきたような仕打ちを皆が受けて欲しいわけじゃないし、もっと酷い仕打ちで自殺を選んでしまった人たちもたくさんいる。

だからこそ思う。いじめは排除できるようなたぐいのものではなく、むしろ絶対に存在することを受け入れた上で、「その後」について考えた方がいいのではないか、と。
やたらと悪のレッテルを貼り、無くそうという方向性にそもそも無理があるのだ。無くした先は結局、いじめの当事者をコミュニティから除外するという結果しか産まない。

必要なのは、いじめが生まれてしまった時、複数の「その後」の選択肢がたくさんあることだ。学校を転校して別のコミュニティに入りやすいように手配する、暴力が起こらないように学級の編成を考える、部活やソーシャルメディアの集まり等で別のキャラクターがつくれるようにサポートする等、とにかく「その後」についてとことん話されるべきだし、それを当事者もよく考え、決断しないといけないと思う。あくまで、これは自分自身の人生なのだから。

最後に、僕の「その後」を語っておこう。
学級集会の時、手を挙げなかった数少ない人間の一人にT君がいる。
T君は周りを見回してキョトンとしていた。そして、集会が終わって気まずい空気漂うクラスの中で、僕をトイレに誘ってきた。

「お前はほんと、きもちわるいなー」とT君はニヤニヤしながら、僕とただ連れションをした。それから、何故かT君は何かと理由をつけて僕をトイレに呼び出した。そこには、いろんな奴らがいた。クラスからあぶれて退屈そうなヤツや、コアな洋楽の話でしか会話ができないヤツ、トイレのホースを使ってずっと校舎の庭に無心で水をまいているヤツ、話すことのほぼ全てに嘘をつくヤツ、みんなトイレで何をするでもなく、そこにいた。

僕はその輪の中に入って、みんなと実にいろんなイタズラをした。じゃんけんで負けた奴が校舎で拾ったカミキリムシをパンツの中に入れるゲームや、知らない男子生徒に勝手にアダ名をつけてそれを定着させる遊び、クラス対抗の球技大会では応援を抜け出し空き教室でずっとCDの交換、野外清掃活動ではT君が指定の掃除区域じゃない場所を指さして「あっちに行った方が趣深くね?」と言ったのをきっかけにみんなでそちらに出発し、先生にバレるまでサッカーボールで遊んだりしていた。

僕が高校を一番楽しいと思えた時期であり、はじめて居心地の良さを感じた場所だった。

冒頭で語った友人たちとは、その頃のトイレ仲間だ。
飲みの席で、僕はひさしぶりに再会したT君に、その時のことを語り本当に感謝してると、やっと口にすることができた。

T君は笑いながら「あの頃は、なんも考えてなかったんよ」と答えた。
なんも考えてくれなくてありがとう、と僕は思った。




この文章は、結構前にいじめが話題になった時にどっかに投稿しようかなーと迷ったまま、あまりに過激なために放置していたものを、友人と会ったことをきっかけに書きなおしてみたものだ。
読む人には不快にうつる話だろう。あくまで、個人の見解として読んで欲しい。
いじめには様々なタイプがあり、こんなものだけではないと思うけれど、いじめの「その後」こそが語られるべきなのに、そこが一番抜け落ちているという構図は僕がずっと思っていることだ。
また、いじめというのは、いじめが起きて誰かが自殺した時にしか問題にされない。多分、この文章も特に話題性がない今では対して多くの人の目をひくことはないだろう。
だからこそ、言っておくけれど、問題になってからでは全てが手遅れである。自殺という選択を選ぶ前に「その後」が語られなかったことが一番マズイし、こうしたものは掃除と同じで定期的に部屋の埃の汚さを自覚しないといけないのだと思う。









コメント

屋上百合香 (著者)
No.3 (2014/08/07 15:34)
>>2
もちろん、孤独を選んだ方が心地よいという人もいるし、僕もそんな生き方を選んだ人に何度か出会いました。嫌であれば逃げるというのもひとつの正解に間違いありません。ただ、閉ざされた教室は嫌でもコミュニケーションを強いられる場所でもあります。その場所で息をこらえて振る舞うことなど、相当に困難なことと思います。僕にとっての息の吸える場所がトイレの友人たちのいる場所であったように、どこかで息継ぎは必要なのだと思います。
G☆A☆M☆I
No.4 (2015/10/07 12:10)
一年以上前のコラムですけれど、気になったので書き込みました.

心理学理論の一つに、交流分析というのがあり、「ストローク」という見方があります。
ストロークとは、生まれたばかりの赤ちゃんと親子の関係で見られるような、社会性を超えた緊密的な触れ合いです。
赤ちゃんにとって、周囲の言葉遣い、目線、関心の度合いといった、あらゆる刺激が、
自分の存在を認められるようになるのに必要なことです。

正のストロークは、先生や親、クラスメイトからの愛情、敬意、歓喜、感謝、仲間意識といったポジティブな関心や認知であり、
負のストロークは、その逆の暴力、非難、軽蔑、差別、排除といったネガティブな関心や認知です。

重要なのが、一般的に、全ての人は正のストロークをほしがるものであるが、
それが得られないとき、あるいは信頼できないときは、
負のストロークをしてまで、人の関心や認知をほしがる、ということです。

... 全文表示
サイパン
No.5 (2020/07/02 23:56)
イジメで自殺したり不登校になる人もいるのにね・・・さらにいじめで殺される事例もある。
暴行されたり、カツアゲされたりして、とてもイジメが悪ではないとは思えない。
ただ、イジメにもいろいろあるのかもしれないが。それは単なるイジリでしょう、
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事