たくにゃんのブロマガ

1時間で書いてみたPart2

2015/03/26 22:05 投稿

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まともにブログを書かなくなって結構な月日が過ぎた。
毎日更新を100日続けるという目標を立て、身の回りで起きたことを
どれだけふくらませて記事にしようか、それだけを考えて生活
していたような気がする。今思えば、だけど。
それでもさすがに10日過ぎたあたりから本当に書くことがなくなる。
それまでの日々で書こうと思って構成上入れなかったことをつなげて
どうにか5日くらいは保った。が、続かない。

だいたい会社と自宅の往復のみで毎日変化に富んだ生活は望むべくもなかったのだ。
なぜ100日なんて目標を掲げてしまったんだろうか。
答えは簡単、どっかのサイトにブログ始めはまず100日やれと書いてあったからだ。
はいそうですか、と考えもなしに始めた、というのが真実だった。

そもそも100日続けたからどうだというのか。
どこかのゲームのようにファンファーレと共にレベルがアップし、
その瞬間から新たな特技が身につくわけでもない。普通に101日目が始まっただけだ。

という考えに至り、更新が止まった。
最初の10日くらいでもう書きたいことは書いてしまったんだと思う。
微妙な達成感とともにこの自分のブログという生きたコンテンツは死を迎えたのだ。
しかしながら、生物のそれとは違い、生きることができなくなった電子のゴミは
土に還るわけでもなく、そのサービスを終了させなくては消えたりはしないのだ。

そんな感じでこのブログは存在し続けている。
昨年起きた事件を手っ取り早く人に伝えるため、事の顛末を記事にすることで
さらに更新が続いた。事件の副産物で湧き上がった物語はやっぱり不評だった。
ここに噛み付かれても大変困るのだが湧いて出たものはしょうがない。

ここでやめとけばいいのに困ったことにまたひとつ物語の原案が湧き上がったのだ。
めんどくさいのでここに原案だけ書くことにしておく。

舞台はそうだな、近未来、いやもうちょっと先の遠くない未来。
様々なジャンルの「科学」が発展し、成熟を極め、その行き着く先の話。
かつての日本でもモノがほしいが情報がない時代、営業マンが企業や一般家庭を訪問し、
需要を探りつつも現存の商材を売り込み、購入していたわけなのだが、
テレビやインターネットなどの情報技術が発達したその次の時代には、
もう他人から勧められて買う時代は終焉を迎えた。

モノを買うにしても入手のために売っている場所へ出向く必要性がなくなり、
必要なモノが必要な時間に、必要な場所へ届けられるのがごく普通となった。
これは生産のための仕入れであろうが完成品の納品であろうが関係ない。

例えばある人がうどんが食べたいと思ったとする。
うどんの原料は小麦だ。うどんを売りたいと思う人が農家へ小麦を買い付ける。
買い付けた小麦を塩や水でこねる。こねる機械も電気も潤滑油やネジの一本までもが
「思う」だけで補充される。

食べたいと思った人はそれだけで次には玄関のチャイムが鳴り、うどんが届く。
それに対し代金を支払うのだがこれが適正な比率で関わる全ての人に分配される。
もしかすると近く遠くででもうどんに関わる職業の人であればそのうちの数万分の1が
その人にも分配されるかもしれない。うどんを食えば食うほど自分も潤うという。
これがあまねくすべての人に適用するとしたらどうだろうか。

とどのつまりが共産主義、という極端に走ってしまいがちな物語なのだが、
例えばこの「適正な比率」を考えるのが人ではなかったらどうだろうか。
もうめんどくさくなってきたのでこれをコンピューターに任せてしまおう。
政府、自治体その他もろもろの税金で動く人をすべてこれに替えてしまおう。

例えば警察。もうどんな個々の事情も呵責せず、ものを盗んだら一律の刑に処するとかね。
しかしこれを自他問わず申告制にするとかつてのあの国や今もあの国にある
秘密警察みたいなものになるのでこの時点で話が頓挫してしまう。

しかしこれをもう目で見えるというか、「コンピューター」に絶対にバレるようにすれば
どうだろうか。誰かがやらかしたら勝手にしょっぴいていく。
そこにバグや法則性は絶対にあってはならない。そこを突いて楽をしようとするからだ。

あくまで物語の構想なのでこのへんまでにしておこうと思うが、
これらをすべて不公平無く効率を極限にまで上げた結果、やっぱり人は脳髄だけ液体に
入れられる未来しか思いつかなかった。

もうピザ食いてぇと思ったらいろいろ足して引いたら500円で届くようになれよと。
高いねん、宅配ピザ。


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