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        <title><![CDATA[マル激！メールマガジン]]></title>
        <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga</link>
        <description><![CDATA[ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。]]></description>
        <language>ja</language>
            <item>
                <title><![CDATA[中空麻奈氏：日本が金利のある時代に戻るということの意味]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年7月8日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1317回）
日本が金利のある時代に戻るということの意味
ゲスト：中空麻奈氏（かんぽ経済研究所主席研究員）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　日本銀行は6月16日、政策金利にあたる無担保コール翌日物金利の誘導目標を、それまでの0.75％程度から1.0％程度へと引き上げた。政策金利が1％台に戻るのは1995年以来、実に31年ぶりのことになる。日銀は同時に、今後も経済・物価・金融情勢に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく考えを示している。
　いよいよ日本にも「金利のある世界」が戻ってきたようだ。
　しかし、そうであるならば、われわれはまず、この30年近く続いた「金利のない世界」とは一体何だったのかを総括しなければならない。そして同時に、金利が復活するとは何を意味し、それが企業、家計、財政、そして日本という国の将来にどのような影響を及ぼすのかを考えておく必要がある。
　金利とは、単に住宅ローンや預金の利息の問題ではない。金利はお金を借りる際のコストであると同時に、時間の値段であり、リスクの値段であり、通貨に対する信認を示す指標でもある。景気が過熱し、物価が上がりすぎれば、中央銀行は金利を上げて消費や投資を抑える。逆に景気が悪く、物価が下がるデフレ局面では、金利を下げて経済活動を刺激する。これが金融政策の基本的な考え方だ。
　ところが日本は、バブル崩壊後の不良債権処理の遅れやデフレの長期化の中で、1990年代後半以降、政策金利をほとんどゼロ近辺に張り付かせる時代に入った。1999年にはゼロ金利政策が導入され、2016年にはマイナス金利付き量的・質的金融緩和に踏み込んだ。そのマイナス金利が解除されたのは2024年3月であり、そこから2年余りを経て、今回ようやく1％という水準に戻ってきたことになる。
　今の30歳前後以下の世代は、物心がついてから「金利のある社会」をほとんど経験していない。企業経営者も、政治家も、われわれ生活者も、いつの間にか金利がないことを所与の条件として行動するようになっていた。国はいくら借金をしても当面は利払い負担が大きくならず、企業は低いコストで資金を調達でき、家計は預金に利息がつかないことを当然のものとして受け入れてきた。
　しかし、金利がなかったことには、当然ながら副作用もあった。
　本来、超低金利は、痛みを一時的に和らげている間に、次の成長に向けて産業構造を転換するための猶予期間だったはずである。ところが現実には、その猶予は十分には活かされなかった。低金利は、資金繰りに苦しむ企業を救う一方で、本来なら退出を迫られるはずの低生産性企業を延命させる効果も持った。借り換えさえできれば何とかなるという環境が続いた結果、企業の新陳代謝は進まず、労働市場の流動化も遅れ、成長産業への人材と資本の移動も十分には起きなかった。
　つまり、金利の復活とは、単に銀行預金に少し利息がつくようになるという話ではない。長く日本経済を覆ってきたモルヒネが切れ始めるということでもある。
　今回の利上げが、日本経済の力強い成長を背景にしたものであれば、それは通常の金融政策の正常化として歓迎できる。しかし、今回の日銀の説明を見る限り、背景にあるのはむしろ、中東情勢による原油価格上昇、円安、食料品価格の上昇、そしてインフレ期待の上振れである。日銀自身も、物価上昇が幅広い品目に波及し、基調的な物価上昇率が2％目標を上回るリスクに言及している。
　つまり今回の利上げは、「景気が強すぎるから冷やす」というよりも、「物価と為替と信認の圧力に押されて、利上げせざるを得なくなった」という側面が強い。ここに、今回の局面の難しさがある。
　しかも、通常であれば日本の金利が上がれば、円を買う動きが強まり、円高に向かってもおかしくない。ところが実際には、円安が止まっていない。6月末から7月初めにかけて円相場は1ドル162円台後半まで下落し、39年半ぶりの円安水準を記録した。
　これは何を意味しているのか。
　もちろん、日米の金利差はなお大きい。しかし、ゲストで経済アナリストの中空麻奈氏が指摘するように、より深刻なのは、円という通貨そのもの、ひいては日本の長期的な国力に対する市場の信認が揺らぎ始めていることではないか。金利が上がっても円が買われないということは、金利差だけでは説明しきれない日本売りの要素が入り始めている可能性がある。
　奇しくも、日本の政策金利が最後に1％台にあった1995年は、日本の生産年齢人口がピークを迎えた年でもある。内閣府などの資料によれば、日本の15歳から64歳までの生産年齢人口は1995年をピークに減少に転じた。金利が低下していく過程と、働き手の数が減っていく過程は、ほぼ同じ時間軸で進んできたことになる。
　人口が減り、働き手が減り、需要も供給力も細っていく。その中で、金利だけが復活する。これは、きわめて厳しい組み合わせである。
　さらに、財政の問題もある。低金利は、日本の巨額の政府債務を支える最大の前提でもあった。財務省資料によれば、普通国債残高は2026年度末に1,145兆円に上る見込みとされている。金利が上がれば、当然、国債費、すなわち利払いと償還の負担は重くなる。巨大災害や有事に備えるためにも、財政に余力を持っておくことは国家の基本的な安全保障である。
　にもかかわらず、政治の側では消費税減税や給付、あるいは大型投資の話ばかりが前面に出がちである。もちろん、成長投資そのものが悪いわけではない。高市政権は17の戦略分野に対し、2040年度までに官民合わせて累計370兆円超の投資を想定する成長戦略を打ち出しているが、問題は、その投資が本当に日本の稼ぐ力につながるのかということだ。
　対象分野を広げれば広げるほど、政策は総花的になりやすい。AIも半導体も宇宙も量子もバイオも防衛も、すべて重要だというのはその通りだ。しかし、すべてが重要だという政策は、往々にして、どこにも十分な資源を集中できない政策になってしまう。
　ここで問われているのは、単なる金融政策ではない。日本はこれからも右肩上がりの成長を目指すのか。それとも、人口減少を所与のものとして、より小さく、しかし持続可能な国の形を選ぶのか。強い日本を取り戻すために痛みを伴う構造改革を行うのか。それとも、石橋湛山的な小国主義の発想に立ち、限られた資源をどう分かち合うかを考えるのか。
　どちらの道を選ぶにしても、金利のある世界では、ごまかしが利きにくくなる。
　金利は、政治の先送りにも、企業の延命にも、家計の錯覚にも、いずれ価格をつける。借金にはコストがかかる。リスクには値段がつく。通貨への信認は無限ではない。その当たり前の現実が、約30年ぶりに日本社会の前に戻ってきたのである。
　われわれは金利の復活を、日本経済を作り直す最後の警告として受け止めることができるのか。金利のある時代に戻るとは、単に金融政策が正常化することではない。それは、日本という国が、これ以上現実から目をそらすことを許されなくなるということである。金利の復活が意味すること、そして日本がこれからどのような国として生き残るべきなのかについて、かんぽ経済研究所主席研究員の中空麻奈氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・利上げしても円安が止まらないのはなぜか
・「金利のある世界」に戻ることの意味
・高市政権の経済政策をどう見るか
・利子の起源
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■　利上げしても円安が止まらないのはなぜか
神保：　今日のテーマは金利です。金利そのものをテーマにするのは初めてかもしれません。「ゼロ金利」「マイナス金利」のように、われわれは「失われた30年」と言われている1995年以降、ほとんど金利のない世界で生きてきました。

宮台：　金利の低さについては論じましたよね。

神保：　金利が低い間、何かしなければいけないはずなのに何もしなくて良いのかということは論じてきましたが、ついに金利のある時代に入ってしまいました。

　金利の話はどうしてもテクニカルになりがちなので、社会学的にどう考えたら良いのかということも含めて話していきたいと思います。本日のゲストはかんぽ経済研究所主席研究員の中空麻奈さんです。中空さんは経済アナリストですが、多くの政府委員もされています。今日はそもそも金利とは何かという入門的な話もできればと思います。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2234389</link>
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                <pubDate>Wed, 08 Jul 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年7月8日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1317回）</div>
<div>日本が金利のある時代に戻るということの意味</div>
<div>ゲスト：中空麻奈氏（かんぽ経済研究所主席研究員）</div>
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<div>　日本銀行は6月16日、政策金利にあたる無担保コール翌日物金利の誘導目標を、それまでの0.75％程度から1.0％程度へと引き上げた。政策金利が1％台に戻るのは1995年以来、実に31年ぶりのことになる。日銀は同時に、今後も経済・物価・金融情勢に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく考えを示している。</div>
<div>　いよいよ日本にも「金利のある世界」が戻ってきたようだ。</div>
<div>　しかし、そうであるならば、われわれはまず、この30年近く続いた「金利のない世界」とは一体何だったのかを総括しなければならない。そして同時に、金利が復活するとは何を意味し、それが企業、家計、財政、そして日本という国の将来にどのような影響を及ぼすのかを考えておく必要がある。</div>
<div>　金利とは、単に住宅ローンや預金の利息の問題ではない。金利はお金を借りる際のコストであると同時に、時間の値段であり、リスクの値段であり、通貨に対する信認を示す指標でもある。景気が過熱し、物価が上がりすぎれば、中央銀行は金利を上げて消費や投資を抑える。逆に景気が悪く、物価が下がるデフレ局面では、金利を下げて経済活動を刺激する。これが金融政策の基本的な考え方だ。</div>
<div>　ところが日本は、バブル崩壊後の不良債権処理の遅れやデフレの長期化の中で、1990年代後半以降、政策金利をほとんどゼロ近辺に張り付かせる時代に入った。1999年にはゼロ金利政策が導入され、2016年にはマイナス金利付き量的・質的金融緩和に踏み込んだ。そのマイナス金利が解除されたのは2024年3月であり、そこから2年余りを経て、今回ようやく1％という水準に戻ってきたことになる。</div>
<div>　今の30歳前後以下の世代は、物心がついてから「金利のある社会」をほとんど経験していない。企業経営者も、政治家も、われわれ生活者も、いつの間にか金利がないことを所与の条件として行動するようになっていた。国はいくら借金をしても当面は利払い負担が大きくならず、企業は低いコストで資金を調達でき、家計は預金に利息がつかないことを当然のものとして受け入れてきた。</div>
<div>　しかし、金利がなかったことには、当然ながら副作用もあった。</div>
<div>　本来、超低金利は、痛みを一時的に和らげている間に、次の成長に向けて産業構造を転換するための猶予期間だったはずである。ところが現実には、その猶予は十分には活かされなかった。低金利は、資金繰りに苦しむ企業を救う一方で、本来なら退出を迫られるはずの低生産性企業を延命させる効果も持った。借り換えさえできれば何とかなるという環境が続いた結果、企業の新陳代謝は進まず、労働市場の流動化も遅れ、成長産業への人材と資本の移動も十分には起きなかった。</div>
<div>　つまり、金利の復活とは、単に銀行預金に少し利息がつくようになるという話ではない。長く日本経済を覆ってきたモルヒネが切れ始めるということでもある。</div>
<div>　今回の利上げが、日本経済の力強い成長を背景にしたものであれば、それは通常の金融政策の正常化として歓迎できる。しかし、今回の日銀の説明を見る限り、背景にあるのはむしろ、中東情勢による原油価格上昇、円安、食料品価格の上昇、そしてインフレ期待の上振れである。日銀自身も、物価上昇が幅広い品目に波及し、基調的な物価上昇率が2％目標を上回るリスクに言及している。</div>
<div>　つまり今回の利上げは、「景気が強すぎるから冷やす」というよりも、「物価と為替と信認の圧力に押されて、利上げせざるを得なくなった」という側面が強い。ここに、今回の局面の難しさがある。</div>
<div>　しかも、通常であれば日本の金利が上がれば、円を買う動きが強まり、円高に向かってもおかしくない。ところが実際には、円安が止まっていない。6月末から7月初めにかけて円相場は1ドル162円台後半まで下落し、39年半ぶりの円安水準を記録した。</div>
<div>　これは何を意味しているのか。</div>
<div>　もちろん、日米の金利差はなお大きい。しかし、ゲストで経済アナリストの中空麻奈氏が指摘するように、より深刻なのは、円という通貨そのもの、ひいては日本の長期的な国力に対する市場の信認が揺らぎ始めていることではないか。金利が上がっても円が買われないということは、金利差だけでは説明しきれない日本売りの要素が入り始めている可能性がある。</div>
<div>　奇しくも、日本の政策金利が最後に1％台にあった1995年は、日本の生産年齢人口がピークを迎えた年でもある。内閣府などの資料によれば、日本の15歳から64歳までの生産年齢人口は1995年をピークに減少に転じた。金利が低下していく過程と、働き手の数が減っていく過程は、ほぼ同じ時間軸で進んできたことになる。</div>
<div>　人口が減り、働き手が減り、需要も供給力も細っていく。その中で、金利だけが復活する。これは、きわめて厳しい組み合わせである。</div>
<div>　さらに、財政の問題もある。低金利は、日本の巨額の政府債務を支える最大の前提でもあった。財務省資料によれば、普通国債残高は2026年度末に1,145兆円に上る見込みとされている。金利が上がれば、当然、国債費、すなわち利払いと償還の負担は重くなる。巨大災害や有事に備えるためにも、財政に余力を持っておくことは国家の基本的な安全保障である。</div>
<div>　にもかかわらず、政治の側では消費税減税や給付、あるいは大型投資の話ばかりが前面に出がちである。もちろん、成長投資そのものが悪いわけではない。高市政権は17の戦略分野に対し、2040年度までに官民合わせて累計370兆円超の投資を想定する成長戦略を打ち出しているが、問題は、その投資が本当に日本の稼ぐ力につながるのかということだ。</div>
<div>　対象分野を広げれば広げるほど、政策は総花的になりやすい。AIも半導体も宇宙も量子もバイオも防衛も、すべて重要だというのはその通りだ。しかし、すべてが重要だという政策は、往々にして、どこにも十分な資源を集中できない政策になってしまう。</div>
<div>　ここで問われているのは、単なる金融政策ではない。日本はこれからも右肩上がりの成長を目指すのか。それとも、人口減少を所与のものとして、より小さく、しかし持続可能な国の形を選ぶのか。強い日本を取り戻すために痛みを伴う構造改革を行うのか。それとも、石橋湛山的な小国主義の発想に立ち、限られた資源をどう分かち合うかを考えるのか。</div>
<div>　どちらの道を選ぶにしても、金利のある世界では、ごまかしが利きにくくなる。</div>
<div>　金利は、政治の先送りにも、企業の延命にも、家計の錯覚にも、いずれ価格をつける。借金にはコストがかかる。リスクには値段がつく。通貨への信認は無限ではない。その当たり前の現実が、約30年ぶりに日本社会の前に戻ってきたのである。</div>
<div>　われわれは金利の復活を、日本経済を作り直す最後の警告として受け止めることができるのか。金利のある時代に戻るとは、単に金融政策が正常化することではない。それは、日本という国が、これ以上現実から目をそらすことを許されなくなるということである。金利の復活が意味すること、そして日本がこれからどのような国として生き残るべきなのかについて、かんぽ経済研究所主席研究員の中空麻奈氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・利上げしても円安が止まらないのはなぜか</div>
<div>・「金利のある世界」に戻ることの意味</div>
<div>・高市政権の経済政策をどう見るか</div>
<div>・利子の起源</div>
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<div>■　利上げしても円安が止まらないのはなぜか</div>
<div>神保：　今日のテーマは金利です。金利そのものをテーマにするのは初めてかもしれません。「ゼロ金利」「マイナス金利」のように、われわれは「失われた30年」と言われている1995年以降、ほとんど金利のない世界で生きてきました。</div>
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<div>宮台：　金利の低さについては論じましたよね。</div>
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<div>神保：　金利が低い間、何かしなければいけないはずなのに何もしなくて良いのかということは論じてきましたが、ついに金利のある時代に入ってしまいました。</div>
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<div>　金利の話はどうしてもテクニカルになりがちなので、社会学的にどう考えたら良いのかということも含めて話していきたいと思います。本日のゲストはかんぽ経済研究所主席研究員の中空麻奈さんです。中空さんは経済アナリストですが、多くの政府委員もされています。今日はそもそも金利とは何かという入門的な話もできればと思います。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2234389">続きを読む</a>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            </item>
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                <title><![CDATA[鶴見太郎氏：意味不明な戦争の帰趨のカギを握るのはやっぱりイスラエル]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年7月1日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1316回）
意味不明な戦争の帰趨のカギを握るのはやっぱりイスラエル
ゲスト：鶴見太郎氏（東京大学教養学部准教授）
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　当初、3日で決着が付くはずだったアメリカとイスラエルによるイラン攻撃は、当初の目的だったイランの体制転覆も実現しないまま、イランによるホルムズ海峡の封鎖によって世界経済を巻き込んだ大迷惑な戦争に発展した挙げ句、どうやらイランの全面勝利で終わることになりそうだ。
　もともと攻撃の意図や目的がはっきりしないまま始まった戦争だったが、石油の世界への出入り口となるホルムズ海峡をめぐる情勢に、世界中の株式市場は乱高下を繰り返した。そして開戦から約4カ月が経過した6月17日、アメリカとイランは戦闘終結に向けた14項目の覚書（MOU）に署名した。今回、停戦合意の覚書がアメリカとイランの大統領によって電子署名されたことで、とりあえず戦闘状態が終わり、一時的にはホルムズ海峡が開放されることが期待されている。
　しかし、停戦の覚書が発効した今も、予断を許さない状況が続いている。なぜならば、この戦争の真の主役であるイスラエルが、停戦の覚書に署名していないからだ。それどころか、イスラエル国内では主戦論が圧倒的多数を占め、イスラエルの意向を無視したまま中途半端な停戦に合意したアメリカやトランプ大統領に対しては、容赦のない批判や誹謗中傷がイスラエル国内のメディアから浴びせられている。もともと自身も主戦論者で強硬派のネタニヤフ首相率いる現政権が、このまま黙って引き下がるとはとても思えないのが実情だ。
　現にイスラエルはレバノン南部への駐留を継続する意思を明確にしている。ここでイランが支援する民兵組織のヒズボラとの戦闘が再び激化すれば、イランはアメリカとの停戦違反を理由に再びホルムズ海峡の閉鎖に踏み切る可能性がある。そうなると話はまったく元の木阿弥だ。
　そもそもアメリカがイランとの間で署名した14項目の覚書も、その内容はひどいものだ。アメリカはイスラエルによって必ずしも望んでいなかったイランとの戦争に引きずり込まれ、何とかそこから抜け出そうと今回の覚書を捻り出したわけだが、外交の専門家に言わせれば、これは戦争終結の文書として史上最悪の部類に入るもので、アメリカの完全なスコンク負けだという。
　この覚書でアメリカが得たものは、60日間の核交渉期限とその間の停戦、そして60日間はホルムズ海峡を無料で船を通すという約束だけだ。これに対してイランは、石油輸出の再開や凍結資産の解除、そして3000億ドルの復興資金まで獲得している。満額回答に近い。アメリカのトランプ政権としてはホルムズ海峡の封鎖によってガソリン価格が未曾有の1ガロン4ドル超にまで跳ね上がったまま11月の中間選挙に突入すれば、共和党の敗北は必至な情勢だ。
そうなるとトランプ政権は残る2年の任期を、ほとんどやりたいことが何もできないままレイムダック化してしまう可能性が大きい。トランプとしてはガソリン価格を下げて物価を落ち着かせるためには、どんな譲歩をしてでもホルムズ海峡を開けてもらう必要があったのだ。
　しかし、全面的にイランに有利なこの覚書を、イスラエルがのめるはずがない。これがそのまま実現してしまえば、イランの力が戦争前よりも強大化してしまい、イスラエルにとっては単に脅威が増すことになる。6月のヘブライ大学などの調査では、今回の覚書の内容について、92％が「イランの利益のほうが大きい」、83％が「イスラエルの安全保障が低下した」と答えるなど、イスラエルの市民はまったくこれに納得していない。
実はイスラエルも10月に総選挙を控え、このままでは連立与党は過半数割れに追い込まれネタニヤフ氏は首相の座を追われてしまう可能性が高い。もともと収賄の嫌疑がかかるネタニヤフ氏としては、首相の座を追われれば逮捕される可能性すらある以上、この選挙には負けられない。そんな国内的な事情からも、ネタニヤフ政権としても何があっても弱腰を見せられないのだ。
　今回のイラン攻撃は、世界経済を巻き込んだ割には、誰にとっても得るものがない不毛な戦争だった。唯一得るものがあった国があるとすれば、それはイランだ。今回の合意の結果、イランはより強大化し、ホルムズ海峡の封鎖の旨味も知ってしまった。そこに残るのは、戦争前よりも不安定な中東情勢だ。
　外交の素人が交渉に当たってきたトランプ政権がイスラエルによって無謀な戦争に引きずり込まれ、世界経済を大混乱に陥れた挙げ句、イラン側に全面的に譲歩することによってしかそこから抜け出すことができなくなってしまった。しかも、もはやイスラエルはアメリカの言うことを聞かない。と言うよりも、イスラエル国内の政治情勢がそれを許してくれない。
　この閉塞をどう打ち破ることができるのか。アメリカが調整役としての機能を完全に喪失した今、中東で手を汚していない日本や東アジアの国々にこそ、その役割を果たす余地があると、ユダヤの歴史が専門の鶴見太郎・東京大学教養学部准教授は語る。そして、エネルギー源を中東からの石油に9割以上依存している日本にとっては、中東情勢が安定することは、国家安全保障上の必須条件でもある。
　日本は長期的には中東産石油への依存度を下げ、化石燃料への依存度そのものを下げる努力を急ピッチで行う必要があるが、それが実現するまでの間も、中東の安定化のために自分たちにできることは何があるかを真剣に考えるべきではないか。この3月にイスラエルでの研究生活から帰国した東京大学の鶴見氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・事実上アメリカ全面降伏の停戦合意
・与野党ともに主戦的なイスラエル国会
・米イスラエル関係は悪化しているのか
・日本は中東における紛争の調停役になれるのか
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■　事実上アメリカ全面降伏の停戦合意
神保：　今日のテーマはイスラエルです。イラン戦争をめぐっては、ホルムズ海峡しだいで株が上がったり下がったりといったことが現在進行形で起こっていますが、その中で不確定要素というには大きすぎる要素として「イスラエル」という変数があります。さらに言えば、あの戦争の本当の主役はイスラエルだったのではないのか。アメリカは外交下手であるがゆえに引っ張り込まれただけで、何とか抜け出すために例の14条の覚書に署名しました。
ただ外交の専門家から見るとこれは歴史上一番出来の悪い戦争終結の覚書ではないかと言われるほどで、アメリカのスコンク負けだという評価もあります。

宮台：　戦争のスタイルも占領統治による支配ではなく意思決定の支配を目指し、ピンポイント暗殺をAIによって行いました。ヨルダン川西岸地区やレバノンではずっとそれをやってきました。

神保：　もちろんアメリカには地上軍を送って犠牲を出すような理由もありません。アメリカは11月に選挙があり、それまでに戦争を終結させなければアメリカの経済が戻らないので、タイムリミットだと判断してほぼ無条件降伏という形をとりました。交渉している人物はアメリカ側はウィトコフやクシュナー、イラン側はガリバフやアラグチです。外交のプロが見れば、世界中から叩かれながら何とか生き抜いてきたイラン側の手だれに対し、アメリカ側の不動産屋2人では、話にならないそうです。

　おそらくアメリカ国務省の中にはイランの歴史も分かっている専門家がまだいるはずですが、その人たちが政権の意向に反することを言えば、その瞬間に飛ばされたりクビになったりします。その結果、不動産屋が外交の専門家と交渉して出てきたものが、恥ずべき内容だったということです。

　14項目の覚書で停戦が決まりましたが、不思議なのはイスラエルが交渉当事者ではないということです。アメリカとイランの間だけで決めたので、イスラエルは相変わらずヒズボラへの攻撃を続けている。そのあたりのダイナミズムをもう少ししっかりと見なければなりません。今日はイスラエルの話をメインでしますが、さらにイスラエルとイランの話、イスラエルとアメリカの関係も扱いたいと思います。

　本日のゲストは東京大学教養学部准教授の鶴見太郎さんです。鶴見さんは今年3月までサバティカルで、イスラエルのハイファ大学で研究をされていました。2月28日はイスラエルにいたんですよね。

鶴見：　はい。大学の寮にいました。特に最初の3日くらいは、数時間おきに空襲警報が鳴っていました。

神保：　イスラエルを中心に中東を見ている鶴見さんからすると、総論として現状をどう理解していますか。一応アメリカとイランの間で覚書が署名されました。電子署名だったということですね。それ自体は有効ですが、隠れた主役であるはずのイスラエルはそこには入っていません。ただ今回の合意内容の中には「レバノンを含む全戦線で戦闘終結」というのも含まれています。レバノンで戦っているのはイスラエルなので、サインをしていないイスラエルも縛るような内容になっています。それも含めて、イスラエル国内は穏やかではないという話も聞きます。

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＜フリップ＞
アメリカとイランの戦闘終結に向けた覚書
　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2234121</link>
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                <pubDate>Wed, 01 Jul 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年7月1日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1316回）</div>
<div>意味不明な戦争の帰趨のカギを握るのはやっぱりイスラエル</div>
<div>ゲスト：鶴見太郎氏（東京大学教養学部准教授）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　当初、3日で決着が付くはずだったアメリカとイスラエルによるイラン攻撃は、当初の目的だったイランの体制転覆も実現しないまま、イランによるホルムズ海峡の封鎖によって世界経済を巻き込んだ大迷惑な戦争に発展した挙げ句、どうやらイランの全面勝利で終わることになりそうだ。</div>
<div>　もともと攻撃の意図や目的がはっきりしないまま始まった戦争だったが、石油の世界への出入り口となるホルムズ海峡をめぐる情勢に、世界中の株式市場は乱高下を繰り返した。そして開戦から約4カ月が経過した6月17日、アメリカとイランは戦闘終結に向けた14項目の覚書（MOU）に署名した。今回、停戦合意の覚書がアメリカとイランの大統領によって電子署名されたことで、とりあえず戦闘状態が終わり、一時的にはホルムズ海峡が開放されることが期待されている。</div>
<div>　しかし、停戦の覚書が発効した今も、予断を許さない状況が続いている。なぜならば、この戦争の真の主役であるイスラエルが、停戦の覚書に署名していないからだ。それどころか、イスラエル国内では主戦論が圧倒的多数を占め、イスラエルの意向を無視したまま中途半端な停戦に合意したアメリカやトランプ大統領に対しては、容赦のない批判や誹謗中傷がイスラエル国内のメディアから浴びせられている。もともと自身も主戦論者で強硬派のネタニヤフ首相率いる現政権が、このまま黙って引き下がるとはとても思えないのが実情だ。</div>
<div>　現にイスラエルはレバノン南部への駐留を継続する意思を明確にしている。ここでイランが支援する民兵組織のヒズボラとの戦闘が再び激化すれば、イランはアメリカとの停戦違反を理由に再びホルムズ海峡の閉鎖に踏み切る可能性がある。そうなると話はまったく元の木阿弥だ。</div>
<div>　そもそもアメリカがイランとの間で署名した14項目の覚書も、その内容はひどいものだ。アメリカはイスラエルによって必ずしも望んでいなかったイランとの戦争に引きずり込まれ、何とかそこから抜け出そうと今回の覚書を捻り出したわけだが、外交の専門家に言わせれば、これは戦争終結の文書として史上最悪の部類に入るもので、アメリカの完全なスコンク負けだという。</div>
<div>　この覚書でアメリカが得たものは、60日間の核交渉期限とその間の停戦、そして60日間はホルムズ海峡を無料で船を通すという約束だけだ。これに対してイランは、石油輸出の再開や凍結資産の解除、そして3000億ドルの復興資金まで獲得している。満額回答に近い。アメリカのトランプ政権としてはホルムズ海峡の封鎖によってガソリン価格が未曾有の1ガロン4ドル超にまで跳ね上がったまま11月の中間選挙に突入すれば、共和党の敗北は必至な情勢だ。</div>
<div>そうなるとトランプ政権は残る2年の任期を、ほとんどやりたいことが何もできないままレイムダック化してしまう可能性が大きい。トランプとしてはガソリン価格を下げて物価を落ち着かせるためには、どんな譲歩をしてでもホルムズ海峡を開けてもらう必要があったのだ。</div>
<div>　しかし、全面的にイランに有利なこの覚書を、イスラエルがのめるはずがない。これがそのまま実現してしまえば、イランの力が戦争前よりも強大化してしまい、イスラエルにとっては単に脅威が増すことになる。6月のヘブライ大学などの調査では、今回の覚書の内容について、92％が「イランの利益のほうが大きい」、83％が「イスラエルの安全保障が低下した」と答えるなど、イスラエルの市民はまったくこれに納得していない。</div>
<div>実はイスラエルも10月に総選挙を控え、このままでは連立与党は過半数割れに追い込まれネタニヤフ氏は首相の座を追われてしまう可能性が高い。もともと収賄の嫌疑がかかるネタニヤフ氏としては、首相の座を追われれば逮捕される可能性すらある以上、この選挙には負けられない。そんな国内的な事情からも、ネタニヤフ政権としても何があっても弱腰を見せられないのだ。</div>
<div>　今回のイラン攻撃は、世界経済を巻き込んだ割には、誰にとっても得るものがない不毛な戦争だった。唯一得るものがあった国があるとすれば、それはイランだ。今回の合意の結果、イランはより強大化し、ホルムズ海峡の封鎖の旨味も知ってしまった。そこに残るのは、戦争前よりも不安定な中東情勢だ。</div>
<div>　外交の素人が交渉に当たってきたトランプ政権がイスラエルによって無謀な戦争に引きずり込まれ、世界経済を大混乱に陥れた挙げ句、イラン側に全面的に譲歩することによってしかそこから抜け出すことができなくなってしまった。しかも、もはやイスラエルはアメリカの言うことを聞かない。と言うよりも、イスラエル国内の政治情勢がそれを許してくれない。</div>
<div>　この閉塞をどう打ち破ることができるのか。アメリカが調整役としての機能を完全に喪失した今、中東で手を汚していない日本や東アジアの国々にこそ、その役割を果たす余地があると、ユダヤの歴史が専門の鶴見太郎・東京大学教養学部准教授は語る。そして、エネルギー源を中東からの石油に9割以上依存している日本にとっては、中東情勢が安定することは、国家安全保障上の必須条件でもある。</div>
<div>　日本は長期的には中東産石油への依存度を下げ、化石燃料への依存度そのものを下げる努力を急ピッチで行う必要があるが、それが実現するまでの間も、中東の安定化のために自分たちにできることは何があるかを真剣に考えるべきではないか。この3月にイスラエルでの研究生活から帰国した東京大学の鶴見氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
<br />
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<div>今週の論点</div>
<div>・事実上アメリカ全面降伏の停戦合意</div>
<div>・与野党ともに主戦的なイスラエル国会</div>
<div>・米イスラエル関係は悪化しているのか</div>
<div>・日本は中東における紛争の調停役になれるのか</div>
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<br />
<div>■　事実上アメリカ全面降伏の停戦合意</div>
<div>神保：　今日のテーマはイスラエルです。イラン戦争をめぐっては、ホルムズ海峡しだいで株が上がったり下がったりといったことが現在進行形で起こっていますが、その中で不確定要素というには大きすぎる要素として「イスラエル」という変数があります。さらに言えば、あの戦争の本当の主役はイスラエルだったのではないのか。アメリカは外交下手であるがゆえに引っ張り込まれただけで、何とか抜け出すために例の14条の覚書に署名しました。</div>
<div>ただ外交の専門家から見るとこれは歴史上一番出来の悪い戦争終結の覚書ではないかと言われるほどで、アメリカのスコンク負けだという評価もあります。</div>
<br />
<div>宮台：　戦争のスタイルも占領統治による支配ではなく意思決定の支配を目指し、ピンポイント暗殺をAIによって行いました。ヨルダン川西岸地区やレバノンではずっとそれをやってきました。</div>
<br />
<div>神保：　もちろんアメリカには地上軍を送って犠牲を出すような理由もありません。アメリカは11月に選挙があり、それまでに戦争を終結させなければアメリカの経済が戻らないので、タイムリミットだと判断してほぼ無条件降伏という形をとりました。交渉している人物はアメリカ側はウィトコフやクシュナー、イラン側はガリバフやアラグチです。外交のプロが見れば、世界中から叩かれながら何とか生き抜いてきたイラン側の手だれに対し、アメリカ側の不動産屋2人では、話にならないそうです。</div>
<br />
<div>　おそらくアメリカ国務省の中にはイランの歴史も分かっている専門家がまだいるはずですが、その人たちが政権の意向に反することを言えば、その瞬間に飛ばされたりクビになったりします。その結果、不動産屋が外交の専門家と交渉して出てきたものが、恥ずべき内容だったということです。</div>
<br />
<div>　14項目の覚書で停戦が決まりましたが、不思議なのはイスラエルが交渉当事者ではないということです。アメリカとイランの間だけで決めたので、イスラエルは相変わらずヒズボラへの攻撃を続けている。そのあたりのダイナミズムをもう少ししっかりと見なければなりません。今日はイスラエルの話をメインでしますが、さらにイスラエルとイランの話、イスラエルとアメリカの関係も扱いたいと思います。</div>
<br />
<div>　本日のゲストは東京大学教養学部准教授の鶴見太郎さんです。鶴見さんは今年3月までサバティカルで、イスラエルのハイファ大学で研究をされていました。2月28日はイスラエルにいたんですよね。</div>
<br />
<div>鶴見：　はい。大学の寮にいました。特に最初の3日くらいは、数時間おきに空襲警報が鳴っていました。</div>
<br />
<div>神保：　イスラエルを中心に中東を見ている鶴見さんからすると、総論として現状をどう理解していますか。一応アメリカとイランの間で覚書が署名されました。電子署名だったということですね。それ自体は有効ですが、隠れた主役であるはずのイスラエルはそこには入っていません。ただ今回の合意内容の中には「レバノンを含む全戦線で戦闘終結」というのも含まれています。レバノンで戦っているのはイスラエルなので、サインをしていないイスラエルも縛るような内容になっています。それも含めて、イスラエル国内は穏やかではないという話も聞きます。</div>
<br />
<div>--------------------</div>
<div>＜フリップ＞</div>
<div>アメリカとイランの戦闘終結に向けた覚書</div>
<div>　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2234121">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[木村草太氏：同志社国際高校への教育基本法14条違反認定が投げかける教育の政治的中立とは何かという問い]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年6月24日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1315回）
同志社国際高校への教育基本法14条違反認定が投げかける教育の政治的中立とは何かという問い
ゲスト：木村草太氏（東京都立大学法学部教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　これを機に教育がもっぱら政治的に当たり障りのないテーマしか扱わない方向へ向かってしまうとしたら、それは由々しき事態ではないか。
　沖縄県名護市辺野古沖で、研修旅行中の同志社国際高校の生徒らを乗せた小型船が転覆し、生徒と船長が亡くなるという痛ましい事故が起きた。この事故を受け、文部科学省は同校の事前計画、当日の対応、安全管理、教育活動のあり方などに重大な問題があったとして、学校側の責任を厳しく指摘した上で、教育基本法14条違反があったとして同校を指導したことを明らかにした。教育基本法違反の認定などを受け、京都府では私学助成金の減額の検討に入ったという。
　今回、学校側に安全管理上、重大な瑕疵があったことに疑いの余地はない。しかし、文科省があわせて、同校が行っていた辺野古移設工事に関する学習について、教育基本法第14条第2項に反するとの見解を示したことについては、大いに疑問が残る。安全管理上の責任と、教育内容への行政介入は明確に分けて考えるべきだ。
　教育基本法14条は、第1項で「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とする一方で、その第2項では、法律に定める学校が「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」をしてはならないと定めている。つまり同条は、学校における政治教育そのものを禁じているわけではなく、むしろ政治的教養の重要性を認めたうえで、特定政党への支持・反対を目的とする活動を制限しているだけだ。
　ここで問われるのは、そもそも辺野古移設問題という政治的争点を扱うこと自体が14条違反に当たるのか、それとも、特定の政治的立場を持つ人や団体と行動を共にした場合に限って問題となるのかという点だ。ただ、いずれにしても文科省は今回、「特定の見方・考え方に偏った取扱い」があったと判断しているが、それが直ちに法律が禁じている「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育」に当たるのかについては、慎重な検討が必要だ。
この扱いを誤ると、今後の教育現場に対して「政治的にデリケートなテーマは扱わない方が無難だ」というメッセージとして受け止められる可能性がある。それを避けるためにも、まずどこが問題でそのような判定が行われたのかについては、基準が明確にされる必要がある。
　また、今回の14条違反の判定にはもう一つ重大な問題がある。それは文科省という政府の一機関が政治的中立性に対する事実認定を自ら行っていることだ。文科省は内閣や大臣の指揮監督下にあり、独立した第三者機関ではない。政治的な中立性の判定には、独立した専門家や審査員が介在する仕組みが必要だ。プレイヤーである政治家やその指揮下にある行政機関が審判を兼ねる構造での事実認定は、結論がどうであれ、その正当性自体に重大な疑念が生じると、東京都立大学法学部教授で憲法学者の木村草太氏は指摘する。
　辺野古への米軍基地移転問題に限らず、原発、憲法、安全保障、ジェンダー、入管、気候変動、貧困など、現代社会の重要な課題の多くは政治的争点でもある。学校がそうしたテーマを扱うことを避けるようになれば、主権者教育は形式的な制度説明にとどまり、それでは現実社会を自分で判断する力は育たたない。
しかも、その判断を政権の指揮下にある文科省が単独で下せるということになれば、学校の教育現場は厭が応にもその時々の政権の政治信条に忖度しなければならなくなる。実際、今回の文科省判断については、全国の主権者教育や平和学習に萎縮効果を及ぼしかねないとの懸念が指摘されている。
　これは総務省が放送法4条の政治的中立性を単独で判定することの是非を巡る議論と同根の問題でもある。
　重要なのは、政治的争点を学校から排除することではない。むしろ、対立する意見や歴史的背景、権力関係を含めて現実を複眼的に学ぶことこそ、教育基本法がいう「良識ある公民として必要な政治的教養」に適うはずだ。
　近年、デリケートな問題に対する政治的なスタンスを表明した瞬間に、「偏っている」と指弾される風潮が国全体を覆っているように見える。しかし何かを真剣に考えることは、必然的に何らかのスタンス、すなわち偏りを持つことだ。それを否定した先にあるのは、バランスの取れた考えではなく、何も考えていない状態や無関心にすぎない。
　教育基本法の違反認定をもとに、プレイヤーが審判を兼ねることを許してしまうことの問題と、それが社会にどのような影響を及ぼすかなどについて、憲法学者の木村氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
　また番組では、日本の刑事司法における人質司法が、16歳の少女の命を奪った悲劇的な事件と、皇室典範の改正問題も取り上げた。

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今週の論点
・人質司法が奪った16歳少女の命
・文科省による「教育基本法違反」認定プロセスの問題点
・教育基本法違反認定と高市元総務大臣「停波」発言の共通点
・皇室典範改正問題――男系男子維持派の熱量はなぜ高いのか
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■　人質司法が奪った16歳少女の命
神保：　今日は高市政権がやっているいくつかのことをテーマにしたいと思います。メディアがきちんと報じていないことに不満や危機感を持っているので、そこをしっかり拾っていきたいと思います。また法曹関係でもあまりにもひどいことがたくさん起きているので、最近のニュースもいくつか取り上げたいと思います。本日のゲストは東京都立大学法学部教授の木村草太さんです。木村さんに前回出演していただいたときは共同親権の話を、その前は天皇の人権の話をしました。

　さて今週、神戸である国家賠償訴訟が提起されました。16歳の女性が母親の経営する知的障害者の施設で働いていたのですが、あるイベントの会場で、知的障害のある参加者が人に噛みつこうとしたり自分のことを噛もうとしたりしたところ、それをやめさせるために口元を押さえるということがありました。それを見ていた別の知的障害のある参加者が行政に話をし、最終的に警察まで行き、16歳の女性と、別の男性が逮捕されました。

　その結果、16歳の少女は例の「人質司法」で18日間勾留されました。詳しいことはビデオニュースのサイトにも記事が出ています。本人はもちろん否認しましたが、その間は親との接見も禁止され、18日間取調べを受けたことでPTSDを発症してしまいました。ご飯が一切食べられなくなり、最初に捕まった時は37キロだった体重が、最終的に20キロまで減ってしまいました。18日後に釈放されたのですが、その5か月後に亡くなりました。
その間も医療を受けていたのですが、栄養を一切取れない状態になってしまい、事実上の低栄養症になり餓死してしまいました。これは去年の12月のことです。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233771</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233771</guid>
                <pubDate>Wed, 24 Jun 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年6月24日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1315回）</div>
<div>同志社国際高校への教育基本法14条違反認定が投げかける教育の政治的中立とは何かという問い</div>
<div>ゲスト：木村草太氏（東京都立大学法学部教授）</div>
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<div>　これを機に教育がもっぱら政治的に当たり障りのないテーマしか扱わない方向へ向かってしまうとしたら、それは由々しき事態ではないか。</div>
<div>　沖縄県名護市辺野古沖で、研修旅行中の同志社国際高校の生徒らを乗せた小型船が転覆し、生徒と船長が亡くなるという痛ましい事故が起きた。この事故を受け、文部科学省は同校の事前計画、当日の対応、安全管理、教育活動のあり方などに重大な問題があったとして、学校側の責任を厳しく指摘した上で、教育基本法14条違反があったとして同校を指導したことを明らかにした。教育基本法違反の認定などを受け、京都府では私学助成金の減額の検討に入ったという。</div>
<div>　今回、学校側に安全管理上、重大な瑕疵があったことに疑いの余地はない。しかし、文科省があわせて、同校が行っていた辺野古移設工事に関する学習について、教育基本法第14条第2項に反するとの見解を示したことについては、大いに疑問が残る。安全管理上の責任と、教育内容への行政介入は明確に分けて考えるべきだ。</div>
<div>　教育基本法14条は、第1項で「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」とする一方で、その第2項では、法律に定める学校が「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」をしてはならないと定めている。つまり同条は、学校における政治教育そのものを禁じているわけではなく、むしろ政治的教養の重要性を認めたうえで、特定政党への支持・反対を目的とする活動を制限しているだけだ。</div>
<div>　ここで問われるのは、そもそも辺野古移設問題という政治的争点を扱うこと自体が14条違反に当たるのか、それとも、特定の政治的立場を持つ人や団体と行動を共にした場合に限って問題となるのかという点だ。ただ、いずれにしても文科省は今回、「特定の見方・考え方に偏った取扱い」があったと判断しているが、それが直ちに法律が禁じている「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育」に当たるのかについては、慎重な検討が必要だ。</div>
<div>この扱いを誤ると、今後の教育現場に対して「政治的にデリケートなテーマは扱わない方が無難だ」というメッセージとして受け止められる可能性がある。それを避けるためにも、まずどこが問題でそのような判定が行われたのかについては、基準が明確にされる必要がある。</div>
<div>　また、今回の14条違反の判定にはもう一つ重大な問題がある。それは文科省という政府の一機関が政治的中立性に対する事実認定を自ら行っていることだ。文科省は内閣や大臣の指揮監督下にあり、独立した第三者機関ではない。政治的な中立性の判定には、独立した専門家や審査員が介在する仕組みが必要だ。プレイヤーである政治家やその指揮下にある行政機関が審判を兼ねる構造での事実認定は、結論がどうであれ、その正当性自体に重大な疑念が生じると、東京都立大学法学部教授で憲法学者の木村草太氏は指摘する。</div>
<div>　辺野古への米軍基地移転問題に限らず、原発、憲法、安全保障、ジェンダー、入管、気候変動、貧困など、現代社会の重要な課題の多くは政治的争点でもある。学校がそうしたテーマを扱うことを避けるようになれば、主権者教育は形式的な制度説明にとどまり、それでは現実社会を自分で判断する力は育たたない。</div>
<div>しかも、その判断を政権の指揮下にある文科省が単独で下せるということになれば、学校の教育現場は厭が応にもその時々の政権の政治信条に忖度しなければならなくなる。実際、今回の文科省判断については、全国の主権者教育や平和学習に萎縮効果を及ぼしかねないとの懸念が指摘されている。</div>
<div>　これは総務省が放送法4条の政治的中立性を単独で判定することの是非を巡る議論と同根の問題でもある。</div>
<div>　重要なのは、政治的争点を学校から排除することではない。むしろ、対立する意見や歴史的背景、権力関係を含めて現実を複眼的に学ぶことこそ、教育基本法がいう「良識ある公民として必要な政治的教養」に適うはずだ。</div>
<div>　近年、デリケートな問題に対する政治的なスタンスを表明した瞬間に、「偏っている」と指弾される風潮が国全体を覆っているように見える。しかし何かを真剣に考えることは、必然的に何らかのスタンス、すなわち偏りを持つことだ。それを否定した先にあるのは、バランスの取れた考えではなく、何も考えていない状態や無関心にすぎない。</div>
<div>　教育基本法の違反認定をもとに、プレイヤーが審判を兼ねることを許してしまうことの問題と、それが社会にどのような影響を及ぼすかなどについて、憲法学者の木村氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
<div>　また番組では、日本の刑事司法における人質司法が、16歳の少女の命を奪った悲劇的な事件と、皇室典範の改正問題も取り上げた。</div>
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<div>・人質司法が奪った16歳少女の命</div>
<div>・文科省による「教育基本法違反」認定プロセスの問題点</div>
<div>・教育基本法違反認定と高市元総務大臣「停波」発言の共通点</div>
<div>・皇室典範改正問題――男系男子維持派の熱量はなぜ高いのか</div>
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<div>神保：　今日は高市政権がやっているいくつかのことをテーマにしたいと思います。メディアがきちんと報じていないことに不満や危機感を持っているので、そこをしっかり拾っていきたいと思います。また法曹関係でもあまりにもひどいことがたくさん起きているので、最近のニュースもいくつか取り上げたいと思います。本日のゲストは東京都立大学法学部教授の木村草太さんです。木村さんに前回出演していただいたときは共同親権の話を、その前は天皇の人権の話をしました。</div>
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<div>　さて今週、神戸である国家賠償訴訟が提起されました。16歳の女性が母親の経営する知的障害者の施設で働いていたのですが、あるイベントの会場で、知的障害のある参加者が人に噛みつこうとしたり自分のことを噛もうとしたりしたところ、それをやめさせるために口元を押さえるということがありました。それを見ていた別の知的障害のある参加者が行政に話をし、最終的に警察まで行き、16歳の女性と、別の男性が逮捕されました。</div>
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<div>　その結果、16歳の少女は例の「人質司法」で18日間勾留されました。詳しいことはビデオニュースのサイトにも記事が出ています。本人はもちろん否認しましたが、その間は親との接見も禁止され、18日間取調べを受けたことでPTSDを発症してしまいました。ご飯が一切食べられなくなり、最初に捕まった時は37キロだった体重が、最終的に20キロまで減ってしまいました。18日後に釈放されたのですが、その5か月後に亡くなりました。</div>
<div>その間も医療を受けていたのですが、栄養を一切取れない状態になってしまい、事実上の低栄養症になり餓死してしまいました。これは去年の12月のことです。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233771">続きを読む</a>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[沢村香苗氏：身寄りの社会化だけで広がる独居高齢者問題を解決できるのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年6月17日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1314回）
身寄りの社会化だけで広がる独居高齢者問題を解決できるのか
ゲスト：沢村香苗氏（日本総合研究所創発戦略センターシニアスペシャリスト）
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　身寄りのない高齢者の問題が、もはや一部の人たちだけの特殊な課題ではなくなっている。
　内閣府の推計によれば、誰にも看取られることなく亡くなり、死後8日以上経ってから発見された「孤立死」は年間約2万1000人に上る。また、引き取り手がないために自治体が火葬などを行うケースは、2023年度だけで全国推計約4万人に達している。
　これまで「孤独死」や「無縁社会」といった言葉で語られてきた問題だが、いま起きているのは単なる社会的孤立の拡大ではない。未婚化や少子化、家族形態の変化を背景に、「頼れる家族がいないまま老後を迎えること」が、ごく普通のことになりつつあるのだ。
　『老後ひとり難民』の著者で、「おひとりさま」高齢者や身元保証サービスを長年取材・研究してきた日本総研シニアスペシャリストの沢村香苗氏は、身寄り問題が多くの人にとって切実で身近な課題になっていると指摘する。
　こうした状況を受け、政府もようやく制度整備に乗り出した。今国会では社会福祉法等改正案が審議されており、身寄りのない高齢者らに対して、日常生活支援や入院・施設入所時の手続き支援、さらには死後事務までを担う事業を第二種社会福祉事業として位置づけた上で、相談体制の整備を進めようとしている。
　一方で、判断能力が低下した人を支援する成年後見制度についても見直しが進んでいる。沢村氏によれば、障害者権利条約との関係で批判を受けてきた成年後見制度の改革論議と、身寄り問題への対応が一体化し、新たな支援制度を創設しようとする流れが生まれているという。
　しかし、制度を整えれば問題は解決するのだろうか。
　高齢になれば、誰しも心身の衰えに直面する可能性がある。夫婦世帯であっても、一方が認知症になり、もう一方が病に倒れることは珍しくない。公共料金の支払いや各種契約、福祉サービス利用の手続き、入院や施設入所時の身元保証、緊急連絡先の確保等々、これまで家族が当然のように担ってきた役割を、誰が引き受けるのかという問題が浮上する。
　現場ではこれまで、ケアマネジャーや民生委員、医療ソーシャルワーカーなどが事実上その穴を埋めてきた。しかし、すでに現場の対応能力は限界に達しているとの指摘が国会でも相次いでいる。
　特に懸念されるのは、公的な支援の対象から漏れやすい人たちの存在だ。成年後見制度を利用するほど判断能力が低下しているわけではない。生活保護受給者でもない。沢村氏は、こうした「支援のはざま」に置かれた人々が、高齢者全体の3分の2近くに及ぶ可能性があるとみている。
　近年は、身元保証や死後事務を請け負う終身サポート事業も増えている。しかし、その実態は十分に把握されていない。総務省が3年前に調査を行ったものの、事業者の半数は設立から5年未満であり、契約者の死後まで含めたサービスを安定的に提供できているのかは不透明だ。
　さらに、こうした事業を誰が担うのかという根本問題も残る。民間事業として採算は取れるのか。公的関与はどこまで必要なのか。利用者から預かった資金をどう保全するのか。実際、10年ほど前には事業者の経営破綻によってサービス停止や預託金消失が発生した事例もあり、同様の事態を防ぐ制度設計が不可欠となっている。
　だが、より本質的な問いは別のところにあるのではないか。
　家族が担ってきた役割を社会化することで問題は解決するのか。それでは制度やサービスに置き換えられない関係性やケアの問題が残るのではないか。私たちは家族という存在をどのように位置づけ直し、超高齢社会にふさわしい支え合いの仕組みを構想すべきなのか。
　今週のマル激は、『老後ひとり難民』著者の沢村香苗氏をゲストに迎え、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が、身寄り問題の現状と課題、そして家族なき時代の新たな支援のあり方について議論した。

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今週の論点
・「孤立死」2万人の衝撃
・高齢者「身寄り問題」の国会議論のポイント
・身元保証ビジネスや家族代行ビジネスの難しさ
・あなたの「身寄り力」はどのくらいですか
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■　「孤立死」2万人の衝撃
迫田：　今日のテーマは「身寄り問題」です。2000年に介護保険ができた時は「介護の社会化」という言葉が使われていましたが、今は「身寄りの社会化」ということが言われており、国会でも議論されています。身寄りのない一人暮らしの高齢者がどんどん増えている中で、例えば亡くなったらどうするのか、身元保証はどうするのかという議論ですね。

宮台：　昔から問題になっていたことですよね。2005年頃から「孤独死」が問題になりました。日本発で世界中に孤独死問題が知られるようになりましたが、それから10年も経たないうちに、遺骨や遺品の引き取り手が誰もいないという「無縁死」の問題が出てきました。多くの場合は無縁仏として共同墓地に埋葬されます。
コロナ前ぐらいから「終活」という言葉が話題になり、終活ビジネスも広がっています。身寄りがない、あるいは家族や親族を全く頼れない人が自分の死の段取りについて相談してコンサルベースで死後のことを決めてもらい、死んだら速やかに、場合によっては親族に全く知らせずに問題を処理してもらうといったビジネスですね。

　ただ、孤独死や無縁死する前にはどういう生活をしていたのかという問題ですが、女は物屋敷になり男はゴミ屋敷になるというようなこともよく知られています。それは、今でいう「身寄り問題」です。

迫田：　ただ今は、そういう事例だけではないんです。私も最近たまたま知り合いから相談されたのですが、とても親しくて友達がたくさんいるような人が70代で突然死しました。しかしその遺骨は役所にあると。友人たちは納骨してあげたくても何もできないという状態が起きているということでした。それが今国会でも議論されている「身寄り問題」ということなんです。

　本日のゲストは日本総合研究所創発戦略センターシニアスペシャリストの沢村香苗さんです。沢村さんは10年ぐらい前からずっとこの問題を扱ってこられました。この10年間で急速に問題が広がっていると感じることはありますか。

沢村：　10年前は困る人は本当に困っていて、特にお一人暮らしやお二人暮らしの高齢者の方が困り始めておりビジネスもできてきたという段階でした。当時はマスコミの方などにお話ししてもまだピンとこないような感じだったのですが、ここ数年は報道も増えています。おそらく周りに同じようなエピソードが増えてきて、社会的に稀ではなくなってきているのだと思います。

宮台：　これまで孤独死というと65歳以上でしたが、今は65歳未満の人が過半数になりました。現役世代でも孤独死するということです。僕の周りでも同世代の人たちが次々と孤独死している。全く意外な人が孤独死するということに直面しています。

迫田：　去年公表されたデータでは、死後8日以上で発見される「孤立死」をした人が推計2万1,000人います。また引き取り手のない遺体が全国で推計4万人となっています。これは日本総研で調査されたものなんですよね。

沢村：　はい。厚生労働省の補助金事業で、自治体にどのぐらい孤立死があるのかを調査し、そこから推計した数字です。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233492</link>
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                <pubDate>Wed, 17 Jun 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年6月17日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1314回）</div>
<div>身寄りの社会化だけで広がる独居高齢者問題を解決できるのか</div>
<div>ゲスト：沢村香苗氏（日本総合研究所創発戦略センターシニアスペシャリスト）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　身寄りのない高齢者の問題が、もはや一部の人たちだけの特殊な課題ではなくなっている。</div>
<div>　内閣府の推計によれば、誰にも看取られることなく亡くなり、死後8日以上経ってから発見された「孤立死」は年間約2万1000人に上る。また、引き取り手がないために自治体が火葬などを行うケースは、2023年度だけで全国推計約4万人に達している。</div>
<div>　これまで「孤独死」や「無縁社会」といった言葉で語られてきた問題だが、いま起きているのは単なる社会的孤立の拡大ではない。未婚化や少子化、家族形態の変化を背景に、「頼れる家族がいないまま老後を迎えること」が、ごく普通のことになりつつあるのだ。</div>
<div>　『老後ひとり難民』の著者で、「おひとりさま」高齢者や身元保証サービスを長年取材・研究してきた日本総研シニアスペシャリストの沢村香苗氏は、身寄り問題が多くの人にとって切実で身近な課題になっていると指摘する。</div>
<div>　こうした状況を受け、政府もようやく制度整備に乗り出した。今国会では社会福祉法等改正案が審議されており、身寄りのない高齢者らに対して、日常生活支援や入院・施設入所時の手続き支援、さらには死後事務までを担う事業を第二種社会福祉事業として位置づけた上で、相談体制の整備を進めようとしている。</div>
<div>　一方で、判断能力が低下した人を支援する成年後見制度についても見直しが進んでいる。沢村氏によれば、障害者権利条約との関係で批判を受けてきた成年後見制度の改革論議と、身寄り問題への対応が一体化し、新たな支援制度を創設しようとする流れが生まれているという。</div>
<div>　しかし、制度を整えれば問題は解決するのだろうか。</div>
<div>　高齢になれば、誰しも心身の衰えに直面する可能性がある。夫婦世帯であっても、一方が認知症になり、もう一方が病に倒れることは珍しくない。公共料金の支払いや各種契約、福祉サービス利用の手続き、入院や施設入所時の身元保証、緊急連絡先の確保等々、これまで家族が当然のように担ってきた役割を、誰が引き受けるのかという問題が浮上する。</div>
<div>　現場ではこれまで、ケアマネジャーや民生委員、医療ソーシャルワーカーなどが事実上その穴を埋めてきた。しかし、すでに現場の対応能力は限界に達しているとの指摘が国会でも相次いでいる。</div>
<div>　特に懸念されるのは、公的な支援の対象から漏れやすい人たちの存在だ。成年後見制度を利用するほど判断能力が低下しているわけではない。生活保護受給者でもない。沢村氏は、こうした「支援のはざま」に置かれた人々が、高齢者全体の3分の2近くに及ぶ可能性があるとみている。</div>
<div>　近年は、身元保証や死後事務を請け負う終身サポート事業も増えている。しかし、その実態は十分に把握されていない。総務省が3年前に調査を行ったものの、事業者の半数は設立から5年未満であり、契約者の死後まで含めたサービスを安定的に提供できているのかは不透明だ。</div>
<div>　さらに、こうした事業を誰が担うのかという根本問題も残る。民間事業として採算は取れるのか。公的関与はどこまで必要なのか。利用者から預かった資金をどう保全するのか。実際、10年ほど前には事業者の経営破綻によってサービス停止や預託金消失が発生した事例もあり、同様の事態を防ぐ制度設計が不可欠となっている。</div>
<div>　だが、より本質的な問いは別のところにあるのではないか。</div>
<div>　家族が担ってきた役割を社会化することで問題は解決するのか。それでは制度やサービスに置き換えられない関係性やケアの問題が残るのではないか。私たちは家族という存在をどのように位置づけ直し、超高齢社会にふさわしい支え合いの仕組みを構想すべきなのか。</div>
<div>　今週のマル激は、『老後ひとり難民』著者の沢村香苗氏をゲストに迎え、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が、身寄り問題の現状と課題、そして家族なき時代の新たな支援のあり方について議論した。</div>
<br />
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<div>今週の論点</div>
<div>・「孤立死」2万人の衝撃</div>
<div>・高齢者「身寄り問題」の国会議論のポイント</div>
<div>・身元保証ビジネスや家族代行ビジネスの難しさ</div>
<div>・あなたの「身寄り力」はどのくらいですか</div>
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<div>■　「孤立死」2万人の衝撃</div>
<div>迫田：　今日のテーマは「身寄り問題」です。2000年に介護保険ができた時は「介護の社会化」という言葉が使われていましたが、今は「身寄りの社会化」ということが言われており、国会でも議論されています。身寄りのない一人暮らしの高齢者がどんどん増えている中で、例えば亡くなったらどうするのか、身元保証はどうするのかという議論ですね。</div>
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<div>宮台：　昔から問題になっていたことですよね。2005年頃から「孤独死」が問題になりました。日本発で世界中に孤独死問題が知られるようになりましたが、それから10年も経たないうちに、遺骨や遺品の引き取り手が誰もいないという「無縁死」の問題が出てきました。多くの場合は無縁仏として共同墓地に埋葬されます。</div>
<div>コロナ前ぐらいから「終活」という言葉が話題になり、終活ビジネスも広がっています。身寄りがない、あるいは家族や親族を全く頼れない人が自分の死の段取りについて相談してコンサルベースで死後のことを決めてもらい、死んだら速やかに、場合によっては親族に全く知らせずに問題を処理してもらうといったビジネスですね。</div>
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<div>　ただ、孤独死や無縁死する前にはどういう生活をしていたのかという問題ですが、女は物屋敷になり男はゴミ屋敷になるというようなこともよく知られています。それは、今でいう「身寄り問題」です。</div>
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<div>迫田：　ただ今は、そういう事例だけではないんです。私も最近たまたま知り合いから相談されたのですが、とても親しくて友達がたくさんいるような人が70代で突然死しました。しかしその遺骨は役所にあると。友人たちは納骨してあげたくても何もできないという状態が起きているということでした。それが今国会でも議論されている「身寄り問題」ということなんです。</div>
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<div>　本日のゲストは日本総合研究所創発戦略センターシニアスペシャリストの沢村香苗さんです。沢村さんは10年ぐらい前からずっとこの問題を扱ってこられました。この10年間で急速に問題が広がっていると感じることはありますか。</div>
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<div>沢村：　10年前は困る人は本当に困っていて、特にお一人暮らしやお二人暮らしの高齢者の方が困り始めておりビジネスもできてきたという段階でした。当時はマスコミの方などにお話ししてもまだピンとこないような感じだったのですが、ここ数年は報道も増えています。おそらく周りに同じようなエピソードが増えてきて、社会的に稀ではなくなってきているのだと思います。</div>
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<div>宮台：　これまで孤独死というと65歳以上でしたが、今は65歳未満の人が過半数になりました。現役世代でも孤独死するということです。僕の周りでも同世代の人たちが次々と孤独死している。全く意外な人が孤独死するということに直面しています。</div>
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<div>迫田：　去年公表されたデータでは、死後8日以上で発見される「孤立死」をした人が推計2万1,000人います。また引き取り手のない遺体が全国で推計4万人となっています。これは日本総研で調査されたものなんですよね。</div>
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<div>沢村：　はい。厚生労働省の補助金事業で、自治体にどのぐらい孤立死があるのかを調査し、そこから推計した数字です。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233492">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[村上祐子氏：AIが下した価値判断の責任を人間は引き受けられるのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年6月10日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1313回）
AIが下した価値判断の責任を人間は引き受けられるのか
ゲスト：村上祐子氏（立教大学人工知能科学研究科教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　生成AIが猛スピードで社会に浸透し始めている。
　メールや企画書の作成を手伝わせる程度ならまだしも、最近では人生相談や恋愛相談、さらには家族とのトラブルや精神的な悩みまで、ChatGPTなどの生成AIに打ち明ける人が急速に増えている。
　マイナビが正社員を対象に行った調査では、回答者の2割以上が生成AIに人生相談をした経験があると答えている。もはやAIは単なる検索エンジンではなく、人々にとって「相談相手」としての地位を獲得しつつあるようにも見える。
　しかし、その変化はわれわれが思っている以上に重大な意味を持つのではないか。
　生成AIは便利だ。何を聞いても答えてくれる。しかも、その答え方は驚くほど人間的だ。共感し、励まし、時には慰めてくれる。だが、そこで見落とされがちなのは、AIは人間ではないという当たり前の事実だ。
　AIは経験を持たない。身体も持たない。苦痛も喜びも感じない。そして何より、自らの助言がもたらした結果に責任を負うこともない。
　にもかかわらず、人はAIと対話を重ねるうちに、その助言をあたかも信頼できる人格からのアドバイスであるかのように受け止め始める。
　その危うさを示す事例がすでに日本でも現実に起き始めている。
　今年5月、プロ野球・読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が、18歳の長女への暴行容疑で現行犯逮捕されるという事件が報じられた。報道によれば、長女は父親からの暴力についてChatGPTに相談し、その助言に従って児童相談所に連絡したとされる。長女はまさか警察に連絡され自分の父親が逮捕されるとは想像もしていなかった。ましてや自分の父親がジャイアンツの監督を退任しなければならなくなるとも。
　もちろん、家庭内暴力の被害者が相談先を求めること自体は何ら問題ではないし、被害者が責められる理由もない。しかし、この出来事は別の問いを私たちに突きつけている。
　人はAIの助言をどのような重みで受け止めるべきなのか。AIはどこまで人間の行動に影響を与える存在になりつつあるのか。そして、その結果に誰が責任を負うのか。
　実際、アメリカではより深刻な問題も起きている。対話型AIとのやり取りが自殺につながったとして、遺族がAI開発企業を提訴するケースが相次いでいるのだ。
　原告側は、AIの設計上の欠陥や危険性に関する警告不足が悲劇を招いたと主張する。一方で企業側は、利用者自身の行動まで責任を負うことはできないと反論している。
　この論争は単なる製造物責任の問題ではない。
　今、私たちは社会の重要な判断を誰に委ねるのかという、より根源的な問題に直面しているとも言える。
　立教大学人工知能科学研究科の村上祐子教授は、AIそのものよりも、人々がAIをどう受け入れているかに強い懸念を示す。
　そもそも多くの人はAIの仕組みをほとんど理解していない。検索エンジン、顔認識、迷惑メール判定など、AIはすでに社会のあらゆる場面に組み込まれている。しかし、そのことを意識している人は少ない。ましてChatGPTのような生成AIについては、「聞けば答えてくれる便利なサービス」程度の理解で利用している人が大半だろう。
　問題は、その状態のままAIへの依存が進むことだ。困ったらAIに聞く。迷ったらAIに相談する。判断に迷ったらAIの提案を採用する。そうした行動が日常化すると、人間はいつの間にか自ら考え、自ら判断する習慣を失っていく可能性がある。
　しかもAIは中立ではない。その出力には、学習データや設計思想、開発企業の価値観が反映されている。しかし利用者は、その背後にある価値観を吟味することなく、AIが示した答えを「合理的な判断」として受け入れてしまう。その結果、人間自身の価値判断が徐々にAIに代替されていくことになる。
　村上氏が特に懸念するのは、そのプロセスが社会インフラとして固定化されてしまうことだ。一度社会の仕組みに組み込まれた技術は、後から修正することが容易ではない。気づいたときには、人間が判断しているつもりで、実際にはAIが提示する選択肢の範囲内でしか考えられなくなっているかもしれない。
　ローマ教皇レオ14世は5月25日に発表した回勅の中で、AIを巡る問題の本質をこう表現している。AIには身体も経験もなく、苦しみも喜びも感じることができない。AIは結果に対する責任を負わないため道徳的良心も持ち得ない、と。
　これは単なる技術批判ではない。むしろ、人間にしか果たせない役割とは何かを問い直す呼びかけと受け取るべきだろう。
　生成AIの急速な普及によって、私たちはかつてない利便性を手に入れた。しかし同時に、自ら考え、自ら判断し、その結果に責任を負うという人間の根本的な営みを、どこまで機械に委ねてよいのかという新しい問いに直面することとなった。
　AIに価値判断を委ねた社会の先に何が待ち受けるのか。そして、人間はその社会においてなお主体であり続けることができるのか。今週のマル激では、立教大学人工知能科学研究科教授でAI倫理が専門の村上祐子氏をゲストに迎え、生成AIが社会にもたらす変化と、人間が失ってはならない判断と責任について、ジャーナリスト神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・AI黎明期にリテラシー教育が追いついていない
・生成AIがもたらす「デジタル植民地主義」とは
・アメリカで相次ぐ生成AIによる自殺をめぐる訴訟
・AI時代にローマ教皇が問う「人間とは何か」
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■　AI黎明期にリテラシー教育が追いついていない
神保：　今日のテーマはこれまで何度か取り上げてきたAIです。日本でもアメリカでも新しい動きがあったと思うので、ここで一度整理しておくには良いタイミングだと思いテーマに選びました。

　アメリカはこれまでAIについてはハンズオフアプローチだったのですが、トランプ大統領がついに大統領令に署名し、新規の生成AIが市場に出る30日前までに政府に全て公開し、安全性などをチェックしなければ出してはいけないということになりました。これは一応ボランタリーということになっていますが、トランプ政権が初めてAIに対して何らかの制限をかける大統領令に署名しました。

　良くも悪くもAIはこれまで完全にハンズオフアプローチをしてきて、その間にものすごく発展しました。それに伴い実際に市民生活の中にもいろいろな影響が出ています。AIがものすごい勢いで一般の市民生活に入り込んできていますが、そのスピードがあまりにも速いため、いったい何者なのかが分からないまま、便利だと言って使っている状態です。

　しかし、例えばそこに個人情報を含む色々なことを明かしてしまっている人もいるでしょう。それが大丈夫なのかという問題もあります。誰がそれを見ることができるのかということも含め、もう少ししっかり押さえておいた方が良いですね。AIは調べものなどをする際には本当に便利なのですが、もう少し理解する必要があると思います。

　ゲストは立教大学人工知能科学研究科教授の村上祐子さんです。お話ししたように、アメリカではAIをめぐり色々な動きがあります。来週にはAIとドッキングしたスペースXが上場し、そこにとんでもないお金が入る。またAIに関連する自殺が相次いで訴訟になっています。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233173</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233173</guid>
                <pubDate>Wed, 10 Jun 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年6月10日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1313回）</div>
<div>AIが下した価値判断の責任を人間は引き受けられるのか</div>
<div>ゲスト：村上祐子氏（立教大学人工知能科学研究科教授）</div>
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<div>　生成AIが猛スピードで社会に浸透し始めている。</div>
<div>　メールや企画書の作成を手伝わせる程度ならまだしも、最近では人生相談や恋愛相談、さらには家族とのトラブルや精神的な悩みまで、ChatGPTなどの生成AIに打ち明ける人が急速に増えている。</div>
<div>　マイナビが正社員を対象に行った調査では、回答者の2割以上が生成AIに人生相談をした経験があると答えている。もはやAIは単なる検索エンジンではなく、人々にとって「相談相手」としての地位を獲得しつつあるようにも見える。</div>
<div>　しかし、その変化はわれわれが思っている以上に重大な意味を持つのではないか。</div>
<div>　生成AIは便利だ。何を聞いても答えてくれる。しかも、その答え方は驚くほど人間的だ。共感し、励まし、時には慰めてくれる。だが、そこで見落とされがちなのは、AIは人間ではないという当たり前の事実だ。</div>
<div>　AIは経験を持たない。身体も持たない。苦痛も喜びも感じない。そして何より、自らの助言がもたらした結果に責任を負うこともない。</div>
<div>　にもかかわらず、人はAIと対話を重ねるうちに、その助言をあたかも信頼できる人格からのアドバイスであるかのように受け止め始める。</div>
<div>　その危うさを示す事例がすでに日本でも現実に起き始めている。</div>
<div>　今年5月、プロ野球・読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が、18歳の長女への暴行容疑で現行犯逮捕されるという事件が報じられた。報道によれば、長女は父親からの暴力についてChatGPTに相談し、その助言に従って児童相談所に連絡したとされる。長女はまさか警察に連絡され自分の父親が逮捕されるとは想像もしていなかった。ましてや自分の父親がジャイアンツの監督を退任しなければならなくなるとも。</div>
<div>　もちろん、家庭内暴力の被害者が相談先を求めること自体は何ら問題ではないし、被害者が責められる理由もない。しかし、この出来事は別の問いを私たちに突きつけている。</div>
<div>　人はAIの助言をどのような重みで受け止めるべきなのか。AIはどこまで人間の行動に影響を与える存在になりつつあるのか。そして、その結果に誰が責任を負うのか。</div>
<div>　実際、アメリカではより深刻な問題も起きている。対話型AIとのやり取りが自殺につながったとして、遺族がAI開発企業を提訴するケースが相次いでいるのだ。</div>
<div>　原告側は、AIの設計上の欠陥や危険性に関する警告不足が悲劇を招いたと主張する。一方で企業側は、利用者自身の行動まで責任を負うことはできないと反論している。</div>
<div>　この論争は単なる製造物責任の問題ではない。</div>
<div>　今、私たちは社会の重要な判断を誰に委ねるのかという、より根源的な問題に直面しているとも言える。</div>
<div>　立教大学人工知能科学研究科の村上祐子教授は、AIそのものよりも、人々がAIをどう受け入れているかに強い懸念を示す。</div>
<div>　そもそも多くの人はAIの仕組みをほとんど理解していない。検索エンジン、顔認識、迷惑メール判定など、AIはすでに社会のあらゆる場面に組み込まれている。しかし、そのことを意識している人は少ない。ましてChatGPTのような生成AIについては、「聞けば答えてくれる便利なサービス」程度の理解で利用している人が大半だろう。</div>
<div>　問題は、その状態のままAIへの依存が進むことだ。困ったらAIに聞く。迷ったらAIに相談する。判断に迷ったらAIの提案を採用する。そうした行動が日常化すると、人間はいつの間にか自ら考え、自ら判断する習慣を失っていく可能性がある。</div>
<div>　しかもAIは中立ではない。その出力には、学習データや設計思想、開発企業の価値観が反映されている。しかし利用者は、その背後にある価値観を吟味することなく、AIが示した答えを「合理的な判断」として受け入れてしまう。その結果、人間自身の価値判断が徐々にAIに代替されていくことになる。</div>
<div>　村上氏が特に懸念するのは、そのプロセスが社会インフラとして固定化されてしまうことだ。一度社会の仕組みに組み込まれた技術は、後から修正することが容易ではない。気づいたときには、人間が判断しているつもりで、実際にはAIが提示する選択肢の範囲内でしか考えられなくなっているかもしれない。</div>
<div>　ローマ教皇レオ14世は5月25日に発表した回勅の中で、AIを巡る問題の本質をこう表現している。AIには身体も経験もなく、苦しみも喜びも感じることができない。AIは結果に対する責任を負わないため道徳的良心も持ち得ない、と。</div>
<div>　これは単なる技術批判ではない。むしろ、人間にしか果たせない役割とは何かを問い直す呼びかけと受け取るべきだろう。</div>
<div>　生成AIの急速な普及によって、私たちはかつてない利便性を手に入れた。しかし同時に、自ら考え、自ら判断し、その結果に責任を負うという人間の根本的な営みを、どこまで機械に委ねてよいのかという新しい問いに直面することとなった。</div>
<div>　AIに価値判断を委ねた社会の先に何が待ち受けるのか。そして、人間はその社会においてなお主体であり続けることができるのか。今週のマル激では、立教大学人工知能科学研究科教授でAI倫理が専門の村上祐子氏をゲストに迎え、生成AIが社会にもたらす変化と、人間が失ってはならない判断と責任について、ジャーナリスト神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>・AI黎明期にリテラシー教育が追いついていない</div>
<div>・生成AIがもたらす「デジタル植民地主義」とは</div>
<div>・アメリカで相次ぐ生成AIによる自殺をめぐる訴訟</div>
<div>・AI時代にローマ教皇が問う「人間とは何か」</div>
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<div>■　AI黎明期にリテラシー教育が追いついていない</div>
<div>神保：　今日のテーマはこれまで何度か取り上げてきたAIです。日本でもアメリカでも新しい動きがあったと思うので、ここで一度整理しておくには良いタイミングだと思いテーマに選びました。</div>
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<div>　アメリカはこれまでAIについてはハンズオフアプローチだったのですが、トランプ大統領がついに大統領令に署名し、新規の生成AIが市場に出る30日前までに政府に全て公開し、安全性などをチェックしなければ出してはいけないということになりました。これは一応ボランタリーということになっていますが、トランプ政権が初めてAIに対して何らかの制限をかける大統領令に署名しました。</div>
<br />
<div>　良くも悪くもAIはこれまで完全にハンズオフアプローチをしてきて、その間にものすごく発展しました。それに伴い実際に市民生活の中にもいろいろな影響が出ています。AIがものすごい勢いで一般の市民生活に入り込んできていますが、そのスピードがあまりにも速いため、いったい何者なのかが分からないまま、便利だと言って使っている状態です。</div>
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<div>　しかし、例えばそこに個人情報を含む色々なことを明かしてしまっている人もいるでしょう。それが大丈夫なのかという問題もあります。誰がそれを見ることができるのかということも含め、もう少ししっかり押さえておいた方が良いですね。AIは調べものなどをする際には本当に便利なのですが、もう少し理解する必要があると思います。</div>
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<div>　ゲストは立教大学人工知能科学研究科教授の村上祐子さんです。お話ししたように、アメリカではAIをめぐり色々な動きがあります。来週にはAIとドッキングしたスペースXが上場し、そこにとんでもないお金が入る。またAIに関連する自殺が相次いで訴訟になっています。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2233173">続きを読む</a>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[5金スペシャル映画特集：世界を救う前に「誰のためにどう生きるか」を考えてみる]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年6月3日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1312回）
5金スペシャル映画特集
世界を救う前に「誰のためにどう生きるか」を考えてみる
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　月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は映画特集をお送りする。
　今回取り上げたのは次の3作品。いずれも、人は何に価値を見出して生きるべきなのかを問う秀作だ。
・『プロジェクト・へイル・メアリー』（2026）
・『サンキュー、チャック』（2026）
・『誰だって無価値な自分と闘っている』（2026）
　『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、太陽光の減衰によって滅亡の危機にある地球を救うために駆り出された天才的な分子生物学者グレースが主人公。学界から追放され中学教師をしていたグレースは、人類を救うため、片道分の燃料だけを積んで宇宙に送り出される。旅の途中で、同じく母星を救おうとする異星人ロッキーと出会い、協力関係を築いていく。
　当初は人類を救うために行動していたグレースだが、ロッキーとの出会いによって、彼にとって大切なものが変わっていく。作品は、人類のためという大きな理念より、目の前にいるかけがえのない誰かの存在にこそ、人が命を懸ける価値があるのではないかと問いかける。
　『サンキュー、チャック』は、あらゆる災害に見舞われ滅亡の危機にある地球で、「ありがとう、チャック」という謎の広告があちこちに現れるところから始まる。そのチャックとは一見どこにでもいる普通の会計士だ。しかし映画は、そんな平凡な1人の人間の人生がいかに価値あるものかを描き出していく。限られた人生の中で、人や社会にどう評価されるかではなく、「どう生きるか」を選び取ろうとするチャックが、生の喜びを解き放つように踊り出すシーンは圧巻だ。その生は終わりへ向かうからこそ、いっそう鮮やかに輝きを放つ。
　韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』では、映画監督を目指して20年間デビューできないファン・ドンマンが自身の無価値さと必死に闘う。ドンマンを疎ましく思う周囲の映画監督仲間たちもまた、それぞれ複雑な感情や劣等感を抱えている。中には、ドンマンが監督デビューを果たせば自分が最下層に転落してしまうのではないかと恐れ、現状に安心している者さえいる。他人との比較や序列の中で価値を証明しようともがいていた人々が、最終的には自分自身の価値と向き合うことになる。
　ファン・ドンマンやプロデューサーのピョン・ウナは、感情が表示される「感情ウォッチ」という特殊な機械を身に着けている。「不安」「羞恥」「嫉妬」などネガティブな感情は人間関係の軋轢や社会的な立場への不安から生まれる。一方で「安心」などのポジティブな感情は、社会的な成功とは関係なく、誰かに受け入れられ、愛されていると感じたときに現れる。どんなに社会的な成功を収めてもそれだけで人は満たされるわけではないことも作品は示している。
　この社会では「みんなのために頑張れ」「評価されて上に行け」と言われ続ける。しかし、3作品が描くのは、そのゲームの空しさだ。本当に価値があるのは世間の評価でも社会的地位でもなく、たった1人の他者との関係で、「この人のためなら命を懸けられる」と思える存在がいるかどうかなのではないかを、この3作品は問うている。
　3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・『プロジェクト・へイル・メアリー』が突きつける、実は誰も人類の未来に関心がない現実
・『サンキュー、チャック』が問う、人生で最も価値あるものとは
・韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』に見る倫理の本質とは
・社会にとって有用な存在になること＝幸せとは限らない
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■　『プロジェクト・へイル・メアリー』が突きつける、実は誰も人類の未来に関心がない現実
神保：　今日は久しぶりの5金映画特集です。最近は映画といっても半分くらいはドラマを取り上げることが多くなっていますね。今回は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、『サンキュー、チャック』という映画2本と、『誰だって無価値な自分と闘っている』というドラマを取り上げます。

　『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は公開されてから少し時間が経っているので上映館が少し減っているかもしれませんが、『サンキュー、チャック』は5月1日に公開されたばかりです。原題は「The Life of Chuck」です。もう1つは韓国ドラマです。

　「ヘイル・メアリー」という言葉について、メアリーは聖母マリアのことで、辞書では「神頼み」のような意味で説明されています。もちろん最後の望みを託すという意味なのですが、アメリカで最も一般的に使われているのはアメリカンフットボールの文脈です。最後のプレーでタッチダウンになれば逆転、そうでなければ負けという場面で、ワイドレシーバーを全員エンドゾーンに入れ、とにかくその辺りにボールを投げ込みます。そうすればもしかしたら取るかもしれないという最後の一手という意味で、ヘイル・メアリー・プレーと呼ばれています。

　映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、地球の生存をかけた最後の望みのプロジェクトの話です。トレーラーではロッキーの姿を簡単に出してしまうことに驚きました。

宮台：　岩石星人ですね。

神保：　これは現代版あるいは未来版の『走れメロス』のような気がします。宮台さんはなぜこの映画を選んだのですか。

宮台：　この作品は社会に関わる実存をかなり的確に批評していると思います。批評というのはクリティシズムであり、クリティサイズとはクライシス、つまり危機に落とすということです。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はアヴェ・マリアのような話です。これは神頼みというよりも「ああ女神様」、「ああマリア様」という祈りのようなものです。

　今日取り上げる3本の作品には共通する部分があります。難しい言葉で言うと、「皆のために死ねる」という「共同幻想」はまやかしで、「あなたのために死ねる」という「対幻想」だけが真実であるということです。これは吉本隆明が1968年の『共同幻想論』で述べたことを非常に忠実に物語化していると言えます。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232935</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232935</guid>
                <pubDate>Wed, 03 Jun 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年6月3日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1312回）</div>
<div>5金スペシャル映画特集</div>
<div>世界を救う前に「誰のためにどう生きるか」を考えてみる</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は映画特集をお送りする。</div>
<div>　今回取り上げたのは次の3作品。いずれも、人は何に価値を見出して生きるべきなのかを問う秀作だ。</div>
<div>・『プロジェクト・へイル・メアリー』（2026）</div>
<div>・『サンキュー、チャック』（2026）</div>
<div>・『誰だって無価値な自分と闘っている』（2026）</div>
<div>　『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、太陽光の減衰によって滅亡の危機にある地球を救うために駆り出された天才的な分子生物学者グレースが主人公。学界から追放され中学教師をしていたグレースは、人類を救うため、片道分の燃料だけを積んで宇宙に送り出される。旅の途中で、同じく母星を救おうとする異星人ロッキーと出会い、協力関係を築いていく。</div>
<div>　当初は人類を救うために行動していたグレースだが、ロッキーとの出会いによって、彼にとって大切なものが変わっていく。作品は、人類のためという大きな理念より、目の前にいるかけがえのない誰かの存在にこそ、人が命を懸ける価値があるのではないかと問いかける。</div>
<div>　『サンキュー、チャック』は、あらゆる災害に見舞われ滅亡の危機にある地球で、「ありがとう、チャック」という謎の広告があちこちに現れるところから始まる。そのチャックとは一見どこにでもいる普通の会計士だ。しかし映画は、そんな平凡な1人の人間の人生がいかに価値あるものかを描き出していく。限られた人生の中で、人や社会にどう評価されるかではなく、「どう生きるか」を選び取ろうとするチャックが、生の喜びを解き放つように踊り出すシーンは圧巻だ。その生は終わりへ向かうからこそ、いっそう鮮やかに輝きを放つ。</div>
<div>　韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』では、映画監督を目指して20年間デビューできないファン・ドンマンが自身の無価値さと必死に闘う。ドンマンを疎ましく思う周囲の映画監督仲間たちもまた、それぞれ複雑な感情や劣等感を抱えている。中には、ドンマンが監督デビューを果たせば自分が最下層に転落してしまうのではないかと恐れ、現状に安心している者さえいる。他人との比較や序列の中で価値を証明しようともがいていた人々が、最終的には自分自身の価値と向き合うことになる。</div>
<div>　ファン・ドンマンやプロデューサーのピョン・ウナは、感情が表示される「感情ウォッチ」という特殊な機械を身に着けている。「不安」「羞恥」「嫉妬」などネガティブな感情は人間関係の軋轢や社会的な立場への不安から生まれる。一方で「安心」などのポジティブな感情は、社会的な成功とは関係なく、誰かに受け入れられ、愛されていると感じたときに現れる。どんなに社会的な成功を収めてもそれだけで人は満たされるわけではないことも作品は示している。</div>
<div>　この社会では「みんなのために頑張れ」「評価されて上に行け」と言われ続ける。しかし、3作品が描くのは、そのゲームの空しさだ。本当に価値があるのは世間の評価でも社会的地位でもなく、たった1人の他者との関係で、「この人のためなら命を懸けられる」と思える存在がいるかどうかなのではないかを、この3作品は問うている。</div>
<div>　3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・『プロジェクト・へイル・メアリー』が突きつける、実は誰も人類の未来に関心がない現実</div>
<div>・『サンキュー、チャック』が問う、人生で最も価値あるものとは</div>
<div>・韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』に見る倫理の本質とは</div>
<div>・社会にとって有用な存在になること＝幸せとは限らない</div>
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<div>■　『プロジェクト・へイル・メアリー』が突きつける、実は誰も人類の未来に関心がない現実</div>
<div>神保：　今日は久しぶりの5金映画特集です。最近は映画といっても半分くらいはドラマを取り上げることが多くなっていますね。今回は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、『サンキュー、チャック』という映画2本と、『誰だって無価値な自分と闘っている』というドラマを取り上げます。</div>
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<div>　『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は公開されてから少し時間が経っているので上映館が少し減っているかもしれませんが、『サンキュー、チャック』は5月1日に公開されたばかりです。原題は「The Life of Chuck」です。もう1つは韓国ドラマです。</div>
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<div>　「ヘイル・メアリー」という言葉について、メアリーは聖母マリアのことで、辞書では「神頼み」のような意味で説明されています。もちろん最後の望みを託すという意味なのですが、アメリカで最も一般的に使われているのはアメリカンフットボールの文脈です。最後のプレーでタッチダウンになれば逆転、そうでなければ負けという場面で、ワイドレシーバーを全員エンドゾーンに入れ、とにかくその辺りにボールを投げ込みます。そうすればもしかしたら取るかもしれないという最後の一手という意味で、ヘイル・メアリー・プレーと呼ばれています。</div>
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<div>　映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、地球の生存をかけた最後の望みのプロジェクトの話です。トレーラーではロッキーの姿を簡単に出してしまうことに驚きました。</div>
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<div>宮台：　岩石星人ですね。</div>
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<div>神保：　これは現代版あるいは未来版の『走れメロス』のような気がします。宮台さんはなぜこの映画を選んだのですか。</div>
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<div>宮台：　この作品は社会に関わる実存をかなり的確に批評していると思います。批評というのはクリティシズムであり、クリティサイズとはクライシス、つまり危機に落とすということです。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はアヴェ・マリアのような話です。これは神頼みというよりも「ああ女神様」、「ああマリア様」という祈りのようなものです。</div>
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<div>　今日取り上げる3本の作品には共通する部分があります。難しい言葉で言うと、「皆のために死ねる」という「共同幻想」はまやかしで、「あなたのために死ねる」という「対幻想」だけが真実であるということです。これは吉本隆明が1968年の『共同幻想論』で述べたことを非常に忠実に物語化していると言えます。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232935">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[小川淳也氏：リベラルは高い理想と現実に即した対応の両立を実現したい]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年5月27日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1311回）
リベラルは高い理想と現実に即した対応の両立を実現したい
ゲスト：小川淳也氏（衆院議員、中道改革連合代表）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　中道改革連合はなぜここまで負けたのか。
　2026年2月8日に行われた衆院選で、中道改革連合は167議席から49議席へと議席を3分の1以下にまで激減させた。比例票の減少は前回比で約700万票にのぼる。高市政権にとっての歴史的大勝の裏で、リベラル勢力は歴史的大敗を喫したことになる。
　しかし、これを単なる1回の選挙の負けと片付けてはならない。問われているのは、リベラルそのものがこの国でなぜ受け皿になりきれないのか、という構造的な問いである。
　今回のゲスト中道改革連合の小川淳也代表は、選挙での敗因を「党のアイデンティティが揺らいだ。選挙互助会としての疑念を晴らせなかった」と振り返る。選挙のための急ごしらえに見える政党では、有権者の信頼を勝ち得なかったというわけだ。
　中道改革連合は5月12日、衆院選敗北を受けた総括文書を公表している。そこで指摘されたのは、安保法制を合憲とした党としての判断や、原発再稼働を進める立場を明確にしたことが、リベラル色の強い従来支持層の一部離反を招いたという認識だった。
　安保法制について小川氏は、かつての立憲民主党が存立危機事態条項の削除や修正を強く求めていたことを認めた上で、この10年で安全保障環境は確かに変わったことは認めざるを得ないとも言う。だから中道改革連合としては条文削除までは求めない。ただし厳格な運用は求める。その舵切りは「ギリギリあり得ること」だと小川氏は語る。
　原発についても同様だ。更新や新増設は次世代への責任として避けるべきだという理念は維持するが、厳格な審査を通過した既存原発の稼働については、現実問題として「必要悪として容認せざるを得ない」と小川氏は言う。ただし、本来問われるべきは、化石燃料に依存しない社会へどう移行するかという長期戦略であるはずだ、というのが小川氏の主張である。
　ここに、リベラル政党が抱える構造的なジレンマがある。
　理念だけを掲げていても政治は動かない。しかし現実路線を選べば、従来の支持層は離れていく。では、リベラルはどこへ向かえばいいのか。
　昨年11月のマル激（第1284回「見逃されてきた『新しいリベラル』の受け皿になるのはどの政党か」、ゲスト・橋本努北海道大学教授）で取り上げた橋本氏らの社会意識調査は、この問いに1つの示唆を与えていた。2022年に約7000人を対象に行われたこの調査では、「従来型リベラル」とは異なる特徴を持つ「新しいリベラル」と呼ぶべき層が、一大勢力となりつつあることが明らかになったという。
　ここで言う「新しいリベラル」は、いわゆる護憲左翼的な立場はとらず、再分配そのものには積極的な姿勢を見せる一方で、旧来のリベラルが強調してきた困窮者支援一辺倒ではなく、教育や子育てといった次世代への投資を重視する点が新しいと橋本氏は指摘する。そして問題は、この層の受け皿となる政党が日本にまだ存在しないという事実だ。
　中道改革連合こそがその受け皿にならなければならないと語る小川氏は、社会的投資・次世代支援・現役世代への社会保障・一定の経済成長という方向性については、党内に大きな対立はないとも言う。しかし最大の壁は財源問題だ。理想を掲げるだけでは越えられない。
　「高い理想を失ってはいけない。しかし日々の政治判断は徹底して現実に即して行わなければならない」。長く野党にいることで現実感覚を失ってきた部分があるかもしれない、と小川氏は言う。理想と現実をどうミックスしていくかが、中道改革連合に問われている課題なのだ。
　また、もう1つリベラルが直面している課題は、メディア環境の構造変化である。
　SNS空間では、右派的な主張が感情に直接訴えかける。一方、リベラルや左派の主張は理性や制度論を通じて訴えようとするため、どうしても「一手間、二手間かかる」。リベラルはアルゴリズム上、構造的に不利な立場に置かれているのだと小川氏は分析する。
　その上で、小川氏は社会全体の右傾化を「時代的危機」と呼ぶ。
　歴史を振り返れば、こうした時代の出口はたいてい戦争か革命だった。しかし今われわれは、その一歩手前で踏みとどまり、戦争なき新たな秩序と再分配の仕組みを作り出せるかどうかの瀬戸際にいるのではないか、というのが小川氏の認識である。
　右傾化が進む時代の中でリベラルはいかに生き残るのか。「新しいリベラル」の政治的受け皿をどう作るのか。リベラルの理念をいかにして有権者に届けるのか。中道改革連合の小川淳也代表と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・中道改革連合がここまで大敗した理由
・安保法制と原発再稼働を容認したのは間違いだったのか
・「新しいリベラル」の支持を集めるために必要なこと
・右傾化の「時代的危機」をどう乗り越えるか
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■　中道改革連合がここまで大敗した理由
神保：　今日は2026年5月21日の木曜日、第1311回目のマル激です。今日は出張収録として、衆議院第2議員会館の小川淳也さんの事務所に来ています。ゲストは中道改革連合代表で衆議院議員の小川淳也さんです。小川さんとは朝生で何度かご一緒しましたし、外国特派員協会に来ていただいたこともあります。
今日はこの収録前にキックオフミーティングというものがあり、それが小川さんにとってとても重要なものだったということなので、まずはそのあらましをお話しいただけますか。

小川：　かねてから長期的な国家ビジョン、社会ビジョンを作りたいという思いがあり、今日はようやく全議員参加のキックオフができました。国民の皆様は長期的な将来不安を持っているので、そこに正面から答えていくということにチャレンジしたいと思っています。

神保：　中道改革連合は1月15日に発足し、その後2月8日に行われた衆議院選挙では手痛い敗北を喫しました。もともとあった167議席から49議席へと減らしました。これは高市政権にとっては歴史的な大勝でしたが、中道改革連合、あるいは旧民主党勢力にとっては歴史的な大敗となりました。
これは何度も聞かれていると思いますし、中道改革連合では総括も出されていますが、あえて聞きます。小川さんはあの大敗北をどのように総括されていますか。

小川：　党のアイデンティティが揺らいだ、投票先としての魅力に欠けたと受け止めています。総括ではもっと厳しい言葉を使っていて、「選挙互助会としての疑念を晴らせなかった」、「選挙互助会としての認識にとどまった」ということなどが、一番厳しい見立てだと思います。

神保：　選挙のために急ごしらえでくっついたように見られてしまったということですね。小川さんは中道改革連合の立ち上げの段階ではどのような思いを持っていましたか。

小川：　幹事長を退いて以降党務には関わっていなかったので晴天の霹靂でした。党内にはこれはプラスだと言っている人もいましたが、私は大変厳しい結果になるだろうと思っていました。地方では無党派層を獲得できないと選挙では勝てないので、無党派層が離れ、議席が半減するのではないかと思っていましたが、実際には半減のさらに半減でした。想定の下限域を下回ったというのが私の認識です。

神保：　それを今さら正当化するのは小川さんの仕事ではないかもしれませんが、なぜそれでもやったのだと思いますか。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232604</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232604</guid>
                <pubDate>Wed, 27 May 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年5月27日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1311回）</div>
<div>リベラルは高い理想と現実に即した対応の両立を実現したい</div>
<div>ゲスト：小川淳也氏（衆院議員、中道改革連合代表）</div>
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<div>　中道改革連合はなぜここまで負けたのか。</div>
<div>　2026年2月8日に行われた衆院選で、中道改革連合は167議席から49議席へと議席を3分の1以下にまで激減させた。比例票の減少は前回比で約700万票にのぼる。高市政権にとっての歴史的大勝の裏で、リベラル勢力は歴史的大敗を喫したことになる。</div>
<div>　しかし、これを単なる1回の選挙の負けと片付けてはならない。問われているのは、リベラルそのものがこの国でなぜ受け皿になりきれないのか、という構造的な問いである。</div>
<div>　今回のゲスト中道改革連合の小川淳也代表は、選挙での敗因を「党のアイデンティティが揺らいだ。選挙互助会としての疑念を晴らせなかった」と振り返る。選挙のための急ごしらえに見える政党では、有権者の信頼を勝ち得なかったというわけだ。</div>
<div>　中道改革連合は5月12日、衆院選敗北を受けた総括文書を公表している。そこで指摘されたのは、安保法制を合憲とした党としての判断や、原発再稼働を進める立場を明確にしたことが、リベラル色の強い従来支持層の一部離反を招いたという認識だった。</div>
<div>　安保法制について小川氏は、かつての立憲民主党が存立危機事態条項の削除や修正を強く求めていたことを認めた上で、この10年で安全保障環境は確かに変わったことは認めざるを得ないとも言う。だから中道改革連合としては条文削除までは求めない。ただし厳格な運用は求める。その舵切りは「ギリギリあり得ること」だと小川氏は語る。</div>
<div>　原発についても同様だ。更新や新増設は次世代への責任として避けるべきだという理念は維持するが、厳格な審査を通過した既存原発の稼働については、現実問題として「必要悪として容認せざるを得ない」と小川氏は言う。ただし、本来問われるべきは、化石燃料に依存しない社会へどう移行するかという長期戦略であるはずだ、というのが小川氏の主張である。</div>
<div>　ここに、リベラル政党が抱える構造的なジレンマがある。</div>
<div>　理念だけを掲げていても政治は動かない。しかし現実路線を選べば、従来の支持層は離れていく。では、リベラルはどこへ向かえばいいのか。</div>
<div>　昨年11月のマル激（第1284回「見逃されてきた『新しいリベラル』の受け皿になるのはどの政党か」、ゲスト・橋本努北海道大学教授）で取り上げた橋本氏らの社会意識調査は、この問いに1つの示唆を与えていた。2022年に約7000人を対象に行われたこの調査では、「従来型リベラル」とは異なる特徴を持つ「新しいリベラル」と呼ぶべき層が、一大勢力となりつつあることが明らかになったという。</div>
<div>　ここで言う「新しいリベラル」は、いわゆる護憲左翼的な立場はとらず、再分配そのものには積極的な姿勢を見せる一方で、旧来のリベラルが強調してきた困窮者支援一辺倒ではなく、教育や子育てといった次世代への投資を重視する点が新しいと橋本氏は指摘する。そして問題は、この層の受け皿となる政党が日本にまだ存在しないという事実だ。</div>
<div>　中道改革連合こそがその受け皿にならなければならないと語る小川氏は、社会的投資・次世代支援・現役世代への社会保障・一定の経済成長という方向性については、党内に大きな対立はないとも言う。しかし最大の壁は財源問題だ。理想を掲げるだけでは越えられない。</div>
<div>　「高い理想を失ってはいけない。しかし日々の政治判断は徹底して現実に即して行わなければならない」。長く野党にいることで現実感覚を失ってきた部分があるかもしれない、と小川氏は言う。理想と現実をどうミックスしていくかが、中道改革連合に問われている課題なのだ。</div>
<div>　また、もう1つリベラルが直面している課題は、メディア環境の構造変化である。</div>
<div>　SNS空間では、右派的な主張が感情に直接訴えかける。一方、リベラルや左派の主張は理性や制度論を通じて訴えようとするため、どうしても「一手間、二手間かかる」。リベラルはアルゴリズム上、構造的に不利な立場に置かれているのだと小川氏は分析する。</div>
<div>　その上で、小川氏は社会全体の右傾化を「時代的危機」と呼ぶ。</div>
<div>　歴史を振り返れば、こうした時代の出口はたいてい戦争か革命だった。しかし今われわれは、その一歩手前で踏みとどまり、戦争なき新たな秩序と再分配の仕組みを作り出せるかどうかの瀬戸際にいるのではないか、というのが小川氏の認識である。</div>
<div>　右傾化が進む時代の中でリベラルはいかに生き残るのか。「新しいリベラル」の政治的受け皿をどう作るのか。リベラルの理念をいかにして有権者に届けるのか。中道改革連合の小川淳也代表と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・中道改革連合がここまで大敗した理由</div>
<div>・安保法制と原発再稼働を容認したのは間違いだったのか</div>
<div>・「新しいリベラル」の支持を集めるために必要なこと</div>
<div>・右傾化の「時代的危機」をどう乗り越えるか</div>
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<div>■　中道改革連合がここまで大敗した理由</div>
<div>神保：　今日は2026年5月21日の木曜日、第1311回目のマル激です。今日は出張収録として、衆議院第2議員会館の小川淳也さんの事務所に来ています。ゲストは中道改革連合代表で衆議院議員の小川淳也さんです。小川さんとは朝生で何度かご一緒しましたし、外国特派員協会に来ていただいたこともあります。</div>
<div>今日はこの収録前にキックオフミーティングというものがあり、それが小川さんにとってとても重要なものだったということなので、まずはそのあらましをお話しいただけますか。</div>
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<div>小川：　かねてから長期的な国家ビジョン、社会ビジョンを作りたいという思いがあり、今日はようやく全議員参加のキックオフができました。国民の皆様は長期的な将来不安を持っているので、そこに正面から答えていくということにチャレンジしたいと思っています。</div>
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<div>神保：　中道改革連合は1月15日に発足し、その後2月8日に行われた衆議院選挙では手痛い敗北を喫しました。もともとあった167議席から49議席へと減らしました。これは高市政権にとっては歴史的な大勝でしたが、中道改革連合、あるいは旧民主党勢力にとっては歴史的な大敗となりました。</div>
<div>これは何度も聞かれていると思いますし、中道改革連合では総括も出されていますが、あえて聞きます。小川さんはあの大敗北をどのように総括されていますか。</div>
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<div>小川：　党のアイデンティティが揺らいだ、投票先としての魅力に欠けたと受け止めています。総括ではもっと厳しい言葉を使っていて、「選挙互助会としての疑念を晴らせなかった」、「選挙互助会としての認識にとどまった」ということなどが、一番厳しい見立てだと思います。</div>
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<div>神保：　選挙のために急ごしらえでくっついたように見られてしまったということですね。小川さんは中道改革連合の立ち上げの段階ではどのような思いを持っていましたか。</div>
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<div>小川：　幹事長を退いて以降党務には関わっていなかったので晴天の霹靂でした。党内にはこれはプラスだと言っている人もいましたが、私は大変厳しい結果になるだろうと思っていました。地方では無党派層を獲得できないと選挙では勝てないので、無党派層が離れ、議席が半減するのではないかと思っていましたが、実際には半減のさらに半減でした。想定の下限域を下回ったというのが私の認識です。</div>
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<div>神保：　それを今さら正当化するのは小川さんの仕事ではないかもしれませんが、なぜそれでもやったのだと思いますか。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232604">続きを読む</a>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            <item>
                <title><![CDATA[サンドラ・ヘフェリン氏：50年かけて、結局日本人は休み上手になったのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年5月20日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1310回）
50年かけて、結局日本人は休み上手になったのか
ゲスト：サンドラ・ヘフェリン氏（コラムニスト）
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日本にとっての長年の課題だった日本人の休暇問題。実は50年以上前から日本政府は日本人の休暇問題に取り組んできた。
　そこでゴールデンウィークが明けた今、日本人は本当に上手に休めるようになったのかなどを、『ドイツ人の戦略的休み方』の著者でドイツ育ちのコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏と考えた。
　まずドイツと比較する上での大前提として次のことを念頭に置く必要がある。日本は2023年、ドイツに名目GDPを抜かれた。人口が日本の約3分の2しかなく、しかも日本人より遥かに労働時間が短いドイツに、GDPという経済の「規模」でも抜かれたことの意味は大きい。要するに日本の方が遥かに生産性が低く、効率が悪い仕事のしかたをしているということになる。その背景の1つに、もしかすると「休み方」の違いがあるかもしれない、というのが今回の議論の重要な論点となる。
　日本社会では長らく、休まず働くことが美徳とされてきた。調べてみると、江戸時代の日本人はかなり暢気でいわゆる勤勉タイプではなかったことが、その後、明治初期に来日した外国人の手記などで明らかになっているが、明治以降、日本は富国強兵政策の下、意図的に日本人を勤勉な民族に改造する政策を推進した。薪を背負いながら読書する二宮尊徳像を全国の小学校に建てたのもその一環だった。こうした政府による刷り込みが功を奏し、いつのまにか「日本人は伝統的に勤勉な民族」という考え方が海外のみならず日本人の間でも既成事実となっていった。
　戦後復興から高度経済成長期を経てバブル期に至るまでの期間は、会社への献身や滅私奉公が理想のサラリーマン像として語られ、休むことに後ろめたさを感じる空気が社会全体で共有された。「24時間働けますか」のCMのキャッチコピーを覚えておられる方も多いことだろう。また、高度成長期の日本は世界から「エコノミック・アニマル」という半分嘲笑を込めた、しかしもう半分は畏怖の念を持って見られていたことも歴史的な事実だっだ。明治政府で始まった日本人勤勉化政策は見事な成果をあげていた。
　しかしその後、日本政府は長年、日本人を休ませようと努力を続けてきた。1972年には通産省と経済企画庁に「余暇開発室」が設置され、その外郭に余暇開発センターなる団体まで設立している。これは万博を機に日本人ももっと余暇を楽しまなければならないという風潮が広がったことを受けたものだったという見方が一般的のようだが、とりあえずそういう問題意識をもって取り組みは始まったものの、バブル期まではさしたる実効性をあげられずにいた。まだまだ時代は24時間働けますかの時代だった。
　政府が本気で労働時間の短縮に取り組まなければならなくなった直接の原因は、他でもない外圧だった。
　日米の貿易不均衡が両国間で大きな外交問題に発展するようになると、日本はアメリカを宥めるために、日本人の労働時間を減らす圧力に晒された。日本人の長時間労働が安く良質な製品の製造を可能にしていて、それがアメリカ市場を席巻しているというのがアメリカ側の見方だった。1986年と1987年、中曽根政権の下で2つの「前川リポート」が作成され、当時2100時間を超えていた年間労働時間を1800時間まで減らす目標を掲げた。週の法定労働時間は48時間から40時間へ短縮され、祝日も増やした。
　それ以来日本政府は一貫して明治政府が撒いた「日本人勤勉化政策」を巻き返すための政策を進めてきた。近年では働き方改革関連法によって残業時間に上限が設けられ、有給休暇の取得も企業に義務付けられるようになった。祝日の数も世界最多レベルの年間16日まで増やした。その結果、統計上は年間労働時間も着実に減少し、まだまだドイツやフランスには追いつかないが、今や日本人の労働時間は最初に日本人の働き過ぎを問題視したアメリカを下回るまでになっている。
　確かに量的には休みは増えた。しかし、それでもなお、「うまく休めていない」と感じる日本人が多いようだ。実際、日本の有給休暇取得率は6割程度にとどまり、9割を超えるヨーロッパ諸国と比べると低い。かつては上司や同僚の目を気にして休めないと考える人が多かったようだが、最近では休んでもすることがないことを理由に挙げる人が増えているという。
　日本人とドイツ人の文化比較を長年行ってきたヘフェリン氏は、日本では単に労働時間が長いだけでなく、休むことそのものへの価値観がドイツとは根本的に異なると指摘する。ドイツでは休暇は当然の権利であり、休むときは仕事から完全に離れるのが基本だ。一方、日本では休暇中も周囲に迷惑をかけているという感覚を抱きやすく、休暇中も職場とのつながりを断ち切れない人が多い。日本では職場などで自分が「休まない自慢」をする人は多いが、休みがどれだけ楽しかったかやどれだけ充実していたかを自慢する人はほとんどいないのではないか。
　また日本では、忙しいことが美徳とされてきた歴史もある。「働かざる者食うべからず」は元は聖書やレーニンが語源のようだが、日本では今もそれが諺のように扱われている。睡眠時間を削って働くことや、多忙であることを誇らしく語る文化は、以前ほどではなくても今も残っている。これが明治政府の撒いた種が原因だとすれば、その政策を推進した山県有朋、恐るべしである。
　ドイツを含むヨーロッパでは、法定の年次休暇の日数は日本と大差なくなってきているが、取り方に大きな違いがある。長期休暇を取り、家族や友人と旅行したり自然の中で過ごしたりするバカンス文化が根付いている。しかし日本では、長期休暇そのものが取りづらい上、休みがあっても何をしていいかわからないと感じる人も少なくない。半世紀以上前に設立された余暇開発センターは何をやってきたのだろう。
　内閣府の2025年8月の調査では、「自由時間に何をするか」という問いに対し、「睡眠・休養」が53.7％でもっとも多かった。一方で、「旅行」は19.7％、「友人や恋人との交際」は18.3％、「習い事」は12.0％、「ボランティア活動」は5.8％にとどまった。日本人の平均睡眠時間はOECD30カ国中でもっとも短い7時間42分で、平均の8時間27分を大きく下回っている。普段十分に寝ていないからこの時とばかりに休みの日に「寝だめ」をしようと考える人が多いのかもしれない。
　ヘフェリン氏は、「週末に疲れて寝ているだけでは残念だ。本来は、休日を充実して過ごせるような働き方であるべきだ」と指摘する。ドイツ人は年初にその年の休暇の計画を決め、それを前提に仕事のスケジュールを調整するのが当たり前なのだと言う。
　休むことをどう捉えるかは、働くことや人生をどう考えるかに直結している。日本人の休み方にはどのような特徴があるのか、ドイツ人の休み方から何が学べるかなどについて、ヘフェリン氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・「よく休む」ドイツがなぜ日本のGDPを抜いたのか
・ドイツで増えている「週休3日」という働き方
・「長く働くこと」＝「勤勉」ではない
・上手に休むには「練習」が必要
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■　「よく休む」ドイツがなぜ日本のGDPを抜いたのか
神保：　日本ではゴールデンウィークといえば中央高速や東名高速などの渋滞のメッカが有名です。今回はドイツを例に、「日本人は休み上手になったのか」をテーマに取り上げたいと思います。
最近のニュースですが、日本のGDPがドイツに抜かれました。ドイツの人口は8,300万人しかないので、日本の4分の3くらいですが、それにもかかわらずGDPで抜かれたということは、日本の1人当たりの生産性がドイツの3分の2くらいしかないということになります。
しかも、ドイツの労働時間は日本よりもずっと少ない。もしかすると、生産性が上がらない問題は「休み方」と関係があるのではないか。そんなことを今日のゲストの方の本をきっかけに思いました。

宮台：　大学生の時に家庭教師として時給6,500円を取っていました。成果が高いからです。僕の家庭教師としての授業は7割が雑談でしたが、結局がやる気がないから成績が上がらないんです。例えば公立校ではクラスで一番だった人が、進学校に入ったらビリから数えた方が早いということになれば尊厳や自己肯定感も下がります。僕は幸い色々と変なことをやっている人なので、世の中は面白いという話をしていると、相手は何かでフックアップされます。そこでやる気が出てきたら、やり方だけ教えるんです。

意味のない受験勉強の長さを、「それが受験勉強だ」と思ってやっているのはただの「やってる感」です。その仕事は本当にその手順で、そのやり方で、その時間をかけて良いのか。そういう問題がたくさんあると思いますね。

神保：　本日のゲストはコラムニストのサンドラ・ヘフェリンさんです。サンドラさんは最近『ドイツ人の戦略的休み方』という本を書かれ、私自身も今さらのように目から鱗のところがありました。休みについて書こうと思ったのは何か理由があるんですか？

ヘフェリン：　2023年にドイツのGDPが日本を追い抜いたことには驚きました。ドイツ人は昔も今も休むのが大好きな人たちで、普通のドイツ人の感覚としては、早く家に帰りたいから効率よく働く、週末を楽しみに月曜日から金曜日まで働くという感じです。多くの企業が30日間の有給を与えているのですが、皆休みを計画するのが大好きで、そのために働いているような人たちが日本を追い抜いたというのは衝撃的でした。それで、休み方にもフィーチャーしながら働き方に触れようと思ったことが発端です。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232308</link>
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                <pubDate>Wed, 20 May 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年5月20日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1310回）</div>
<div>50年かけて、結局日本人は休み上手になったのか</div>
<div>ゲスト：サンドラ・ヘフェリン氏（コラムニスト）</div>
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<div>日本にとっての長年の課題だった日本人の休暇問題。実は50年以上前から日本政府は日本人の休暇問題に取り組んできた。</div>
<div>　そこでゴールデンウィークが明けた今、日本人は本当に上手に休めるようになったのかなどを、『ドイツ人の戦略的休み方』の著者でドイツ育ちのコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏と考えた。</div>
<div>　まずドイツと比較する上での大前提として次のことを念頭に置く必要がある。日本は2023年、ドイツに名目GDPを抜かれた。人口が日本の約3分の2しかなく、しかも日本人より遥かに労働時間が短いドイツに、GDPという経済の「規模」でも抜かれたことの意味は大きい。要するに日本の方が遥かに生産性が低く、効率が悪い仕事のしかたをしているということになる。その背景の1つに、もしかすると「休み方」の違いがあるかもしれない、というのが今回の議論の重要な論点となる。</div>
<div>　日本社会では長らく、休まず働くことが美徳とされてきた。調べてみると、江戸時代の日本人はかなり暢気でいわゆる勤勉タイプではなかったことが、その後、明治初期に来日した外国人の手記などで明らかになっているが、明治以降、日本は富国強兵政策の下、意図的に日本人を勤勉な民族に改造する政策を推進した。薪を背負いながら読書する二宮尊徳像を全国の小学校に建てたのもその一環だった。こうした政府による刷り込みが功を奏し、いつのまにか「日本人は伝統的に勤勉な民族」という考え方が海外のみならず日本人の間でも既成事実となっていった。</div>
<div>　戦後復興から高度経済成長期を経てバブル期に至るまでの期間は、会社への献身や滅私奉公が理想のサラリーマン像として語られ、休むことに後ろめたさを感じる空気が社会全体で共有された。「24時間働けますか」のCMのキャッチコピーを覚えておられる方も多いことだろう。また、高度成長期の日本は世界から「エコノミック・アニマル」という半分嘲笑を込めた、しかしもう半分は畏怖の念を持って見られていたことも歴史的な事実だっだ。明治政府で始まった日本人勤勉化政策は見事な成果をあげていた。</div>
<div>　しかしその後、日本政府は長年、日本人を休ませようと努力を続けてきた。1972年には通産省と経済企画庁に「余暇開発室」が設置され、その外郭に余暇開発センターなる団体まで設立している。これは万博を機に日本人ももっと余暇を楽しまなければならないという風潮が広がったことを受けたものだったという見方が一般的のようだが、とりあえずそういう問題意識をもって取り組みは始まったものの、バブル期まではさしたる実効性をあげられずにいた。まだまだ時代は24時間働けますかの時代だった。</div>
<div>　政府が本気で労働時間の短縮に取り組まなければならなくなった直接の原因は、他でもない外圧だった。</div>
<div>　日米の貿易不均衡が両国間で大きな外交問題に発展するようになると、日本はアメリカを宥めるために、日本人の労働時間を減らす圧力に晒された。日本人の長時間労働が安く良質な製品の製造を可能にしていて、それがアメリカ市場を席巻しているというのがアメリカ側の見方だった。1986年と1987年、中曽根政権の下で2つの「前川リポート」が作成され、当時2100時間を超えていた年間労働時間を1800時間まで減らす目標を掲げた。週の法定労働時間は48時間から40時間へ短縮され、祝日も増やした。</div>
<div>　それ以来日本政府は一貫して明治政府が撒いた「日本人勤勉化政策」を巻き返すための政策を進めてきた。近年では働き方改革関連法によって残業時間に上限が設けられ、有給休暇の取得も企業に義務付けられるようになった。祝日の数も世界最多レベルの年間16日まで増やした。その結果、統計上は年間労働時間も着実に減少し、まだまだドイツやフランスには追いつかないが、今や日本人の労働時間は最初に日本人の働き過ぎを問題視したアメリカを下回るまでになっている。</div>
<div>　確かに量的には休みは増えた。しかし、それでもなお、「うまく休めていない」と感じる日本人が多いようだ。実際、日本の有給休暇取得率は6割程度にとどまり、9割を超えるヨーロッパ諸国と比べると低い。かつては上司や同僚の目を気にして休めないと考える人が多かったようだが、最近では休んでもすることがないことを理由に挙げる人が増えているという。</div>
<div>　日本人とドイツ人の文化比較を長年行ってきたヘフェリン氏は、日本では単に労働時間が長いだけでなく、休むことそのものへの価値観がドイツとは根本的に異なると指摘する。ドイツでは休暇は当然の権利であり、休むときは仕事から完全に離れるのが基本だ。一方、日本では休暇中も周囲に迷惑をかけているという感覚を抱きやすく、休暇中も職場とのつながりを断ち切れない人が多い。日本では職場などで自分が「休まない自慢」をする人は多いが、休みがどれだけ楽しかったかやどれだけ充実していたかを自慢する人はほとんどいないのではないか。</div>
<div>　また日本では、忙しいことが美徳とされてきた歴史もある。「働かざる者食うべからず」は元は聖書やレーニンが語源のようだが、日本では今もそれが諺のように扱われている。睡眠時間を削って働くことや、多忙であることを誇らしく語る文化は、以前ほどではなくても今も残っている。これが明治政府の撒いた種が原因だとすれば、その政策を推進した山県有朋、恐るべしである。</div>
<div>　ドイツを含むヨーロッパでは、法定の年次休暇の日数は日本と大差なくなってきているが、取り方に大きな違いがある。長期休暇を取り、家族や友人と旅行したり自然の中で過ごしたりするバカンス文化が根付いている。しかし日本では、長期休暇そのものが取りづらい上、休みがあっても何をしていいかわからないと感じる人も少なくない。半世紀以上前に設立された余暇開発センターは何をやってきたのだろう。</div>
<div>　内閣府の2025年8月の調査では、「自由時間に何をするか」という問いに対し、「睡眠・休養」が53.7％でもっとも多かった。一方で、「旅行」は19.7％、「友人や恋人との交際」は18.3％、「習い事」は12.0％、「ボランティア活動」は5.8％にとどまった。日本人の平均睡眠時間はOECD30カ国中でもっとも短い7時間42分で、平均の8時間27分を大きく下回っている。普段十分に寝ていないからこの時とばかりに休みの日に「寝だめ」をしようと考える人が多いのかもしれない。</div>
<div>　ヘフェリン氏は、「週末に疲れて寝ているだけでは残念だ。本来は、休日を充実して過ごせるような働き方であるべきだ」と指摘する。ドイツ人は年初にその年の休暇の計画を決め、それを前提に仕事のスケジュールを調整するのが当たり前なのだと言う。</div>
<div>　休むことをどう捉えるかは、働くことや人生をどう考えるかに直結している。日本人の休み方にはどのような特徴があるのか、ドイツ人の休み方から何が学べるかなどについて、ヘフェリン氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・「よく休む」ドイツがなぜ日本のGDPを抜いたのか</div>
<div>・ドイツで増えている「週休3日」という働き方</div>
<div>・「長く働くこと」＝「勤勉」ではない</div>
<div>・上手に休むには「練習」が必要</div>
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<div>■　「よく休む」ドイツがなぜ日本のGDPを抜いたのか</div>
<div>神保：　日本ではゴールデンウィークといえば中央高速や東名高速などの渋滞のメッカが有名です。今回はドイツを例に、「日本人は休み上手になったのか」をテーマに取り上げたいと思います。</div>
<div>最近のニュースですが、日本のGDPがドイツに抜かれました。ドイツの人口は8,300万人しかないので、日本の4分の3くらいですが、それにもかかわらずGDPで抜かれたということは、日本の1人当たりの生産性がドイツの3分の2くらいしかないということになります。</div>
<div>しかも、ドイツの労働時間は日本よりもずっと少ない。もしかすると、生産性が上がらない問題は「休み方」と関係があるのではないか。そんなことを今日のゲストの方の本をきっかけに思いました。</div>
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<div>宮台：　大学生の時に家庭教師として時給6,500円を取っていました。成果が高いからです。僕の家庭教師としての授業は7割が雑談でしたが、結局がやる気がないから成績が上がらないんです。例えば公立校ではクラスで一番だった人が、進学校に入ったらビリから数えた方が早いということになれば尊厳や自己肯定感も下がります。僕は幸い色々と変なことをやっている人なので、世の中は面白いという話をしていると、相手は何かでフックアップされます。そこでやる気が出てきたら、やり方だけ教えるんです。</div>
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<div>意味のない受験勉強の長さを、「それが受験勉強だ」と思ってやっているのはただの「やってる感」です。その仕事は本当にその手順で、そのやり方で、その時間をかけて良いのか。そういう問題がたくさんあると思いますね。</div>
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<div>神保：　本日のゲストはコラムニストのサンドラ・ヘフェリンさんです。サンドラさんは最近『ドイツ人の戦略的休み方』という本を書かれ、私自身も今さらのように目から鱗のところがありました。休みについて書こうと思ったのは何か理由があるんですか？</div>
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<div>ヘフェリン：　2023年にドイツのGDPが日本を追い抜いたことには驚きました。ドイツ人は昔も今も休むのが大好きな人たちで、普通のドイツ人の感覚としては、早く家に帰りたいから効率よく働く、週末を楽しみに月曜日から金曜日まで働くという感じです。多くの企業が30日間の有給を与えているのですが、皆休みを計画するのが大好きで、そのために働いているような人たちが日本を追い抜いたというのは衝撃的でした。それで、休み方にもフィーチャーしながら働き方に触れようと思ったことが発端です。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2232308">続きを読む</a>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[勝村久司氏：国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年5月13日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1309回）
国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点
ゲスト：勝村久司氏（「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　医療費の増大をどう抑えるのか。いま日本の医療政策は、その一点に強く引き寄せられている。
　健康保険法等改正案が4月28日に衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いている。改正案には、市販薬としても流通している処方薬について患者に追加負担を求める制度や、後期高齢者医療制度における保険料や窓口負担に金融資産を反映させる仕組みなどが盛り込まれた。さらに、いったん凍結された高額療養費制度の自己負担上限額引き上げも、一部の低所得者などを除いて今年8月から実施される方向が固まっている。
　背景にあるのは、膨張を続ける国民医療費だ。高齢化と医療技術の高度化を背景に、2023年度の国民医療費は48兆円を超えた。財政の持続可能性を考えれば、負担能力に応じた負担増や世代間の公平化が必要だという議論には一定の合理性がある。しかし、その議論のプロセスにおいて、実際に病を抱え、日々治療を受けている患者たちの声は、どこまで反映されているのだろうか。
　その問題が一気に表面化したのが、高額療養費制度の見直しをめぐる議論だった。
　現行制度では、患者が1カ月に支払う医療費には年収に応じた上限が設けられており、それを超えた分は公的医療保険が負担する。重い病気や長期治療を必要とする患者にとって、この制度は文字通り命綱ともいえる制度だ。しかし、政府は一昨年末、この上限額を大幅に引き上げる方針を事実上の既定路線として予算案に盛り込もうとした。
　これに強く反発したのが患者団体だった。短期間のうちに当事者の声が集まり、「これ以上負担が増えれば治療を断念せざるを得ない」「生活そのものが立ち行かなくなる」という切実な訴えが社会に広がった。その結果、政府は昨年3月、いったん引き上げを見送る判断を余儀なくされた。
　この問題は、単なる財源論ではない。誰のための医療制度なのかという、制度設計そのものの問題を浮き彫りにした出来事だった。
　今回のゲスト、勝村久司氏は、中央社会保険医療協議会、いわゆる「中医協」で初めて患者代表委員を務めた人物だ。医療事故の被害当事者でもある勝村氏は、長年、医療制度改革の議論に患者の視点を持ち込む活動を続けてきた。
　勝村氏によれば、日本の医療費議論は、往々にして医療業界団体同士の利害調整に終始しがちだという。診療報酬や薬価の決定過程では、医師会、病院団体、製薬業界などの意見は強く反映される一方で、患者の声は制度的にきわめて弱い立場に置かれてきた。
　しかも、議論は「医療費総額をどう抑えるか」という抽象論に偏りがちで、「どの医療に、なぜ、その価格がついているのか」という中身の議論がほとんど行われていないと勝村氏は指摘する。
　なぜ、その薬に高い薬価がつくのか。なぜ、その加算が必要なのか。逆に、本当に必要な医療行為の評価が不当に低く抑えられてはいないか。
　そうした議論抜きに、単に総額抑制だけを進めれば、最終的にしわ寄せを受けるのは患者だ。
　勝村氏が中医協委員時代に力を入れたのが、診療明細書の無料発行の義務化だった。現在では、医療機関で必ず患者に渡される診療明細書には、検査や処置、薬剤名、そしてそれぞれに対応する診療報酬点数が記載されている。しかし、この制度が実現する以前、患者は自分がどのような医療を受け、その医療にどれだけの公的費用が使われているのかを知る手段すら乏しかった。
　勝村氏は、患者が医療の内容とコストを知ることではじめて、医療制度の議論に主体的に参加できるようになると主張する。
　医療制度改革は、単なる財政論なのか。それとも、社会が「命」とどう向き合うかという価値判断の問題なのか。患者負担増が次々と議論される中、医療制度の意思決定に患者の声をどう反映させるべきなのかについて、勝村久司氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

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今週の論点
・患者団体の取り組みで大幅な上限引き上げが見送られた「高額療養費制度」
・中医協で初の「患者代表」をつとめた勝村氏の思い
・病院の赤字問題は中身の議論が重要だ
・医療改革に「患者」の視点を
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■　患者団体の取り組みで大幅な上限引き上げが見送られた「高額療養費制度」
迫田：　今日は医療のお金の話をしようと思います。例えば高額療養費制度というものがあり、払う金額には上限が設けられ、それ以上は払わないで済むという制度ですが、多くの人は8月から負担が少し上がります。また薬についても議論中です。病院で出てくる薬と同じものを薬局で売っていた場合、病院でもらう薬の値段が25％上乗せされるようになります。
医療のお金の話は難しいので、いつの間に上がっているということが起きます。本当に受け身だけで良いのか、今日は議論していきたいと思います。

宮台：　医療費抑制は、予算の規模が全体として限られている以上、優先順位の問題もあり、ある程度は仕方がない面があります。しかし仕方がないからといっても、実際に現場の患者さんたちにとってどういう不利益な変更になるのかということを、僕たちは詳細に知る必要がありますね。

迫田：　気づいたときには遅いということにならないために、何が必要なのかということも考えていきたいと思います。本日のゲストは「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人の勝村久司さんです。勝村さんは診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会（中医協）に、患者委員として初めて入られた方です。市民の立場から医療の問題について色々な発言をされていますが、もともと医療に詳しかったわけではないんですよね。

勝村：　全く普通の高校教員だったのですが、1人目の子どもを医療事故で亡くしたことがきっかけで医療問題に関わるようになりました。

迫田：　医療情報を患者、あるいは市民の側にという思いで活動されてきました。少しは良くなってきていますよね。

勝村：　そうですね。昔は患者が自分の受けた医療の情報を知りたいと思っても知ることができませんでしたが、今はそれができるようになっています。しかし患者が医療に関わっていくという意味では、まだこれからだと思っています。

迫田：　制度が難しすぎてなかなか理解が追いつかないところがありますよね。

勝村：　はい。これからは、患者の関わり方によっては医療の中身を自分たちの価値観に合わせて見ていける時代になりつつあるので、今が大事な時だと思います。

迫田：　実は今、国会で健康保険法等の改正案が議論されています。4月28日に衆議院本会議で可決され、今は参議院で審議中です。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231941</link>
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                <pubDate>Wed, 13 May 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年5月13日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1309回）</div>
<div>国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点</div>
<div>ゲスト：勝村久司氏（「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　医療費の増大をどう抑えるのか。いま日本の医療政策は、その一点に強く引き寄せられている。</div>
<div>　健康保険法等改正案が4月28日に衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いている。改正案には、市販薬としても流通している処方薬について患者に追加負担を求める制度や、後期高齢者医療制度における保険料や窓口負担に金融資産を反映させる仕組みなどが盛り込まれた。さらに、いったん凍結された高額療養費制度の自己負担上限額引き上げも、一部の低所得者などを除いて今年8月から実施される方向が固まっている。</div>
<div>　背景にあるのは、膨張を続ける国民医療費だ。高齢化と医療技術の高度化を背景に、2023年度の国民医療費は48兆円を超えた。財政の持続可能性を考えれば、負担能力に応じた負担増や世代間の公平化が必要だという議論には一定の合理性がある。しかし、その議論のプロセスにおいて、実際に病を抱え、日々治療を受けている患者たちの声は、どこまで反映されているのだろうか。</div>
<div>　その問題が一気に表面化したのが、高額療養費制度の見直しをめぐる議論だった。</div>
<div>　現行制度では、患者が1カ月に支払う医療費には年収に応じた上限が設けられており、それを超えた分は公的医療保険が負担する。重い病気や長期治療を必要とする患者にとって、この制度は文字通り命綱ともいえる制度だ。しかし、政府は一昨年末、この上限額を大幅に引き上げる方針を事実上の既定路線として予算案に盛り込もうとした。</div>
<div>　これに強く反発したのが患者団体だった。短期間のうちに当事者の声が集まり、「これ以上負担が増えれば治療を断念せざるを得ない」「生活そのものが立ち行かなくなる」という切実な訴えが社会に広がった。その結果、政府は昨年3月、いったん引き上げを見送る判断を余儀なくされた。</div>
<div>　この問題は、単なる財源論ではない。誰のための医療制度なのかという、制度設計そのものの問題を浮き彫りにした出来事だった。</div>
<div>　今回のゲスト、勝村久司氏は、中央社会保険医療協議会、いわゆる「中医協」で初めて患者代表委員を務めた人物だ。医療事故の被害当事者でもある勝村氏は、長年、医療制度改革の議論に患者の視点を持ち込む活動を続けてきた。</div>
<div>　勝村氏によれば、日本の医療費議論は、往々にして医療業界団体同士の利害調整に終始しがちだという。診療報酬や薬価の決定過程では、医師会、病院団体、製薬業界などの意見は強く反映される一方で、患者の声は制度的にきわめて弱い立場に置かれてきた。</div>
<div>　しかも、議論は「医療費総額をどう抑えるか」という抽象論に偏りがちで、「どの医療に、なぜ、その価格がついているのか」という中身の議論がほとんど行われていないと勝村氏は指摘する。</div>
<div>　なぜ、その薬に高い薬価がつくのか。なぜ、その加算が必要なのか。逆に、本当に必要な医療行為の評価が不当に低く抑えられてはいないか。</div>
<div>　そうした議論抜きに、単に総額抑制だけを進めれば、最終的にしわ寄せを受けるのは患者だ。</div>
<div>　勝村氏が中医協委員時代に力を入れたのが、診療明細書の無料発行の義務化だった。現在では、医療機関で必ず患者に渡される診療明細書には、検査や処置、薬剤名、そしてそれぞれに対応する診療報酬点数が記載されている。しかし、この制度が実現する以前、患者は自分がどのような医療を受け、その医療にどれだけの公的費用が使われているのかを知る手段すら乏しかった。</div>
<div>　勝村氏は、患者が医療の内容とコストを知ることではじめて、医療制度の議論に主体的に参加できるようになると主張する。</div>
<div>　医療制度改革は、単なる財政論なのか。それとも、社会が「命」とどう向き合うかという価値判断の問題なのか。患者負担増が次々と議論される中、医療制度の意思決定に患者の声をどう反映させるべきなのかについて、勝村久司氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。</div>
<br />
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<div>今週の論点</div>
<div>・患者団体の取り組みで大幅な上限引き上げが見送られた「高額療養費制度」</div>
<div>・中医協で初の「患者代表」をつとめた勝村氏の思い</div>
<div>・病院の赤字問題は中身の議論が重要だ</div>
<div>・医療改革に「患者」の視点を</div>
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<br />
<div>■　患者団体の取り組みで大幅な上限引き上げが見送られた「高額療養費制度」</div>
<div>迫田：　今日は医療のお金の話をしようと思います。例えば高額療養費制度というものがあり、払う金額には上限が設けられ、それ以上は払わないで済むという制度ですが、多くの人は8月から負担が少し上がります。また薬についても議論中です。病院で出てくる薬と同じものを薬局で売っていた場合、病院でもらう薬の値段が25％上乗せされるようになります。</div>
<div>医療のお金の話は難しいので、いつの間に上がっているということが起きます。本当に受け身だけで良いのか、今日は議論していきたいと思います。</div>
<br />
<div>宮台：　医療費抑制は、予算の規模が全体として限られている以上、優先順位の問題もあり、ある程度は仕方がない面があります。しかし仕方がないからといっても、実際に現場の患者さんたちにとってどういう不利益な変更になるのかということを、僕たちは詳細に知る必要がありますね。</div>
<br />
<div>迫田：　気づいたときには遅いということにならないために、何が必要なのかということも考えていきたいと思います。本日のゲストは「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人の勝村久司さんです。勝村さんは診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会（中医協）に、患者委員として初めて入られた方です。市民の立場から医療の問題について色々な発言をされていますが、もともと医療に詳しかったわけではないんですよね。</div>
<br />
<div>勝村：　全く普通の高校教員だったのですが、1人目の子どもを医療事故で亡くしたことがきっかけで医療問題に関わるようになりました。</div>
<br />
<div>迫田：　医療情報を患者、あるいは市民の側にという思いで活動されてきました。少しは良くなってきていますよね。</div>
<br />
<div>勝村：　そうですね。昔は患者が自分の受けた医療の情報を知りたいと思っても知ることができませんでしたが、今はそれができるようになっています。しかし患者が医療に関わっていくという意味では、まだこれからだと思っています。</div>
<br />
<div>迫田：　制度が難しすぎてなかなか理解が追いつかないところがありますよね。</div>
<br />
<div>勝村：　はい。これからは、患者の関わり方によっては医療の中身を自分たちの価値観に合わせて見ていける時代になりつつあるので、今が大事な時だと思います。</div>
<br />
<div>迫田：　実は今、国会で健康保険法等の改正案が議論されています。4月28日に衆議院本会議で可決され、今は参議院で審議中です。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231941">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[青井未帆氏：武器輸出の全面解禁で日本は何を得て何を失うのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>
マル激！メールマガジン　2026年5月6日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1308回）
武器輸出の全面解禁で日本は何を得て何を失うのか
ゲスト：青井未帆氏（学習院大学法科大学院教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　日本は武器で稼がなければならないほど落ちぶれた国になるのか。
　高市政権は4月21日、武器輸出に関する歯止め規定を撤廃した。「防衛装備移転三原則」とその運用指針を改定し、これまで認めてこなかった殺傷能力のある武器の輸出を可能にしたのだ。
　政府は「防衛装備移転三原則」を閣議決定で、その運用指針を国家安全保障会議（NSC）で改定した。「防衛装備移転三原則」は、2014年に安倍政権が策定したものだ。安倍政権は1976年の三木内閣以来日本が堅持してきた武器輸出の全面禁止の方針を転換し、一定の条件のもとで輸出を認める枠組みを導入したが、ただ一点、殺傷能力のある兵器の輸出だけは禁止の対象であり続けた。
今回高市政権はその最後の条件をも解除した。長らく武器の輸出を禁止してきた日本にとっては、平和国家を象徴する看板ともいうべきその大方針が、いま大きく転換されたことになる。
　日本の武器輸出禁止の歴史は古い。1967年、佐藤栄作首相が「武器輸出三原則」を打ち出し、共産圏や紛争当事国への武器輸出を禁じた。さらに1976年、三木武夫首相が「西側諸国への武器輸出も慎む」方針を示したことで、事実上の全面禁輸体制が確立した。
　もっとも、その後は例外が積み重ねられ、徐々に緩和が進んできたのも事実だ。中曽根政権下ではアメリカへの輸出については例外とする方針が設けられたほか、民主党の野田政権では、国際共同開発や平和貢献を目的とする場合の輸出を認める基準が新たに設けられた。
　そのような例外が設けられながらも、安倍政権までは「日本は武器を輸出しない国」という平和国家としての看板は掲げ続けてきた。2014年、安倍政権は「武器輸出三原則」に代わり新たに「防衛装備移転三原則」を定め、兵器の中でも「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型に該当するものに限って例外的に輸出を認める仕組みが設けられた。しかし、戦闘機やミサイル、軍艦など殺傷能力を持つ兵器の輸出だけは禁止が維持されたが、今回高市政権はその5類型の枠そのものを撤廃し、殺傷兵器の輸出を全面的に解禁した形だ。
　もっとも殺傷兵器を除いた兵器の輸出が可能になった2014年以降の10年余、実際に日本が完成した装備品を輸出できたのは、2020年に三菱電機がフィリピンに輸出した警戒管制レーダーの1件だけだった。
　今回の殺傷兵器の輸出解禁にあたり高市政権は、防衛産業の成長を大きな目標に掲げている。しかし、防衛ジャーナリストの半田滋氏は、武器輸出が大きな成長戦略になる可能性は低いとの見方を示す。その理由として半田氏は、日本製の兵器は市場価格よりも値段が高い傾向があり、また自衛隊という独自の運用思想に合わせて設計されているため、汎用性に乏しいことを理由に挙げる。結局、自衛隊の中古品を主に発展途上国に買ってもらう程度にとどまるのではないかというのが、半田氏の見立てだ。
　1976年、三木政権の宮澤喜一外相は国会で「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と答弁したが、今年3月17日の参院予算委員会でこの宮澤発言への感想を求められた高市首相は、「時代が変わった」、武器を輸出することが「落ちぶれたことだとは思わない」と答弁している。
　学習院大学の青井未帆教授は、十分な根拠や説明が示されないまま、「時代が変わった」というだけでこれほど大きな方針転換が行われたことは「驚愕だ」と批判する。さらに青井氏は、今回の制度変更では武器の輸出先が日本と協定を結んだ国に限定されている点にも注意が必要だと語る。中国やイスラエルなどを対象外とすることで、日本の対外関係を敵味方に明確に色分けしてしまうことにつながるからだ。
　今回の政策方針はその決定プロセスにも問題が多い。青井氏は、もともと武器輸出規制の議論は国会での議論を通じて形成されてきたものなのに、国会での十分な審議もなく、閣議決定や国家安全保障会議（NSC）のみであっさり方針転換が行われたことを問題視する。
　問われているのは、日本がどのような平和国家像を掲げるのかだ。日本が作った武器によって人が殺されていいのかという直球の議論が必要だと青井氏は語る。
　武器輸出の解禁は本当に日本の防衛産業の成長につながるのか。武器を輸出しない平和国家の看板を下ろしてまで、今ここで武器輸出を始めるメリットがあるのか。武器輸出三原則をなし崩し的に放棄してしまった日本を、次は何が待っているのか。学習院大学法科大学院教授の青井未帆氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・なぜいま武器輸出解禁なのか
・平和国家の看板を下ろすわりに得られる経済的メリットは小さい
・国民的議論なく閣議決定だけで決めたことの問題点
・切り崩されてきた9条の理念
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■　なぜいま武器輸出解禁なのか
神保：　日本はこれから武器を輸出し、武器輸出大国を目指すということになっているようです。それによっていったい何が起きるのか。日本の対外イメージがどう傷つくのか、今となっては唯一と言ってもいいようなアセットを喪失するかもしれないということを、日本人はよく分かっていないのかもしれません。それが分からないと、経済が活性化するなら良いんじゃない？という話が平気で出てくることになります。
そもそも経済が本当に活性化するのかという問題もありますが、必ず出てくるのは「対外環境や安全保障環境が非常に厳しく、武器輸出三原則をやっていた時代とは全然違う」という話です。

　今回もう1つ大事だと思うのは、武器輸出解禁についてあまり報道がないことです。国会での議論もしていないので、スーッと通り過ぎてしまう感じですね。それを含めて、一旦ここで立ち止まって考えたいと思います。

宮台：　歴史的文脈と同時代的な文脈の両方を考えたいですね。

神保：　ということで今回は、「武器輸出の解禁は日本の形をどう変えるのか」をテーマに選びました。ゲストは学習院大学法科大学院教授の青井未帆さんです。青井さんには安保法制を扱った回などに出ていただきました。今回は殺傷能力のあるものも含めて、武器の輸出を全面解禁するということです。

青井：　以前番組に伺ったのは2014年と2015年でしたが、私の認識ではそこから今まではひとつながりです。2014年に道理を壊して無理を通したことの帰結を見ていると。そこから「安全保障」という言葉が広がり、経済も含めて全てが「安全保障」になってしまいました。AIや情報もそうですし、学術会議問題も軍事研究の問題でした。いま起こっていることは2014年の帰結だと思います。

　考えてみると、2014年の閣議決定でも「切れ目のない安全保障」ということを言っていました。ただ当時、「切れ目がない」とは具体的にどういうことなのかは示されていませんでした。こういうことなのかということを今、あらためて見ているということです。

神保：　2014年、武器輸出三原則が崩れて殺傷能力のある兵器以外のものの輸出が認められました。さらに今年、殺傷能力のあるものも含めて何でもありになった。ホップステップジャンプのような感じです。これで済むのか、あるいはもう一段進むのでしょうか。その先に見えるものはやはり、自民党が党是として掲げている憲法改正だと見ていますか？

青井：　そうだと思います。今はなし崩し的に変えていますが、最後の最後に残しているのが憲法9条です。これは規範として意外としぶとく強いということが分かってきているわけですが、9条改正が最終的な大きな区切りだろうと思います。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231661</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231661</guid>
                <pubDate>Wed, 06 May 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>
<div>マル激！メールマガジン　2026年5月6日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1308回）</div>
<div>武器輸出の全面解禁で日本は何を得て何を失うのか</div>
<div>ゲスト：青井未帆氏（学習院大学法科大学院教授）</div>
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<div>　日本は武器で稼がなければならないほど落ちぶれた国になるのか。</div>
<div>　高市政権は4月21日、武器輸出に関する歯止め規定を撤廃した。「防衛装備移転三原則」とその運用指針を改定し、これまで認めてこなかった殺傷能力のある武器の輸出を可能にしたのだ。</div>
<div>　政府は「防衛装備移転三原則」を閣議決定で、その運用指針を国家安全保障会議（NSC）で改定した。「防衛装備移転三原則」は、2014年に安倍政権が策定したものだ。安倍政権は1976年の三木内閣以来日本が堅持してきた武器輸出の全面禁止の方針を転換し、一定の条件のもとで輸出を認める枠組みを導入したが、ただ一点、殺傷能力のある兵器の輸出だけは禁止の対象であり続けた。</div>
<div>今回高市政権はその最後の条件をも解除した。長らく武器の輸出を禁止してきた日本にとっては、平和国家を象徴する看板ともいうべきその大方針が、いま大きく転換されたことになる。</div>
<div>　日本の武器輸出禁止の歴史は古い。1967年、佐藤栄作首相が「武器輸出三原則」を打ち出し、共産圏や紛争当事国への武器輸出を禁じた。さらに1976年、三木武夫首相が「西側諸国への武器輸出も慎む」方針を示したことで、事実上の全面禁輸体制が確立した。</div>
<div>　もっとも、その後は例外が積み重ねられ、徐々に緩和が進んできたのも事実だ。中曽根政権下ではアメリカへの輸出については例外とする方針が設けられたほか、民主党の野田政権では、国際共同開発や平和貢献を目的とする場合の輸出を認める基準が新たに設けられた。</div>
<div>　そのような例外が設けられながらも、安倍政権までは「日本は武器を輸出しない国」という平和国家としての看板は掲げ続けてきた。2014年、安倍政権は「武器輸出三原則」に代わり新たに「防衛装備移転三原則」を定め、兵器の中でも「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型に該当するものに限って例外的に輸出を認める仕組みが設けられた。しかし、戦闘機やミサイル、軍艦など殺傷能力を持つ兵器の輸出だけは禁止が維持されたが、今回高市政権はその5類型の枠そのものを撤廃し、殺傷兵器の輸出を全面的に解禁した形だ。</div>
<div>　もっとも殺傷兵器を除いた兵器の輸出が可能になった2014年以降の10年余、実際に日本が完成した装備品を輸出できたのは、2020年に三菱電機がフィリピンに輸出した警戒管制レーダーの1件だけだった。</div>
<div>　今回の殺傷兵器の輸出解禁にあたり高市政権は、防衛産業の成長を大きな目標に掲げている。しかし、防衛ジャーナリストの半田滋氏は、武器輸出が大きな成長戦略になる可能性は低いとの見方を示す。その理由として半田氏は、日本製の兵器は市場価格よりも値段が高い傾向があり、また自衛隊という独自の運用思想に合わせて設計されているため、汎用性に乏しいことを理由に挙げる。結局、自衛隊の中古品を主に発展途上国に買ってもらう程度にとどまるのではないかというのが、半田氏の見立てだ。</div>
<div>　1976年、三木政権の宮澤喜一外相は国会で「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と答弁したが、今年3月17日の参院予算委員会でこの宮澤発言への感想を求められた高市首相は、「時代が変わった」、武器を輸出することが「落ちぶれたことだとは思わない」と答弁している。</div>
<div>　学習院大学の青井未帆教授は、十分な根拠や説明が示されないまま、「時代が変わった」というだけでこれほど大きな方針転換が行われたことは「驚愕だ」と批判する。さらに青井氏は、今回の制度変更では武器の輸出先が日本と協定を結んだ国に限定されている点にも注意が必要だと語る。中国やイスラエルなどを対象外とすることで、日本の対外関係を敵味方に明確に色分けしてしまうことにつながるからだ。</div>
<div>　今回の政策方針はその決定プロセスにも問題が多い。青井氏は、もともと武器輸出規制の議論は国会での議論を通じて形成されてきたものなのに、国会での十分な審議もなく、閣議決定や国家安全保障会議（NSC）のみであっさり方針転換が行われたことを問題視する。</div>
<div>　問われているのは、日本がどのような平和国家像を掲げるのかだ。日本が作った武器によって人が殺されていいのかという直球の議論が必要だと青井氏は語る。</div>
<div>　武器輸出の解禁は本当に日本の防衛産業の成長につながるのか。武器を輸出しない平和国家の看板を下ろしてまで、今ここで武器輸出を始めるメリットがあるのか。武器輸出三原則をなし崩し的に放棄してしまった日本を、次は何が待っているのか。学習院大学法科大学院教授の青井未帆氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>・なぜいま武器輸出解禁なのか</div>
<div>・平和国家の看板を下ろすわりに得られる経済的メリットは小さい</div>
<div>・国民的議論なく閣議決定だけで決めたことの問題点</div>
<div>・切り崩されてきた9条の理念</div>
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<div>神保：　日本はこれから武器を輸出し、武器輸出大国を目指すということになっているようです。それによっていったい何が起きるのか。日本の対外イメージがどう傷つくのか、今となっては唯一と言ってもいいようなアセットを喪失するかもしれないということを、日本人はよく分かっていないのかもしれません。それが分からないと、経済が活性化するなら良いんじゃない？という話が平気で出てくることになります。</div>
<div>そもそも経済が本当に活性化するのかという問題もありますが、必ず出てくるのは「対外環境や安全保障環境が非常に厳しく、武器輸出三原則をやっていた時代とは全然違う」という話です。</div>
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<div>　今回もう1つ大事だと思うのは、武器輸出解禁についてあまり報道がないことです。国会での議論もしていないので、スーッと通り過ぎてしまう感じですね。それを含めて、一旦ここで立ち止まって考えたいと思います。</div>
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<div>宮台：　歴史的文脈と同時代的な文脈の両方を考えたいですね。</div>
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<div>神保：　ということで今回は、「武器輸出の解禁は日本の形をどう変えるのか」をテーマに選びました。ゲストは学習院大学法科大学院教授の青井未帆さんです。青井さんには安保法制を扱った回などに出ていただきました。今回は殺傷能力のあるものも含めて、武器の輸出を全面解禁するということです。</div>
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<div>青井：　以前番組に伺ったのは2014年と2015年でしたが、私の認識ではそこから今まではひとつながりです。2014年に道理を壊して無理を通したことの帰結を見ていると。そこから「安全保障」という言葉が広がり、経済も含めて全てが「安全保障」になってしまいました。AIや情報もそうですし、学術会議問題も軍事研究の問題でした。いま起こっていることは2014年の帰結だと思います。</div>
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<div>　考えてみると、2014年の閣議決定でも「切れ目のない安全保障」ということを言っていました。ただ当時、「切れ目がない」とは具体的にどういうことなのかは示されていませんでした。こういうことなのかということを今、あらためて見ているということです。</div>
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<div>神保：　2014年、武器輸出三原則が崩れて殺傷能力のある兵器以外のものの輸出が認められました。さらに今年、殺傷能力のあるものも含めて何でもありになった。ホップステップジャンプのような感じです。これで済むのか、あるいはもう一段進むのでしょうか。その先に見えるものはやはり、自民党が党是として掲げている憲法改正だと見ていますか？</div>
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<div>青井：　そうだと思います。今はなし崩し的に変えていますが、最後の最後に残しているのが憲法9条です。これは規範として意外としぶとく強いということが分かってきているわけですが、9条改正が最終的な大きな区切りだろうと思います。　</div></div>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[高野隆氏：人質司法における裁判官の責任を問うことの意味とは]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年4月29日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1307回）
人質司法における裁判官の責任を問うことの意味とは
ゲスト：高野隆氏（弁護士、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」弁護団長）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
人質司法。被疑者が容疑を否認すれば容易には保釈を認めず、長期間身柄を拘束し続けることで自白や検察の描いたシナリオに沿った供述を引き出していく。世界に恥ずべき日本のこの異常な刑事司法慣行については、ビデオニュースでも繰り返し取り上げてきた。
　国連の人権委員会からは「拷問」に当たるとして再三の改善勧告を受けてきたが、日本国内では今もこの慣行が当たり前のように続いている。
　その人質司法をめぐって、これまでにない動きがあった。大川原化工機事件で勾留中に死亡した被疑者の遺族が、不当な身体拘束を決定した裁判官37人を実名で挙げて国家賠償を求める訴訟を提起したのだ。
　長期勾留された元被疑者や元被告が、警察・検察の捜査が違法だったとして国家賠償を求める訴訟はこれまでも繰り返し提起されてきた。しかし、勾留令状の発付や保釈請求の却下を行った裁判官個人の責任を、判決ではなく身体拘束の判断について、しかも実名で問う国賠訴訟は、おそらく前代未聞である。
　訴訟を起こしたのは、大川原化工機の元顧問・相嶋静夫氏の遺族だ。相嶋氏は勾留中に末期がんと診断されながら、なお身体拘束を解かれることなく勾留中の身のまま死亡した。遺族は4月6日、相嶋氏の保釈を認めず、あるいは勾留を継続する判断を下した裁判官37人を名指しで挙げ、国に対し約1億6800万円の損害賠償を求めて提訴した。
　事件の発端は、2020年3月、警視庁公安部が大川原化工機の幹部3人を外為法違反の容疑で逮捕したことに遡る。同社が輸出した噴霧乾燥機が、生物兵器の製造に転用可能な軍事関連物資にあたるとして、無許可輸出の疑いがかけられた。
　相嶋氏は勾留中に胃がんと診断されたが、保釈請求はことごとく却下された。最終的に勾留執行停止で入院が認められたものの、すでに手遅れだった。同時に逮捕された大川原正明社長と島田順司氏も相嶋氏と同じく容疑を全面的に否認し続けたため、その勾留は332日間に及んだ。
　ところが、その後の調査で、この事件は警察が無理筋のストーリーを仕立て上げたものであることが明らかになる。検察は公判前に起訴を取り消すという、極めて異例の対応を取らざるを得なかった。
　大川原化工機側が警察・検察の捜査の違法性を問うた国家賠償訴訟では、すでに国の責任が認められ賠償が確定している。しかし、事件のもう一方の当事者であるはずの令状を発付し、保釈請求を繰り返し却下した裁判官たちの責任は、これまで一度も問われてこなかった。
　弁護団長の高野隆氏は、末期がんと診断された相嶋氏に対してすら「罪証隠滅のおそれ」を理由に7回も保釈請求を却下した裁判所の判断は、著しく不当だったと語る。
　刑事訴訟法89条は、保釈請求があれば原則としてこれを認めなければならないと定めている。例外として保釈を却下できるのは、「罪証隠滅のおそれ」などが認められる場合に限られる。ところが実務では、被疑者が否認しているという一事をもって「罪証隠滅のおそれあり」と判断され、原則と例外が事実上逆転しているのが現実だ。
　長期勾留は被疑者・被告人やその家族の生活、職業、社会活動に甚大な打撃を与えると同時に、無理矢理自白を引き出すための、いわば「検察の武器」として機能してきた。
　ビデオニュースのインタビューに応じた元ベテラン裁判官の藤井敏明氏は、自身の経験を振り返りながら、裁判官は身体拘束が当事者に及ぼす負担や不利益を十分に認識しないまま「罪証隠滅のおそれ」を広く解釈し、安易に保釈請求を却下していると、自省を込めて語る。また藤井氏は、たとえ最終的に有罪判決が下されたとしても、判決確定前の長期勾留は終わりが見えないという意味で、刑の執行そのものよりも当事者に大きな負担を強いる場合があると指摘する。
　今回、裁判官個人を被告とする国賠訴訟が起こされた意義はどこにあるのか。日本の裁判官はなぜこれほどまでに容易に保釈を認めないのか。相嶋静夫氏のような悲劇を繰り返さないために何が必要なのか。そして、裁判官の判断に対する責任追及はなぜこれほどまでに難しいのか。数々の著名な刑事事件を担当し、その多くで無罪判決を獲得してきた歴戦の刑事弁護士で、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長を務める高野隆氏とともに、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・「裁判官の責任を問う」前代未聞の訴訟が始まった
・日本の裁判官はなぜ容易に保釈を認めないのか
・広すぎる「罪証隠滅のおそれ」の解釈が保釈を阻んでいる
・裁判官が裁判官を裁くことは果たしてできるのか
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■　「裁判官の責任を問う」前代未聞の訴訟が始まった
神保：　これまで人質司法については何度もテーマにしてきましたが、変わりませんね。記者クラブ問題と人質司法問題は表裏一体の関係ですが、これらは本当に変わりません。

宮台：　変わっていないように見えても、それなりの積み上げにはなっているかと。

神保：　どこかで堤防は決壊するはずなのですが。さて今回、刑事司法の問題の中で大きな動きがありました。長期勾留の問題で、どうしても怒りの矛先は厳しい取り調べをする警察や検察にいきますが、実は勾留を許しているのは裁判官です。令状がなければ逮捕すらできません。裁判官は吟味しているのか、また法律的にはどういう基準があり、それにきちんと従っているのかということは、これまで必ずしも検証されてきませんでした。今回はこれが大きく動くような裁判が行われました。

　日本では、検察が起訴すれば99%以上が有罪になります。裁判官からすると、どうせ有罪になるのであれば、判決前の勾留期間は判決後の刑期に算入されるので、同じだと思ってサインしているという話も聞きました。

宮台：　推定無罪の原則は、「100人の罪人を放免するも1人の無辜の民を刑することなかれ」というものです。なぜそういう非対称的な原則があるのかというと、統治権力は一般市民と比べて圧倒的に多いリソースを持っているので、政治的あるいは何らかの組織内的な目的で一般市民を犠牲にするのは容易だからです。それを放置すると統治権力をいただくような社会秩序は、見かけはともかく、ズタボロに崩れていきます。

神保：　日本の今の色々なシステムがズタボロに崩れている要因の1つに、正義の貫徹ができない司法システムがあります。この社会は「出るところに出ればちゃんと正義が貫徹できる」と思って生きていて良いのかどうか。「社会は綺麗事じゃない」ということになれば、やはり色々な行動原理が変わってくるじゃないですか。そこが重要だと感じているので人質手法の問題をずっとやってきているのですが、この件で少し動くのであれば、僕らもやってきた甲斐があるのかなと思います。

　その新しい動きとは何かも含め、見ていきたいと思います。刑事司法の話をするには適任の方をゲストにお呼びしました。弁護士で大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長をつとめる高野隆さんです。

　大川原化工機事件という世紀の冤罪事件で、相嶋静夫さんという当時顧問の方が勾留中に亡くなられました。不当な拘束を受けたということで、ご遺族が訴訟を起こしました。検察と警察に対してはすでに国家賠償訴訟をして勝っているのですが、今回は高野さんを弁護団長とした弁護団を組み、裁判官の責任を問うています。裁判官の責任や役割を考える良い機会だと思います。

　今回の訴訟は、長く刑事弁護に関わっている高野さんにとってどういう意味を持つのでしょうか。

高野：　裁判で無罪が確定すると、冤罪の犠牲者たちが、捜査をした人たちや訴追した人たちの権力行使が違法だったとして国賠訴訟を起こすことはしばしばあります。しかしよく考えてみると、警察や検察は自分の意思で被疑者を逮捕することはできません。これは憲法にも書いてありますが、彼らは裁判官が令状を発行して初めて被疑者を逮捕し、取り調べることができます。　</p>]]></description>
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                <pubDate>Wed, 29 Apr 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年4月29日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1307回）</div>
<div>人質司法における裁判官の責任を問うことの意味とは</div>
<div>ゲスト：高野隆氏（弁護士、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」弁護団長）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>人質司法。被疑者が容疑を否認すれば容易には保釈を認めず、長期間身柄を拘束し続けることで自白や検察の描いたシナリオに沿った供述を引き出していく。世界に恥ずべき日本のこの異常な刑事司法慣行については、ビデオニュースでも繰り返し取り上げてきた。</div>
<div>　国連の人権委員会からは「拷問」に当たるとして再三の改善勧告を受けてきたが、日本国内では今もこの慣行が当たり前のように続いている。</div>
<div>　その人質司法をめぐって、これまでにない動きがあった。大川原化工機事件で勾留中に死亡した被疑者の遺族が、不当な身体拘束を決定した裁判官37人を実名で挙げて国家賠償を求める訴訟を提起したのだ。</div>
<div>　長期勾留された元被疑者や元被告が、警察・検察の捜査が違法だったとして国家賠償を求める訴訟はこれまでも繰り返し提起されてきた。しかし、勾留令状の発付や保釈請求の却下を行った裁判官個人の責任を、判決ではなく身体拘束の判断について、しかも実名で問う国賠訴訟は、おそらく前代未聞である。</div>
<div>　訴訟を起こしたのは、大川原化工機の元顧問・相嶋静夫氏の遺族だ。相嶋氏は勾留中に末期がんと診断されながら、なお身体拘束を解かれることなく勾留中の身のまま死亡した。遺族は4月6日、相嶋氏の保釈を認めず、あるいは勾留を継続する判断を下した裁判官37人を名指しで挙げ、国に対し約1億6800万円の損害賠償を求めて提訴した。</div>
<div>　事件の発端は、2020年3月、警視庁公安部が大川原化工機の幹部3人を外為法違反の容疑で逮捕したことに遡る。同社が輸出した噴霧乾燥機が、生物兵器の製造に転用可能な軍事関連物資にあたるとして、無許可輸出の疑いがかけられた。</div>
<div>　相嶋氏は勾留中に胃がんと診断されたが、保釈請求はことごとく却下された。最終的に勾留執行停止で入院が認められたものの、すでに手遅れだった。同時に逮捕された大川原正明社長と島田順司氏も相嶋氏と同じく容疑を全面的に否認し続けたため、その勾留は332日間に及んだ。</div>
<div>　ところが、その後の調査で、この事件は警察が無理筋のストーリーを仕立て上げたものであることが明らかになる。検察は公判前に起訴を取り消すという、極めて異例の対応を取らざるを得なかった。</div>
<div>　大川原化工機側が警察・検察の捜査の違法性を問うた国家賠償訴訟では、すでに国の責任が認められ賠償が確定している。しかし、事件のもう一方の当事者であるはずの令状を発付し、保釈請求を繰り返し却下した裁判官たちの責任は、これまで一度も問われてこなかった。</div>
<div>　弁護団長の高野隆氏は、末期がんと診断された相嶋氏に対してすら「罪証隠滅のおそれ」を理由に7回も保釈請求を却下した裁判所の判断は、著しく不当だったと語る。</div>
<div>　刑事訴訟法89条は、保釈請求があれば原則としてこれを認めなければならないと定めている。例外として保釈を却下できるのは、「罪証隠滅のおそれ」などが認められる場合に限られる。ところが実務では、被疑者が否認しているという一事をもって「罪証隠滅のおそれあり」と判断され、原則と例外が事実上逆転しているのが現実だ。</div>
<div>　長期勾留は被疑者・被告人やその家族の生活、職業、社会活動に甚大な打撃を与えると同時に、無理矢理自白を引き出すための、いわば「検察の武器」として機能してきた。</div>
<div>　ビデオニュースのインタビューに応じた元ベテラン裁判官の藤井敏明氏は、自身の経験を振り返りながら、裁判官は身体拘束が当事者に及ぼす負担や不利益を十分に認識しないまま「罪証隠滅のおそれ」を広く解釈し、安易に保釈請求を却下していると、自省を込めて語る。また藤井氏は、たとえ最終的に有罪判決が下されたとしても、判決確定前の長期勾留は終わりが見えないという意味で、刑の執行そのものよりも当事者に大きな負担を強いる場合があると指摘する。</div>
<div>　今回、裁判官個人を被告とする国賠訴訟が起こされた意義はどこにあるのか。日本の裁判官はなぜこれほどまでに容易に保釈を認めないのか。相嶋静夫氏のような悲劇を繰り返さないために何が必要なのか。そして、裁判官の判断に対する責任追及はなぜこれほどまでに難しいのか。数々の著名な刑事事件を担当し、その多くで無罪判決を獲得してきた歴戦の刑事弁護士で、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長を務める高野隆氏とともに、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
<br />
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<div>今週の論点</div>
<div>・「裁判官の責任を問う」前代未聞の訴訟が始まった</div>
<div>・日本の裁判官はなぜ容易に保釈を認めないのか</div>
<div>・広すぎる「罪証隠滅のおそれ」の解釈が保釈を阻んでいる</div>
<div>・裁判官が裁判官を裁くことは果たしてできるのか</div>
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<br />
<div>■　「裁判官の責任を問う」前代未聞の訴訟が始まった</div>
<div>神保：　これまで人質司法については何度もテーマにしてきましたが、変わりませんね。記者クラブ問題と人質司法問題は表裏一体の関係ですが、これらは本当に変わりません。</div>
<br />
<div>宮台：　変わっていないように見えても、それなりの積み上げにはなっているかと。</div>
<br />
<div>神保：　どこかで堤防は決壊するはずなのですが。さて今回、刑事司法の問題の中で大きな動きがありました。長期勾留の問題で、どうしても怒りの矛先は厳しい取り調べをする警察や検察にいきますが、実は勾留を許しているのは裁判官です。令状がなければ逮捕すらできません。裁判官は吟味しているのか、また法律的にはどういう基準があり、それにきちんと従っているのかということは、これまで必ずしも検証されてきませんでした。今回はこれが大きく動くような裁判が行われました。</div>
<br />
<div>　日本では、検察が起訴すれば99%以上が有罪になります。裁判官からすると、どうせ有罪になるのであれば、判決前の勾留期間は判決後の刑期に算入されるので、同じだと思ってサインしているという話も聞きました。</div>
<br />
<div>宮台：　推定無罪の原則は、「100人の罪人を放免するも1人の無辜の民を刑することなかれ」というものです。なぜそういう非対称的な原則があるのかというと、統治権力は一般市民と比べて圧倒的に多いリソースを持っているので、政治的あるいは何らかの組織内的な目的で一般市民を犠牲にするのは容易だからです。それを放置すると統治権力をいただくような社会秩序は、見かけはともかく、ズタボロに崩れていきます。</div>
<br />
<div>神保：　日本の今の色々なシステムがズタボロに崩れている要因の1つに、正義の貫徹ができない司法システムがあります。この社会は「出るところに出ればちゃんと正義が貫徹できる」と思って生きていて良いのかどうか。「社会は綺麗事じゃない」ということになれば、やはり色々な行動原理が変わってくるじゃないですか。そこが重要だと感じているので人質手法の問題をずっとやってきているのですが、この件で少し動くのであれば、僕らもやってきた甲斐があるのかなと思います。</div>
<br />
<div>　その新しい動きとは何かも含め、見ていきたいと思います。刑事司法の話をするには適任の方をゲストにお呼びしました。弁護士で大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長をつとめる高野隆さんです。</div>
<br />
<div>　大川原化工機事件という世紀の冤罪事件で、相嶋静夫さんという当時顧問の方が勾留中に亡くなられました。不当な拘束を受けたということで、ご遺族が訴訟を起こしました。検察と警察に対してはすでに国家賠償訴訟をして勝っているのですが、今回は高野さんを弁護団長とした弁護団を組み、裁判官の責任を問うています。裁判官の責任や役割を考える良い機会だと思います。</div>
<br />
<div>　今回の訴訟は、長く刑事弁護に関わっている高野さんにとってどういう意味を持つのでしょうか。</div>
<br />
<div>高野：　裁判で無罪が確定すると、冤罪の犠牲者たちが、捜査をした人たちや訴追した人たちの権力行使が違法だったとして国賠訴訟を起こすことはしばしばあります。しかしよく考えてみると、警察や検察は自分の意思で被疑者を逮捕することはできません。これは憲法にも書いてありますが、彼らは裁判官が令状を発行して初めて被疑者を逮捕し、取り調べることができます。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231409">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[森信茂樹氏：永田町と霞が関に翻弄され続けた給付付き税額控除がようやく実現するのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年4月22日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1306回）
永田町と霞が関に翻弄され続けた給付付き税額控除がようやく実現するのか
ゲスト：森信茂樹氏（東京財団シニア政策オフィサー、法学博士）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
20年越しの政策課題が、ようやく動き出すのだろうか。給付付き税額控除のことである。
　高市首相肝いりの社会保障国民会議で、給付付き税額控除の制度設計をめぐる議論がようやく始まった。給付付き税額控除とは、税額から控除しきれない分を現金で給付することで、中低所得者の負担軽減を図る仕組みのことだ。欧米の多くの先進国ではとうの昔に導入されている、ごく当たり前の制度である。
　日本でも2008年のリーマンショック後にその必要性が指摘されるようになり、麻生政権でも民主党政権でも検討され、法律にも書き込まれてきた。先の総選挙では与野党がそろって公約に掲げてもいる。それなのに、なぜ20年も店晒しになってきたのか。
　20年にわたりこの制度の導入を提言し続けてきた元財務官僚で東京財団シニア政策オフィサーの森信茂樹氏によれば、最大の理由は第2次安倍政権下でこの議論そのものが事実上封印されていたことにあるという。もともと給付付き税額控除は、2012年の民主・自民・公明の3党合意で軽減税率と並行して検討されることになっていた。
ところがその後の安倍政権下では公明党が強く主張する軽減税率の導入が優先され、給付付き税額控除は「民主党案件」の烙印を押される形で棚上げされた。民主党政権を「悪夢」と呼んで憚らない安倍政権の下では、永田町からも霞が関からも、この議論を本気でやろうとする動きが出てこないのも当然だった。
　それがなぜいま動き出したのか。高市首相自身がもともとこの制度に関心を持っていたからだと森信氏はいう。自民党総裁選後、野党案を取り込む形で自民党が公約として押し上げ、ようやく制度設計のテーブルに載った。
　もっとも、給付付き税額控除と一口に言っても、国によってこの制度の目的はワーキングプアの若年層の救済や子育て世帯の支援、消費税の逆進性の緩和など、大きく異なる。森信氏は2008年の著書『給付つき税額控除』の中で各国の制度を4類型に整理し、日本で導入するなら目的と対象をまず明確にせよと主張していた。ここが曖昧なまま制度だけを入れると、結局誰のための制度なのか分からなくなってしまう。
　では、日本はどこに照準を合わせるのか。高市首相は施政方針演説で中低所得者の負担軽減を掲げた。しかし同時に、制度導入までの2年間のつなぎ措置として食料品の消費税をゼロにするとも言っている。これでは目的の方向があべこべになっている、と森信氏は指摘する。消費税減税は金額ベースでは高所得者ほど恩恵が大きい。中低所得者支援のための給付付き税額控除に至るまでのつなぎだというなら、消費税減税はそもそも筋が悪い。
　制度導入の障壁としてかねて言われてきた金融資産の把握については、ようやく状況は変わりつつある。今国会で議論されている後期高齢者医療制度の保険料について、金融資産を考慮して負担を求める仕組みが導入される見通しだからだ。同じ仕組みを使えば、給付付き税額控除の所得・資産把握も技術的には十分射程に入る。
　これまで日本が物価高対策と称して行ってきた給付は、結局のところ住民税非課税世帯や児童手当受給者に一律いくら、という粗い方法しか実行できなかった。政府が全世帯の所得を把握できていないため、本当に困っている人を支援する手段がなかったのだ。収入に応じて、本当に必要としている人に支援が届く制度を、この国はようやく手にできるのか。問われているのはそこだ。
　それにしても、制度設計に時間がかかりすぎではないか。新しい制度である以上、ある程度の準備期間が必要なのは当然だとしても、実はここまで話が進まない背景には、別の事情もあると森信氏はいう。この制度の実施には煩雑かつ膨大な事務負担が伴うため、どの省庁も所管したがらないというのだ。霞が関内部で押し付け合いが起きている、というのが実情らしいが、であるならばこの制度の実現には強い政治のリーダーシップが不可欠となる。まさに高市政権にとってはこれが試金石となる。
　年収の「崖」と呼ばれ、働き始めの若者に重くのしかかる社会保険料負担をどう軽減するかという論点も含め、この制度を20年見続けてきた森信茂樹氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・なぜこれまで給付付き税額控除は実現しなかったのか
・各国の導入例
・人々の就労を促す給付付き税額控除
・給付に不可欠な「ガバメント・データ・ハブ」とは
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■　なぜこれまで給付付き税額控除は実現しなかったのか
迫田：　ここ最近、社会保障や消費減税の話をしてきましたが、今日は「給付付き税額控除」がテーマです。社会保障国民会議で議論が始まっています。

宮台：　制度の目的がよく分からないので、税に関する制度なのか福祉の制度なのかよく分からず、良さそうでもあり良くなさそうでもあり、多くの人がぼんやりした頭で考えているのではないでしょうか。僕もそうです。

迫田：　今日は給付付き税額控除を20年以上ずっと提言されてきた、まさに第一人者の方に来ていただきました。東京財団シニア政策オフィサーの森信茂樹さんです。もともと大蔵省で官僚としてずっと税の問題に関わってこられ、財務総合政策研究所長などをされました。

森信：　私が課長の時、民主党の先生から、カナダにはRefundable Tax Creditというものがあり、消費税の逆進性を緩和しているのだが、これについて主税局長の所感を問うという質問が入りました。Tax Creditsは税額控除ですが、減税してもしきれない人に対しては返すということが一体になっていて、すごい制度だと思いました。それから皆で議論をして、「給付付き税額控除」という名前で翻訳をしました。これが日本では初めてだと思います。

迫田：　森信さんが翻訳されたと。

森信：　私というか、課ですね。ですが名前がとっつきにくいとも言われ、ある政党は「日本型ベーシックインカム」という名前で同じ制度を公約に掲げたりしていました。

この制度の言い出しっぺは、保守的な考え方を持ったミルトン・フリードマンという有名な経済学者です。所得税には累進性があり、ある一定の段階を超えた分から課税をしていくことになっています。そこで、社会保障については税金を取らない人には返していけば良いのではないかということで、課税と給付を分けた図を作ったんです。それが給付付き税額控除につながりました。これは良いというということでニクソン政権を経てフォード政権で導入されました。これを大きくしたのはクリントンで、まさにリベラルな民主党でした。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231123</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2231123</guid>
                <pubDate>Wed, 22 Apr 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年4月22日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1306回）</div>
<div>永田町と霞が関に翻弄され続けた給付付き税額控除がようやく実現するのか</div>
<div>ゲスト：森信茂樹氏（東京財団シニア政策オフィサー、法学博士）</div>
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<div>20年越しの政策課題が、ようやく動き出すのだろうか。給付付き税額控除のことである。</div>
<div>　高市首相肝いりの社会保障国民会議で、給付付き税額控除の制度設計をめぐる議論がようやく始まった。給付付き税額控除とは、税額から控除しきれない分を現金で給付することで、中低所得者の負担軽減を図る仕組みのことだ。欧米の多くの先進国ではとうの昔に導入されている、ごく当たり前の制度である。</div>
<div>　日本でも2008年のリーマンショック後にその必要性が指摘されるようになり、麻生政権でも民主党政権でも検討され、法律にも書き込まれてきた。先の総選挙では与野党がそろって公約に掲げてもいる。それなのに、なぜ20年も店晒しになってきたのか。</div>
<div>　20年にわたりこの制度の導入を提言し続けてきた元財務官僚で東京財団シニア政策オフィサーの森信茂樹氏によれば、最大の理由は第2次安倍政権下でこの議論そのものが事実上封印されていたことにあるという。もともと給付付き税額控除は、2012年の民主・自民・公明の3党合意で軽減税率と並行して検討されることになっていた。</div>
<div>ところがその後の安倍政権下では公明党が強く主張する軽減税率の導入が優先され、給付付き税額控除は「民主党案件」の烙印を押される形で棚上げされた。民主党政権を「悪夢」と呼んで憚らない安倍政権の下では、永田町からも霞が関からも、この議論を本気でやろうとする動きが出てこないのも当然だった。</div>
<div>　それがなぜいま動き出したのか。高市首相自身がもともとこの制度に関心を持っていたからだと森信氏はいう。自民党総裁選後、野党案を取り込む形で自民党が公約として押し上げ、ようやく制度設計のテーブルに載った。</div>
<div>　もっとも、給付付き税額控除と一口に言っても、国によってこの制度の目的はワーキングプアの若年層の救済や子育て世帯の支援、消費税の逆進性の緩和など、大きく異なる。森信氏は2008年の著書『給付つき税額控除』の中で各国の制度を4類型に整理し、日本で導入するなら目的と対象をまず明確にせよと主張していた。ここが曖昧なまま制度だけを入れると、結局誰のための制度なのか分からなくなってしまう。</div>
<div>　では、日本はどこに照準を合わせるのか。高市首相は施政方針演説で中低所得者の負担軽減を掲げた。しかし同時に、制度導入までの2年間のつなぎ措置として食料品の消費税をゼロにするとも言っている。これでは目的の方向があべこべになっている、と森信氏は指摘する。消費税減税は金額ベースでは高所得者ほど恩恵が大きい。中低所得者支援のための給付付き税額控除に至るまでのつなぎだというなら、消費税減税はそもそも筋が悪い。</div>
<div>　制度導入の障壁としてかねて言われてきた金融資産の把握については、ようやく状況は変わりつつある。今国会で議論されている後期高齢者医療制度の保険料について、金融資産を考慮して負担を求める仕組みが導入される見通しだからだ。同じ仕組みを使えば、給付付き税額控除の所得・資産把握も技術的には十分射程に入る。</div>
<div>　これまで日本が物価高対策と称して行ってきた給付は、結局のところ住民税非課税世帯や児童手当受給者に一律いくら、という粗い方法しか実行できなかった。政府が全世帯の所得を把握できていないため、本当に困っている人を支援する手段がなかったのだ。収入に応じて、本当に必要としている人に支援が届く制度を、この国はようやく手にできるのか。問われているのはそこだ。</div>
<div>　それにしても、制度設計に時間がかかりすぎではないか。新しい制度である以上、ある程度の準備期間が必要なのは当然だとしても、実はここまで話が進まない背景には、別の事情もあると森信氏はいう。この制度の実施には煩雑かつ膨大な事務負担が伴うため、どの省庁も所管したがらないというのだ。霞が関内部で押し付け合いが起きている、というのが実情らしいが、であるならばこの制度の実現には強い政治のリーダーシップが不可欠となる。まさに高市政権にとってはこれが試金石となる。</div>
<div>　年収の「崖」と呼ばれ、働き始めの若者に重くのしかかる社会保険料負担をどう軽減するかという論点も含め、この制度を20年見続けてきた森信茂樹氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・なぜこれまで給付付き税額控除は実現しなかったのか</div>
<div>・各国の導入例</div>
<div>・人々の就労を促す給付付き税額控除</div>
<div>・給付に不可欠な「ガバメント・データ・ハブ」とは</div>
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<div>■　なぜこれまで給付付き税額控除は実現しなかったのか</div>
<div>迫田：　ここ最近、社会保障や消費減税の話をしてきましたが、今日は「給付付き税額控除」がテーマです。社会保障国民会議で議論が始まっています。</div>
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<div>宮台：　制度の目的がよく分からないので、税に関する制度なのか福祉の制度なのかよく分からず、良さそうでもあり良くなさそうでもあり、多くの人がぼんやりした頭で考えているのではないでしょうか。僕もそうです。</div>
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<div>迫田：　今日は給付付き税額控除を20年以上ずっと提言されてきた、まさに第一人者の方に来ていただきました。東京財団シニア政策オフィサーの森信茂樹さんです。もともと大蔵省で官僚としてずっと税の問題に関わってこられ、財務総合政策研究所長などをされました。</div>
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<div>森信：　私が課長の時、民主党の先生から、カナダにはRefundable Tax Creditというものがあり、消費税の逆進性を緩和しているのだが、これについて主税局長の所感を問うという質問が入りました。Tax Creditsは税額控除ですが、減税してもしきれない人に対しては返すということが一体になっていて、すごい制度だと思いました。それから皆で議論をして、「給付付き税額控除」という名前で翻訳をしました。これが日本では初めてだと思います。</div>
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<div>迫田：　森信さんが翻訳されたと。</div>
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<div>森信：　私というか、課ですね。ですが名前がとっつきにくいとも言われ、ある政党は「日本型ベーシックインカム」という名前で同じ制度を公約に掲げたりしていました。</div>
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<div>この制度の言い出しっぺは、保守的な考え方を持ったミルトン・フリードマンという有名な経済学者です。所得税には累進性があり、ある一定の段階を超えた分から課税をしていくことになっています。そこで、社会保障については税金を取らない人には返していけば良いのではないかということで、課税と給付を分けた図を作ったんです。それが給付付き税額控除につながりました。これは良いというということでニクソン政権を経てフォード政権で導入されました。これを大きくしたのはクリントンで、まさにリベラルな民主党でした。　</div>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            <item>
                <title><![CDATA[佐藤丙午氏：イラン攻撃に見るAI兵器を使った戦争の新しい形とは]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年4月15日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1305回）
イラン攻撃に見るAI兵器を使った戦争の新しい形とは
ゲスト：佐藤丙午氏（拓殖大学国際学部教授、海外事情研究所所長）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　これがAI時代の戦争の新しい形なのか？
　アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃は、史上初の本格的なAI戦争として歴史に刻まれることになりそうだ。ロシアによるウクライナ侵攻でもAIは軍事利用されてきたが、その後、ここ数年のAIの目覚ましい進歩を受けて、イラン攻撃では情報分析から標的特定までAIが一体的に活用されたとみられている。そして、その結果として、戦争の形が大きく変わろうとしているというのだ。
　AI兵器は、火薬や核兵器に次ぐ「第3の軍事革命」ともいわれるが、その一方で、その非人道性や制御不能リスクはかねてから懸念されてきた。しかし、技術の急速な進歩に法整備が追いついておらず、国際的な規制の枠組みが全くないのが現状だ。
　AIの軍事利用に関する国際的な動向に詳しい拓殖大学の佐藤丙午教授は、今回のイラン攻撃では人物の特定や移動経路の予測などにAIが広く使われた可能性が高いと指摘する。実際に複数のイラン政府の幹部、とりわけ革命防衛隊幹部や宗教指導者だけがピンポイントで次々と殺害されたことから、アメリカとイスラエルがイラン内部の情報をかなり緻密に把握した上で攻撃を実行していたとみられている。
そして、殺害すべき標的特定の正確性とその所在や行動を詳細に把握するスピードが、これまでのヒューマンインテリジェンスでは到底有り得ないほど迅速だったことから、標的やその所在の特定にAIが使われた可能性が高いと考えられているのだ。
　これまで標的を特定したり、その所在を把握したりするためには、地上で活動する情報部員が集めた情報にスパイからもたらされる情報などを加え、更にその上に衛星画像や膨大な量の通信記録や傍受された通信内容などを加えたインテリジェンスを、最後は人間が分析しなければならなかった。しかし、それをAIに行わせれば、人間では何日も、あるいは何カ月もかかる分析が一瞬でできてしまう可能性がある。
今回アメリカとイスラエルが開戦直後から宗教指導者と革命防衛隊の幹部だけを根こそぎピンポイントで攻撃し殺害できたのは、このためだと考えられているのだ。
　その一方で、AIは人の命を救う側面も持つ。AIを使って標的を特定した上で精密誘導弾などによりピンポイントで標的を攻撃することで、これまでのような無差別な攻撃と比べると、一般市民の犠牲は遥かに小さくて済むのもまた事実だからだ。しかし、そのような形でAIを使った攻撃を認めてしまえば今後、戦争のハードルが下がる懸念もある。これまで、民間人を巻き込み、大勢の兵士が犠牲になるからこそ、戦争は許されないと考えられてきた。
しかし、AIによって被害を限定できるのであれば、ある程度戦争は許容されるという話になりかねないからだ。AI兵器は戦争をめぐる倫理の前提そのものを問い直している。
　AI兵器をめぐっては、国連で議論が続いている。特定通常兵器使用禁止制限条約（CCW）の枠組みのもと、LAWS（自律型致死無人兵器システム）の規制について検討が進められているが、明確な国際ルールは確立されていない。そもそもLAWSには決まった定義すらまだないのだが、国際赤十字は「人間の介在なしに、敵を探し、判断して攻撃する兵器システム」としており、こうした理解が主流となっているが、国際的なルールづくりが難航し明確なルールがないまま各国がAI兵器をめぐる競争を進めているのが現状だ。
　AI兵器は戦争をどう変えるのか、国際的な規制の議論はどこまで進んでいるのか、日本の役割は何かなどについて、LAWSに関する国連専門家会合にも参加している拓殖大学国際学部教授の佐藤丙午氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・戦争で本格的に使われ始めたAI
・AIの軍事利用を世界的に規制する難しさ
・アンソロピックと米国防総省の対立から見えてくること
・AI兵器は戦争をどう変えるのか
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■　戦争で本格的に使われ始めたAI
神保：　今日は「AI兵器」と呼ばれているものがテーマです。というのは、AIが実際の戦争で使われ始めているらしいと。特にイランやガザで使われていて、ターゲットにした人間がピンポイントで殺害されています。ウクライナの時にはまだ初歩的な感じで、無人型のドローンといった形でした。ウクライナでは顔面認識というのもありました。それがいよいよ、AIが実戦に配備されてきたと。これだけ人が亡くなっているのに不謹慎ですが、「AI兵器の国際見本市」のような状態になっているとも言われています。

　AI兵器によってたくさんの人が亡くなっており、そこではターゲットだけではなく住民や関係のない人たちも巻き添えになっていると。しかし今はAI兵器を制限する法律や国際法、あるいは条約が何もない状態です。これからどんどん開発が進むことが本当に大丈夫なのかどうか、またなぜそれが進まないのかを考えたいと思います。

　ゲストは拓殖大学国際学部教授で、海外事情研究所所長の佐藤丙午さんです。佐藤さんはAI兵器をめぐる制限交渉などをウォッチされていますが、今回のアメリカとイスラエルによるイラン攻撃の形態や使われている武器やその量も含めて、専門家としてはどう見ていますか。

佐藤：　イスラエルやアメリカも、AIを全てに使っているわけではなく、人物の特定や移動経路の予想などには使っています。大きなニュースになった、撃ち落とされた米軍パイロットの救出作戦では、彼の心臓の波動を探知し、それをAIで解析して位置を特定して救いにいったということです。

神保：　それは心臓の鼓動がユニークなものだからですか？

佐藤：　そこまでは明らかになっていません。ユニークな鼓動を最初に登録していたから分かったのか、それとも砂漠の中に人がいるという鼓動の情報だけがピックアップできたからなのかという点はまだ明らかになっていません。ただ位置情報を精密に特定する時にもAIは使われます。普通の社会では雑音が多いので、その中で人間の心臓の音だけをピックアップする時にAIが使われることがあります。ただこれは兵器利用ではなく人命を救うためにあるものなので、むしろ開発した方が良いAIなんですね。

　しかし人間の心臓の音が特定できるということは、それを登録しておけば誰がどこにいるのかが分かるということです。そうすると、そこを攻撃すればピンポイントで相手を殺すことができる。それは良くありませんね。情報収集して解析するという問題と、それを使って攻撃するという問題の2つに分かれ、これらは衝突するんです。

　AIや兵器の利用を規制しようとすると、情報収集や解析まで規制しなければなりません。しかし一番悪いのは人を無差別に殺すことだと言われたら、その通りです。技術開発を規制するとさらに民間人の被害が出ることになるので規制すべきではないという考えも出てきます。国際社会の中ではお互いの正義が折り合わないんです。

神保：　前者の正義がなければ研究を進めることはできませんが、必ず後者の正義も出てくることは分かっていますよね。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2230848</link>
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                <pubDate>Wed, 15 Apr 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年4月15日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1305回）</div>
<div>イラン攻撃に見るAI兵器を使った戦争の新しい形とは</div>
<div>ゲスト：佐藤丙午氏（拓殖大学国際学部教授、海外事情研究所所長）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　これがAI時代の戦争の新しい形なのか？</div>
<div>　アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃は、史上初の本格的なAI戦争として歴史に刻まれることになりそうだ。ロシアによるウクライナ侵攻でもAIは軍事利用されてきたが、その後、ここ数年のAIの目覚ましい進歩を受けて、イラン攻撃では情報分析から標的特定までAIが一体的に活用されたとみられている。そして、その結果として、戦争の形が大きく変わろうとしているというのだ。</div>
<div>　AI兵器は、火薬や核兵器に次ぐ「第3の軍事革命」ともいわれるが、その一方で、その非人道性や制御不能リスクはかねてから懸念されてきた。しかし、技術の急速な進歩に法整備が追いついておらず、国際的な規制の枠組みが全くないのが現状だ。</div>
<div>　AIの軍事利用に関する国際的な動向に詳しい拓殖大学の佐藤丙午教授は、今回のイラン攻撃では人物の特定や移動経路の予測などにAIが広く使われた可能性が高いと指摘する。実際に複数のイラン政府の幹部、とりわけ革命防衛隊幹部や宗教指導者だけがピンポイントで次々と殺害されたことから、アメリカとイスラエルがイラン内部の情報をかなり緻密に把握した上で攻撃を実行していたとみられている。</div>
<div>そして、殺害すべき標的特定の正確性とその所在や行動を詳細に把握するスピードが、これまでのヒューマンインテリジェンスでは到底有り得ないほど迅速だったことから、標的やその所在の特定にAIが使われた可能性が高いと考えられているのだ。</div>
<div>　これまで標的を特定したり、その所在を把握したりするためには、地上で活動する情報部員が集めた情報にスパイからもたらされる情報などを加え、更にその上に衛星画像や膨大な量の通信記録や傍受された通信内容などを加えたインテリジェンスを、最後は人間が分析しなければならなかった。しかし、それをAIに行わせれば、人間では何日も、あるいは何カ月もかかる分析が一瞬でできてしまう可能性がある。</div>
<div>今回アメリカとイスラエルが開戦直後から宗教指導者と革命防衛隊の幹部だけを根こそぎピンポイントで攻撃し殺害できたのは、このためだと考えられているのだ。</div>
<div>　その一方で、AIは人の命を救う側面も持つ。AIを使って標的を特定した上で精密誘導弾などによりピンポイントで標的を攻撃することで、これまでのような無差別な攻撃と比べると、一般市民の犠牲は遥かに小さくて済むのもまた事実だからだ。しかし、そのような形でAIを使った攻撃を認めてしまえば今後、戦争のハードルが下がる懸念もある。これまで、民間人を巻き込み、大勢の兵士が犠牲になるからこそ、戦争は許されないと考えられてきた。</div>
<div>しかし、AIによって被害を限定できるのであれば、ある程度戦争は許容されるという話になりかねないからだ。AI兵器は戦争をめぐる倫理の前提そのものを問い直している。</div>
<div>　AI兵器をめぐっては、国連で議論が続いている。特定通常兵器使用禁止制限条約（CCW）の枠組みのもと、LAWS（自律型致死無人兵器システム）の規制について検討が進められているが、明確な国際ルールは確立されていない。そもそもLAWSには決まった定義すらまだないのだが、国際赤十字は「人間の介在なしに、敵を探し、判断して攻撃する兵器システム」としており、こうした理解が主流となっているが、国際的なルールづくりが難航し明確なルールがないまま各国がAI兵器をめぐる競争を進めているのが現状だ。</div>
<div>　AI兵器は戦争をどう変えるのか、国際的な規制の議論はどこまで進んでいるのか、日本の役割は何かなどについて、LAWSに関する国連専門家会合にも参加している拓殖大学国際学部教授の佐藤丙午氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・戦争で本格的に使われ始めたAI</div>
<div>・AIの軍事利用を世界的に規制する難しさ</div>
<div>・アンソロピックと米国防総省の対立から見えてくること</div>
<div>・AI兵器は戦争をどう変えるのか</div>
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<div>■　戦争で本格的に使われ始めたAI</div>
<div>神保：　今日は「AI兵器」と呼ばれているものがテーマです。というのは、AIが実際の戦争で使われ始めているらしいと。特にイランやガザで使われていて、ターゲットにした人間がピンポイントで殺害されています。ウクライナの時にはまだ初歩的な感じで、無人型のドローンといった形でした。ウクライナでは顔面認識というのもありました。それがいよいよ、AIが実戦に配備されてきたと。これだけ人が亡くなっているのに不謹慎ですが、「AI兵器の国際見本市」のような状態になっているとも言われています。</div>
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<div>　AI兵器によってたくさんの人が亡くなっており、そこではターゲットだけではなく住民や関係のない人たちも巻き添えになっていると。しかし今はAI兵器を制限する法律や国際法、あるいは条約が何もない状態です。これからどんどん開発が進むことが本当に大丈夫なのかどうか、またなぜそれが進まないのかを考えたいと思います。</div>
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<div>　ゲストは拓殖大学国際学部教授で、海外事情研究所所長の佐藤丙午さんです。佐藤さんはAI兵器をめぐる制限交渉などをウォッチされていますが、今回のアメリカとイスラエルによるイラン攻撃の形態や使われている武器やその量も含めて、専門家としてはどう見ていますか。</div>
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<div>佐藤：　イスラエルやアメリカも、AIを全てに使っているわけではなく、人物の特定や移動経路の予想などには使っています。大きなニュースになった、撃ち落とされた米軍パイロットの救出作戦では、彼の心臓の波動を探知し、それをAIで解析して位置を特定して救いにいったということです。</div>
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<div>神保：　それは心臓の鼓動がユニークなものだからですか？</div>
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<div>佐藤：　そこまでは明らかになっていません。ユニークな鼓動を最初に登録していたから分かったのか、それとも砂漠の中に人がいるという鼓動の情報だけがピックアップできたからなのかという点はまだ明らかになっていません。ただ位置情報を精密に特定する時にもAIは使われます。普通の社会では雑音が多いので、その中で人間の心臓の音だけをピックアップする時にAIが使われることがあります。ただこれは兵器利用ではなく人命を救うためにあるものなので、むしろ開発した方が良いAIなんですね。</div>
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<div>　しかし人間の心臓の音が特定できるということは、それを登録しておけば誰がどこにいるのかが分かるということです。そうすると、そこを攻撃すればピンポイントで相手を殺すことができる。それは良くありませんね。情報収集して解析するという問題と、それを使って攻撃するという問題の2つに分かれ、これらは衝突するんです。</div>
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<div>　AIや兵器の利用を規制しようとすると、情報収集や解析まで規制しなければなりません。しかし一番悪いのは人を無差別に殺すことだと言われたら、その通りです。技術開発を規制するとさらに民間人の被害が出ることになるので規制すべきではないという考えも出てきます。国際社会の中ではお互いの正義が折り合わないんです。</div>
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<div>神保：　前者の正義がなければ研究を進めることはできませんが、必ず後者の正義も出てくることは分かっていますよね。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2230848">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[岩間剛一氏：すべてが石油でできている世界で石油が足りなくなると起きること]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年4月8号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1304回）
すべてが石油でできている世界で石油が足りなくなると起きること
ゲスト：岩間剛一氏（和光大学経済経営学部教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　世界は石油でできている。
　そう言っても過言ではないほど、われわれの身の回りは石油由来製品で溢れ返っている。プラスチックの生活用品は言うに及ばず、洋服も洗剤やシャンプーも、さらに医薬品から農業用品にいたるまで、今やわれわれは石油を着て、石油を食べて、石油に囲まれて暮らしていると言っても誇張ではないほど、石油に頼って生きている。
　そんな世界で石油の主要な生産地である中東で戦争が始まってしまったのだから、世界中が影響を受けないはずがない。特に原油の95％を中東に依存する日本にとって、それは死活問題となるのは当然だ。
　世界が一刻も早い停戦を期待する中で注目された4月2日のトランプ大統領の声明が、単なる攻撃継続の表明に終わったことに世界中が落胆し、原油市場も他の金融市場も敏感に反応している。株価は依然全面安でガソリン価格の上昇はとどまるところを知らず、生産現場でも医療現場でも、様々な製品価格の高騰や品不足を引き起こしている。
　石油不足についてはメディアがガソリン価格のことばかり大きく報じる中、高市政権は市民を動揺させないために、また政権の支持率を落とさないためにも、多額の補助金を入れることでガソリン価格がリッターあたり200円を大きく超える事態を何とか回避しようとしている。現在1リットルあたり約48円の補助金が注ぎ込まれることで、ガソリン価格は辛うじて170円前後を保っているが、これは単にガソリン代を税金で補填しているだけであり、財政負担を考えるといつまでも人為的に価格をコントロールし続けることはできない。
　誰の目にもわかりやすいガソリン価格が「危機」の1つの指標となるのは避けられないとして、実はより深刻なのは「素材」としての石油不足の影響だ。
　私たちの身の回りを見渡せば、プラスチック、ゴム、合成繊維、洗剤から化粧品に至るまで、ほとんどが石油由来の製品だ。実際、木材や鉱物、皮革、綿などの天然素材でできたもの以外は、ほぼすべてが石油由来製品と言っていいだろう。これらの多くは原油を精製して得られるナフサを原料としている。つまり、石油不足とは単なる燃料価格の問題ではなく、社会の物質基盤そのものが揺らいでいるのだ。
　中でも医療分野への影響は深刻だ。
　手術用マスク、注射器、カテーテル、医療用グローブ、人工呼吸器、点滴バッグ等々。これらはすべて使い捨てのプラスチック製品であり、石油からできている。また、それを輸送するためにも石油が必要だ。すでに一部の医療現場では、供給不安の兆しが出始めている。さらに、麻酔薬や医薬品の多くは、原料や製造過程で石油化学製品に依存している。これはいずれも人命に関わる重大な問題となる。
　ガソリン価格は原油価格にほぼ即時に反応する。しかし、ナフサ由来の製品はそうではない。むしろ問題は、数カ月単位で遅れてやってくる。最初は価格上昇という形で現れ、やがて供給不足に変わる。そして気づいたときには、日用品や医療資材、食品包装などが手に入らなくなる。
　石油問題に詳しい和光大学経済経営学部の岩間剛一教授は、日本では1970年代のオイルショックの教訓から戦略物資でもある石油は254日分（国家備蓄が約146日分、民間備蓄が約101日分、産油国共同備蓄が約7日分）が備蓄されているが、ナフサは民間依存のためせいぜい20日分ほどしか備蓄がないと指摘する。税金を投入して一時的にガソリン価格の高騰を抑え込んでも、時間の問題で石油由来製品に依存する現場では危機が訪れることが避けられない。
また254日というのは、これまで通りのペースで石油を消費した場合、約8カ月ということにすぎない。考えたくないことだが、それまでに中東情勢が安定しホルズ海峡の封鎖が解かれなければ、日本では石油の供給自体が完全に止まってしまう可能性すらある。
　岩間氏は、今回の状況は1973年の第1次オイルショックよりもずっと深刻だと語る。その理由は、オイルショック当時は産油国が政治的判断で輸出制限をしたために石油価格が暴騰し、日本経済は大きな打撃を受けたが、実は日本向けの石油の供給そのものは維持されていた。石油の値段は上がったがモノ自体は入っていたのだ。しかし、今回の石油危機はホルムズ海峡という物理的な輸送路が遮断されることで起きている。
つまり今回は、「価格の問題」ではなく「そもそも届かない」という問題になりつつあると岩間氏は言う。しかも石油に対する日本の中東依存度はオイルショック当時の約78％から、現在は約95％にまで高まっている。
　70年代のオイルショックは、日本社会に省エネという強烈な教訓を残した。しかしその後、原油価格が安定し、供給が拡大すると、その記憶は急速に風化した。
　石油は極めて効率がよく、扱いやすいエネルギーであり素材でもある。石油が果たしている役割をそれ以外の代替品に置き換えようとすると、莫大な手間とコストがかかる。石油の手軽さと便利さのおかげで、われわれは大量生産、大量消費、大量廃棄という文化をとことん享受するようになった。しかし、その一方で、石油は地球温暖化やマイクロプラスチックといった深刻な環境問題も引き起こしている。また、何よりも地政学的なリスクが大きい。つまり私たちは、持続可能性を犠牲にしながら、石油が提供する便利さに飼い慣らされてきたということだ。
　今は歴史上の出来事のように語られることが多い、1970年代のオイルショックを超えるほどの深刻な石油危機に直面した今、われわれは果たしてこれまで通りエネルギーや食料を海外に依存し続けていて本当にいいのか、いくら便利で安いからといって、これまで通り石油由来製品に依存した生活を送り続けていていいのかを、自問すべき時に来ているのではないか。今のわれわれの生活がどれだけ石油に依存しているのか、そのリスクは何なのかなどについて、石油の専門家の岩間氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・石油とはそもそもどのような資源なのか
・現在のホルムズ海峡封鎖が1970年代の石油危機より深刻な理由
・ガソリン補助金の功罪
・大量消費、大量廃棄の石油依存生活を続けることのリスク
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■　石油とはそもそもどのような資源なのか
神保：　イラン問題が起きてから石油については色々な動きがありますが、今日はどちらかというと石油備蓄やガソリン価格の話よりも、われわれがここまで石油に依存するようになった現状に目を向けたいと思います。これは食にも関係してくることですね。

　この企画を考えたきっかけは、歯医者さんから麻酔が品薄だという話を聞いたことでした。これについては別の理由もあり、国内シェアの7割を占めている製薬会社の製造プログラムに不具合があったため出荷が制限されたということなのですが、麻酔が石油由来だというのはあまり考えたことはありませんでした。
医療品にはものすごく石油由来のものが多い。医療用の手袋やカテーテル、消毒用のエタノールなどはすべて石油由来です。遠くのイランで起きている問題が、日本の医療現場にも大きく影響してくることになります。それが食品やその他のものにも影響してくることは間違いありません。石油というとガソリン代などを考えますが、ガソリンだけではなく、われわれは石油を着て石油を食べる生き物になってしまっているのではないのでしょうか。

宮台：　燃料というよりも色々なものの原材料になっているということですね。

神保：　短期的には物価が高くなるということですが、4月1日のトランプ大統領の演説を見ていると出口の目途が立っていないように見えます。4月2日は陸軍のトップを解任したという話もあり、無茶な上陸作戦に反対したトップを切ったのではないかと。最後に大きく戦い、一方的に勝利宣言をして終わったことにするというシナリオが現実に起きそうなことを思わせる演説でした。
この2～3週間は上陸を含めた非常に熾烈な攻撃をすると言っています。そうなればアメリカ側も含めて多くの人命が失われます。アメリカが一方的に攻めて目的を達成したと言ってもイランはそれで納得するわけがありません。何万発、何千発の爆弾を落としたところで、イランが「石器時代」に戻るということはありません。イランのリスクはかえって大きくなっていく。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2230575</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2230575</guid>
                <pubDate>Wed, 08 Apr 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年4月8号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1304回）</div>
<div>すべてが石油でできている世界で石油が足りなくなると起きること</div>
<div>ゲスト：岩間剛一氏（和光大学経済経営学部教授）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　世界は石油でできている。</div>
<div>　そう言っても過言ではないほど、われわれの身の回りは石油由来製品で溢れ返っている。プラスチックの生活用品は言うに及ばず、洋服も洗剤やシャンプーも、さらに医薬品から農業用品にいたるまで、今やわれわれは石油を着て、石油を食べて、石油に囲まれて暮らしていると言っても誇張ではないほど、石油に頼って生きている。</div>
<div>　そんな世界で石油の主要な生産地である中東で戦争が始まってしまったのだから、世界中が影響を受けないはずがない。特に原油の95％を中東に依存する日本にとって、それは死活問題となるのは当然だ。</div>
<div>　世界が一刻も早い停戦を期待する中で注目された4月2日のトランプ大統領の声明が、単なる攻撃継続の表明に終わったことに世界中が落胆し、原油市場も他の金融市場も敏感に反応している。株価は依然全面安でガソリン価格の上昇はとどまるところを知らず、生産現場でも医療現場でも、様々な製品価格の高騰や品不足を引き起こしている。</div>
<div>　石油不足についてはメディアがガソリン価格のことばかり大きく報じる中、高市政権は市民を動揺させないために、また政権の支持率を落とさないためにも、多額の補助金を入れることでガソリン価格がリッターあたり200円を大きく超える事態を何とか回避しようとしている。現在1リットルあたり約48円の補助金が注ぎ込まれることで、ガソリン価格は辛うじて170円前後を保っているが、これは単にガソリン代を税金で補填しているだけであり、財政負担を考えるといつまでも人為的に価格をコントロールし続けることはできない。</div>
<div>　誰の目にもわかりやすいガソリン価格が「危機」の1つの指標となるのは避けられないとして、実はより深刻なのは「素材」としての石油不足の影響だ。</div>
<div>　私たちの身の回りを見渡せば、プラスチック、ゴム、合成繊維、洗剤から化粧品に至るまで、ほとんどが石油由来の製品だ。実際、木材や鉱物、皮革、綿などの天然素材でできたもの以外は、ほぼすべてが石油由来製品と言っていいだろう。これらの多くは原油を精製して得られるナフサを原料としている。つまり、石油不足とは単なる燃料価格の問題ではなく、社会の物質基盤そのものが揺らいでいるのだ。</div>
<div>　中でも医療分野への影響は深刻だ。</div>
<div>　手術用マスク、注射器、カテーテル、医療用グローブ、人工呼吸器、点滴バッグ等々。これらはすべて使い捨てのプラスチック製品であり、石油からできている。また、それを輸送するためにも石油が必要だ。すでに一部の医療現場では、供給不安の兆しが出始めている。さらに、麻酔薬や医薬品の多くは、原料や製造過程で石油化学製品に依存している。これはいずれも人命に関わる重大な問題となる。</div>
<div>　ガソリン価格は原油価格にほぼ即時に反応する。しかし、ナフサ由来の製品はそうではない。むしろ問題は、数カ月単位で遅れてやってくる。最初は価格上昇という形で現れ、やがて供給不足に変わる。そして気づいたときには、日用品や医療資材、食品包装などが手に入らなくなる。</div>
<div>　石油問題に詳しい和光大学経済経営学部の岩間剛一教授は、日本では1970年代のオイルショックの教訓から戦略物資でもある石油は254日分（国家備蓄が約146日分、民間備蓄が約101日分、産油国共同備蓄が約7日分）が備蓄されているが、ナフサは民間依存のためせいぜい20日分ほどしか備蓄がないと指摘する。税金を投入して一時的にガソリン価格の高騰を抑え込んでも、時間の問題で石油由来製品に依存する現場では危機が訪れることが避けられない。</div>
<div>また254日というのは、これまで通りのペースで石油を消費した場合、約8カ月ということにすぎない。考えたくないことだが、それまでに中東情勢が安定しホルズ海峡の封鎖が解かれなければ、日本では石油の供給自体が完全に止まってしまう可能性すらある。</div>
<div>　岩間氏は、今回の状況は1973年の第1次オイルショックよりもずっと深刻だと語る。その理由は、オイルショック当時は産油国が政治的判断で輸出制限をしたために石油価格が暴騰し、日本経済は大きな打撃を受けたが、実は日本向けの石油の供給そのものは維持されていた。石油の値段は上がったがモノ自体は入っていたのだ。しかし、今回の石油危機はホルムズ海峡という物理的な輸送路が遮断されることで起きている。</div>
<div>つまり今回は、「価格の問題」ではなく「そもそも届かない」という問題になりつつあると岩間氏は言う。しかも石油に対する日本の中東依存度はオイルショック当時の約78％から、現在は約95％にまで高まっている。</div>
<div>　70年代のオイルショックは、日本社会に省エネという強烈な教訓を残した。しかしその後、原油価格が安定し、供給が拡大すると、その記憶は急速に風化した。</div>
<div>　石油は極めて効率がよく、扱いやすいエネルギーであり素材でもある。石油が果たしている役割をそれ以外の代替品に置き換えようとすると、莫大な手間とコストがかかる。石油の手軽さと便利さのおかげで、われわれは大量生産、大量消費、大量廃棄という文化をとことん享受するようになった。しかし、その一方で、石油は地球温暖化やマイクロプラスチックといった深刻な環境問題も引き起こしている。また、何よりも地政学的なリスクが大きい。つまり私たちは、持続可能性を犠牲にしながら、石油が提供する便利さに飼い慣らされてきたということだ。</div>
<div>　今は歴史上の出来事のように語られることが多い、1970年代のオイルショックを超えるほどの深刻な石油危機に直面した今、われわれは果たしてこれまで通りエネルギーや食料を海外に依存し続けていて本当にいいのか、いくら便利で安いからといって、これまで通り石油由来製品に依存した生活を送り続けていていいのかを、自問すべき時に来ているのではないか。今のわれわれの生活がどれだけ石油に依存しているのか、そのリスクは何なのかなどについて、石油の専門家の岩間氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>・石油とはそもそもどのような資源なのか</div>
<div>・現在のホルムズ海峡封鎖が1970年代の石油危機より深刻な理由</div>
<div>・ガソリン補助金の功罪</div>
<div>・大量消費、大量廃棄の石油依存生活を続けることのリスク</div>
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<div>■　石油とはそもそもどのような資源なのか</div>
<div>神保：　イラン問題が起きてから石油については色々な動きがありますが、今日はどちらかというと石油備蓄やガソリン価格の話よりも、われわれがここまで石油に依存するようになった現状に目を向けたいと思います。これは食にも関係してくることですね。</div>
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<div>　この企画を考えたきっかけは、歯医者さんから麻酔が品薄だという話を聞いたことでした。これについては別の理由もあり、国内シェアの7割を占めている製薬会社の製造プログラムに不具合があったため出荷が制限されたということなのですが、麻酔が石油由来だというのはあまり考えたことはありませんでした。</div>
<div>医療品にはものすごく石油由来のものが多い。医療用の手袋やカテーテル、消毒用のエタノールなどはすべて石油由来です。遠くのイランで起きている問題が、日本の医療現場にも大きく影響してくることになります。それが食品やその他のものにも影響してくることは間違いありません。石油というとガソリン代などを考えますが、ガソリンだけではなく、われわれは石油を着て石油を食べる生き物になってしまっているのではないのでしょうか。</div>
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<div>宮台：　燃料というよりも色々なものの原材料になっているということですね。</div>
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<div>神保：　短期的には物価が高くなるということですが、4月1日のトランプ大統領の演説を見ていると出口の目途が立っていないように見えます。4月2日は陸軍のトップを解任したという話もあり、無茶な上陸作戦に反対したトップを切ったのではないかと。最後に大きく戦い、一方的に勝利宣言をして終わったことにするというシナリオが現実に起きそうなことを思わせる演説でした。</div>
<div>この2～3週間は上陸を含めた非常に熾烈な攻撃をすると言っています。そうなればアメリカ側も含めて多くの人命が失われます。アメリカが一方的に攻めて目的を達成したと言ってもイランはそれで納得するわけがありません。何万発、何千発の爆弾を落としたところで、イランが「石器時代」に戻るということはありません。イランのリスクはかえって大きくなっていく。　</div>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            <item>
                <title><![CDATA[柳原正治氏：法秩序が崩壊した世界を日本はどう生き抜くか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年4月1日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1303回）
法秩序が崩壊した世界を日本はどう生き抜くか
ゲスト：柳原正治氏（九州大学名誉教授、放送大学名誉教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　ウクライナ、ガザ、ベネズエラ、そしてイラン。いま世界で起きているのは単なる地域紛争の連鎖ではない。20世紀の2度の世界大戦という惨禍の反省の上に80年かけて積み上げてきた国際法秩序そのものが、根底から揺らいでいるのだ。
　本来、国家による武力行使は国際法上、原則として禁止されている。例外は基本的に2つしかない。国連安全保障理事会の決議に基づくものか、自国が攻撃を受けた場合の自衛権の行使だ。これはいわば、戦争を法で縛るための最低限のルールだった。
　しかし現実には、そのルールがもはや機能していない。ロシアによるウクライナ侵攻。イスラエルによる軍事行動。そしてアメリカによるベネズエラ侵攻とイラン攻撃。いずれも、あからさまな国際法違反と見るべき事案だが、決定的なのは、今の世界ではそれを止める仕組みも、裁く仕組みも機能していないことだ。言い換えれば、国際社会はすでに「無法状態」と化しているのだ。
　今回のイラン攻撃についてアメリカは「自衛権の行使」を主張している。しかしここで問題になるのが、国連憲章第51条の解釈だ。自衛権も無制限ではない。一般的な国際法解釈では、「差し迫った武力攻撃」に対してのみ認められるとされている。
　では、今回のケースはどうか。アメリカに対する「差し迫った脅威」が具体的に存在したのか。この点については、アメリカ国内からも疑義が出ている。アメリカの対テロ対策の責任者を務めていたジョー・ケント氏は、イラン攻撃の正当性に疑問を突きつけて職を辞している。米国際法学会も、明確な根拠が示されていない以上、国際法違反の可能性が高いとの見解を示している。つまりここで起きているのは、「違法かもしれない」という問題ではなく、違法であっても止められない世界が現実化しているということなのだ。
　一方、ヨーロッパでは明確な変化が起きている。EUのウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は、ヨーロッパの戦略的自立の必要性を訴え、防衛力強化に舵を切った。いわば、アメリカ一極に依存してきた安全保障体制からの離脱を模索し始めている。
　これは極めて重要なシグナルだ。同盟国であっても無条件に追随する時代ではなくなっているのだ。
　では、翻って日本はどうか。
　政府は、今回のイラン攻撃についての法的評価を避けている。同盟国アメリカへの配慮があることは理解できなくもないが、問われているのは、日本が「法の支配」を守る側に立つのか、それともその破壊者側に付くのかという、国としての根本的な立ち位置だ。同盟とは従属ではない。むしろ、同盟国だからこそ、誤りがあれば指摘する責任があるのではないか。
　これから国際秩序はどのように変わっていくのか。国際法の権威として知られる柳原正治・九州大学名誉教授は、歴史的に見て、秩序の大転換は常に大戦争の後に起きてきたと指摘する。確かに人類は大きな戦争がなければ新しい秩序を築くことができていない。しかし、だとすれば、今起きている秩序の崩壊は、次の大きな戦争への序章ということになってしまうではないか。
　国際法が機能しない世界で、日本は何を拠り所にすべきか。何があってもアメリカに抱きついていくだけで本当にいいのか。同盟と自立のバランスをどう取るのか。国際法の第一人者である柳原正治氏を迎え、崩壊しつつある国際秩序の現実と、その中で日本が取るべき選択について、神保哲生、宮台真司が徹底的に議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・大国による国際法への「挑戦」
・イラン攻撃は国際法上、正当化な武力行使だと言えるのか
・こうまでアメリカがイランを敵視する理由
・アメリカからの自立を模索するヨーロッパ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■　大国による国際法への「挑戦」
神保：　今日はあえて国際法をテーマにしてみました。今回のイラン攻撃もそうですが、ロシアによるウクライナ侵攻、ガザ攻撃、ベネズエラ攻撃などを見ると、ほぼ無法状態になっているのではないかという思いがあります。「国際法違反だ」とはよく言われますが、そもそも国際法とは何なのかということをちゃんと押さえられていない部分があるかもしれません。今日はそこをきちんとやっておきたい。
また、それが崩れた世界がどのようなものなのか、その中で日本はどのような選択をすべきなのかを含めて議論したいと思います。

宮台：　国民国家に限らず「法治」という概念は主権国家の内部の話なので、国際法は主権国家の中の概念には馴染みません。国際法は基本的に慣習法で、その慣習法を守ろうという国際連合が戦後にできたというだけなんです。

神保：　ゲストは国際法の権威で、九州大学名誉教授、放送大学名誉教授の柳原正治さんです。直近ではイラン攻撃がありますが、その前にベネズエラ、ガザ、ウクライナでも同じようなことがありました。それ以前は、湾岸戦争など色々なことはあったものの、比較的平和な時代を過ごしてきたと思っていた。イランのような状況が当たり前の時代に入ったように見えます。国際法の専門家としては、今の世界状況を総論的にどのように見ていますか。

柳原：　冷戦が終わった時、国際法学者はこれで世界に平和が訪れると考えました。私は1983年から1985年まで西ドイツに住んでいましたが、東西ドイツはいつ1つになるのかと周りに聞くと、今世紀中は無理だと言われました。しかしたった5年でできた。この喜びは世界中に広がっていたと思います。
しかしその後湾岸戦争がありました。あれが合法だったのかどうかは、国際法上、非常に大きな議論がありました。日本の国際法学者の中でも反対を表明する人が多く、理論的な論争が巻き起こりました。

　その後も1999年にはNATOによるユーゴ空爆、2001年にはアフガニスタン紛争、2003年にはイラクに対する米国などの武力行使がありました。2014年にもイスラム国（IS）に対するシリア領内での空爆があり、いくつもの大きな戦闘が起きていました。

　確かに2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、ここ2年は特に中東で大きな動きがあります。ここ2～3年が目立っているというのは間違いありませんが、『プラクティス国際法講義』という教科書の序文では何年も前から、今は国際法に対する危機ではないのかということを書いてきました。特にロシア、中国、アメリカといった大国が既存の国際法に対する挑戦を行っているのではないか。ここ2年ほどはそれが特に際立った形で出ていると見ています。

神保：　国際法では本来、かなり特別な場合を除いて武力攻撃が禁止されています。しかしこれだけ武力行使が行われている。しかも、ロシアのウクライナ侵攻以外はほとんどアメリカとイスラエルが関わっています。このような無法状態の中でも、日本はアメリカに守ってもらうしかないという考え方が今の高市政権の路線だとすれば、日本は法の破壊者側に立つことになるのではないかという心配があります。

宮台：　これについてチョムスキーは、第2次世界大戦後は国連を中心とした国際法があるとされているが、一方的に破り続けているのはアメリカであると指摘しています。しかし重要なことは、それでも国際法があるという前提で議論できたという点です。たとえ「やってる感」であっても、それができるのは重要なことです。法は暴力的威嚇に基づく命令ですが、国際法は相互期待です。信頼したことにしているので、自分がそれを破ると国の正当性がなくなり、攻められても文句が言えない状態になります。

柳原：　国際法学者として冷戦以降の状況を見ると、どの国も国際法上の正当化理由を出します。国際法上違法ではないという論理を見つけようとしていて、それはプーチンも同じです。彼ですら国連憲章51条の集団的自衛権を使い、自分は国際法に反したことはしていないと主張します。

　そういう意味で私が驚いたのは今年1月のトランプ氏のニューヨークタイムズでのインタビューです。自分を止めることができるのは自分のモラリティとマインドだけであり、国際法はいらないと発言しました。これは国際法学者にとってショックな発言でした。日本のマスコミではその部分だけが取り上げられていましたが、その後に「トランプ政権は国際法を守らないのか」と問われ、「守る」と答えています。「しかしそれは定義次第だ」とも言いました。それでも、国際法を守ると言ったことには一縷の望みがあるかもしれません。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2230281</link>
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                <pubDate>Wed, 01 Apr 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年4月1日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1303回）</div>
<div>法秩序が崩壊した世界を日本はどう生き抜くか</div>
<div>ゲスト：柳原正治氏（九州大学名誉教授、放送大学名誉教授）</div>
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<div>　ウクライナ、ガザ、ベネズエラ、そしてイラン。いま世界で起きているのは単なる地域紛争の連鎖ではない。20世紀の2度の世界大戦という惨禍の反省の上に80年かけて積み上げてきた国際法秩序そのものが、根底から揺らいでいるのだ。</div>
<div>　本来、国家による武力行使は国際法上、原則として禁止されている。例外は基本的に2つしかない。国連安全保障理事会の決議に基づくものか、自国が攻撃を受けた場合の自衛権の行使だ。これはいわば、戦争を法で縛るための最低限のルールだった。</div>
<div>　しかし現実には、そのルールがもはや機能していない。ロシアによるウクライナ侵攻。イスラエルによる軍事行動。そしてアメリカによるベネズエラ侵攻とイラン攻撃。いずれも、あからさまな国際法違反と見るべき事案だが、決定的なのは、今の世界ではそれを止める仕組みも、裁く仕組みも機能していないことだ。言い換えれば、国際社会はすでに「無法状態」と化しているのだ。</div>
<div>　今回のイラン攻撃についてアメリカは「自衛権の行使」を主張している。しかしここで問題になるのが、国連憲章第51条の解釈だ。自衛権も無制限ではない。一般的な国際法解釈では、「差し迫った武力攻撃」に対してのみ認められるとされている。</div>
<div>　では、今回のケースはどうか。アメリカに対する「差し迫った脅威」が具体的に存在したのか。この点については、アメリカ国内からも疑義が出ている。アメリカの対テロ対策の責任者を務めていたジョー・ケント氏は、イラン攻撃の正当性に疑問を突きつけて職を辞している。米国際法学会も、明確な根拠が示されていない以上、国際法違反の可能性が高いとの見解を示している。つまりここで起きているのは、「違法かもしれない」という問題ではなく、違法であっても止められない世界が現実化しているということなのだ。</div>
<div>　一方、ヨーロッパでは明確な変化が起きている。EUのウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は、ヨーロッパの戦略的自立の必要性を訴え、防衛力強化に舵を切った。いわば、アメリカ一極に依存してきた安全保障体制からの離脱を模索し始めている。</div>
<div>　これは極めて重要なシグナルだ。同盟国であっても無条件に追随する時代ではなくなっているのだ。</div>
<div>　では、翻って日本はどうか。</div>
<div>　政府は、今回のイラン攻撃についての法的評価を避けている。同盟国アメリカへの配慮があることは理解できなくもないが、問われているのは、日本が「法の支配」を守る側に立つのか、それともその破壊者側に付くのかという、国としての根本的な立ち位置だ。同盟とは従属ではない。むしろ、同盟国だからこそ、誤りがあれば指摘する責任があるのではないか。</div>
<div>　これから国際秩序はどのように変わっていくのか。国際法の権威として知られる柳原正治・九州大学名誉教授は、歴史的に見て、秩序の大転換は常に大戦争の後に起きてきたと指摘する。確かに人類は大きな戦争がなければ新しい秩序を築くことができていない。しかし、だとすれば、今起きている秩序の崩壊は、次の大きな戦争への序章ということになってしまうではないか。</div>
<div>　国際法が機能しない世界で、日本は何を拠り所にすべきか。何があってもアメリカに抱きついていくだけで本当にいいのか。同盟と自立のバランスをどう取るのか。国際法の第一人者である柳原正治氏を迎え、崩壊しつつある国際秩序の現実と、その中で日本が取るべき選択について、神保哲生、宮台真司が徹底的に議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・大国による国際法への「挑戦」</div>
<div>・イラン攻撃は国際法上、正当化な武力行使だと言えるのか</div>
<div>・こうまでアメリカがイランを敵視する理由</div>
<div>・アメリカからの自立を模索するヨーロッパ</div>
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<div>■　大国による国際法への「挑戦」</div>
<div>神保：　今日はあえて国際法をテーマにしてみました。今回のイラン攻撃もそうですが、ロシアによるウクライナ侵攻、ガザ攻撃、ベネズエラ攻撃などを見ると、ほぼ無法状態になっているのではないかという思いがあります。「国際法違反だ」とはよく言われますが、そもそも国際法とは何なのかということをちゃんと押さえられていない部分があるかもしれません。今日はそこをきちんとやっておきたい。</div>
<div>また、それが崩れた世界がどのようなものなのか、その中で日本はどのような選択をすべきなのかを含めて議論したいと思います。</div>
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<div>宮台：　国民国家に限らず「法治」という概念は主権国家の内部の話なので、国際法は主権国家の中の概念には馴染みません。国際法は基本的に慣習法で、その慣習法を守ろうという国際連合が戦後にできたというだけなんです。</div>
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<div>神保：　ゲストは国際法の権威で、九州大学名誉教授、放送大学名誉教授の柳原正治さんです。直近ではイラン攻撃がありますが、その前にベネズエラ、ガザ、ウクライナでも同じようなことがありました。それ以前は、湾岸戦争など色々なことはあったものの、比較的平和な時代を過ごしてきたと思っていた。イランのような状況が当たり前の時代に入ったように見えます。国際法の専門家としては、今の世界状況を総論的にどのように見ていますか。</div>
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<div>柳原：　冷戦が終わった時、国際法学者はこれで世界に平和が訪れると考えました。私は1983年から1985年まで西ドイツに住んでいましたが、東西ドイツはいつ1つになるのかと周りに聞くと、今世紀中は無理だと言われました。しかしたった5年でできた。この喜びは世界中に広がっていたと思います。</div>
<div>しかしその後湾岸戦争がありました。あれが合法だったのかどうかは、国際法上、非常に大きな議論がありました。日本の国際法学者の中でも反対を表明する人が多く、理論的な論争が巻き起こりました。</div>
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<div>　その後も1999年にはNATOによるユーゴ空爆、2001年にはアフガニスタン紛争、2003年にはイラクに対する米国などの武力行使がありました。2014年にもイスラム国（IS）に対するシリア領内での空爆があり、いくつもの大きな戦闘が起きていました。</div>
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<div>　確かに2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、ここ2年は特に中東で大きな動きがあります。ここ2～3年が目立っているというのは間違いありませんが、『プラクティス国際法講義』という教科書の序文では何年も前から、今は国際法に対する危機ではないのかということを書いてきました。特にロシア、中国、アメリカといった大国が既存の国際法に対する挑戦を行っているのではないか。ここ2年ほどはそれが特に際立った形で出ていると見ています。</div>
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<div>神保：　国際法では本来、かなり特別な場合を除いて武力攻撃が禁止されています。しかしこれだけ武力行使が行われている。しかも、ロシアのウクライナ侵攻以外はほとんどアメリカとイスラエルが関わっています。このような無法状態の中でも、日本はアメリカに守ってもらうしかないという考え方が今の高市政権の路線だとすれば、日本は法の破壊者側に立つことになるのではないかという心配があります。</div>
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<div>宮台：　これについてチョムスキーは、第2次世界大戦後は国連を中心とした国際法があるとされているが、一方的に破り続けているのはアメリカであると指摘しています。しかし重要なことは、それでも国際法があるという前提で議論できたという点です。たとえ「やってる感」であっても、それができるのは重要なことです。法は暴力的威嚇に基づく命令ですが、国際法は相互期待です。信頼したことにしているので、自分がそれを破ると国の正当性がなくなり、攻められても文句が言えない状態になります。</div>
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<div>柳原：　国際法学者として冷戦以降の状況を見ると、どの国も国際法上の正当化理由を出します。国際法上違法ではないという論理を見つけようとしていて、それはプーチンも同じです。彼ですら国連憲章51条の集団的自衛権を使い、自分は国際法に反したことはしていないと主張します。</div>
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<div>　そういう意味で私が驚いたのは今年1月のトランプ氏のニューヨークタイムズでのインタビューです。自分を止めることができるのは自分のモラリティとマインドだけであり、国際法はいらないと発言しました。これは国際法学者にとってショックな発言でした。日本のマスコミではその部分だけが取り上げられていましたが、その後に「トランプ政権は国際法を守らないのか」と問われ、「守る」と答えています。「しかしそれは定義次第だ」とも言いました。それでも、国際法を守ると言ったことには一縷の望みがあるかもしれません。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2230281">続きを読む</a>
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                <title><![CDATA[飯田哲也氏：日本はどこでポスト福島のエネルギー政策を間違えたのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年3月25日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1302回）
日本はどこでポスト福島のエネルギー政策を間違えたのか
ゲスト：飯田哲也氏（環境エネルギー政策研究所所長）
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　70年代のオイルショックの教訓も、15年前の福島原発事故の教訓も、日本はまったく活かせていないようだ。
　アメリカとイスラエルによるイラン攻撃と、それに対するイランの報復がエスカレートする中、エネルギーをめぐる国際情勢は再び緊張の度を高めている。原油価格の上昇は燃料費にとどまらず輸送費や食料価格を通じて日本経済全体に波及し、エネルギーと食料の双方で自給率の低い日本の脆弱性を改めて浮き彫りにしている。日本は世界の中でも中東からの石油に最も大きく依存している国だからだ。
　しかし、問題は外部環境だけではない。福島第一原発事故から15年を経た現在、日本の再生可能エネルギー比率は依然として約25％にとどまり、世界的なエネルギー転換の潮流から完全に取り残されつつある。再生可能エネルギーに関連した様々な技術でも、日本は取り残されつつある。なぜ日本は、ポスト福島のエネルギー政策に失敗したのか。
　飯田氏がまず問題視するのは、ポスト福島の日本の電力システム改革が、実際には「既得権益を守ることを優先した自由化」に終始している点だ。発送電分離は形式上は実施されたものの、実際には送電会社に対する大手電力会社の影響力が依然として強く残っている。その結果、電力市場における意思決定は既存の発電事業者に有利に働きやすく、再生可能エネルギーの導入が優先されにくい構造が温存された。
そもそも電力会社にとって、自分たちの利益に直接つながる原子力や火力発電を減らしてまで、事実上誰もが参入できる再生可能エネルギーのシェアを増やしていく動機は働きにくい。この制度的バイアスが、日本の再エネ導入の重たい足かせになっていると飯田氏は言う。
　再エネ普及の柱として導入された固定価格買取制度（FIT）にも、根本部分で構造的な問題があった。日本のFITは「認定時に買取価格が決まる」仕組みを採用したため、事業者は設備コストの低下を待ってから稼働させた方が利益を得やすい。その結果、認定容量は増えても実際の稼働は遅れ、普及のスピードが鈍化するという逆転現象が起きた。本来、技術革新によってコストが低下する局面では、導入が加速するはずだが、日本では制度設計の不備がその流れを阻害してしまった。
しかもそれは再エネ賦課金という形で必要以上に一般の消費者の負担を増やす結果となっている。
　ところが、海外では状況が大きく異なる。太陽光や風力は多くの地域で最も低コストの電源となり、導入は急速に拡大している。二酸化炭素を排出せず、燃料輸入にも依存しない再エネは、安全保障と経済合理性の両面から選好されるようになっている。
　議論の核心は、エネルギー問題が単なる技術やコストの問題ではなく、「社会の統治構造」に関わるテーマであるという点にある。従来の大規模集中型エネルギーは、中央集権的な統治と親和性が高い。一方、再生可能エネルギーは地域分散型であり、電力の生産と消費の関係を根本から変える可能性を持つ。この転換は、既存の利害構造や制度の再編を伴うため、必然的に抵抗が生じる。日本で再エネ導入に対する風当たりが強い背景には、こうした構造的要因があると飯田氏は指摘する。
　福島事故後、日本は一時的にエネルギー転換への機運を高めた。しかし、その後の制度設計と政策運営の中で、既存システムとの折り合いを優先し、結果として抜本的な転換の機会を逸した。世界が再エネを軸にエネルギー安全保障と経済競争力の再構築を進める中、日本は依然として過渡的な状態にとどまっている。問われているのは、単なる電源構成の見直しではない。エネルギーを誰が、どのようにコントロールするのかという、より根源的な問いである。
　アメリカとイスラエルのイラン攻撃により、対外依存度が高い日本のエネルギー政策がにわかに危機を迎えているが、そのリスクは15年前に致命的な原発事故を引き起こしておきながら、その後、再エネへの転換に失敗し、以前としてエネルギーの対外依存度を引き下げることができていない日本の政策的な失敗という面が大きい。そして、それはまた日本が再エネとデジタルを融合させた新しいエネルギー技術の面で世界から大きく後れを取る原因となっている。
　太古の時代から人類の統治形態はその時々のエネルギーのあり方と表裏一体の関係にあった。人類の歴史は、社会の統治形態をその時々のエネルギー利用の方法に適応させることに成功した国や社会が、より多くの繁栄を享受してきたと言っても過言ではないだろう。その意味でも今の日本の状況は危機的だ。
　今からでも遅くはない。日本はポスト福島の教訓を活かし、エネルギーの対外依存度を減らすと同時に、世界の技術革新の潮流から落ちこぼれないようにしなければ、短期的にも長期的にも大きく国益を損なうことになる。環境エネルギー政策研究所所長でエネルギー政策、とりわけ再生エネルギー分野の第一人者の飯田哲也氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・イラン攻撃で改めて問われる日本のエネルギー事情
・世界で劇的に進むエネルギー革命の実相
・日本ではなぜEVが普及しないのか
・統治形態とエネルギーの密接な関わり
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■　イラン攻撃で改めて問われる日本のエネルギー事情
神保：　イラン攻撃によって世界中が大混乱になっています。先週のマル激では、トランプのような大統領を選ぶと何が起きてもおかしくないのだというような話をしましたが、今日はその延長で、エネルギー問題を取り上げたいと思います。
今まさにエネルギー問題を中心として世界が大変な状況になっているのですが、今日のテーマは単なるエネルギー政策にとどまりません。実はエネルギーは、統治形態と完全に表裏一体の関係にあるんですね。

宮台：　エネルギーと食の共同体自治がない状態、言い換えればエネルギーを外部に依存している状態では、国際関係のプレイヤーである主権国家としての主権の行使には、どうしても枠がはまります。国際自由貿易体制とは言っても、何に依存しているのか、また何が自立できていないのかという種別がとても大事だということです。

神保：　日本のようにエネルギー源を持っていない国はエネルギーの対外依存度が非常に高く、ホルムズ海峡に少し機雷が撒かれただけでも、ガソリンがリッター200円近くになっています。暫定税率なしで200円なので、もし暫定税率があれば225円くらいになっていることになります。財源を犠牲にして暫定税率をやめたのですが、今回のことで吹っ飛んでしまったわけですね。3.11があってもエネルギー政策を転換できなかった日本が、イランで有事が始まったことで簡単に転換できるとは思いませんが、いよいよここにきて危なくなっています。

　さて、今日のテーマですが、古くからエネルギー源と統治形態は表裏一体の関係にありました。先史時代に人間が火を使い始めると、薪・枯れ木・草・樹皮などの燃料の確保と管理が重要になった。それが時代を経てだんだん中央管理になっていきます。エネルギーは農作業の生産性にも直結していて、鉄は戦争だけでなく農具にも関係しています。農具が鉄になるだけで生産性が大きく上がりました。金属を使うためには火が必要で、そのためにもエネルギーが必要になります。

　そして今、エネルギー源としての石油が限界に来ています。石油は偏在しているのでその地域に欧米列強の利権が集中し、地政学的なリスクが大きい。また原子力にも大変なリスクがあります。原子力発電は核の問題とも直結していて、核の保有は覇権とも関係しています。

　そうした中で新しい再エネの技術が出てきています。これは国内でまかなえる可能性があり、対外的な依存を減らすこともできる。良いことのように聞こえますが、これは権力の分散にもつながり、地方の自立を意味するので、ある人々にとっては都合の悪いことかもしれません。再エネは本質的に分散的なエネルギー源なので、中央集権的な世界で生きている人たちは簡単にこれを許すことはできません。

　2024年の日本の原油の輸入元を見ると、海外依存度が99.7％、中東依存度が95.1％となっています。アラブ首長国連邦43.7％、サウジアラビア40.0％、クウェート6.8％、カタール4.1％。イランからは制裁対象になっているので買っていませんが、ホルムズ海峡を実効支配しているのはイランなので、ペルシャ湾岸の国々から買う場合はそこを通らなければなりません。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229914</link>
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                <pubDate>Wed, 25 Mar 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年3月25日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1302回）</div>
<div>日本はどこでポスト福島のエネルギー政策を間違えたのか</div>
<div>ゲスト：飯田哲也氏（環境エネルギー政策研究所所長）</div>
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<div>　70年代のオイルショックの教訓も、15年前の福島原発事故の教訓も、日本はまったく活かせていないようだ。</div>
<div>　アメリカとイスラエルによるイラン攻撃と、それに対するイランの報復がエスカレートする中、エネルギーをめぐる国際情勢は再び緊張の度を高めている。原油価格の上昇は燃料費にとどまらず輸送費や食料価格を通じて日本経済全体に波及し、エネルギーと食料の双方で自給率の低い日本の脆弱性を改めて浮き彫りにしている。日本は世界の中でも中東からの石油に最も大きく依存している国だからだ。</div>
<div>　しかし、問題は外部環境だけではない。福島第一原発事故から15年を経た現在、日本の再生可能エネルギー比率は依然として約25％にとどまり、世界的なエネルギー転換の潮流から完全に取り残されつつある。再生可能エネルギーに関連した様々な技術でも、日本は取り残されつつある。なぜ日本は、ポスト福島のエネルギー政策に失敗したのか。</div>
<div>　飯田氏がまず問題視するのは、ポスト福島の日本の電力システム改革が、実際には「既得権益を守ることを優先した自由化」に終始している点だ。発送電分離は形式上は実施されたものの、実際には送電会社に対する大手電力会社の影響力が依然として強く残っている。その結果、電力市場における意思決定は既存の発電事業者に有利に働きやすく、再生可能エネルギーの導入が優先されにくい構造が温存された。</div>
<div>そもそも電力会社にとって、自分たちの利益に直接つながる原子力や火力発電を減らしてまで、事実上誰もが参入できる再生可能エネルギーのシェアを増やしていく動機は働きにくい。この制度的バイアスが、日本の再エネ導入の重たい足かせになっていると飯田氏は言う。</div>
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<div>しかもそれは再エネ賦課金という形で必要以上に一般の消費者の負担を増やす結果となっている。</div>
<div>　ところが、海外では状況が大きく異なる。太陽光や風力は多くの地域で最も低コストの電源となり、導入は急速に拡大している。二酸化炭素を排出せず、燃料輸入にも依存しない再エネは、安全保障と経済合理性の両面から選好されるようになっている。</div>
<div>　議論の核心は、エネルギー問題が単なる技術やコストの問題ではなく、「社会の統治構造」に関わるテーマであるという点にある。従来の大規模集中型エネルギーは、中央集権的な統治と親和性が高い。一方、再生可能エネルギーは地域分散型であり、電力の生産と消費の関係を根本から変える可能性を持つ。この転換は、既存の利害構造や制度の再編を伴うため、必然的に抵抗が生じる。日本で再エネ導入に対する風当たりが強い背景には、こうした構造的要因があると飯田氏は指摘する。</div>
<div>　福島事故後、日本は一時的にエネルギー転換への機運を高めた。しかし、その後の制度設計と政策運営の中で、既存システムとの折り合いを優先し、結果として抜本的な転換の機会を逸した。世界が再エネを軸にエネルギー安全保障と経済競争力の再構築を進める中、日本は依然として過渡的な状態にとどまっている。問われているのは、単なる電源構成の見直しではない。エネルギーを誰が、どのようにコントロールするのかという、より根源的な問いである。</div>
<div>　アメリカとイスラエルのイラン攻撃により、対外依存度が高い日本のエネルギー政策がにわかに危機を迎えているが、そのリスクは15年前に致命的な原発事故を引き起こしておきながら、その後、再エネへの転換に失敗し、以前としてエネルギーの対外依存度を引き下げることができていない日本の政策的な失敗という面が大きい。そして、それはまた日本が再エネとデジタルを融合させた新しいエネルギー技術の面で世界から大きく後れを取る原因となっている。</div>
<div>　太古の時代から人類の統治形態はその時々のエネルギーのあり方と表裏一体の関係にあった。人類の歴史は、社会の統治形態をその時々のエネルギー利用の方法に適応させることに成功した国や社会が、より多くの繁栄を享受してきたと言っても過言ではないだろう。その意味でも今の日本の状況は危機的だ。</div>
<div>　今からでも遅くはない。日本はポスト福島の教訓を活かし、エネルギーの対外依存度を減らすと同時に、世界の技術革新の潮流から落ちこぼれないようにしなければ、短期的にも長期的にも大きく国益を損なうことになる。環境エネルギー政策研究所所長でエネルギー政策、とりわけ再生エネルギー分野の第一人者の飯田哲也氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。</div>
<br />
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<div>今週の論点</div>
<div>・イラン攻撃で改めて問われる日本のエネルギー事情</div>
<div>・世界で劇的に進むエネルギー革命の実相</div>
<div>・日本ではなぜEVが普及しないのか</div>
<div>・統治形態とエネルギーの密接な関わり</div>
<div>+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++</div>
<br />
<div>■　イラン攻撃で改めて問われる日本のエネルギー事情</div>
<div>神保：　イラン攻撃によって世界中が大混乱になっています。先週のマル激では、トランプのような大統領を選ぶと何が起きてもおかしくないのだというような話をしましたが、今日はその延長で、エネルギー問題を取り上げたいと思います。</div>
<div>今まさにエネルギー問題を中心として世界が大変な状況になっているのですが、今日のテーマは単なるエネルギー政策にとどまりません。実はエネルギーは、統治形態と完全に表裏一体の関係にあるんですね。</div>
<br />
<div>宮台：　エネルギーと食の共同体自治がない状態、言い換えればエネルギーを外部に依存している状態では、国際関係のプレイヤーである主権国家としての主権の行使には、どうしても枠がはまります。国際自由貿易体制とは言っても、何に依存しているのか、また何が自立できていないのかという種別がとても大事だということです。</div>
<br />
<div>神保：　日本のようにエネルギー源を持っていない国はエネルギーの対外依存度が非常に高く、ホルムズ海峡に少し機雷が撒かれただけでも、ガソリンがリッター200円近くになっています。暫定税率なしで200円なので、もし暫定税率があれば225円くらいになっていることになります。財源を犠牲にして暫定税率をやめたのですが、今回のことで吹っ飛んでしまったわけですね。3.11があってもエネルギー政策を転換できなかった日本が、イランで有事が始まったことで簡単に転換できるとは思いませんが、いよいよここにきて危なくなっています。</div>
<br />
<div>　さて、今日のテーマですが、古くからエネルギー源と統治形態は表裏一体の関係にありました。先史時代に人間が火を使い始めると、薪・枯れ木・草・樹皮などの燃料の確保と管理が重要になった。それが時代を経てだんだん中央管理になっていきます。エネルギーは農作業の生産性にも直結していて、鉄は戦争だけでなく農具にも関係しています。農具が鉄になるだけで生産性が大きく上がりました。金属を使うためには火が必要で、そのためにもエネルギーが必要になります。</div>
<br />
<div>　そして今、エネルギー源としての石油が限界に来ています。石油は偏在しているのでその地域に欧米列強の利権が集中し、地政学的なリスクが大きい。また原子力にも大変なリスクがあります。原子力発電は核の問題とも直結していて、核の保有は覇権とも関係しています。</div>
<br />
<div>　そうした中で新しい再エネの技術が出てきています。これは国内でまかなえる可能性があり、対外的な依存を減らすこともできる。良いことのように聞こえますが、これは権力の分散にもつながり、地方の自立を意味するので、ある人々にとっては都合の悪いことかもしれません。再エネは本質的に分散的なエネルギー源なので、中央集権的な世界で生きている人たちは簡単にこれを許すことはできません。</div>
<br />
<div>　2024年の日本の原油の輸入元を見ると、海外依存度が99.7％、中東依存度が95.1％となっています。アラブ首長国連邦43.7％、サウジアラビア40.0％、クウェート6.8％、カタール4.1％。イランからは制裁対象になっているので買っていませんが、ホルムズ海峡を実効支配しているのはイランなので、ペルシャ湾岸の国々から買う場合はそこを通らなければなりません。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229914">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[山岸智子氏、前嶋和弘氏：誰のための何のためのイラン攻撃なのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年3月18日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1301回）
誰のための何のためのイラン攻撃なのか
ゲスト：山岸智子氏（明治大学政治経済学部教授）、前嶋和弘氏（上智大学総合グローバル学部教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　そもそも何のためのイラン攻撃なのかが、さっぱりわからなくなってきた。2月28日に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃について、トランプ大統領の説明は二転三転し、作戦の最終目的がわからないが故に、終わりも見えなくなっている。
　トランプ大統領が当初目指していたはずのイランの体制転換には今のところ失</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229597</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229597</guid>
                <pubDate>Wed, 18 Mar 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年3月18日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1301回）</div>
<div>誰のための何のためのイラン攻撃なのか</div>
<div>ゲスト：山岸智子氏（明治大学政治経済学部教授）、前嶋和弘氏（上智大学総合グローバル学部教授）</div>
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<div>　そもそも何のためのイラン攻撃なのかが、さっぱりわからなくなってきた。2月28日に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃について、トランプ大統領の説明は二転三転し、作戦の最終目的がわからないが故に、終わりも見えなくなっている。</div>
<div>　トランプ大統領が当初目指していたはずのイランの体制転換には今のところ失</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229597">続きを読む</a>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[小豆川勝見氏：原発事故から15年が過ぎても放射線測定が被災地対策の基本だ]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年3月11日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド （第1300回）
原発事故から15年が過ぎても放射線測定が被災地対策の基本だ
ゲスト：小豆川勝見氏（東京大学大学院総合文化研究科助教）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　東京電力福島第一原発事故から15年が経過したが、事故の影響は依然として被災地に暗い影を残している。東日本大震災に伴う地震と津波により福島第一原発がメルトダウンを起こし、大量の放射性物質が放出された結果、住民の帰還が認められていない「帰還困難区域」が今も広範囲に広がっているからだ。
　その面積は約300平方キロメートル。東京23区の半分に匹敵する広さで、そこはまるで2011年3月11日の時点で時間が止まったかのようだ。
　こうした地域で現在も放射線量の測定を続けている研究者がいる。東京大学大学院総合文化研究科環境分析化学研究室助教の小豆川勝見氏だ。小豆川氏は平均して月に2回、帰還困難区域に足を運び、現地の線量を測定して記録を残している。
　もともと小豆川氏は、放射線を科学研究の有用なツールとして扱う研究者だった。東海村で研究に携わっていた当時、原子炉は「絶対に壊れない」と考えていたという。しかし福島第一原発事故を目の当たりにし、被災地の放射線量を測定し記録に残すことが研究者としての使命だと考えるようになった。事故から間もない2011年4月に調査を開始し、現在まで活動を続けている。
　事故当初、大きな問題となった放射性ヨウ素は半減期が8日と短いため、現在はほとんど影響を考慮する必要がない。しかし大量に放出された放射性セシウム137は半減期が約30年のため、事故から15年が経過した現在でも大量の放射線を放出し続けている。
　特に除染が行われていない帰還困難区域では、今も空間線量の高い場所が存在する。一方、復興拠点として指定された地域では除染が繰り返され、新しい土で覆われるなどの対策によって線量は低下している。ただし、そのすぐ近くでも手つかずの場所では、依然として基準値を大きく上回る線量が測定されるという。
　さらに小豆川氏は、放射性セシウムが「移動する」という性質にも注意が必要だと指摘する。セシウムは土壌に吸着しやすいため、土ぼこりとともに風で運ばれたり、大雨の際に土砂とともに谷や川へ流れ込んだりする。泥がたまりやすい溝などで線量が高くなるのはそのためだ。
　農産物については、産地の特定や検査体制が整備され、多くのデータが蓄積されてきた。一方、海や川を移動する魚類などについては、依然として分からないことも多いという。小豆川氏は、こうした点についても実際の測定データを基に説明する。
　事故から15年という年月は、多くの人々の関心が薄れるには十分な時間かもしれない。当時は放射線に関する情報を積極的に集めていた人々も多かったが、現在では線量測定の結果が社会で共有される機会が減っているのではないかと、小豆川氏は懸念する。
　「放射線は目に見えない。測定しなければ状況は分からない」と語る小豆川氏は、客観的なデータがあってこそ、復興のあり方を議論できると主張する。
　放射線は自然界にも存在するものであり、必要以上に恐れるべきものではない。しかし事実を知り、理解を深めることは、今後の廃炉作業や原子力政策を考えるうえでも重要だと小豆川氏は語り、福島通いを今も続けている。
　事故から15年を迎えた原発被災地の現状と今後の課題について、放射線測定機器の実演も交えながら、小豆川氏に社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が話を聞いた。

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今週の論点
・今なお多くの人が帰れずにいる原発被災地
・放射線測定の難しさ
・15年間、放射線を測り続けて見えてきたこと
・色々な考え方がある中で建設的な議論をするためには
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■　今なお多くの人が帰れずにいる原発被災地
迫田：　今日は東日本大震災の原発被災地の現状を伺います。あれからもう15年経ちました。

宮台：　多くの人はあの頃の恐怖や不安を忘れてしまった。僕も仕事の関係で放射性元素の半減期などをちゃんと覚えたのですが、今ではすっかり忘れています。線量やガンマ線という言葉を使うのも何年ぶりかのことです。多くの人に当時の不安や恐怖を思い出していただきたいと思います。今は誰も話さなくなっているので、ないことのようになっていますが、そうではないということも理解しなければなりません。

迫田：　東日本大震災から15年が経った今もずっと被災地で放射線量の測定をされている方をお招きしました。ゲストは東京大学大学院総合文化研究科助教の小豆川勝見さんです。放射線測定をずっとやってこられたということですね。

小豆川：　はい。もともと、放射線にはロマンがあると感じて研究してきました。放射線と聞くと怖いと感じる人が多いと思いますが、道具として使えば、過去にどんな不思議なことが起きたのかが分かる良いものだと思います。昔の古文書に書いてあることを自分の手で明らかにできる。そこには夢があると思いました。

迫田： それから3.11を経験してどう思われましたか。

小豆川：　放射線はとても便利な道具で、これさえあれば人間が今まで分からなかったことを解き明かせるのではないかと思っていました。それで原子炉の中によく入っていたんです。原子炉の中にはいろいろな安全装置があり、絶対に壊れないと思っていましたが、2011年3月にそれは違うということが分かりました。
震災があり、どうしようかと考えた時に、放射線を測れる人というのは日本ではものすごく少ないんです。こんな大惨事が起きているのに測れる人が少ないということで、ちゃんと測って記録に残さなければならないと思いました。

迫田：　最初に福島の被災地に行かれたのはいつですか。

小豆川：　3月11日に震災が起き、それから1週間くらいかけてどんどん状況が悪くなっていきました。その時私は日本にいなかったのですが、3月20日に急いで日本に帰ってきまいた。東京のキャンパスに戻った時にはちょうど雨が降っていて、バケツに雨水を溜めて測ると、約1万ベクレルくらいになりました。

迫田：　東京で放射性のヨウ素が観測されたということですね。

小豆川：　原子炉に少しでも携わったことがある人であれば、これは原子炉が相当激しく壊れているということがすぐに分かります。これは急いで行かなければならないと思い、4月の頭から原発周辺の調査を始めて今に至っています。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229258</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229258</guid>
                <pubDate>Wed, 11 Mar 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年3月11日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
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<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1300回）</div>
<div>原発事故から15年が過ぎても放射線測定が被災地対策の基本だ</div>
<div>ゲスト：小豆川勝見氏（東京大学大学院総合文化研究科助教）</div>
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<div>　東京電力福島第一原発事故から15年が経過したが、事故の影響は依然として被災地に暗い影を残している。東日本大震災に伴う地震と津波により福島第一原発がメルトダウンを起こし、大量の放射性物質が放出された結果、住民の帰還が認められていない「帰還困難区域」が今も広範囲に広がっているからだ。</div>
<div>　その面積は約300平方キロメートル。東京23区の半分に匹敵する広さで、そこはまるで2011年3月11日の時点で時間が止まったかのようだ。</div>
<div>　こうした地域で現在も放射線量の測定を続けている研究者がいる。東京大学大学院総合文化研究科環境分析化学研究室助教の小豆川勝見氏だ。小豆川氏は平均して月に2回、帰還困難区域に足を運び、現地の線量を測定して記録を残している。</div>
<div>　もともと小豆川氏は、放射線を科学研究の有用なツールとして扱う研究者だった。東海村で研究に携わっていた当時、原子炉は「絶対に壊れない」と考えていたという。しかし福島第一原発事故を目の当たりにし、被災地の放射線量を測定し記録に残すことが研究者としての使命だと考えるようになった。事故から間もない2011年4月に調査を開始し、現在まで活動を続けている。</div>
<div>　事故当初、大きな問題となった放射性ヨウ素は半減期が8日と短いため、現在はほとんど影響を考慮する必要がない。しかし大量に放出された放射性セシウム137は半減期が約30年のため、事故から15年が経過した現在でも大量の放射線を放出し続けている。</div>
<div>　特に除染が行われていない帰還困難区域では、今も空間線量の高い場所が存在する。一方、復興拠点として指定された地域では除染が繰り返され、新しい土で覆われるなどの対策によって線量は低下している。ただし、そのすぐ近くでも手つかずの場所では、依然として基準値を大きく上回る線量が測定されるという。</div>
<div>　さらに小豆川氏は、放射性セシウムが「移動する」という性質にも注意が必要だと指摘する。セシウムは土壌に吸着しやすいため、土ぼこりとともに風で運ばれたり、大雨の際に土砂とともに谷や川へ流れ込んだりする。泥がたまりやすい溝などで線量が高くなるのはそのためだ。</div>
<div>　農産物については、産地の特定や検査体制が整備され、多くのデータが蓄積されてきた。一方、海や川を移動する魚類などについては、依然として分からないことも多いという。小豆川氏は、こうした点についても実際の測定データを基に説明する。</div>
<div>　事故から15年という年月は、多くの人々の関心が薄れるには十分な時間かもしれない。当時は放射線に関する情報を積極的に集めていた人々も多かったが、現在では線量測定の結果が社会で共有される機会が減っているのではないかと、小豆川氏は懸念する。</div>
<div>　「放射線は目に見えない。測定しなければ状況は分からない」と語る小豆川氏は、客観的なデータがあってこそ、復興のあり方を議論できると主張する。</div>
<div>　放射線は自然界にも存在するものであり、必要以上に恐れるべきものではない。しかし事実を知り、理解を深めることは、今後の廃炉作業や原子力政策を考えるうえでも重要だと小豆川氏は語り、福島通いを今も続けている。</div>
<div>　事故から15年を迎えた原発被災地の現状と今後の課題について、放射線測定機器の実演も交えながら、小豆川氏に社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が話を聞いた。</div>
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<div>・今なお多くの人が帰れずにいる原発被災地</div>
<div>・放射線測定の難しさ</div>
<div>・15年間、放射線を測り続けて見えてきたこと</div>
<div>・色々な考え方がある中で建設的な議論をするためには</div>
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<div>■　今なお多くの人が帰れずにいる原発被災地</div>
<div>迫田：　今日は東日本大震災の原発被災地の現状を伺います。あれからもう15年経ちました。</div>
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<div>宮台：　多くの人はあの頃の恐怖や不安を忘れてしまった。僕も仕事の関係で放射性元素の半減期などをちゃんと覚えたのですが、今ではすっかり忘れています。線量やガンマ線という言葉を使うのも何年ぶりかのことです。多くの人に当時の不安や恐怖を思い出していただきたいと思います。今は誰も話さなくなっているので、ないことのようになっていますが、そうではないということも理解しなければなりません。</div>
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<div>迫田：　東日本大震災から15年が経った今もずっと被災地で放射線量の測定をされている方をお招きしました。ゲストは東京大学大学院総合文化研究科助教の小豆川勝見さんです。放射線測定をずっとやってこられたということですね。</div>
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<div>小豆川：　はい。もともと、放射線にはロマンがあると感じて研究してきました。放射線と聞くと怖いと感じる人が多いと思いますが、道具として使えば、過去にどんな不思議なことが起きたのかが分かる良いものだと思います。昔の古文書に書いてあることを自分の手で明らかにできる。そこには夢があると思いました。</div>
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<div>迫田：<span style="white-space:pre;"> </span>それから3.11を経験してどう思われましたか。</div>
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<div>小豆川：　放射線はとても便利な道具で、これさえあれば人間が今まで分からなかったことを解き明かせるのではないかと思っていました。それで原子炉の中によく入っていたんです。原子炉の中にはいろいろな安全装置があり、絶対に壊れないと思っていましたが、2011年3月にそれは違うということが分かりました。</div>
<div>震災があり、どうしようかと考えた時に、放射線を測れる人というのは日本ではものすごく少ないんです。こんな大惨事が起きているのに測れる人が少ないということで、ちゃんと測って記録に残さなければならないと思いました。</div>
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<div>迫田：　最初に福島の被災地に行かれたのはいつですか。</div>
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<div>小豆川：　3月11日に震災が起き、それから1週間くらいかけてどんどん状況が悪くなっていきました。その時私は日本にいなかったのですが、3月20日に急いで日本に帰ってきまいた。東京のキャンパスに戻った時にはちょうど雨が降っていて、バケツに雨水を溜めて測ると、約1万ベクレルくらいになりました。</div>
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<div>迫田：　東京で放射性のヨウ素が観測されたということですね。</div>
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<div>小豆川：　原子炉に少しでも携わったことがある人であれば、これは原子炉が相当激しく壊れているということがすぐに分かります。これは急いで行かなければならないと思い、4月の頭から原発周辺の調査を始めて今に至っています。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2229258">続きを読む</a>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[熊野英生氏：消費減税の国民生活への効果と影響を検証する]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年3月4日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1299回）
消費減税の国民生活への効果と影響を検証する
ゲスト：熊野英生氏（第一生命経済研究所首席エコノミスト）
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　減税は誰もが歓迎するものだろう。しかし、現在高市政権が進めている食料品の消費税をゼロにすることが、どの程度物価高対策として有効なのか。また、そのリスクとしてわれわれは何を知っておく必要があるのか。
　消費税減税をめぐっては、先の衆院選では各党が一斉に公約「消費減税」を掲げたが、自民党が歴史的な大勝を収めたことから、当面は自民党の公約である「食料品の消費税の2年間ゼロ」が優先的に実現される可能性が高い。
　日本では比率の高い順に消費税、所得税、法人税が税収の柱で、その3つで全税収の9割近くを占めているが、その中でも消費税は最大の税収源となっている。しかも、日本ではほとんどの人は所得税が「源泉」されているし、法人税は経営者や個人事業主以外は直接関係してこないので、何かを購入するたびに徴収される消費税は、圧倒的に痛税感が強い。だからこそ、選挙公約でその減税を謳うことはとりわけ集票効果が大きい。
　ところで物価高対策として食品の消費税をゼロにした場合、国民生活はどれほど潤うのだろうか。第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏の試算では、仮に食料品の消費税率が現在の8％（軽減税率）から0％になった場合、世帯あたり平均して年間約6万8,000円の負担軽減効果が見込まれるという。これは2人以上世帯を対象にした試算なので、2人世帯の場合、一人あたりだと年間3万4,000円、毎月2,833円が浮く計算になる。
　この数字をどう見るかはそれぞれだろうが、日頃買い物をする際に感じている痛税感の割には小さいと感じられるかもしれない。過度な期待は禁物と考えておいた方がよさそうだ。
　消費税減税は、そこで潤った分のおカネの一部が消費に回ることで経済活動が活発になり経済成長を促すというのも、期待される効果の一つだ。しかし、食品の消費税をゼロにした場合の経済への影響は意外と小さく、減税によって5兆円の税収が消える一方で、それが個人消費に回る割合はその1割の約5,000億円、そのGDP押し上げ効果は3,000億円分と見積もられているため、現在約590兆円の実質GDPに与える影響はプラス0.05％程度にとどまると見込まれている。
　このようにメリットが限定的であるのに対し、食料品消費税ゼロによるマイナスの影響はかなり大きい。
　まず、消費税はもともとその逆進性、つまり所得が低い人ほど税負担の割合が大きくなる点が問題視されてきたが、消費減税にもその欠点が反映されてしまう。つまり、所得が大きい人ほど消費減税の恩恵が大きくなってしまうのだ。格差が広がる中で、消費減税には所得再分配の観点からも疑問が残る。
　しかも、食品の消費税がゼロになっても、われわれ消費者が購入する食品の価格が消費税の8％分丸ごと安くなるとは限らないことも知っておく必要があるだろう。消費税はもともと事業者に納税義務が課されているため、消費減税の恩恵を直接受けるのは事業者だけだ。
消費者は、事業者がその減税分を小売価格に反映してくれたときに初めてそのメリットを享受できる。しかし、原材料費や人件費の高騰を価格転嫁できなかったことにあえぐ中小事業者が価格を据え置く可能性もあり、仮に値下げをしても消費減税分の8％を丸ごと引いてくれるとは限らない。食品の消費税がゼロになったはずなのに、小売価格はそれほど下がらない可能性が高いということだ。
　その一方で、税収の柱である消費税の減税が財政に与えるダメージは計り知れない。食品の消費税をゼロにした場合、国と地方を合わせて年間約5兆円の税収減が見込まれている。国の税収約80兆円の3分の1を占める約26兆円の消費税は全額が社会保障に使われることが法律で定められているが、実は年間の社会保障関係費はすでに約38兆円に達しており、消費税だけでは賄えていないのが実情だ。今回の食品ゼロによってそこからさらに5兆円が消えた場合、その穴をどう埋めるのかは容易なことではない。
　さらに深刻なのが地方財政へのしわ寄せだ。消費税はもともと、国と地方自治体の間でおおむね8対2の割合で分配されることが定められている。今回食品の消費税がゼロになることによって減少する5兆円については国が約3.2兆円、地方が約1.8兆円分を被ることになる。しかし、地方自治体の行政サービスの多くは国が定めたルールの下で担われているものが多く、財源が減ったからといって簡単に削ることはできない義務的なものが多い。
熊野氏は、地方自治体の減収のしわ寄せが上下水道やごみ処理といった住民生活に直結する行政サービスの低下を招く可能性が懸念されると指摘する。
　失われる5兆円の穴を埋めるために、高市首相は赤字国債には頼らないと明言しているが、具体的な財源は示されていない。熊野氏は、外為特会（外国為替資金特別会計）や年金積立金の活用には無理があり、現実的には「2年に限って赤字国債を発行するしかないのではないか」と指摘する。しかし、赤字国債の増発はインフレ圧力をさらに強めることになる。また消費減税によって財政赤字が拡大すれば、市場からの信認低下によりさらに円安が進行する可能性が高い。
円安によって輸入物価が上昇すれば、食料自給率の低い日本では直ちに食品価格の上昇を招くことが避けられない。せっかくの消費減税の効果が一気に吹き飛んでしまう恐れが十分あるのだ。
　物価高に苦しむ国民生活への支援は急務だ。しかし、その手段として消費減税が本当に適切なのか。私たちは減税というポピュリズムの罠に陥っていないか。もし消費減税の5兆円を捻出する手段が本当にあるのなら、それはどう使われるべきなのかなどについて、熊野氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・消費減税はどのくらい国民生活を楽にするのか
・減税しても108円の食品が100円になるとは限らない理由
・5兆円の減収を賄う方法が本当にあるのか
・日本が取りうる選択肢とは
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■　消費減税はどのくらい国民生活を楽にするのか
神保：　今日は2月27日、第1299回目のマル激となります。先日の選挙については色々な面から考えなければならないことがあると思いますが、316議席を持った高市政権の下での国会が始まりました。当面の一番大きな争点は、選挙期間中に公約をした消費税減税と、「責任ある積極財政」です。

　消費減税については、特定の政党の議員しか集まらない「国民会議」が開かれるということです。国会には税金の話をするために財政金融委員会などもあるので、本来は国会でやってほしいと思うのですが。野党で「国民会議」に参加しているのは今のところチームみらいだけです。「やってる感」を出す演出には苦労しているようですが、同時に強く意識しています。
皆、政治のことをちゃんと見ているわけではないので、高市さんはよくやっていると思ってしまいますが、残念ながら既存のメディアの力は地に落ち、お金とアルゴリズムでどうにでもできるSNSが支配的な地位になってしまいました。

　もし消費減税が実現するのであれば自民党案になると思いますが、これは2年間食品に限り消費税をゼロにするというものです。選挙公約として出した案ということで、勝った以上はやらないわけにはいかなくなっています。消費減税に関しては、チームみらい以外は何らかの形で謳っていて、大きく分けると「食料品0％」、「一律5％」、「消費税廃止」というところになります。自民と維新だけでも議席の4分の3を持っているという状況なので、彼らが主張している食料品0％になるとみられ、その場合には約5兆円の減収になります。

　そもそも本当にできるのかということは考えなければなりませんが、これをやることがどれだけ物価対策としての実効性があるのかという点も見なければいけません。もともと消費減税を主張しているれいわなどの主張は、税金を下げれば人々の生活が楽になると同時に、もっとお金を使うようになるから経済効果を生み、一時的に借金をしても回り回って返ってくるというものです。本当に経済効果があるのかどうか、もしあるとしたらどれくらいあるのかということを考える必要があります。

　また、それによって発生する減収分については借金を出さずに対応すると言っているので、どうやってやるのかという問題があります。5兆円の減収とありますが、そのうち3.2兆円くらいは国庫に入るお金が入らなくなるということです。また地方に回っている分の1.8兆円も入らなくなります。地方の方が国民生活に密接に関わる公共サービスを提供している場合があるので、下手をするとそちらの方がわれわれの実感としてはるかに大きな影響が出る可能性もあります。数字の話だけでなく、実際にどうなるのかということも含めて見ていきたいと思います。
ゲストは第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生さんです。

熊野：　私を含めて皆、増税は嫌なのですが、それには表と裏があり、使われ方が良いか悪いかという議論をしなければなりません。しかしそういう議論はゼロでした。チームみらいもそういう話は全くしていませんでした。社会保障財源として消費税以外に何を使うのでしょうか。5兆円の穴が開いたら、その5兆円は円安で儲かっている外為特会を引っ張ってくるのかもしれませんが、そういう話ではありません。医療、福祉、介護、子育ての安定財源をどうやって持ってくるのかということです。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2228928</link>
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                <pubDate>Wed, 04 Mar 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年3月4日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1299回）</div>
<div>消費減税の国民生活への効果と影響を検証する</div>
<div>ゲスト：熊野英生氏（第一生命経済研究所首席エコノミスト）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>　減税は誰もが歓迎するものだろう。しかし、現在高市政権が進めている食料品の消費税をゼロにすることが、どの程度物価高対策として有効なのか。また、そのリスクとしてわれわれは何を知っておく必要があるのか。</div>
<div>　消費税減税をめぐっては、先の衆院選では各党が一斉に公約「消費減税」を掲げたが、自民党が歴史的な大勝を収めたことから、当面は自民党の公約である「食料品の消費税の2年間ゼロ」が優先的に実現される可能性が高い。</div>
<div>　日本では比率の高い順に消費税、所得税、法人税が税収の柱で、その3つで全税収の9割近くを占めているが、その中でも消費税は最大の税収源となっている。しかも、日本ではほとんどの人は所得税が「源泉」されているし、法人税は経営者や個人事業主以外は直接関係してこないので、何かを購入するたびに徴収される消費税は、圧倒的に痛税感が強い。だからこそ、選挙公約でその減税を謳うことはとりわけ集票効果が大きい。</div>
<div>　ところで物価高対策として食品の消費税をゼロにした場合、国民生活はどれほど潤うのだろうか。第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏の試算では、仮に食料品の消費税率が現在の8％（軽減税率）から0％になった場合、世帯あたり平均して年間約6万8,000円の負担軽減効果が見込まれるという。これは2人以上世帯を対象にした試算なので、2人世帯の場合、一人あたりだと年間3万4,000円、毎月2,833円が浮く計算になる。</div>
<div>　この数字をどう見るかはそれぞれだろうが、日頃買い物をする際に感じている痛税感の割には小さいと感じられるかもしれない。過度な期待は禁物と考えておいた方がよさそうだ。</div>
<div>　消費税減税は、そこで潤った分のおカネの一部が消費に回ることで経済活動が活発になり経済成長を促すというのも、期待される効果の一つだ。しかし、食品の消費税をゼロにした場合の経済への影響は意外と小さく、減税によって5兆円の税収が消える一方で、それが個人消費に回る割合はその1割の約5,000億円、そのGDP押し上げ効果は3,000億円分と見積もられているため、現在約590兆円の実質GDPに与える影響はプラス0.05％程度にとどまると見込まれている。</div>
<div>　このようにメリットが限定的であるのに対し、食料品消費税ゼロによるマイナスの影響はかなり大きい。</div>
<div>　まず、消費税はもともとその逆進性、つまり所得が低い人ほど税負担の割合が大きくなる点が問題視されてきたが、消費減税にもその欠点が反映されてしまう。つまり、所得が大きい人ほど消費減税の恩恵が大きくなってしまうのだ。格差が広がる中で、消費減税には所得再分配の観点からも疑問が残る。</div>
<div>　しかも、食品の消費税がゼロになっても、われわれ消費者が購入する食品の価格が消費税の8％分丸ごと安くなるとは限らないことも知っておく必要があるだろう。消費税はもともと事業者に納税義務が課されているため、消費減税の恩恵を直接受けるのは事業者だけだ。</div>
<div>消費者は、事業者がその減税分を小売価格に反映してくれたときに初めてそのメリットを享受できる。しかし、原材料費や人件費の高騰を価格転嫁できなかったことにあえぐ中小事業者が価格を据え置く可能性もあり、仮に値下げをしても消費減税分の8％を丸ごと引いてくれるとは限らない。食品の消費税がゼロになったはずなのに、小売価格はそれほど下がらない可能性が高いということだ。</div>
<div>　その一方で、税収の柱である消費税の減税が財政に与えるダメージは計り知れない。食品の消費税をゼロにした場合、国と地方を合わせて年間約5兆円の税収減が見込まれている。国の税収約80兆円の3分の1を占める約26兆円の消費税は全額が社会保障に使われることが法律で定められているが、実は年間の社会保障関係費はすでに約38兆円に達しており、消費税だけでは賄えていないのが実情だ。今回の食品ゼロによってそこからさらに5兆円が消えた場合、その穴をどう埋めるのかは容易なことではない。</div>
<div>　さらに深刻なのが地方財政へのしわ寄せだ。消費税はもともと、国と地方自治体の間でおおむね8対2の割合で分配されることが定められている。今回食品の消費税がゼロになることによって減少する5兆円については国が約3.2兆円、地方が約1.8兆円分を被ることになる。しかし、地方自治体の行政サービスの多くは国が定めたルールの下で担われているものが多く、財源が減ったからといって簡単に削ることはできない義務的なものが多い。</div>
<div>熊野氏は、地方自治体の減収のしわ寄せが上下水道やごみ処理といった住民生活に直結する行政サービスの低下を招く可能性が懸念されると指摘する。</div>
<div>　失われる5兆円の穴を埋めるために、高市首相は赤字国債には頼らないと明言しているが、具体的な財源は示されていない。熊野氏は、外為特会（外国為替資金特別会計）や年金積立金の活用には無理があり、現実的には「2年に限って赤字国債を発行するしかないのではないか」と指摘する。しかし、赤字国債の増発はインフレ圧力をさらに強めることになる。また消費減税によって財政赤字が拡大すれば、市場からの信認低下によりさらに円安が進行する可能性が高い。</div>
<div>円安によって輸入物価が上昇すれば、食料自給率の低い日本では直ちに食品価格の上昇を招くことが避けられない。せっかくの消費減税の効果が一気に吹き飛んでしまう恐れが十分あるのだ。</div>
<div>　物価高に苦しむ国民生活への支援は急務だ。しかし、その手段として消費減税が本当に適切なのか。私たちは減税というポピュリズムの罠に陥っていないか。もし消費減税の5兆円を捻出する手段が本当にあるのなら、それはどう使われるべきなのかなどについて、熊野氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・消費減税はどのくらい国民生活を楽にするのか</div>
<div>・減税しても108円の食品が100円になるとは限らない理由</div>
<div>・5兆円の減収を賄う方法が本当にあるのか</div>
<div>・日本が取りうる選択肢とは</div>
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<div>■　消費減税はどのくらい国民生活を楽にするのか</div>
<div>神保：　今日は2月27日、第1299回目のマル激となります。先日の選挙については色々な面から考えなければならないことがあると思いますが、316議席を持った高市政権の下での国会が始まりました。当面の一番大きな争点は、選挙期間中に公約をした消費税減税と、「責任ある積極財政」です。</div>
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<div>　消費減税については、特定の政党の議員しか集まらない「国民会議」が開かれるということです。国会には税金の話をするために財政金融委員会などもあるので、本来は国会でやってほしいと思うのですが。野党で「国民会議」に参加しているのは今のところチームみらいだけです。「やってる感」を出す演出には苦労しているようですが、同時に強く意識しています。</div>
<div>皆、政治のことをちゃんと見ているわけではないので、高市さんはよくやっていると思ってしまいますが、残念ながら既存のメディアの力は地に落ち、お金とアルゴリズムでどうにでもできるSNSが支配的な地位になってしまいました。</div>
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<div>　もし消費減税が実現するのであれば自民党案になると思いますが、これは2年間食品に限り消費税をゼロにするというものです。選挙公約として出した案ということで、勝った以上はやらないわけにはいかなくなっています。消費減税に関しては、チームみらい以外は何らかの形で謳っていて、大きく分けると「食料品0％」、「一律5％」、「消費税廃止」というところになります。自民と維新だけでも議席の4分の3を持っているという状況なので、彼らが主張している食料品0％になるとみられ、その場合には約5兆円の減収になります。</div>
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<div>　そもそも本当にできるのかということは考えなければなりませんが、これをやることがどれだけ物価対策としての実効性があるのかという点も見なければいけません。もともと消費減税を主張しているれいわなどの主張は、税金を下げれば人々の生活が楽になると同時に、もっとお金を使うようになるから経済効果を生み、一時的に借金をしても回り回って返ってくるというものです。本当に経済効果があるのかどうか、もしあるとしたらどれくらいあるのかということを考える必要があります。</div>
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<div>　また、それによって発生する減収分については借金を出さずに対応すると言っているので、どうやってやるのかという問題があります。5兆円の減収とありますが、そのうち3.2兆円くらいは国庫に入るお金が入らなくなるということです。また地方に回っている分の1.8兆円も入らなくなります。地方の方が国民生活に密接に関わる公共サービスを提供している場合があるので、下手をするとそちらの方がわれわれの実感としてはるかに大きな影響が出る可能性もあります。数字の話だけでなく、実際にどうなるのかということも含めて見ていきたいと思います。</div>
<div>ゲストは第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生さんです。</div>
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<div>熊野：　私を含めて皆、増税は嫌なのですが、それには表と裏があり、使われ方が良いか悪いかという議論をしなければなりません。しかしそういう議論はゼロでした。チームみらいもそういう話は全くしていませんでした。社会保障財源として消費税以外に何を使うのでしょうか。5兆円の穴が開いたら、その5兆円は円安で儲かっている外為特会を引っ張ってくるのかもしれませんが、そういう話ではありません。医療、福祉、介護、子育ての安定財源をどうやって持ってくるのかということです。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2228928">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[権丈善一氏：「社会保障は重すぎる」は本当か]]></title>
                <description><![CDATA[<p>マル激！メールマガジン　2026年2月25日号
（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）
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マル激トーク・オン・ディマンド （第1298回）
通念を疑うことが政治の暴走に歯止めをかける 
「社会保障は重すぎる」は本当か
ゲスト：権丈善一氏（慶應義塾大学商学部教授）
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
　2月20日の施政方針演説で高市首相は、「社会保障と税」をテーマに国民会議を立ち上げ、国民的議論を行う考えを示した。制度の持続可能性が問われる中での議論の場づくりは一見、前向きに映る。しかし、そこでどのような前提や認識が共有されるのかによって、議論の方向性は大きく左右される。結論ありきの会議にならないかは、十分に注視する必要があるだろう。
　近年の選挙戦や政策論争では、「手取りを増やす」「年収の壁を壊す」といった、わかりやすく拡散力の高い言葉が躍り、やたらと社会保障の負担感が強調されてきた。しかし、果たして日本の社会保障は本当に過重なのだろうか。
　社会保障を専門とする慶應義塾大学商学部教授の権丈善一氏は、現在広く流布している社会保障をめぐる言説の多くが、「事実というより通念」だと指摘する。つまり、事実とは異なるということだ。
　象徴的なのが、高齢者を支える現役世代の負担を説明する際によく使われる比喩だ。かつては6人で1人の高齢者を支える「おみこし型」、次に3人で1人を支える「騎馬戦型」、将来は1人で1人を支える「肩車型」になると説明されてきた。しかし権丈氏によれば、実際に「就業者1人が何人の非就業者を支えているか」を示す就業者ベースの比率は、過去も現在もおおむね1対1であり、将来も大きく変わらないという。背景には、女性の就業拡大や高齢者の就労増加がある。
　税と社会保険料を合わせた国民負担率、あるいは社会保障給付の対GDP比で見ても、日本はOECD諸国の中で中位に位置している。決して日本だけが突出して社会保障負担が大きいわけではない。それにもかかわらず、国内では社会保障が若者を苦しめているというイメージが独り歩きしている。
　権丈氏は、「広く受け入れられているもっともらしい話が、必ずしも正しいとは限らない」と警鐘を鳴らす。特に懸念するのが、通念が若い世代にもたらす年金不信だ。
　一般には「今の若者は将来、年金をほとんどもらえない」と語られがちだ。しかし社会保障審議会年金部会の分布推計によれば、現在20歳の人が65歳になったときの給付額は、現在65歳の人が受け取っている平均年金額よりも大きくなる可能性が高い。厚生年金への加入期間が長くなる人が増えれば、給付水準も相応に高まるからだ。
　それでも「年金は破綻する」「若者は損をする」という事実とは異なる誤った通念が広がり続ければ、制度への信頼は損なわれ、結果として制度そのものを弱体化させる政治的圧力につながりかねない。また、その不安が年金不払いなどを引き起こせば、それが原因で年金制度が本当に破綻してしまいかねない。
　権丈氏は、経済学者ジョン・K・ガルブレイスが指摘した「通念（conventional wisdom）」の概念を引きながら、社会で広く受け入れられている「常識」の危うさを説く。通念は、人気を集め、聴衆の賛同を得ることで強化される。しかし、それが事実と乖離していれば、誤った認識に基づく政策決定が行われ、長期的に社会に深刻な影響を及ぼす。
　社会保障をコストとしてのみ捉え、負担削減の対象とみなす議論が強まれば、再分配や生活保障といった本来の機能が見失われる。その結果、かえって格差が拡大し社会的分断が進んでしまう。
　4月から徴収が始まる子ども・子育て支援制度、今後検討される給付付き税額控除など、社会保障をめぐる制度設計は大きな転換点を迎えている。私たちは、それらを「負担増」としてのみ捉えてはいないか。政治やメディアの言説によって、事実が単純化・歪曲されてはいないか。
　社会保障の機能と現実、通念に支配された政治の危うさなどについて、権丈善一氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
　また番組冒頭では、捜査機関が証拠を捏造することは考えられないとの理由から、冤罪の疑いが濃厚となっている飯塚事件の再審請求を福岡高裁が却下したことの問題点を取り上げた。

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今週の論点
・私たちが信じきっている社会保障の「通念」
・「若い世代は年金をもらえない」という通念を疑う
・ポストトゥルースポリティクスの時代
・子育て支援は何のためにあるのか
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■　私たちが信じきっている社会保障の「通念」
迫田：　今日は「社会保障の通念を斬る」といった内容の番組をやりたいと思います。今日2月20日、高市首相による施政方針演説がありました。今回、通常国会が冒頭解散され異例の選挙が行われましたが、選挙中は繰り返し社会保障の問題や物価高が言われていました。施政方針演説では国民会議を設けるという話がありました。

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＜映像＞　2026年2月20日　施政方針演説
高市首相：　手取りの増加に向けた対策も講じます。いわゆる103万円の壁について、働き控えの解消と手取り増加の観点から、178万円に引き上げます。税・社会保険料負担や物価高に苦しむ中所得・低所得の方々の負担を減らすため、給付付き税額控除の制度設計を含めた社会保障と税の一体改革について、超党派で構成される「国民会議」において検討を進め、結論を得ます。

人口減少・少子高齢化においては、社会保障制度における給付と負担の在り方や所得再分配機能について、国民的議論が必要です。国民会議において、与野党の垣根を越え、有識者の叡智も集めて議論し、結論を得ていきます。
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迫田：　「国民会議を設ける」という話が2回出てきています。1つ目は超党派で構成される国民会議において給付付き税額控除を含め、社会保障と税の一体改革を議論すると言っていて、国会議員だけでやるような雰囲気です。もう1つは給付と負担のあり方について与野党の垣根を超え、有識者の叡智も集めてやると言っています。これが同じものなのかどうかは分かりません。1つ目の超党派でやると言っているものは国会でやっても良いのではないかと思えるような議論です。

宮台：　専門家を呼びたくないのかなと思ってしまいます。専門家で議論してある種の合理性を貫徹するという形では結論が出せないので、国会議員たちが超党派で議論して合意したという正当性を調達したがっていると推定できます。

迫田：　その超党派も全党派なのかどうかは分かりませんし、それならば国会で議論しても良いのではないかという意見もあります。

宮台：　国会議員は何の専門性もなく、彼らが議論しても意味がないのでやめた方が良いと思います。　</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2228605</link>
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                <pubDate>Wed, 25 Feb 2026 20:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>マル激！メールマガジン　2026年2月25日号</div>
<div>（発行者：ビデオニュース・ドットコム　https://www.videonews.com/ ）</div>
<div>―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――</div>
<div>マル激トーク・オン・ディマンド （第1298回）</div>
<div>通念を疑うことが政治の暴走に歯止めをかける </div>
<div>「社会保障は重すぎる」は本当か</div>
<div>ゲスト：権丈善一氏（慶應義塾大学商学部教授）</div>
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<div>　2月20日の施政方針演説で高市首相は、「社会保障と税」をテーマに国民会議を立ち上げ、国民的議論を行う考えを示した。制度の持続可能性が問われる中での議論の場づくりは一見、前向きに映る。しかし、そこでどのような前提や認識が共有されるのかによって、議論の方向性は大きく左右される。結論ありきの会議にならないかは、十分に注視する必要があるだろう。</div>
<div>　近年の選挙戦や政策論争では、「手取りを増やす」「年収の壁を壊す」といった、わかりやすく拡散力の高い言葉が躍り、やたらと社会保障の負担感が強調されてきた。しかし、果たして日本の社会保障は本当に過重なのだろうか。</div>
<div>　社会保障を専門とする慶應義塾大学商学部教授の権丈善一氏は、現在広く流布している社会保障をめぐる言説の多くが、「事実というより通念」だと指摘する。つまり、事実とは異なるということだ。</div>
<div>　象徴的なのが、高齢者を支える現役世代の負担を説明する際によく使われる比喩だ。かつては6人で1人の高齢者を支える「おみこし型」、次に3人で1人を支える「騎馬戦型」、将来は1人で1人を支える「肩車型」になると説明されてきた。しかし権丈氏によれば、実際に「就業者1人が何人の非就業者を支えているか」を示す就業者ベースの比率は、過去も現在もおおむね1対1であり、将来も大きく変わらないという。背景には、女性の就業拡大や高齢者の就労増加がある。</div>
<div>　税と社会保険料を合わせた国民負担率、あるいは社会保障給付の対GDP比で見ても、日本はOECD諸国の中で中位に位置している。決して日本だけが突出して社会保障負担が大きいわけではない。それにもかかわらず、国内では社会保障が若者を苦しめているというイメージが独り歩きしている。</div>
<div>　権丈氏は、「広く受け入れられているもっともらしい話が、必ずしも正しいとは限らない」と警鐘を鳴らす。特に懸念するのが、通念が若い世代にもたらす年金不信だ。</div>
<div>　一般には「今の若者は将来、年金をほとんどもらえない」と語られがちだ。しかし社会保障審議会年金部会の分布推計によれば、現在20歳の人が65歳になったときの給付額は、現在65歳の人が受け取っている平均年金額よりも大きくなる可能性が高い。厚生年金への加入期間が長くなる人が増えれば、給付水準も相応に高まるからだ。</div>
<div>　それでも「年金は破綻する」「若者は損をする」という事実とは異なる誤った通念が広がり続ければ、制度への信頼は損なわれ、結果として制度そのものを弱体化させる政治的圧力につながりかねない。また、その不安が年金不払いなどを引き起こせば、それが原因で年金制度が本当に破綻してしまいかねない。</div>
<div>　権丈氏は、経済学者ジョン・K・ガルブレイスが指摘した「通念（conventional wisdom）」の概念を引きながら、社会で広く受け入れられている「常識」の危うさを説く。通念は、人気を集め、聴衆の賛同を得ることで強化される。しかし、それが事実と乖離していれば、誤った認識に基づく政策決定が行われ、長期的に社会に深刻な影響を及ぼす。</div>
<div>　社会保障をコストとしてのみ捉え、負担削減の対象とみなす議論が強まれば、再分配や生活保障といった本来の機能が見失われる。その結果、かえって格差が拡大し社会的分断が進んでしまう。</div>
<div>　4月から徴収が始まる子ども・子育て支援制度、今後検討される給付付き税額控除など、社会保障をめぐる制度設計は大きな転換点を迎えている。私たちは、それらを「負担増」としてのみ捉えてはいないか。政治やメディアの言説によって、事実が単純化・歪曲されてはいないか。</div>
<div>　社会保障の機能と現実、通念に支配された政治の危うさなどについて、権丈善一氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。</div>
<div>　また番組冒頭では、捜査機関が証拠を捏造することは考えられないとの理由から、冤罪の疑いが濃厚となっている飯塚事件の再審請求を福岡高裁が却下したことの問題点を取り上げた。</div>
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<div>今週の論点</div>
<div>・私たちが信じきっている社会保障の「通念」</div>
<div>・「若い世代は年金をもらえない」という通念を疑う</div>
<div>・ポストトゥルースポリティクスの時代</div>
<div>・子育て支援は何のためにあるのか</div>
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<div>■　私たちが信じきっている社会保障の「通念」</div>
<div>迫田：　今日は「社会保障の通念を斬る」といった内容の番組をやりたいと思います。今日2月20日、高市首相による施政方針演説がありました。今回、通常国会が冒頭解散され異例の選挙が行われましたが、選挙中は繰り返し社会保障の問題や物価高が言われていました。施政方針演説では国民会議を設けるという話がありました。</div>
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<div>＜映像＞　2026年2月20日　施政方針演説</div>
<div>高市首相：　手取りの増加に向けた対策も講じます。いわゆる103万円の壁について、働き控えの解消と手取り増加の観点から、178万円に引き上げます。税・社会保険料負担や物価高に苦しむ中所得・低所得の方々の負担を減らすため、給付付き税額控除の制度設計を含めた社会保障と税の一体改革について、超党派で構成される「国民会議」において検討を進め、結論を得ます。</div>
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<div>人口減少・少子高齢化においては、社会保障制度における給付と負担の在り方や所得再分配機能について、国民的議論が必要です。国民会議において、与野党の垣根を越え、有識者の叡智も集めて議論し、結論を得ていきます。</div>
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<div>迫田：　「国民会議を設ける」という話が2回出てきています。1つ目は超党派で構成される国民会議において給付付き税額控除を含め、社会保障と税の一体改革を議論すると言っていて、国会議員だけでやるような雰囲気です。もう1つは給付と負担のあり方について与野党の垣根を超え、有識者の叡智も集めてやると言っています。これが同じものなのかどうかは分かりません。1つ目の超党派でやると言っているものは国会でやっても良いのではないかと思えるような議論です。</div>
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<div>宮台：　専門家を呼びたくないのかなと思ってしまいます。専門家で議論してある種の合理性を貫徹するという形では結論が出せないので、国会議員たちが超党派で議論して合意したという正当性を調達したがっていると推定できます。</div>
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<div>迫田：　その超党派も全党派なのかどうかは分かりませんし、それならば国会で議論しても良いのではないかという意見もあります。</div>
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<div>宮台：　国会議員は何の専門性もなく、彼らが議論しても意味がないのでやめた方が良いと思います。　</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/videonews/blomaga/ar2228605">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[神保哲生／宮台真司]]></dc:creator>
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