マル激!メールマガジン 2026年6月3日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1312回)
5金スペシャル映画特集
世界を救う前に「誰のためにどう生きるか」を考えてみる
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 月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は映画特集をお送りする。
 今回取り上げたのは次の3作品。いずれも、人は何に価値を見出して生きるべきなのかを問う秀作だ。
・『プロジェクト・へイル・メアリー』(2026)
・『サンキュー、チャック』(2026)
・『誰だって無価値な自分と闘っている』(2026)
 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、太陽光の減衰によって滅亡の危機にある地球を救うために駆り出された天才的な分子生物学者グレースが主人公。学界から追放され中学教師をしていたグレースは、人類を救うため、片道分の燃料だけを積んで宇宙に送り出される。旅の途中で、同じく母星を救おうとする異星人ロッキーと出会い、協力関係を築いていく。
 当初は人類を救うために行動していたグレースだが、ロッキーとの出会いによって、彼にとって大切なものが変わっていく。作品は、人類のためという大きな理念より、目の前にいるかけがえのない誰かの存在にこそ、人が命を懸ける価値があるのではないかと問いかける。
 『サンキュー、チャック』は、あらゆる災害に見舞われ滅亡の危機にある地球で、「ありがとう、チャック」という謎の広告があちこちに現れるところから始まる。そのチャックとは一見どこにでもいる普通の会計士だ。しかし映画は、そんな平凡な1人の人間の人生がいかに価値あるものかを描き出していく。限られた人生の中で、人や社会にどう評価されるかではなく、「どう生きるか」を選び取ろうとするチャックが、生の喜びを解き放つように踊り出すシーンは圧巻だ。その生は終わりへ向かうからこそ、いっそう鮮やかに輝きを放つ。
 韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』では、映画監督を目指して20年間デビューできないファン・ドンマンが自身の無価値さと必死に闘う。ドンマンを疎ましく思う周囲の映画監督仲間たちもまた、それぞれ複雑な感情や劣等感を抱えている。中には、ドンマンが監督デビューを果たせば自分が最下層に転落してしまうのではないかと恐れ、現状に安心している者さえいる。他人との比較や序列の中で価値を証明しようともがいていた人々が、最終的には自分自身の価値と向き合うことになる。
 ファン・ドンマンやプロデューサーのピョン・ウナは、感情が表示される「感情ウォッチ」という特殊な機械を身に着けている。「不安」「羞恥」「嫉妬」などネガティブな感情は人間関係の軋轢や社会的な立場への不安から生まれる。一方で「安心」などのポジティブな感情は、社会的な成功とは関係なく、誰かに受け入れられ、愛されていると感じたときに現れる。どんなに社会的な成功を収めてもそれだけで人は満たされるわけではないことも作品は示している。
 この社会では「みんなのために頑張れ」「評価されて上に行け」と言われ続ける。しかし、3作品が描くのは、そのゲームの空しさだ。本当に価値があるのは世間の評価でも社会的地位でもなく、たった1人の他者との関係で、「この人のためなら命を懸けられる」と思える存在がいるかどうかなのではないかを、この3作品は問うている。
 3つの作品を題材に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・『プロジェクト・へイル・メアリー』が突きつける、実は誰も人類の未来に関心がない現実
・『サンキュー、チャック』が問う、人生で最も価値あるものとは
・韓国ドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』に見る倫理の本質とは
・社会にとって有用な存在になること=幸せとは限らない
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■ 『プロジェクト・へイル・メアリー』が突きつける、実は誰も人類の未来に関心がない現実
神保: 今日は久しぶりの5金映画特集です。最近は映画といっても半分くらいはドラマを取り上げることが多くなっていますね。今回は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、『サンキュー、チャック』という映画2本と、『誰だって無価値な自分と闘っている』というドラマを取り上げます。

 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は公開されてから少し時間が経っているので上映館が少し減っているかもしれませんが、『サンキュー、チャック』は5月1日に公開されたばかりです。原題は「The Life of Chuck」です。もう1つは韓国ドラマです。

 「ヘイル・メアリー」という言葉について、メアリーは聖母マリアのことで、辞書では「神頼み」のような意味で説明されています。もちろん最後の望みを託すという意味なのですが、アメリカで最も一般的に使われているのはアメリカンフットボールの文脈です。最後のプレーでタッチダウンになれば逆転、そうでなければ負けという場面で、ワイドレシーバーを全員エンドゾーンに入れ、とにかくその辺りにボールを投げ込みます。そうすればもしかしたら取るかもしれないという最後の一手という意味で、ヘイル・メアリー・プレーと呼ばれています。

 映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、地球の生存をかけた最後の望みのプロジェクトの話です。トレーラーではロッキーの姿を簡単に出してしまうことに驚きました。

宮台: 岩石星人ですね。

神保: これは現代版あるいは未来版の『走れメロス』のような気がします。宮台さんはなぜこの映画を選んだのですか。

宮台: この作品は社会に関わる実存をかなり的確に批評していると思います。批評というのはクリティシズムであり、クリティサイズとはクライシス、つまり危機に落とすということです。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はアヴェ・マリアのような話です。これは神頼みというよりも「ああ女神様」、「ああマリア様」という祈りのようなものです。

 今日取り上げる3本の作品には共通する部分があります。難しい言葉で言うと、「皆のために死ねる」という「共同幻想」はまやかしで、「あなたのために死ねる」という「対幻想」だけが真実であるということです。これは吉本隆明が1968年の『共同幻想論』で述べたことを非常に忠実に物語化していると言えます。