科学者のニュースの読み方

時間を無駄にしない議論の進め方『科学者のニュースの読み方』vol.24

2013/05/19 19:00 投稿

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『科学者のニュースの読み方』vol.24
[!]今回はぼやきなしです。

■時間を無駄にしない議論の進め方

 議論というのは意見をぶつけあっていればそれを指すかというとそんな単純なものではなく、きちんと複数のステップを区別して話さないと意味がないものです。よくインターネットで政治や社会問題に関するやりとりが交わされていますが、半分以上は「これはこのまま続けても無駄だな」と思えるものばかりです。

 では、議論のステップについて整理して説明します。

[1]情報の解釈と共有⇔[2]情報の真偽
  ↓
[3]問題や解決案の提起
  ↓
[4]提起の妥当性評価
  ↓
[1]に戻る

 かなりシンプル化しましたが、それでも4ステップあります。通常、議論は[1]の説明を伴う[3]が投下されることで始まります。
 では、今そこで発生している議論らしきものが、それぞれどの段階の話をしているか考えてみましょう。ある人はベースとなる情報の真偽を問おうとしています[2]が、また別の人は問題提起がなかなか理解されないと思ってこれを熱弁[3]し続けます。このようにステップ、すなわち論点が食い違っているだけで各人はただ時間の浪費をしていることになります。話している途中でこのステップが突然にしかも頻繁に転じる人もよくいて、それはすなわち話を逸らしやすい人です。

 [1]→[3]→[4]→[1]とスムーズに進むならそれはたいへん有意義です。ここでよく見る時間の無駄は、互いに相手が知らない、あるいは認めない話を延々と語り合っている例で起きます。前のチャートでいう情報の解釈と共有[1]に相当します。知らないことを教えてもらったのだから素直に感謝しすべて総合した上で考え直すことが必要なのですが、意見を改めることを恥ずかしがるのか、意地をはって新しい情報を認めようとしない人が多いんですよね。話を[2]に追いやっておきながら自分は[2]を吟味しないという無責任な状態です。そういう人は話を前に進めることも後ろに戻すこともできないので、何の役にも立たない。

 ちなみに[4]で話が詰まっている例は、それほど悪い状態ではありません。それは[1]で共有しきれない情報というのはどうしても生じ、それは生い立ちから現在の日常生活に起因する周囲環境が与える経験的あるいは感覚的な情報の差異、言い換えると認識している常識の差異があるからです。これは環境を経験して知って来いという手段をとらざるを得ず、情報の共有が容易ではありません。よく政治家やジャーナリストが現地に行って実情を把握してくるという調査をしますが、これは手間をかけてでも経験に基づく類の情報差異を減らそうという行為なわけです。
 しかし決着が必要な議論の場合は[4]で話が行き詰まっていてはいけません。埋められない情報差があることを踏まえたうえで多数決をとることで[4]を形式上解決し、話を進めます。

 直近のニュースレベルの話でいうと、橋下さんの慰安婦と風俗の話が、橋下さん、報道各社、民衆A, 民衆Bですべて違う論点で話している最悪な例です。
 橋下さんは問題提起[3a]をしました。[3a]を直接受け取った民衆Aはその妥当性を考え[4a]をしました。報道各社はそれを解釈し共有しようとステップをひとつ戻って[1]をしました。しかし橋下さんはその解釈は自分が意図したことと違うとして[2]を頑張りましたが受け入れられず、以後[3]を[1]に戻すステップをなくすために囲い会見をやめることにしました。一方で、報道各社が広めた[3b]を受け取った民衆Bはその妥当性を考え[4b]をしました。
 国内でこれだけ混迷しているんですから、海外に話が飛んで行こうものなら、翻訳の影響で[1]と[2]に手間がかかり、ますます混迷しますよね。

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