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田島芽瑠の物語化と兒玉遥

2015/01/14 21:39 投稿

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今回は不愉快な表現などがあると思いますが、侮辱したり、軽蔑、差別する意図はございません。不愉快に感じた場合、帰っていただければ幸いです。


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田島芽瑠、彼女について私がこのように文章を書く日が来ることになるとは思わなかった。私自身は彼女という存在は「兒玉遥」からセンターを奪った「敵(かたき)」であり、彼女が常に笑顔を振りまき、負の感情を出さないことからロボット的なものを感じていた。
いわば彼女は人間性を感じさせないターミネーターみたいなものであったのである(彼女が嫌いなわけではない)。







兒玉は語られる、語れるアイドルであり、HKTを語るに際し主語で語られる存在である。AKBシングルのHKTとしては初のカップリング曲の「初恋はバタ フライ」で田島にセンターを奪われ、更にHKT初のシングル「スキスキスキップ」でも田島にセンターを取られたままであった。満を持しての「メロンジュー ス」では田島だけではなく朝長にもセンターを奪われた。この時に同期でライバルの宮脇咲良と泣きながら話したことにより勝ちで語り合える戦友となったエピ ソードはHKT界隈では有名な話である。
この後のシングル(桜、みんなで食べた)、カップリング(ウインクは三回)でもセンターに付くことができず、ようやく「控えめIloveyou」でセン ターに就任したものの、センターポジションが宮脇、指原莉乃とのポジション移動が頻繁にあり、3人センター・トロイカ体制になってしまい、更には同期でラ イバル且つ戦友でもある宮脇咲良が本店のセンター(希望的リフレイン)に就任して差を開けられるということも起こっている。

簡潔に述べたつもりだが、ここには書けないぐらい兒玉には物語があるし、彼女は何かあるたびに感情を出し、思いを吐露する(ぐぐたす、モバメ、雑誌など)のでその物語に血が流れる。単なる年表、略歴ではなく、血を循環させることで「物語」となっているのだ。
それは兒玉以外の博多ヲタの中でも「兒玉については何か言いたいこと、語りたいことがある」という人がかなりいることでも分かるが物語とすることで人々が それを読んで何かしらの思いを抱いているのだ。それぞれが思いを持って彼女を見つめている。かくいう私もそうである。それは彼女が感情を吐露し、苦難があ るたびにそれを乗り越えていく「成長」を分かる形で示してくれるからでもあるし、振りかかる苦難から彼女に「判官びいき」的な感情を抱いていることもあろ う。

つまり兒玉は彼女の歩み自体が「物語」であるのだ。

対して田島は「物語」として語られることがあまりなかった。それは彼女が常に笑顔を忘れずに気丈に振舞っていた結果でもある。彼女の笑顔は太陽と例えられ るが、太陽の有り難みが分かるのは、太陽が沈む夜や雲が掛かり太陽が遮られる日があるからである。常に太陽が照ってしまっていては、それが日常と化してし まう。感情を表に出さず、思いを吐露しないこと、これが彼女の弱さであったと思う。

それが彼女を物語化させずに略歴、年表は文字の羅列という形に落とし込んだ原因なのだろう。

しかし、それが先日の生誕祭で変わりつつあるのを感じる。彼女は生誕祭のコメントで泣き、「ゼロポジションに立ちたい」と語り、「選抜の選抜(テレビのイ ンタビューやメディア出演など)」に選ばれないこなどと置かれている現状への不安とファンの期待に答えられていないこと対する申し訳無さを吐露した。






私は生誕前からtwitterで「泣け」「感情を出せ」「そうしないとまずい」と繰り返し述べていたが、泣き、彼女の思いを吐露したことで、反転攻勢があ るということを確信した。彼女のセンター奪還での「敵(かたき)」になるであろう兒玉ヲタもこの彼女の生誕における振る舞いについて好意的に捉える人が多 かった。兒玉自身も「ゼロポジションに立ちたい」という田島のコメントに対して温かい表情で見つめていた。田島の感情を理解できるのは兒玉であり、敵(かたき)でありつつも自分と同じ境遇になってしまった彼女を自分と重ね合わせているのだと思う。ヲタも田島の思いを分かっているからこそ好意的に捉えているのだろう。

田島は兒玉と同様この逆境を自ら切り抜けなかればならない。兒玉は逆境の中でセンターでなくても輝けるスキルとオーラを手に入れた。このスキルにより「希望的リフレイン」における立ち位置が悪いにもかかわらず、兒玉は目立てている(髪型の影響もあるが)。
本店において支店メンバーがセンターに立つことは少ないし、良い位置をもらえるわけではない。宮脇が例外なだけで、立ち位置が悪いことのほうが多い。である以上、そこにおいて目立てるようにならなければならない。

田島はセンターを外されて苦悩の中にいる。しかしこの苦悩は必要な苦悩だ。センターにいてはセンターとしてのスキルが育つだけであり、センターを外されたことでセンターではないスキルを磨く機会が生まれた。そのスキルは本店選抜に入った時に必要となるスキルでもある。

田島はこれを乗り越えていくべきだ。その道は先輩であり、センター奪還における敵(かたき)である兒玉も歩んだ道でもある。悩んだ時には兒玉に相談すべき だ。兒玉は卑怯なやつではないし、そもそもセンターを守るために小細工ができる器用な子でもない。正々堂々とセンター争いをしたい、そういう子だ。間違え なく良いアドバイスをしてくれるし、苦悩を聞いてくれるだろう。












田島はようやく略歴、年表に血を流し始めた。それは兒玉に匹敵する物になるだろう。

私は田島と兒玉がセンターを巡り、正々堂々と戦っていく姿を見たい。

それはどちらに勝敗が決しようと美しいものになるはずだし、その争いが博多そのものを盛り上げるだろう。


田島芽瑠の今後に注目である!


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1/17の昼のシアターの女神公演が当たりました!
それで最前に座ったことを想像したのですが、メンバーが近過ぎて、逆にコールがやりにくいなーと思い、萎縮しそうです。 というか、誰にコールしたら良いのか分からずに混乱しそう。 一応、センターメンバーにするけど、大声だと逆に迷惑かなー?と考えていたりします。
そもそも大声出すと恥ずかしいし・・・
最前における振る舞いとかあればお教え下さい!





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