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兎月竜之介のブロマガ

【小説】殺人鬼・結月ゆかりの日常【ゆかマキ】

2014/12/28 02:41 投稿

コメント:4

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・引きこもりの大学生・結月ゆかり。
 彼女の幼なじみ・弦巻マキ。
 無差別連続殺人事件の続く街で、二人が送る日常とは……。

 ――――――――

 私は座椅子に体を沈み込ませ、こたつ兼テーブルに両足を突っ込んでいる。
 それで何をするのかといったら、手製のノートパソコンで実況動画を見ていた。

 見ているのは大人気実況者のゲーム実況動画だ。誰もが知っている超有名ゲームを軽快にしゃべりながらプレイしている。シリーズ累計の再生数は一千万を軽く超えて、動画をアップロードした実況者は雑誌でも取り上げられるような有名人になった。

 それに比べて、私がアップロードしたゲーム実況動画はどうだ?
 マイリストをクリックして動画の再生数を確かめる。

 ゲーム実況動画は二年の活動で二十本以上アップロードしてきたが……どれも再生数は二桁くらいで、一番見られているものでも数百再生で止まっていた。実況しているゲームも旬や話題性を重視しており、それでいて私自身もちゃんとプレイを楽しんでいた。

 流れてくるコメントも酷いものである。
 なんだ女か。何番煎じだよ。新しい声素材かな?
 そんな味気ない言葉が二つ、三つほど書き込まれているだけなのだ。

「私の動画と有名実況者の動画と……なぁにが違うんですかっ!!」

 大声で叫びながら、座椅子の背もたれごと後ろに倒れる。
 それから、手元にあったクッションをバシバシと叩いた。
 運動していないのですぐに疲れる。

「本当は分かってますよ、私だって……」

 声は聞き取りづらいし、実況はたどたどしいし、動画編集は下手だし……ブレイクする要素は一つもない。視聴者に媚びたところもなければ、積極的な宣伝活動もしていない。心に残るものが何もないのだ。

 壁際のスタンドミラーに先月二十歳になった私の姿が映っている。
 外出する予定もないから完全ノーメイクだし、当然のようにスキンケアもしていない。
 体毛の薄さがせめてもの救いで、手入れする手間が省けている。

 伸びっぱなしの髪は立っても地面に着きそうだ。あまりにもうっとうしいので、前髪はヘアピンで留めて、後ろ髪はシュシュで緩く二つにまとめている。薄紫色のジャージは一週間前から着ているものだが……まあ、外出してないから平気だ。

 それから、両手にはぴっちりと貼り付くような黒手袋を填めている。サテン生地なので表面がサラサラだ。キーボードはべたつかないし、パソコンのモニターも拭けたりして結構重宝している。高校生のときからの愛用品だ。

 私はむっくりと起きあがって、再生数が伸びない実況動画という現実と向き合った。
 で、動画の上に表示される広告が目に止まる。
 そこには『無差別連続殺人事件、これで二十三件目!』と書かれていた。

 すぐさま、私は広告を非表示設定にする。
 それは私の住んでいる街で起こっている事件だった。二十三件だなんてとんでもない話であるが、それだけ繰り返されると簡単には驚けなくなる。でも、恐怖心は雪が少しずつ降り積もるようにして、私たち一般市民の間で成長していった。

「……これだから外の世界はおっかないですね」

 殺人鬼が出没する街に出かけるくらいなら、私はアパートで実況動画を編集する!
 今日も楽しい引きこもり生活の始まり――

 ピンポーン!

 部屋のインターフォンが鳴った。
 それから、三三七拍子のリズムでインターフォンが連打される。
 こんなことする人間、私は一人しか知らない。

「はいはい、今すぐ出ますよ」

 私はのっそりと立ち上がる。
 ワンルームのアパートなので、こたつから玄関までは数歩しか離れてない。
 玄関のドアを開けると、真っ先にとてつもない母性の固まりが視界に飛び込んできた。

「オッス、ゆかりちゃん。また引き籠もって動画を作ってるの?」
「こんにちは、マキさん。私の創作活動を邪魔しに来たんですね?」

 弦巻マキ、それが来訪者の名前である。
 彼女は私の幼なじみで、同じ高校を卒業して、同じ国立大学に進学した間柄だ。

 背中まで伸ばした金髪は、大学進学の際に染めたものである。高校までは黒髪眼鏡の地味子だったのに思い切ったものだ。音楽大好きの彼女らしくヘッドホンを首に引っかけている。服装は真っ赤なパーカーにダサいシャツ。デニム生地のホットパンツとニーソックスが太ももに食い込んでいる。彼女は大変に発育がよろしいので、着ているシャツは胸元が目一杯に引き延ばされていた。

 シャツをよく見てみると、そこには『I AM SEX MONSTER!』とポップな字体で書かれていた。彼女がいくらロックな女でも、そんな恥ずかしいシャツを着るとは思えない。おそらくはデザインだけを見て選んだのだろう。

 あとで人目があるときに教えてみようかな?
 彼女の恥ずかしがる姿が目に浮かぶ。

「……ゆかりちゃんの部屋は相変わらず汚いね」

 マキさんがあからさまに顔をしかめた。
 それもそのはずで、私の部屋は文字通りに足の踏み場がない。

 購入した漫画や雑誌や同人誌、声優のCD、ゲーム機や実況機材で床一面が埋め尽くされている。収納はとっくにパンクしてしまい、半開きのクローゼットからは十八禁ゲームの箱が大量に顔を覗かせていた。
 テーブルの周りにはインスタント食品の容器。流し台には水に浸した食器類。窓際には先週から干したままのタオルが吊してある。まともに整理整頓されているのは、フィギュア類が飾ってある棚の上だけだ。

「女の一人暮らしなんて結構汚いものですよ」
「あ、それにゆかりちゃん……もしかしてノーブラじゃない?」

 マキさんが私の胸を指差した。

「ジャージの上から分かるとか、マキさん、どれだけ先端を観察してるんですか?」
「先端だけ観察してるわけじゃないってば!」
「マキさんと違ってスレンダーですから、私にはブラジャーなんて飾りなんですよ」

 私は歴とした二十歳の大学生であるが、憎らしいことに高校生や、あまつさえ中学生に間違えられることもある。童顔であることや、背が低いことは、まあ我慢できる。でも、胸がないせいで勘違いされるのは心外だ。

「それはそうとして、また引き籠もってるわけ?」

 マキさんが雑誌類を退かして、埋もれていたクッションに腰を下ろした。
 彼女と向かい合うように、私は定位置の座椅子に再び座る。
 こたつの中で両足を伸ばすと、正座しているマキさんの膝に足裏が当たった。

「私には大人気実況者になって、美少女声優さんとキャッキャウフフするんです」
「夢がよこしますぎる……」
「そのうち百万再生くらい簡単に叩き出してやりますよ」

 私の意気込みとは対照的で、マキさんが向けてくる視線は冷たい。

「大学は? 講義、全然出てないよね?」
「講義になんて出てたら、動画を編集する時間がなくなっちゃいますよ」
「それでもさぁ……せめて、たまには外出くらいしようよ?」
「外出してますよ。コンビニとか深夜営業のスーパーとか」
「そうじゃなくて、遊びに出かけてお散歩するんだよ。歩かないと健康に悪いから」

 私は乾いた笑い声を漏らした。

「外出が必要なのはマキさんの方じゃないですか? お腹ぷよぷよですよ」
「悪かったな、ぷよぷよで!」

 マキさんが前のめりの姿勢になって、万年ぷよぷよのお腹を隠した。
 テーブルに彼女の巨乳がドンッと載せられる。
 なんですか、それは? 私のことを挑発してるんですか?

「それに……外の世界はおっかないところですよ」
「どうして?」
「殺人鬼が出るかもしれませんよ。やだなぁ、怖いなぁ……」
「まだ昼の二時だよ? カーテン閉めきってるせいで分からないけど」

 私はノートパソコンにあごを載せてふくれてみせる。
 すると、マキさんが私の頬を人差し指でツンツンしてきた。
 私は釣り上げられたフグか!

「幼なじみが誘いに来たんだから付き合ってよ。午後、休講なんだよね」
「……気乗りしないですが、仕方ないですね」

 マキさんにとっては貴重な平日休みである。
 たまには親友の頼みを聞いても罰は当たらないかもしれない。
 動画製作にも行き詰まっていたところだし、ここは彼女の話に乗ってみるか……。

「近場じゃないと嫌ですよ?」

 私は愛着しているニット帽に手を伸ばした。

 ×

「……で、行き先が駅ビルのアニメイトですか」

 借りているアパートから徒歩十五分。
 私とマキさんは最寄りの駅ビルに来ていた。

 アニメイトは七階建ての最上階にある。北関東では貴重な大手オタクショップで、この店舗は手狭ながら気の利いた商品が揃っていた。私とマキさんは小学生の頃から通い詰めているので、間違いなく店員に顔を覚えられているだろう。
 万引き防止のゲートを抜けると、すぐそこにはアニメ化された注目作品が山積みになっていた。私たちと同じ暇な大学生がそれらをチェックしている。私とマキさんは一旦迂回して、音楽CDの棚に向かった。

「ゆかりちゃん、他の場所に行きたがらないじゃん……あ、ほら。初音ミクだよ」

 マキさんが指差した棚は一面が初音ミク関連のCDで一杯である。
 色鮮やかなボーカロイドたちが笑顔で陳列されていた。

「初音ミクがなんぼのもんですか。そのうち、私の声を使ったボーカロイドを売り出して、大ブームを引き起こしてやりますよ。私も『中の人』として大ブレークします。ふふふ、私のボーカロイドがあれこれされるエロ同人誌とか出ちゃったりして……」

 マキさんが微妙そうな顔をする。

「え、それ、嬉しいの? 自分が変なことされてる気分にならない?」
「それは……どうでしょうね。声優さんたちはどんな気持ちなのか……」

 私はキャラソンの棚から気になるものをいくつか選んだ。
 パッケージを眺めながら、購入するかどうかを検討する。

「ゆかりちゃん、その手袋いつもしてるよね……中二病?」

 マキさんが私の黒手袋をさわさわしてきた。

「普通は手袋を着けていたら、潔癖性なのかとか、乾燥肌なのかとか聞きますよね?」
「ゆかりちゃんの生活を見てたら、そんな疑問は思い浮かばないよ」
「……まあ、半分正解ってところですかね」

 私はキャラソンのCDを棚に戻した。

「商品に指紋が付かないですし、手汗が滲むこともないですし、結構便利なんですよ? それから、有名実況者になったときのキャラコンセプトとしても有効でしょうね。黒手袋ゆかり。どうですか、それっぽいでしょう?」
「うーん……なんか、ことごとくエロ同人っぽいよね。ローションとか似合いそう」
「そ、それもまたよしですね……」

 周囲の暇な大学生たちから視線を感じるのは気のせいだろうか?
 ええい、私のことをタダで見ないでください!
 今でこそ引き籠もりですけど、私は超有名実況者になる予定の女なんですよ!

 結局、実況者特集の掲載された雑誌だけ購入した。
 背負ったリュックサックに入れて持ち帰る。

 駅ビルから出ると灰色の空が広がっていた。
 そのうち雨でも降ってきそうな雰囲気である。

 大学進学を機に引っ越してから一年経過したが、ここは私の街だと自信を持って言うことができない。北関東の地方都市。人口は四十万人弱。新幹線が通っているため、観光地に向かうための玄関として使われている。でも、そんなデータがどうしたって感じだ。

 駅前通りには平日の昼間なのに高校生の姿が結構見られる。制服姿のやつもいれば、私服姿のやつもいるけれど、大体チャラくて関わりたくない感じだ。ニュースで報道されていた話だが、この街は県内の他都市に比べて少年犯罪が数倍多いらしい。

 私たちは若者で混み合っている駅前通りを歩いた。
 ロータリーから伸びる二車線に沿って、居酒屋やファーストフード店の詰まった雑居ビルが建ち並んでいる。そこかしこからビラ配りの声が聞こえて、煙草と排気ガスの混じった嫌な匂いがした。若者たちは縁石にしゃがみ込み、スマートフォンを熱心にいじっている。

 まあ、私たちも暇な若者たちなんだけど……。
 それにしても、この街の粗雑な雰囲気には慣れなかった。
 大学とアニメイトに近くなければ早々に引っ越していたところである。

「高校を堂々とサボるなんて、どういう神経をしてるんでしょうね?」
「そんなこと言って、ゆかりちゃんだってサボってたじゃん」
「私はちゃんと学校に電話を入れて仮病してましたよ」
「仮病じゃん!」

 マキさんが漫才のようにポンと手でツッコミを入れる。
 それさりげなくノーブラパイタッチなんですけど……。

「そうじゃなくて、漫画やアニメだと断りもなく学校をサボったり、勝手に早退したりするじゃないですか。私たちの学校でそんなことしたら、先生たちが大騒ぎして、授業がストップしちゃいますよね……というか、実際そうなりましたよね」
「そりゃあ、校庭に狸が出てくるような田舎ならそうなるよね。平和な証拠」
「平和なんかじゃありませんでしたって……」
「この街に比べたら平和だよ。だってさ、無差別殺人とか起こってるじゃん?」

 マキさんがうんざりした顔になっている。
 恐怖心も当然あるだろうが、それ以上に殺人事件の発生は恒例行事と化していた。
 不謹慎な話だけど、直接関係のない人間の認識はそんなものである。

 日本中で騒がれる無差別連続殺人事件は約二年前から起こり始めた。
 断続的に事件が続き、今月で二十三件を記録している。

 被害者は中学生から中年くらいまで、犯行時刻は日没後から深夜にかけて行われている。大抵は一人で襲われているが、あまり人気のないところでは体格の良い若者でも五、六人まとめて殺されることもあった。
 目撃者たちの証言は頼りにならない。犯人は男やら女やら、大人やら子供やら、なぜだか一致しないのである。他にも金銭を取るときと取らないときがあったり、犯行現場に犬や猫の死体が転がっていたり、不可解な点がいくつも見られた。ニュース番組やニュースサイトの情報だから、どこまで当てにできるか分からないけども。

「犯人、さっさと捕まらないかな……」
「マキさんも犯人には捕まって欲しいと思いますか?」
「そりゃそうだよ。やっぱり悪い人には捕まって欲しいし……」

 重々しい空気になってしまった。
 くぐもった声が聞こえてきたのはそんなときである。
 私は思わず立ち止まって、駅前通りから路地の方に振り返った。

「ゆかりちゃん、どうしたの?」

 マキさんに先ほどの声が聞こえなかったらしい。
 私が立ち止まったことに気づいて、彼女は道を引き返してきた。

 路地を覗き込むと、四人の男子高校生が並んで歩いている姿が見える。
 どうやら制服姿の一人が、私服姿の三人に連れ回されているらしい。先ほどのくぐもった声は、制服姿の子が一発腹を殴られたときのものだ。私に見られたことに気づいて、彼らは仲良しのフリをして立ち去ったのである。

 マキさんが殴られるところを見ていたら、とても心を痛めていたに違いない。
 思うところは色々あるが、今はそれだけが救いである。

「なんでもないですよ、マキさん」
「そ、そう? それならいいけど……」

 私たちはその場を立ち去った。
 その判断が良くなかった。

 ×

 私たちはそれから馴染みのゲームセンターで遊ぶことにした。
 細身の四階建てビルを使った店舗で、用事があるのはもっぱら最上階である。

 最初はマキさんに付き合ってUFOキャッチャーやリズムゲームを遊んだが、私の専門はなんといってもアイドルを踊らせてカードが出てくる類のやつだ。最上階にはお兄さんやお姉さんも安心して遊べるスペースが用意されている。

「ゆかりちゃん、その手のやつが本当に好きだよね」
「アニメも一期からちゃんと見てますよ!」
「……それで動画編集する時間が足らなくなってるんじゃないですか?」

 ひとしきり堪能したあと、私たちはゲームセンターをあとにした。
 夕暮れどころか日はすっかり落ちて、駅前通りは外灯と雑居ビルから漏れる光でチカチカしていた。ゲームに熱中していたせいで、時間をすっ飛ばされた思いである。それから、財布はスッカラカンになっていた。

 気分が悪くなったあとはゲームに熱中するに限る。
 そうでもしなければ昼間の光景が頭から離れない。

「うわっ……もう八時過ぎてるよ。私たち、どんだけゲームしてたの!?」

 マキさんが歩きながらスマホで時刻を確認している。
 駅前通りは大学生や会社帰りのサラリーマンでごった返していた。居酒屋やキャバクラの客引きも大勢いる。脇道に目を向けると、そこではネオンが怪しげに光っていた。男たちからいかがわしい視線を向けられていることにマキさんは気づいているのだろうか?

「道理で財布も軽いわけです」
「これから夕食なんだからしっかりしてよ。コンビニでお金おろしてくる?」
「私は帰ってカップラーメンでもいいですけど?」
「せめて宅飲みくらい提案してよ、ゆかりちゃん……」

 適当に歩いていたら、駅の改札前に来てしまった。
 大勢の人たちが改札をひっきりなしに出入りしている。彼らは数人の集団で固まると、快楽を求めて夜の街に消えていった。楽しそうな笑い声が洪水のように聞こえてくる。それは私にいつかの光景を思い出させた。

 誕生パーティーやクリスマスパーティーに呼ばれると、私は決まって憂鬱な気分になった。他の人たちみたいに盛り上がれず、喜ぶこともできず、何故か一人になりたくなるのだ。私と同じような悩みを持っている人はいないのだろうか?

「宅飲みするならさ、深夜営業してるスーパーを――」
「――あ、マキちゃんだ」

 駅前通りの方からマキさんを呼ぶ声が聞こえてくる。
 それから、人混みをかき分けるように三人の女子大生がやってきた。

 彼女らはマキさんが結成したバンドのメンバーたちである。
 写真は見せてもらったことがあったので、私も名前と顔だけは知っていた。

「あれ? みんな、どうしたの?」

 マキさんの表情がパッと明るくなる。
 バンド仲間たちが矢継ぎ早に言った。

「みんな、偶然集まっちゃったんだよね。マキちゃんも一緒に飲まない?」
「あ、そこの子も一緒にどうよ? 結月さんだよね。色々と聞いてるよ」
「いつものところでいいよね。焼きとんのお店でさ」

 三人の視線が私に注がれているのが分かる。
 でも、私は彼女らの顔をまともに見ることができなかった。
 真夏でもないのに、いつの間にか背中にじっとりと汗をかいている。

「私は……遠慮しておきますよ」

 喉の奥から出てきた声は掠れていた。
 マキさんが私の肩を揺すってくる。

「えっ? ゆかりちゃん、帰っちゃうの?」
「今日中に動画のアップロードをしなくちゃいけないんです。すみません」
「あ、ちょっと……」

 彼女の制止を振り切って、私は早足で人混みの中に紛れ込んだ。
 釈然としなさそうなマキさんたちの顔が目に浮かぶ。
 私は高架下沿いの道を通って、そのまま一直線に自宅のアパートを目指した。

 本当の都会とは違って、我らが街の高架下は全然賑わっていない。居酒屋やラーメン屋の店舗があるわけじゃなく、自転車置き場や資材置き場に使われているだけだ。駅前の盛り上がりが嘘のように人気が少なくなる。

 歩いているうちに頭も冷えてきた。
 私の胸の奥では自己嫌悪が渦巻いている。

 マキさんのバンド仲間には悪いことをしてしまった。居合わせちゃったから仕方なく誘うようなタイプの人たちじゃないことを、私はマキさんから話を聞かされて知っている。それにアップロードする動画がないことはマキさんにバレバレだ。

 自転車置き場を区切っている金網に手を掛ける。
 指でなぞると金網がキシキシと音を立てた。

 私にはマキさん以外の友達がいない。
 生まれてこの方、できたことがない。
 幼稚園児のときから、ずっとマキさんに構ってもらって生きてきた。小学校、中学校、高校……そして大学に進学してからも同じである。でも、たまに思うときがあるのだ。私みたいなやつが彼女の大切な時間を独占していいのだろうかと。

「……雨ですか」

 鼻の頭に冷たいものがぶつかってくる。
 私はニット帽を目深に被った。

 雨脚はすぐに強くなって、雨粒のコンクリートを叩く音がやかましくなってくる。駅前通りの喧噪は完全に消え失せて、時折、頭上を通る電車の音が聞こえてくるだけになった。まるでテレビに映る砂嵐のように雑音が何もかも不明瞭にしている。

 人気のない高架下を歩いていると、自分が都市の中心部にいることを忘れそうになった。
 無数の雑居ビルが小綺麗なだけの廃墟に見えてくる。

 コンクリートの濡れる匂いが鼻孔に広がっていた。
 でも、そこに何か鉄臭いような匂いが混じっている。

 ゴッ――

 近くから聞こえてくるボーリング玉が投げ落とされるような音。
 私は音のした方に振り返る。

 そこは高架下によくある資材置き場で、鉄骨やコンクリートブロックの類が山積みになっていた。迂回路を案内する立て看板や、小型のショベルカーなどが寂しそうに夜明けを待っている。周囲は高さ二メートル半の金網に囲まれていたが、出入り口の金網ドアは半開きのまま放置されていた。

 足下に壊れた南京錠が落ちている。
 ブルーシートの被せられた資材の陰に向かって複数の足跡が伸びていた。

 金網ドアを押し開けて、私は資材置き場の中に入った。
 ガシャガシャと音を立てても、それは雨音と電車の通過する音にかき消される。
 注意深く耳をそばだてていなければ、私の存在に気づくことはできない。
 相手が極度の興奮状態にあるならなおさらだ。

 資材置き場の陰にいたのは四人の男子高校生だった。
 私服姿の三人が、仰向けに倒れている制服姿の一人を囲んでいる。
 その組み合わせには見覚えがあった。
 数時間前、駅前で見かけた四人組……否、三人と一人である。

 私服姿の三人は引きつるような笑みを浮かべながら、倒れている制服姿の一人を無言で痛めつけていた。制服姿のやつは頭にビニル袋を二重に被せられており、私服姿の一人がスケートボードで頭を何度も叩いている。そのため、ビニル袋の中はトマトケチャップをぶちまけたように真っ赤で、折れた歯の欠片がビニルの表面に貼り付いていた。

 そんな光景を目の当たりにして、私は瞬間的に沸騰する。
 怖くて悲鳴を上げるのでもなく、動けなくなるのでもなく、全身が熱くなるのだ。
 頭のてっぺんからつま先まで、あらゆる汗腺が開いているのを感じる。
 こわばっていた筋肉が緩まり、温まって、今すぐにでも動かせる状態になっていた。

 制服姿のやつは先ほどからピクリとも動かない。
 私服姿の三人は不思議そうに、何度もそいつの体を痛めつけていた。
 スケートボードの車輪が壊れて弾け飛ぶ。

「もう死んでますよ、それ……」

 私は背後から声を掛ける。
 三人の若者たちが振り返って、やっと目撃者の存在を認識した。
 彼らが反射的に自分たちの顔を隠そうとする。
 そのとき、すでに私はそいつらに向かって距離を詰めていた。

 わずか五メートル。
 一秒にも満たない間。

 私は色々なことを考えていた。
 マキさんにも話したことがない私の秘密についてだ。

 彼女は田舎の学校は平和だ、都市部の方が危険だ……なんて言っていた。そんな風に思っている人は他にも大勢いるだろう。でも、田舎の学校にだって凶悪な犯罪はたくさんある。子猫が有刺鉄線で絞め殺されたり、クラスメイトを自殺に追い込んだやつが平気な顔で授業を受けていたり、病院長の息子が中学生を妊娠させてもなかったことにされたり、そんな吐き気のする下らないことがたくさんあるのだ。

 田舎も都会も変わらない。
 吐き気のするクズ人間は日本中、全世界、どこにでもいる。
 そんなやつらを見てしまうと、私はいつもカッなってしまうのだ。
 カッとなって殺してしまうのだ。

 私はジャージのポケットから、愛用のバタフライナイフを取り出した。
 手首のスナップを利かしてオープンする。
 そうして、両手で顔を隠している男子高校生改めクズ人間の喉を突いた。

 斜め下から鋭く突き上げて、ここでも手首のスナップを使って切り上げるのがコツだ。こうすると頸動脈を切断した瞬間、血液が斜め上に向かって吹き出すのである。返り血を浴びなくて済むし、何よりも一撃で相手を仕留められるから便利だ。

 こういうやつらって、きっと今までに同じことを何度も繰り返してきたのだろうな。
 警察の厄介になっても、これっぽっちも反省なんてしないのだろうな。
 人殺しをしたことだって、あとで武勇伝として自慢しちゃったりするんだろうな。

 吹き上がった血しぶきが、隣のクズ人間の顔に吹き付けられた。
 怯んだ隙を突いて、私は同じ手順で二人目を処理する。

 三人目は悲鳴を上げながら、私に背を向けて逃げようとした。三対一で袋だたきにしておきながら、自分が命の危険に陥ると逃げるだなんて虫が良すぎる。私は背後から飛びかかって、逆手に握ったバタフライナイフでそいつの首筋をかっさばいた。

 最後に殺したやつの血がブルーシートにじっとりと吹き付けられている。
 私はバタフライナイフに付着した血糊をそいつの服で拭った。

 それから、できたての死体からスマートフォンを探って取り上げる。
 救急車を呼んでも無駄なので、とりあえず一一○番に連絡しておいた。
 高架下で人が死んでますよ、と。

「外の世界は本当におっかないところですね……」

 私はスマートフォンを適当に投げ捨てた。
 それがパシャッと血溜まりの中に落ちる。

 これでも高校生のときまではそんな頻繁に殺さなかった。
 私は自宅と学校を行き来する普通の学生だった。目につくのは校内の事件が大半で、それらの元凶を全部処理していたら、クラス一つ分は確実に殺していたと思う。当然、私の正体も簡単にバレていたはずだ。
 その反動があったせいか、大学進学で都市部に引っ越して来てからは、カッとなる頻度も増えてきた。クズ人間が目につくことも増えた。私はそいつらを片っ端から処理しまくって、やりすぎて、そのうち部屋から出てくるのも嫌になって――

 ……そうだ。
 最近の数ヶ月、私は誰も殺していない。
 それなのに無差別連続殺人事件は続いている。

 私しか知らない。
 この街には殺人鬼が複数潜んでいるのだ。

「――ッ!?」

 背後に気配を感じて振り返る。
 極度の興奮状態で足音に気づけなかったのは私も同じらしい。
 バタフライナイフを右手で構えて、左手でジャージの襟を引っ張り上げた。

 懐中電灯の明かりがこちらに向けられる。
 資材の陰から出てきたのは、どこからどう見ても見回りの警官だった。

 年齢はまだ若い。交番勤務に回されたばかりといった雰囲気。
 彼は私と死体の間で視線を行ったり来たりさせている。
 半開きの口は何か言いたそうにぷるぷると震えていた。

「あ、あのですね?」

 私は気がつくと、顔を隠したまま言い訳を始めていた。

「私は無差別連続殺人鬼とは違いまして、まあ、確かに殺人はやってるんですけど、私の場合は誰でもいいってわけじゃなくて、そりゃあ正義の味方なんて大それたことを言うつもりもないですし、でも、街のゴミ掃除くらいにはなってるんじゃないかって――」

 あはは……。
 言い訳が通じるわけないですよね。

「さ、さよならっ!」
「あっ、待ちなさい――」

 私はきびすを返して殺人現場から逃げ出した。
 金網を一蹴りで乗り越えて、ざあざあ降りの大雨に飛び込む。
 全身ずぶ濡れになるのもお構いなしで、私はそのまま見回りの警官を振り切った。

 ×

 翌朝である。
 私は自宅のアパートで普段通りにノートパソコンに向かっていた。

 薄紫色のジャージは雨に濡れてしまったので、現在は半袖のシャツ一枚きりである。
 それから今になって気づいたことだが、シャツにはポップなロゴで『I LOVE DOGGY STYLE!』と書かれていた。替えのシャツが手に入ったら、こいつは早急に処分することにしよう。

 昨晩の殺人事件については、深夜のニュースで早速報道されていた。
 犯人は細身の若い女性であるといつになく強調されていた……というのも、今までは証言にバラつきがあったが、今回犯人を目撃したのは腐っても現職の警官である。必然的に一般人よりも信用された。

 これで一気に加熱したのがネット上のやりとりである。
 以前からまとめスレやら、まとめサイトやらは存在していたが、最近は事件が起こってもいまいち盛り上がらない状態が続いていた。ところが犯人が若い女性と分かった瞬間、ネット上のやりとりが始まったばかりのように……それ以上に湧き上がったのである。

 犯人がバタフライナイフを所持していたことから、殺人鬼には『バタフライガール』という通称が付けられた。バタフライガールのイメージイラストを描く人や、ファンサイトまで現れる始末である。殺人鬼はわずか一晩でネットアイドルと化していた。

 その一方、私がアップロードしたゲーム実況動画は相変わらず再生数が二桁である。
 殺人鬼の方は簡単に有名になったのに!
 でも、本気の本気でゲーム実況動画を作って、それが空振りに終わったら嫌だなぁ……。

 私は林檎果汁の缶チューハイをあおる。
 こたつ兼テーブルはアルコール類の空き缶が山積みになっていた。

 ピンポンピンポンピンポーン!

 やかましいインターフォンの音が聞こえてくる。
 座椅子からのっそりと立ち上がって、私は玄関のドアを開けに行った。

「ゆかりちゃん、昨日は大丈夫だった? ――って、さけくさっ!」
「飲まずにやってられませんよ」

 マキさんがこれ見よがしに自分の鼻を指で摘む。
 彼女は昨日と違うパーカーとシャツを着ていた。
 今度のシャツには『NO WIFE. NO LIFE.』と書かれている。
 これは指摘するかどうか微妙な線だなぁ……。

「それに目のクマもすごいよ。徹夜で動画編集してたの?」
「……そんなところですね」

 私たちはいつものようにこたつで向かい合った。
 山積みの空き缶を前にして、マキさんがあからさまに引いている。

「昨日は平気だったの?」
「平気というのは……何の話ですか?」
「殺人事件だよ。ゆかりちゃんの帰り道に近いところじゃない?」
「そりゃあ、平気も何も――」

 昨晩の殺人事件を起こしたのは私なのだ。
 それに……たとえ無差別の方の連続殺人鬼に会ったとしても、私は一切負けるつもりなんてない。だって、そいつは私が最も嫌っているクズ人間の一人なのである。無差別に人を殺すなんて許せないことだ。

「マキさんの方こそ、気をつけてくださいね。外の世界はおっかないですから」
「またそれ? あーあ、私もお酒を買ってくるよ」
「大学の講義はどうしたんですか?」
「自主休講だよ」

 マキさんは財布だけ持ってアパートから出て行った。
 玄関のドアが閉ざされて、私は座椅子に体を深々と沈める。

 マキさんは私には過ぎた友達だ。
 可愛くて、優しくて、明るくて……だからこそ、怖い思いはさせたくない。
 彼女にいつまでも、殺人鬼が出没するような街を歩かせたくはなかった。
 私のような人間にだって、マキさんのためにできることがあるはずだ。

「……ありますよね?」

 独り言に返ってくる声はない。
 私は目をつぶって、マキさんが帰ってくるのを待った。


(おしまい)

コメント

ちなちゅ^
No.3 (2016/02/08 23:05)
結構おもしろかったです。
ゲスト
No.4 (2016/03/22 17:13)
続きみてみたいな
グラ
No.5 (2016/09/26 02:07)
まさかの急展開だった。続き読みたいな
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