屋上百合香のポエムノート

日常の仕組みは思ったより奇怪 『蟹に誘われて』(panpanya/白泉社)【読書日記4】

2014/07/13 20:50 投稿

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ふと、思う。
生きているうちに僕らはこの世界の仕組みのどれだけを知ることができるのだろう。
例えば、僕はどういった仕組みで飛行機が飛ぶのか知らない。パソコンの内部がどう動いているのか知らない。レジからどのようにお金が吐き出されるかも知らないし、脊髄の仕組みや、岩盤の構造や、天気図の読み解き方や、ねるねるねるねの成分…ググれば出てくるのかもしれないが多分読んだところで理解したことにはならないだろう。

僕らはつくづくおっかなびっくり生活を営んでいる。仕組みを知らない乗り物を使い、機器を用いて、生活している。しかし、どうしてこんなにも普通に生きていられてるのだろうか。

いや、もしかすると、普通にしていること自体が重要なのかもしれない。諸々の現象や仕組みをいちいち気にしていて、僕らは無事に生活することが可能なのだろうか。むしろ、知らないということによって、僕らは生きて行けているのではないか。



『蟹に誘われて』(panpanya/白泉社)という漫画作品がある。
様々な媒体で発表された作品をまとめたまとめた短篇集だが、不思議な一貫性があり一冊としてまとまっている。その絵のテイストを観ていただければ、わかるが非常に癖の強い絵柄だ。
異様なまでに黒で丁寧に描き込まれた風景の中を、淡い雰囲気のキャラクターが漂うようにして存在する。そのリアルな風景も、ことごとく現実のそれとはどこかズレている。あたかも、全てが嘘で幻であると言わんばかりに、時に重々しく、奇怪であるとさえ感じる。




そこに登場するのは、街の発電のためにひたすら自転車を漕ぎ続ける多くの人々であったり、
人間に食べられないために人間の言語を擬態した昆虫のようにしゃべる魚であったり、オオサンショウウオであったり、鯉のぼりが異常に吊るされた町であったり、野菜もラクラク切れるスライサーであったり、タクワンのプラモデルであったり、ソムベーソバイであったり、オロコッパーヘンデルモルゲンであったりする。



何のことかさっぱりわからないだろうが、読んだところでわかるわけもない。それは、この漫画の世界に普通に登場して、それぞれの仕組みで稼働したり、しなかったりする。だから、飛行機がなぜ飛ぶのかも、パソコンがどうして動くのかしらない僕らの世界となんら変わりはしない。

この作品を指す上で、夢の世界のようだという感想がネット上に散見されるけれど、それは適切ではない。現実のよくわからない仕組みのものが、奇怪に立ち現れてくるからこそ、返って日常というものが強く意識される、そんな作品なのだ。

例えば、「計算機のこころ」という話がある。
知人の家を大掃除していると、奥から巨大なイルカが見つかる。友人に聞くと、それは昔の計算機なのだという。そのイルカに教えさえすれば複雑な計算もできるようになるという、イルカの賢さを利用した計算機だ。

主人公は、このイルカに気まぐれにリーマン予想(実在する数学界最大の難問)を解かせてみる。苦しそうに問題を考えるイルカだったが、計算をとりやめる方法がないため、8年間ずっと考え続けることになる。そしてようやく全てを解決したイルカは最高学府をわずか2年で卒業する。戻ってきたイルカに主人公は、青色申告の計算をお願いする…

なんともほのぼのとする話だが、これは別段わたしたちが計算機に向かう時となんら変わるものではない。実際、僕らの使うパソコンにはリーマン予想はすでに解決しているのかもしれないし、イルカにも当然のこととして共有されているのかもしれない。そして、多分僕らがそのことを知ったところで、計算機にお願いするのは青色申告の計算くらいのものだろう。

そう、仕組みの側に何か壮大な真理があったところで、僕らはそれを日常と接続してしか考えることはないし、そうやって多くのことを考えないようにすることでしか生活できないのだ。



しかし、不意に人は真理の側を垣間みてしまうことがある。
「方彷の呆」という短編を紹介しよう。主人公が電車でうたた寝をしていると、電車のアナウンスが聞こえて、あわてて知らない駅で降りてしまう。そこは今まで降りたことのない駅で、真っ昼間というのにもう終電で電車はないのだという。

駅前の商店街をぶらついてみると、そこかしこが普通とは違うことに気づく。「バス停などない」という張り紙や、パンクして動かないタクシーの山…いよいよ迷子になった主人公は、泣きながら近所の店に入り込む。そこで、自分がすっかり幽霊になっていたことに気づいた主人公は、店の主人の助けを借りて、無事自分の身体を取り戻し、基の家路に帰り着くことになる。

ここまでならよくある異世界に不意に迷い込んでしまった話である。しかし、恐るべきはその後のことである。数日後、店の主人から電車で眠らないようにと渡されたキッチンタイマーのおかげで眠ることのなくなった主人公だが、また電車は同じ駅に到着するのである。起きながらにしてその風景を目撃し、驚きながらボソッと「いや…降りないけどな…」とだけ呟く。電車はドアを閉じ、発車することが予期されたまま終わるのだ。

つまり、奇妙な駅は、主人公が幽霊になっていようがいまいが、現実にあったということなのだ。日常の延長上に、その不思議な仕組みの世界はあり、どんなタイミングかわからないままにこちらに侵攻してくるのである。
また、ものごとを考えていると
理由や原因や由来のよくわからない
変なものがぽかっと突然浮かんでくるときがある
(中略)
なんにせよそれらはあんまり実生活に直接関わるものでもない
ことが多いから(自分に直接関わるものは、大抵理由が判明するから)
腑に落ちないままなんとなく消えていってしまうが


それがなにか勿体無いように思えてきて
どうにか忘れず腑に落とそうと、謎なものに出会うたびにそれらの正体を考えているが、余計によくわかなくなってよくわからない考えが発生してしまうばかりだが、それでもそんないい加減な思考をどこか楽しんでいるような気もしてる
著者が漫画の合間合間に挟み込んでいる文章の一部だ。
僕らが日常の中でなるべく考えないようにしている側にふと踏み出し、それを楽しんでいる著者だからこそ、この奇怪な漫画が生まれたのだと納得させられる。

だから、この漫画をその雰囲気のままに受け取るだけでは大事なモノを見落としてしまう。
僕らの意識しないものに目を向けてみれば、そこには奇怪でおどろおどろしい日常を動かす何かの仕組みがあるのかもしれず、それに目を向けてみることにこそ、生活をする上での楽しさがあるのかもしれないのだから。









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