科学者のニュースの読み方

男女平等は人類の繁栄への道か絶滅への道か『科学者のニュースの読み方』vol.39

2013/08/01 07:00 投稿

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『科学者のニュースの読み方』vol.39
■男女平等は人類の繁栄への道か絶滅への道か

 男女平等、とりわけ女性の雇用を促す声に、賛成してよいのか反対したほうがいいのか長いこと悩み続けている筆者です。提起したい問題はいくつかあって、どれも個人的に賛否をつけがたいのです。

[1] そもそも男女の性能は比較できない

 多くの労働では、男性のほうが優れるケースが多い。それは体力的な面、集中力、建設的な思考、空間把握、チームワークなど多くの分野で平均的に女性より優れます。もちろん女性でもこれらに適した人はいますし、連想力や気遣いといった女性のほうが優れることが多い特徴が生きる分野では当然適しますが、どうしても少数です。決めつけるとか決めつけないとかいう問題ではなく、分布的にそういうものです。
 そんな中でも男性より労働に適した女性は当然仕事していいのですが、それでも雇い主からしてみると敬遠したくなる理由が出産の可能性。かなり長期にわたって休暇が必要になるからですね。筆者はここで、そういう女性を羨ましいと考えることも可能だと発想します。それは出産と労働の2つが可能な人だからです。これはどんなに優秀でも男性には実現不可能だからです。これは出産と労働という組み合わせに限らなくても起こることで、例えば多才すぎる人がそのうちの一部の才がいきる自分の会社の選考に参加してくれたとして、気分次第で他の才がいきる仕事に転職するかもしれませんと条件を突き付けてきたら、その人の採用を敬遠しますよね。出産は例外的だと考えるのもわからなくもないですが、だとすると男性からしてみれば自分には得られない選択肢をもてるのは羨ましいのです。出産しないと宣誓するなら採用することが許されたっていいと思うのです。だって男性にはそもそもできないことなのですから。出産という切り札を振りかざせる点は女性のみに与えられた武器です。
 こんなことを考えると、男女はそれぞれまったく噛み合わない部分で有利な点が異なるので、比較できないという結論にたどりついたりします。

[2] 労働力が余る

 生まれながらの性能差が原因で、女性はひと昔前まで仕事をするものではないのが普通でしたが、現代は特に致命的に劣った体力勝負な仕事が割合として減ったため、女性が仕事をするのは普通と認識されて男女の雇用の平等を訴える人が増えてきました。
 しかし、労働できる人口が男性に加えて女性ということで2倍になったところで、人口全体は2倍にはならないので、世の中の需要も2倍にはなりません。すると、自然と労働力が余ります。人が2倍貪欲になれば問題は解決しますが、女性が働けるほど生活が豊かになった現代文明で、与えられるものだけで欲求を満たすことが多くなってきた人類にそれは期待できない。労働力が増えてなお就業率を高く維持するためには、1人あたりの報酬を下げざるを得ません。つまり生産益の奪い合いが起きます。男性の給料が下がると、結婚したい場合には女性も働く必要が出てくる。女性が働けば男性の給料が下がる。良いのか悪いのかはまた議論の余地ありですが、循環します。
 不況の時の経済政策として雇用に着手することが手順違いなのと同じく、労働力を増やすことは生産性をまったく変えません。経済循環のエンジンが需要というのは経済学素人の筆者でも知っている基本。例えば成功している起業家はみんな需要(ビジネスチャンス)がどこにあるか把握して、それに応える手段を考えて実践することでビジネスに仕上げていますよね。
 そういうわけで、筆者は女性の社会進出は結構なことだと思ってはいますが、「女性を雇え」という声には安易には賛同できません。「女性を雇う必要性を探せ」と訴える人はどうして現れないのでしょうね。

[3] 人類が衰退する原因にならないか心配

 これはヒト科に限ったことではなく多くの脊椎動物でそうなのですが、雌雄は互いに要求するものを与えあえるようにうまくできています。オスは自分の子孫を残すために能力や集団での地位をメスにアピールし、メスはそこから生活を保証してもらえる優秀なオスを選んで交尾を受け入れるという交換条件で繁殖します。ほとんどの脊椎動物は一夫多妻で、子孫を残せるオスはきわめて限られており子孫は遺伝的に優秀なものが残るようになっています。
 しかし今のヒト科の繁殖に関する生態はどうでしょう。環境が豊かすぎてメスは自分で自分の生活を満足させることができるようになり、オスを頼る必要がなくなっています。これではオスのアピールに目をやる必要はなく、当然後尾に達しません。
 ヒト科がこのような特異な生態になった原因は、やはり化石燃料見つけてたことにあるでしょう。石油によって雌雄を区別する必要を失うまでに生活が豊かになった現代、繁殖の動機を失って個体数増加が止まるどころか、減少しそうだという説です。もちろん、筆者のふとした思いつきであって妥当性などまったく検証していませんが、こういうことを考える学問ってありそうですよね。見解を聞いてみたいです。
 この説が仮に正しかったとして、結局は人口と文明のトレードオフなのである量関係でバランスがとれるはず。その時の男女の労働している割合がどうなっているか、わりと興味があります。

 以上3点の総論として、生活が豊かになることは結構なことだし、女性が労働することも結構なことなのですが、客観的に人類の活動を見たときにこれが驚くほど特殊な現象のひとつとして表れているなと。人類の絶滅へのひとつの過程かもしれないと思うとなかなか恐ろしかったりして、果たして良いことなのか悪いことなのか悩ましいのです。自身の寿命より先の数百年後の心配などそれこそ人類らしくないのですが、一方で種の存続を意識するのは生命として当然だよなとも思うところもまた悩ましいのです。

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