科学者のニュースの読み方

96条改正は目的か手段か『科学者のニュースの読み方』vol.32

2013/07/05 18:00 投稿

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『科学者のニュースの読み方』vol.32
■96条改正は目的か手段か

 参院選の争点にもなりそうな憲法改正ですが、私には思いつかなかった論をTwitterのフォロワーに教えていただいたので、その話をしてみます。

 この話は96条改正について、そのものの是非を問う議論なのか、あるいは他の条項を改正するのを容易にするための手段でしかないのかという着眼点の違いから生じました。筆者が「9条と96条は…」と並べた書きかたである意見をツイートしたところ、フォロワーから「9条改正だけが目的ならば96条改正は不要だ」というリプライが返ってきました。彼の真意は「他にも変えたい条項があるから96条改正が挙がっている」ということにあるようで、いずれにしても96条改正は他の条項を改正するための手段と位置づけていました。筆者にはこのような発想はなく、最初は何を言っているのかわかりませんでした。同じ条のレベルで書かれていることで、条と条の関係は対等で主従の関係であってはいけないし実際内容も対等だと考えてきたからです。

 ここで読者に問うてみたいことがあります。96条改正は次のどちらだと考えますか。

[1] 硬性憲法を廃するという「目的」のためである
[2] 他の条項を改正するための「手段」である

 ここからは筆者の[1]だと考える理由、というか[2]であってはいけないという持論を。

[a]
96条で一括で書くべきではなくなる
条項によっては必要だったり必要でなかったりする手段だとするならば、96条で一括で書くのではなく、各条項に「この条の改正には国会のxx/xx, 国民のxx/xxの賛成が必要」と添え書きされるのが適切です。[2]だと考える方はこのような改正を望まないと筋が通りません。

[b] 96条を改正してもいずれ戻さないといけない
手段は目的が果たされれば意味を失うもの。憲法の硬性を廃することが手段だとするとこれは一時的なものでなければいけないので、他の条項を改正した後に硬性憲法は復元されるべきです。もし復元しないとなると、結果的に硬性憲法を廃することになりこれが本来の目的とは別なため副作用という位置づけになりますが、それは許容されるでしょうか。

 この記事を書きながら、「9条の前に96条」と自民党が言うから、96条改正が手段のように受け止められてしまうのかなと思いついたりもしました。ただ、自民党が本音でそうだったとしてもそんな態度は当然とれず、硬性憲法を廃しようという目的に位置づけるスタンスになっていますから、いずれにしても96条改正そのものの意義を考えて賛否を決するべきでしょう。

■モスクワに行ってきます

 明日から1週間ほど学会出張でモスクワに行ってきます。当初iPadだけで過ごせるつもりでいましたが、ブロマガ更新や論文の原稿修正はやはりPCでないとできないので、ラボのラップトップを借りていくことに。いうても使うのは宿で、学会会場へはiPadを持っていきます。
 海外に行くというと羨ましがられるのですが、少し経験するともう面倒くさい思いのほうが強くなるものです。筆者の場合、観光旅行なら街ではなく自然を満喫したいので、だいたい都市で開催される学会出張は余した時間で観光しても大して楽しめないんですよね。
 ところで、例のスノーデンさんってまだモスクワにいるんだろうか。大した勇者ですよね。私はプライバシー保護よりテロ防止のほうが優先されるべきだと考えるのでPrismの運用はいいと思いますけど。

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