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雑記:極論委員長

2020/09/14 01:16 投稿

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  • 雑談
極論を多用する人、多数派や他人の意見を借りるだけの人。

さじ加減がわからない、もしくは分かろうとしないから、0か1かの極端に走る。

それって、自分がサボっているツケを他人に押し付ける行為に他ならないんですよね。

なのに、偉そう。
自分が反撃されにくい状況でだけ攻撃的になる。
攻撃的になれば我儘が通ると勘違いしてる。 我儘という自覚もない。

さじ加減も分からず、わがままで、他人のことをとやかく言うだけ。
基本が揚げ足取り。自分が楽できるコミュニケーション優先。

相手を見るという意識が無い、どうしたら面白いか、どうしたら良くなるかの考えもない。
盛り上げるという意識もなく、相手の欠点ばかり目につく。
他人の努力に無頓着。
自分の努力がどのぐらいか比較する尺度を持っていないから、無駄に偉そう。




どこがなぜどう良いのか。
どこがなぜどう悪いのか。
どういう状況では良いけど、どういう状況では駄目なのか。

良し悪しというものは、
最低限でもこれぐらいは前提条件に左右されるので、
掘り下げられていない価値観は害悪になりがちです。

限定された条件でしか意味のないもの。
適合しない条件下で使ったら危ないもの。
そういうものは、危うい良さを持ち、目立ち、人をひきつけますが、
当然ながら危険物でもあります。

そんな簡単に振り回して良いものではありません。




良し悪しとは何か。
何故良いと感じるのか。
何故悪いと感じるのか。

価値観とは何でできているのか。

そこを考えた時、人の魅力というものがもっと色々見えてくる。






同じ環境にばかりいると、人の痛みや努力に対して感覚がマヒしていく。
自分の物に対しても他人の物に対しても。

子供なら外の社会を経験する。
大人なら違う環境に触れる機会を持つ。
これが大事。



すごく痛い思いをした人でも、
慣れ過ぎて麻痺したり、のど元過ぎて忘れてたり。
そもそも痛い思いをしたことがなかったり。

実感が無いのに「自分は大変だった」という意識だけが残り
その結果他人を無意識に見下す。

自分の痛みも他人の痛みも分からなくなると、
他人を人だと思わないような言動や行動をする。
そういう仕組みだと思います。

月並みだけど、痛みを知るっていうのは大事なんじゃないかな。





他人の陰から話するのはやめよう?
俺も殴り合いならたまに付き合ってもいいから。




いや、忙しいからまた今度。
暇なときにね。

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