Cry Baby
ヴァラーモルグリス!
どーもどーも。
なんだかんだ始まったオリンピックが、やっぱりおもしろすぎて、毎日何かしらで感動してる奥野です。
こんなスキャンダルばっか飛び交って、賛否両論渦巻く中で選手は本当にようやってるよ。
そこはもう素直に、応援してあげようぜ。
彼らは血まみれの努力の末、想像を絶するプレッシャーとも戦いながらがんばってるんだから。
俺も見習わんといかんよ、マジで。
てなわけで先日、働き詰めの我らが御大、玲司さんに夏休みをとってもらいたいので、今週のヤンサンは俺、清ちゃん、久世の3人でくだらない事やりますわと提案したら、御大から歴史の話してくれよって指定されたのでかなり悩みました。
考えすぎてこのメルマガのことすっかり忘れてたくらい笑
御大からは応仁の乱をわかりやすく解説してくれってリクエストもあったんだけど、応仁の乱ってのは日本史でもS級難度のわかりにくさなので、あまり歴史に興味ないとか慣れてない人にはいくらわかりやすくしたところでちんぷんかんぷんかなと。
それになんかこう、必然性というか、正統性というか、今この話をするべきだ!しなきゃ!っていうような、俺にとっての最低限の使命感がないとちょっと興が乗らないので、どうしたもんかと悩んだ挙句に信玄をやることにしました。
なぜ信玄かっていうと、2021年の今年は彼の生誕500年だからです。
なんとなくメモリアル(田中康夫風に)ってんで、信玄にしました。
ともあれどの時代の誰の話をするにしろ、当時の時代感覚(常識)はもちろん気候、地形、風俗、ノリ、食、言葉、そして宗教感(死生観)をフォーマットとしてわかってもらわないと、歴史ってのはただの情報になってしまう。
それだと学校の授業と変わらないから、俺がやるからにはその人物の感情を、勝手に忖度してまるでその場にいたみたいな、本人なのアンタって言うようなロールプレイング解説やりますんで期待しててください。
で、その前置きとして数年前、東村アキコ氏の上杉謙信を描いた漫画「雪花の虎」で、武田家を詳しく教えて!って頼まれた時にいろいろ調べて組んで送った、奥野晴信版「武田信玄」の幼少期を描いたバックストーリーを、軽い小説仕立てにまとめたので載せておきます。
タイトルは「Cry Baby」
外に出すつもりもなかったのでなにぶん拙い筆致ですが、武田「信玄」になる前の泣き虫な男の子の物語、なんとなく目を通しておいてくれると嬉しいです。
それでは、今週土曜日7.31のヤンサン特別編
『君は、武田信玄という男を知っているかね?〜生誕500年記念の甲斐の虎・武田信玄、風林火山の裏に隠されたその素顔』(仮)
でお会いしましょう。
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①異形の半助
ボロをまとい、異形の顔相を持った男、半助。
三河の国の豪族の四男で、伊勢から出て伊豆で成り上がった北条早雲(伊勢新九郎)に憧れ、兵法軍学武芸諸般を学びつつ諸国を回り、一心に自分を磨いてきた半生だった。
その武者修行の途中、安芸での毛利家の戦に巻き込まれ、その戦火により顔の半分が青く爛れたように醜くなってしまう。
せっかく兵法を納めたにもかかわらず、すれ違う者が皆顔を背けてしまうほどのその不気味な容貌から、どこの家にも士官は叶わず落ちぶれ、駿河に帰ることとなる。
そうして地元、駿河国で腐っていたところを不憫に思った昔馴染みの今川家家臣、庵原忠胤(いはら・ただたね)に拾われ、今川家の間者として甲斐の国に潜伏することとなる。
はじめ半助は洪水にあった流民として甲府の外れの村に住み着き、甲斐の政情や地形を探ろうとしたのだが、やはりその容貌から村人達からも疎んじられ、流れ流れて疫病で人がいなくなった廃村のあばら家に住んでいた。
そんな半助がある日、山菜を採りに山へ出かけると、美しく咲き乱れた躑躅の香りに導かれるようにある池に出た。
そこは長禅寺という禅寺近くの池で、半助は満開の躑躅が映る池のほとりで静かにその水面を見つめている子供を見つけた。
着物を見ると村の子供ではなし、そのそばには退屈そうにしている若武者がいる。
ボーっと水面を見つめる子供に、なぜか惹かれた半助。
お付きの若武者はボロをまとった化け物みたいな容姿の半助に気づき、警戒し、名を名乗れと問う。
子供もまた気づいて半助を見つめる。
さてどうしたものかと半助は、とりあえず平身低頭自己紹介。
「わ、わっちは怪しいものじゃないだに。
あいや、顔はモノノケみたいな面しとるがね、ここらに最近流れてきたモノで、ほら、この面のせいで、どの村にも鼻つまみ者にされてしまうだに」
すると、そのあまりにもへりくだった印象と間抜けな口調にお付きの若武者は呆れて笑う。
しかし子供は何も動じず、そのまま半助の顔をじっと見つめている。
自分の顔を見て表情が変わらない者を始めて見た半助は、自分でもよくわからないまま、なんとかその子の気を引こうと、そのままわざと大振りにおどけ、池に落ちる。
浅い水面を相手に溺れたふりで悪戦苦闘する半助だったが、その子は何も反応ない。
恥ずかしくなった半助は池から上がり、最後の技よと口から水をピューッと吹き出した。
それに子供はやっと笑顔を見せたので、半助も嬉しい気持ちになり、つい自分も笑ってしまう。
その半助の滑稽さを見ていた若武者も緊張を解き笑ってしまい、池には和やかな空気が漂う。
ひとしきり笑った若武者は教来石景政(きょうらいし・かげまさ)と名乗り、次にその子供を紹介する。
その子供こそ武田勝千代、のちの武田徳栄軒信玄(武田信玄)である。
勝千代は9歳、母の実家の菩提寺であった長禅寺に預けられ、学問を修め始めて1年が経った時期だった。
池の一件以来、勝千代と景政と勘助は打ちとけあい、いつもおもしろい半助の話に外の世界に興味を持った勝千代は、半助、景政と寺の勉学を抜け出してよく散歩するようになっていた。
諸国を旅してきた半助は、勝千代に旅の話を聞かせたり、野草や動物の生態、各地の合戦からおとぎ話まで、様々なことを教える。
半助はこんな不細工な自分の話を真剣に聞いてくれたのが初めてなのでただただ嬉しく、自分が今川の間者であることを忘れ、勝千代に夢中になって自分の学んできたこと、見てきたことを語った。
「勝千代様は、諏訪湖のように深く、澄んだ目をお持ちだに」
水辺が大好きな勝千代は興味津々で、目を輝かせて諏訪湖を見てみたいと言う。
それを聞いた半助は目を輝かせて
「んだんだ!そういやお諏訪様(諏訪大社のこと)には、玉のような姫様がお生まれになったとか聞いただに!いつか諏訪湖見物ついでに、その姫を勝千代様の嫁に迎えにいくだにね!」
そう言いながら半助は、諏訪湖だけではなく、もっと大きな水の打ち寄せる場所、生まれ育った駿河の海も、いつか見せて差し上げたいと誓うのだった。
②鬼鹿毛事件
半助がいつしか勝千代に忠義の心すら覚え始めた1年後の春、また躑躅が満開の季節が訪れた。
ある日、勝千代の父信虎が遠乗りを終えて自慢の馬、鬼鹿毛に乗り、勝千代の守役筆頭である板垣信方を伴い長禅寺にやってきた。
近隣の村に行っていた勝千代らはそれを知らず、寺に戻ると立派な馬がいるのを見つけ、父の馬だ!とつい動物好きの勝千代が触ろうとする。
すると信虎以外には絶対なつかない鬼鹿毛が、勝千代によくなつくのだった。
勝千代は鬼鹿毛を半助にも触らせてやろうとする。
半助は畏れ多くて触らないでいると、そこへ信虎がやってきて怒鳴る。
その声に驚いた鬼鹿毛が暴れ、勝千代抱きかかえて守った半助は鬼鹿毛に踏まれ負傷する。
しかし自分の息子より鬼鹿毛をまず気遣った信虎は、鬼鹿毛が触れたこの、名もしれぬ汚らしい男を叩き斬ろうと刀を抜く。
その時「おやめなされ!」という声がして皆一斉にその方を振り向くと、山門に一人の若い旅僧が立っている。
「ここは何しおう長禅寺の境内、いかな貴人といえど勝手な殺生は御仏が許しませんぞ」
それを聞いた信虎はギロリとその旅僧を睨みつけ
「ほう…この儂に意見するとは誰じゃ?名を名乗れ」
そう問われた旅僧が笠を外し名乗ろうとすると、お堂の方から岐秀元伯(ぎしゅう・げんぱく)和尚が
「その者は快川紹喜(かいせん・じょうき)、京は妙心寺の僧でござる」
「何?妙心寺の?」
「我が弟弟子にあたりますれば、何卒刀をお納め下さい」
信虎は怒りに震えながらも
「…よかろう。しかしこの甲斐にありて儂への無礼は許し難し。よってこの下郎を即刻引き渡せ。おい、快川とやら、この寺の外でなら良いのであろう?」
すると快川は言う
「はい。しかしその者はもう、大きな怪我をし、自力では立てませぬゆえ、立てるようになるまでしばし時間をいただきとうござりまする」
「何?このあと斬られる者を手当てしようというのか?」
「もちろんでございます。如何な定めのものであろうと、できるだけ手を差し伸べよというのが御仏の教えにございます」
「はっはっは!よくぞ申したこのたわけ坊主が!ならばこの下郎が立ってその足で寺を出るまで待っていてやるわ。しかしこの境内を一歩でも出たが最後、わし直々に撫で斬りにして遣わすゆえ、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
快川は不敵な笑みを浮かべて「自らお手にかけようというそのお優しさ、かたじけなく存じます」
「ケッ、食えぬ坊主よ。板垣!お主、こやつを見張り、傷が癒えたならすぐにわしに知らせよ。良いな!」
信虎について本堂から出てきていた信方は、いきなり自分に矛先が向いたことに肝を冷やし
「か、かしこまりましてにございまする」
と声を裏返して返事をした。
そして信虎は、大怪我をした半助に抱きつき泣きじゃくる勝千代を睨めつけたまま鬼鹿毛にまたがり、快川紹喜を一瞥もせず寺を出て行った。
板垣信方はそれを見て急いで馬に跨りながら景政に、半助の経過をしかとわしに伝えよと言い残し、信虎の癇癪をさらに受けないように必死に追いかけて行った。
長善寺の境内に、勝千代の鳴き声だけが響いていた。
③泣き虫
半助は小さなお堂に運ばれて手当てを受けている。
勝千代はお堂の戸の横にうずくまりしくしくと泣き続けていた。
景政はいたたまれず、そこらにいる小僧に後を任せて寺を飛び出す。
そこへ、快川紹喜がやってくる。
揺すり起こして武士がいつまで泣いているのか、と言おうとしたが、勝千代の腫れた目を見て快川は言葉を飲んだ。
「…勝千代どの。あなたの涙は枯れることのない泉ですな」
さらに涙溢れる勝千代の瞳。
「我の、我のせいなのだ。半助が、半助が…」
快川は何も言わず勝千代をぎゅっと抱きしめると、勝千代はさらに泣いた。
勝千代を抱いたまま快川は月を見上げてため息をつく。
「さて、どうしたものか」
…その夜、板垣信方より半助の様子を知らせよと命じられていた教来石景政は、勝千代の為にもなんとか半助を助けたいと、快川紹喜と共に一計を案じていた。
「時に教来石殿、勝千代君は、いつもあのように泣き虫なのか?」
「いや、まぁ、以前は何かあるとすぐに泣いておりましたが、ここ最近は、というか半助と出会うてからは少したくましくなったようにも思うておりました」
「そうか。半助とやらをそこまで慕っていたのか…」
「ええ…俺もなんとか、半助を助けたいのですが」
「ああ。何か良い案はないものかな。それにしても武田の棟梁になろうというお方がああまで弱いと、ちと難儀じゃのぉ」
「…そこで快川様。ひとつ、手を貸してはくださらぬか?」
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