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仙台の思い出の味、はんだや

2015/10/20 21:51 投稿

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2015/10/18から一泊の宮城旅行へ、まずは仙台へ向かった。
仙台は私が訳合って16歳から一人暮らし+当時の恋人と同棲で2年定時制の学生生活を送っていた。
当時の記憶というと、はんだやか
アルバイトで3ヶ月分の給料を踏み倒された思い出が色濃く残っている。

今回の宮城の旅のひとつの目的に、青春の味はんだや再訪の目論みを立てていた。
そのために、前日の朝食から何も食べていない。



東京~仙台行きの新幹線は空き席はかろうじて座れる程度に人も多く
いつもならお酒を片手に寝ながら移動してしまうが、はんだやに行くとなると自殺行為である。
仙台以外にも店舗はあり、ご存じの方も多いと思うが
一般的な、大衆食堂のそれである。学生重労働者向けの大盛り系。
店内ポスターに坊っちゃんがりの男の子が白米で口の回りベトベトにしてるあれ。



コレ
ホームアローンならアイスクリームでベトベトのカルキン少年に近いものがある。

注意書に「ご飯の小で十分な量です」的な事を書いて、注意されてるだけあって、めし小がばかでかかった。
めし大になると、2合炊き炊飯器からそのまま出したのかと思うぐらい重い。
そのめし大、具合が悪くて中という、食べても足りない育ち盛り10代は週に5日ずっとそこで食べてた。

うろ覚えだけど15年前は、当時は
めし中80円
餃子一皿70円豚汁80円卵20円、たまに贅沢してからあげ70円
細かな値段は違うところもあると思うが、しめて300円ちょっとで十分腹が膨れるのは間違いない。
むしろ、ここで一人単価500円以上散財をするほうが難しいんじゃないかと思うほどだった。

昼間は授業、はんだやでめしくって夕方は夕刊のアルバイトして、
時には常連のおっちゃんが、私の手書き伝票に納豆つけてくれてアリガトーなんて

ああ昭和の苦学生だねーと、一見思う光景であるが
時代は2000年問題で騒がれ、翌年には小渕首相が急病し、さらに翌年には
アメリカで同時テロが起きた頃である。

思い出の味に、32才が再び舞い戻ってきた。

あの古ぼけた(褒め言葉)
拭いても何故かべたつくテーブル(褒め言葉)
食べても食べても底が見えないご飯(真面目な褒め言葉)

私は戻ってきたぞ!


続く

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