塩川伸明氏:この戦争がなかなか終わらないロシアとウクライナの国内政治事情
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マル激!メールマガジン 2023年3月1日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1142回)
この戦争がなかなか終わらないロシアとウクライナの国内政治事情
ゲスト:塩川伸明氏(東京大学名誉教授)
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ロシアがウクライナへの侵攻を開始してからこの2月24日で1年となる。
ロシア軍の一方的な侵略によって始まった今回のこの戦争は、ロシアによる侵略戦争であり、ウクライナは自国防衛のための戦争を戦っていることは明らかだ。しかし一度戦端が開かれれば、当事国内にさまざまな政治的事情があるため、停戦や和平の実現は容易ではない。そして戦闘が続く限り、多大な犠牲が出る。
特に国土が戦場と化しているウクライナでは、民間人の犠牲者が増え続け、国土の荒廃も進むなど、市民は多大な犠牲を強いられることになる。どうすればこの不毛な戦争を終わらせることができるのか、ロシア近現代史が専門の塩川伸明東京大学名誉教授に聞いた。
今回のロシアによるウクライナ侵攻の背景に、NATOの東方への拡大やウクライナの西側への傾倒などがあることは広く指摘されてきたが、塩川氏はそれと同時にロシアの国内事情、とりわけプーチン大統領のロシア国内における政治的な立場も大きく関係していると指摘する。
1991年にソビエト連邦が解体され共産党支配から解放されたロシアは、国土の相当部分を失うとともに、国内政治は混乱の度合いを極めた。ロシアは先進主要国首脳会議(サミット)にも招かれるようになり1998年以降はG7をG8に名称変更するなど一定の待遇は得ていたが、その間、王政時代からソ連時代を通じてロシア人の精神構造に深く組み込まれていた「大国意識」は、ずたずたに踏みにじられていた。
エリツィン大統領の下での混乱と屈辱の時代を経て、平和と安定をもたらすことを期待されて2000年に大統領の座についたプーチンも、当初は西側と友好的な関係を築こうとしていた。
しかし、旧東欧圏の国々やバルト三国が相次いでNATOに加盟したほか、ロシアにとっては同盟国だったセルビアに、ロシアに何の相談もなくNATO軍が空爆を行ったり、同じくロシアが権益を持っていたイラクにアメリカが侵攻し一方的にレジームチェンジを行うなど、西側クラブの中で自分たちがことごとく軽視されているという思いや挫折感、屈辱感などを多くのロシア人が抱くようになっていったという。
その一方で、ウクライナ侵攻の前、プーチンは年金改革の不人気などが理由で、国内の支持率は低迷していた。実はプーチンは2014年のクリミア侵攻前、支持率がかなり低下していた時期があったが、ロシア系住民が多数派を占めるクリミアを併合し同じくロシア系住民が多いドンバス地域に軍事介入をすると、プーチン支持が一気に高騰するという成功体験を持っていた。塩川氏は今回のウクライナへの軍事侵攻も、支持率の回復を狙う側面があっただろうと指摘する。
しかし、塩川氏によると、自身が院政を敷く上で適当な後継者が見つからず、自身の高齢や健康問題などが取り沙汰される中、プーチンは明らかに判断力が鈍っていた。そのため一旦あのような戦争を始めたら簡単には出口が見つからなくなることまで十分に考えられていなかった可能性がある。
今回のウクライナ侵攻が、ロシアで独裁的な権力をほしいままにするプーチン個人の暴走に依るところが多いことは間違いない。しかし、そのような無謀な戦争を圧倒的多数のロシア人が支持し、侵攻後プーチンの支持率も一気に上昇していることが、独立系の世論調査機関の調査でも明らかになっている点は見逃すことができない。
ロシア国内の情報統制や反対派による政治活動の弾圧などがあったとはいえ、ロシア人、とりわけ1990年以前のアメリカと肩を並べる超大国時代のロシアを知っている世代のロシア人の多くが、その後ロシアが大国の座を追われ、アメリカを始めとする西側諸国から二等国扱いを受けるなどの屈辱を味わってきたことに対する挫折感という共通感情があり、かつては自分たちの子分格だったウクライナがロシアに背を向けて西側の仲間入りを指向していることもまた、その挫折感を逆なでしているというのだ。
その一方で、塩川氏はすべてのロシア国民が今回の戦争を積極的に支持しているわけではないと言う。今日のロシアでは表立って政府に反対するのは難しいが、それでも熱烈な挙国一致という雰囲気ではない。マイダン革命後にロシア系住民を保護するという名目で介入したクリミア併合は広くロシア人に支持されたが、もともと同胞であるはずのウクライナと戦火を交えることに対しては、ロシア人は複雑な感情を抱いているのが実情のようだ。
一方的に侵略を受けたウクライナとしては、西側諸国からの支援が続く限り防衛戦争を戦うしかないし、西側諸国としてはウクライナを見捨て、ロシアによるあからさまな侵略を指を咥えて見ているわけにはいかない。
しかし、その一方で、核大国のロシアをギリギリのところまで追い込み、核戦争や第三次世界大戦まで戦火を拡大することも避けなければならない。その意味で、残念ながらこの戦争の出口の鍵は多分にロシアが握っていることは否定できない。
まずはこの戦争を長期化させている両国の国内事情、とりわけ政治状況がどうなっているかを確認した上で、どのような終わり方が考えられるのかなどについて、塩川教授とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・ロシアの大国意識と被害者意識
・急進ナショナリズムに転換したゼレンスキー政権のウクライナ
・どんな出口がありうるのか
・われわれが得るべき教訓とは
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■ ロシアの大国意識と被害者意識
神保: 今日は2023年2月23日、第1142回目のマル激です。明日でロシアによるウクライナ侵攻から一年となります。ゲストは東京大学名誉教授で、ロシア・旧ソ連の近現代史がご専門の塩川伸明さんです。早速ですが、この戦争が一年も続き、今のようなこう着状態になっていることをロシアの専門家として予想されていましたか。
塩川: 私はいつも先のことは分からないと言う主義ですが、一旦始まってしまえばそう簡単には収まらないだろうという気はしていました。具体的にどうなるかということについては全然分かりようがないので、この一年間はあれよあれよという思いで見守っていたという感じですね。
神保: 報道では今の戦況やウクライナの市民生活について取り上げられることが多いのですが、今日伺いたいのは、ロシアとウクライナの国内政治の状況といった、この戦争が終わらない背景です。プーチンに対する姿勢やウクライナ戦争に対する姿勢、あるいは西側に対する姿勢など、一年経ってロシアの国内はどうなっているのでしょうか。
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