洋画劇場Pのブロマガ

「本業声優」ってつまりどういう事なのか

2013/12/30 15:59 投稿

  • タグ:
  • 声優
  • 吹替
  • アテレコ
昨今何かと批判の的となる「タレント吹替」に対する言葉として使われる「本業声優」と言う言葉。
 これについて少々考えてみたいと思う。



 現在の「声優」と呼ばれる業種が担当している「吹替」「アニメ」「ゲーム」「ナレーション」などの、「アテレコ」と呼ばれる仕事は、そもそもテレビ放送の黎明期に遡るわけだ。

 当然ながら当時は「声優」などという言葉はなく、ただ「声だけの出演」の為に、テレビ局の職員がそういった人間を集めたのが始まりとなる。

 ①ラジオの放送劇団に所属していた者(若山弦蔵、中村正、大平透、内海賢二…etc)
 ②舞台俳優として活動していた者(納谷悟朗、山田康雄、大塚周夫、野沢那智…etc)
 ③ドラマや映画などで主に脇役で出演していた者(愛川欽也、小山田宗徳、小林昭二、森山周一郎…etc)

 こう言った、「発声」と「芝居」にある程度のスキルがあり、かつ「顔が出ない」または「ギャラが安い」という条件でも出演可能な若者(当時)たちが集められた。これがいわゆる「第一世代声優」と後に呼ばれる人たちである。



 こうして1950年代から始まった「アテレコ」は、最初は生放送であった。つまりスタジオで演じている声が、そのままリアルタイムにお茶の間に流れるのである。
 そして間もなく、録音放送へと切り替わる。しかし当時はロール1本録音。つまりNGを出せば、また全員で最初からやり直しなのである。
 こうした時代は、舞台演劇と同等の準備やリハーサルが行われ、とにかく「トチらない(滑舌)」「外さない(反射神経)」と言った、独特のスキルが要求されたのである。

 そうした状況の中、そう言ったスキルに優れた者が生き残り、それが苦手だった者は、悪く言えば淘汰されていったのである。



 そうして迎えた70年代は、そんな時期を生き残り、更に独特の技術をも編み出していた精鋭たちや、ただの「言葉の置き換え」から「日本語として面白い芝居」にまで昇華された翻訳家たちの相乗効果によって、正に「アテレコ黄金時代」を迎えたのである。

 それでも彼らは、「声優」と呼ばれる事は嫌った。何故なら彼らは、それぞれに自分の本拠である劇団や映画会社で、本来の仕事も続けていたからである。

 実際に、70年代までの「邦画(ドラマ含む)」、「アニメ」、「吹替」を比べてみるといい。その間に、ほとんど芝居の違いは存在していないのである。役者の個性はあれど、芝居の系統としての住み分けなど存在していないのだ。



 そうした状況が変わってくるのが、80年代後半から90年代にかけてである。

 テレビドラマや邦画は、かねてからのアイドルブームの流れを受けて、それまで芝居の経験が少ない(或いは皆無の)者たちが主役を張るようになり、そうした彼らの芝居を、業界や視聴者が「ナチュラル・アクト(自然な芝居)」として好意的に受け取ったのである。

 また一方、黄金時代を経過して、その認知度や人気を上げたアテレコ業界も、アテレコに特化した者を育成する「養成所」が作られ、そういった場所では、実写界隈での「ナチュラル・アクト」に対向するが如く、「オーバー・アクト(感情過多な芝居)」と「コケティッシュ・ボイス(作りこんだ発声)」によって対抗していき、その時期の「海外ドラマ」、「アニメ」、「ゲーム」などを中心に浸透させていくのである。

 その時期になると、かつての黄金期には同じベクトルに存在していた「実写演技」と「アテレコ演技」は、完全に別な場所に存在するようになり、またそのどちらもが、黄金期の芝居とは異なる物へと変化していったのである。
 そしてその両者(特にファン)は、そうやって出来上がった「住み分け」にこだわるようになってしまったのだ。

 だがしかし、複数の芝居ジャンルから構成されていた「第一世代声優」と、そのファンからすれば、何とも不毛な争いに見えてしまうのも、また事実である。



 ここでタイトルに戻って「本業声優」とは何なのか。
 この言葉が使われるのは、昨今のジブリ作品などのキャスティングへの批判で主に使われる。
 最近では収録現場に顔も出さないという宮﨑駿監督の姿勢から、一時期は自分も批判的に語った事もあったが、かつては収録現場にも顔を出していたし、演者の芝居に拍手を送っていたりもしたという。
 この違いはどこから始まったのであろうかと考えれば、ジブリ映画のキャスティングが問題視され始めたのは、90年代中頃。
 そう、つまり上記で語った「実写芝居」と「アテレコ芝居」が住み分けられてしまった後の話なのであり、それ以前のジブリ映画を見ると、必ずと言っていいほど「第一世代声優」がいたのである。
 宮﨑監督が求めているものは、彼が若い頃に観ていた「黄金期の芝居」なのでは無かろうか。

 しかし、それが出来る「第一世代」の方々は、1人また1人と、ある者は亡くなり、ある者は引退してしまっている。
 そんな中で彼は、実写界隈の「ナチュラル・アクト」か、新世代アテレコ界隈の「オーバー・アクト」かと選択を迫られた。そのどちらもが彼の求めるものとは違うと知りながらの選択である。決して最良ではないと知りながら前者を選んだ。こういう事なのではなかろうか?
 何もこれは宮崎監督だけではない。
 「第一世代」と呼ばれた人たちも「今のアテレコ業界は昔とは違う」「今はレベルが落ちている」「作り手側が危機感を持つべき」と警鐘を鳴らし続けていた。

 そう思い至ると、彼を批判する事ができなくなった自分がいるのである。


 これは、製作者側も、役者も、そしてファンも、もう一度改めて「芝居とは何なのか」を考えるべき所である。
 芝居とは人間を表現する物であり、実写であろうがアテレコであろうが、本来そこに差などあるべきでは無いのだ。

  • 一覧へ

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事