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「ボーカロイド文化」をめぐるコミュニティの形成史

2020/12/04 02:41 投稿

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はじめに

 2007年の初音ミクの登場から早10年が経過し、当時の2ちゃんねるの空気感を継承しつつ登場した「ボーカロイドの文化」は今、インスタグラムやTikTokの影響を受けつつ、大きく変容している。2010年代前半を一つの転換点として、かつてはニコニコ動画で展開された多くのコンテンツはその発信拠点をYouTubeに移動させ、それによる「ニコニコ動画衰退論」が各所で話題になったのも比較的最近の話だ。この点で、ニコニコ動画を中心に生成されてきた「ボーカロイド文化」なるものは大きな転換期を迎えているさなかにある。しかし、そのような変化はいまだ「肌感覚」なものであり、その変化の過程を明確に記したような文章ははっきりと存在しない。それらの議論のほとんどはTwitterなどで炎上の形で盛り上がった議論であり、突発的に登場してはすぐに終了してしまうようなものがほとんどだ。このような明確化されないような「肌感覚」な文化がボーカロイド文化の最前線である、ということ自体は、おおよそ的を得ていない発言ではないと思える。

 しかし、それらは「肌感覚」であるゆえに、議論として問題を明確化し、考察を行う素材としては不十分なものが多い。そもそも、筆者が冒頭で示した「ボーカロイド文化」という表現が、不明確な点にあふれている。「ボーカロイド文化」とは一体何なのか。起点を2007年における「初音ミク」の登場に見いだすことへの批判はおおよそ少ないだろうが、その文化形成におけるバックグラウンドにはDTMの文化や映像制作の文化が複雑に絡んでおり、それらを整理せずに「ボーカロイド文化」を論じるのは困難だろう。この複合的文化は、一方ではDTMや映像などの制作者側の連鎖があったが、その一方ではVOCALOIDを用いたオリジナル楽曲をに対しての「歌ってみた」や「踊ってみた」動画に代表される、「N次創作」(濱野 2007)をベースとした「コンテンツのコピー」による創作の生成という要素も大きく絡んでいる。N次創作とは表現を変えればオリジナルの「パクリ」でもあり、それ自体が非難されるべき対象ともなりうるものであるが、ニコニコ動画が登場する2006年以前から、ネット文化の中ではそれらを保護する思想が力を有していた。殊に国内においては、「あやしいワールド」や「あめぞうリンク」「2ちゃんねる」に代表されるウェブ掲示板の中で大切にされてきた「規範」のようなものが大きく関係する。

 以上のように、「ボーカロイド文化」と曖昧に称される一連の文化には、それ以前から存在してきた音楽、映像の創作者の文化の歴史に加え、ウェブ掲示板の有していた規範が加わることによって形成されたものだ。本論はこの複数文化の交錯上に誕生した「ボーカロイド文化」の輪郭を、音楽と映像の二点に注目して論じることによって明らかにすることが目的である。

ボーカロイド文化とは

 本節では「ボーカロイド文化」とは何かを論じる前段階として、それが先行研究上でどのように議論されているかを整理したい。経済学者の片野浩一及び石田実は、ボーカロイド文化におけるN次創作連鎖を論じるにおいて、それを4つの側面で分析する(片岡・石田 2017: ⅱ)。

筆者は「初音ミク」という価値の複合体には少なくとも4つの側面(定義や概念)があるのではないかと考える。まず、①「VOCALOIDソフトウェア」として、ヤマハ株式会社が開発して提供する歌声合成技術「VOCALOID」や他社から提供されているUTAU、そしてクリプトン社ほかが発売するソフトウェアなどを指す。②「キャラクター」として定義すると、イラストとその著作権が議論の誕生となる。③「バーチャルシンガー」として見る時には、疑似的なアイドルやコンサート、フィギュアやグッズとして捉えられる。そこでは「初音ミク」が一般の3次元アイドルと同等の位置づけに置かれる。そして、④「初音ミク」を「コミュニティ」として定義する側面もあるだろう。

引用ではボーカロイド文化を①DTMソフトウェア、②キャラクター、③バーチャルシンガー、そして④コミュニティの四つに分けている。これらはそれぞれ①作曲、②イラスト・動画制作、③3DCG制作やプロジェクションマッピング、④動画を受容する共同体が主な文化の担い手であり、またぞれぞれ①DTM音楽を中心としたアマチュア作曲家とリスナーのコミュニティ、②イラストと音楽、アニメーションを組み合わせ動画を完成させる編集者のコミュニティ、③フリーソフトMMD(Miku Miku Dance)から始まる3DCGの操作や、それを応用したライブのコミュニティ、そして④コメント文化に代表されるコンテンツの受容者同士のコミュニティが背景にあると考えられる。この中でもボーカロイド文化がVOCALOIDを利用したオリジナル楽曲が中心となり、またニコニコ動画が動画投稿サイトであるという構造上の問題から、上記四側面の中でも①の音楽と②のイラスト・映像制作は最も基本となる要素だ。「はじめに」にて記述したように、それぞれの側面が形成してきた独自のコミュニティの歴史がある。それだけでなく、技術の進歩によって作曲や動画編集が大衆化することで、かつては受容者であったものが容易に作者になりうるようになっている。2000年代における携帯電話の技術的発展が「写真」を完全にモバイルなものにしたように、1990年代から2000年代における音楽や映像をめぐる技術的な発展とその大衆化は、当時はごく一部のユーザーにしか届くことがなかったPC上での作曲や動画編集を容易なものとした。それによって、多くのユーザーが「創作者」の視点をとることを可能にし、創作者同士で互いの作品を批評し合うということを可能にしてきた。この点から、もはや音楽やイラスト・映像の創作者は一方で受容者であり、①や②は一方で④でもあるといえる。

 以上のように、四側面は互いに干渉しあっているゆえに重複する部分もあるが、それでも四側面は互いに独自の背景を有しており、それらが2007年の「初音ミク」登場によって、一つの文化現象を形成している。本稿ではそれぞれの独自背景を明らかにし、どのような文脈が2007年に衝突することで今日に至っているかを紹介したい。それにあたって、本稿では上述①音楽②映像(今回の論考では「イラスト」は含めない)を中心に、④コミュニティの視点から記述を行いたい。

ボーカロイド文化形成における音楽コミュニティ史

 ボーカロイド文化における音楽を通したコミュニティは、リスナーでありアマチュア作曲者であるユーザーたちが「ハッシュタグ」を利用し互いに動画を視聴しあうことから登場してきた。「#VOCALOID」とタグをつけることで「#VOCALOID」のタグがつけられたオリジナル楽曲同士を連関させられるというハッシュタグ機能に加え、投稿動画に対して「コメント」を記入することによって、複数のアマチュア作曲家同士がコミュニティを作り上げてきた。だが、このような「音楽」を通したアマチュア作曲家たちの緩やかなコミュニティは決して「ボーカロイド文化」に限定された特徴ではなく、殊にネット上に限定することをせずとも、長い歴史を持つ。音楽批評家の芝邦典は、アマチュア作曲家でのコミュニティ形成の起源を、1980年代末のMTRやDTMの登場に見ている(芝 2013)。

 芝はボーカロイド文化を、1960年代のヒッピー文化を中心とした「サマー・オブ・ラブ」、及び1980年代に登場した「セカンド・サマー・オブ・ラブ」の次に生じた「サード・サマー・オブ・ラブ」であるという。1967年にアメリカ西海岸サンフランシスコ州から始まった「サマー・オブ・ラブ」とは、当時泥沼化していたベトナム戦争への反戦運動や公民権運動を背景に、アメリカ政府に対する反抗精神とドラック文化が混ざり合うことによって独自のコミュニティ形成へとつながった文化事象だ。この運動から生じた「音楽を通じたコミュニティ形成」は、国内でもほぼ同時期に開始された深夜放送「オールナイトニッポン」(1967年開始)にみられ、ここには音楽を通したコミュニティ形成の最初期の形がある、と芝は指摘する。

 一方で、上述の「ボーカロイド文化」において重要な要素となっているアマチュア作曲家同士のコミュニティの存在は、まだここには見出せない。1960年代の運動から端を発したコミュニティ形成はあくまで「リスナー」が主体であり、そこに「作曲家」が介入することはほぼなかった。当時はまだプロでもない限りは、自身の曲を大勢に公開する手段がなかったのだ。では、音楽コミュニティにおいて「作曲家」はいつ登場したのか。

 その起点は、芝が「セカンド・サマー・オブ・ラブ」と称している1980年代に見出すことができる。芝は1960年代におけるコミュニティ形成の背景には当時の社会運動があったように、1980年代のコミュニティ形成の背景にも同様な社会的変化を見つけだしている。その最大の変化は、パソコンとそれに関係する技術の大きな変化がある。1979年に国内で販売されたMTR(Multi Track Recorder)と、1989年に登場するDTM(デスクトップミュージック、ちなみに和製英語)、そしてそれらの影響を受けて登場するクラブミュージックが、当時の文化の中心であった。MTRは録音用機器の一種であり、当時では困難であった複数トラックの録音再生を可能にした。これによって、個人が一人で各パートを録音、編集し、完成させることを可能にした。DTMは1989年に日本の楽器メーカーRolandが発売した『ミュージくん』という音楽制作用パッケージの宣伝で使用された言葉であり、この登場によってPCと接続することで本格的な楽曲制作を行うという、今日ではもはや一般化された録音方法が打ち立てられた。これらの技術進化は、パソコンの使用を前提とするVOCALOIDソフトにおいて大きな前提であることは言うまでもない。加えて、従来の大規模な音楽スタジオでの録音から脱却し、個人が自室で録音することを可能にしたことで、1960年代に「オールナイトニッポン」を通して形成された「リスナー」主体のコミュニティの中にアマチュア作曲家が介入できるようになった。それほど、楽曲制作の難しさが低くなり、手軽になったのがこの時代の特徴である。「初音ミク」の開発者でもある伊藤博之氏は芝からインタビューを受ける中で、当時NHK-FMで放送されたラジオ番組『サウンドストリート』を例に出している(芝 2013:42)。当時の放送番組の一コーナーである「デモテープ特集」では、現代音楽家の坂本龍一が主体となり、アマチュア作曲家が投稿してきたデモテープをラジオ上で流すということが行われた。このような、アマチュア作曲家がラジオを通して自身の曲を公表する文化は、自身で作曲したものを公開し合うという「ボーカロイド文化」の特徴にに非常に近いものがあるだろう。

 アマチュア作曲家同士が互いに自曲を聴き合うコミュニティは、1990年代におけるDTMのさらなる普及と、「同人文化」の登場でさらなる発展を迎えることになる。1980年代にMTRとDTMの登場によって形成されたアマチュア作曲家の音楽コミュニティは、CD-R環境の整理やCDプレス費用の低廉化、DTMの大衆化、そして「Windows 95」の登場により、1990年代に規模を拡大させた。このような技術的発展によって、1990年代から2000年代にかけて本格的に「同人音楽」が誕生した。オリジナルの楽曲にアレンジを加え、それを即売会で売り出す文化は、1990年代に「Leaf」や「Key」に代表されるビジュアルノベルのBGMアレンジとして初めて注目を集めた。2000年代には同人サークル「上海アリス幻樂団」が作成したシューティングゲーム「東方Project」が熱狂的支持を集め、同人音楽シーン発展に大きく寄与している。

 だが、その普及によって一つの問題が生じた。当時の同人音楽は「歌姫」と称される人気歌い手に自身の楽曲を歌ってもらうことが一つのステータスであったが、コミュニティが大きくなるにつれて、歌姫に歌唱してもらうことが困難になってしまう。そのため、同人音楽業界では次第に「自由に歌わせることができる歌い手」という需要が発生し、それに応答するように2007年に「初音ミク」が登場してきた、という経緯がある。


【東方】Bad Apple!! PV【影絵】
(↑あまりにも有名な東方アレンジ動画。非常に懐かしい)

以上のように、「ボーカロイド文化の歴史」と称することができるような曖昧なコミュニティ形成の背景には、1960年代のヒッピー文化、そして1980年代のDTMやMTRの登場、その普及によって登場した「同人音楽」の文化という、長い歴史の上に存在している。

ボーカロイド文化形成における動画コミュニティ史

 ここまで述べた音楽の歴史は、ボーカロイドが根本的にDAWソフトである点で核心的であり、無視することができない。一方で、ニコニコ動画があくまで「動画」投稿サイトである以上、ボーカロイド文化における「動画」という側面も、決して無視できない。ニコニコ動画に投稿される楽曲PVの多くはN次創作イラストと軽度なアニメーションの組み合わせで構成され、その動画がさらに「弾いてみた」や「踊ってみた」などのN次創作へ発展していくことは先述した。これ自体は、今更再検討されるべき内容でもないだろう。だが、言い方を変えればN次創作はいわば「パクリ」であり、それ自体が問題とされることもある行為である。にも関わらず、それが正当なものとして評価され、一種の様式としてアイデンティティを獲得している背景には、コンテンツを「共有物」と見なす緩い規範が情報空間上で維持されたという歴史的事実がある。そのような規範の背景を考えるにおいて、ウェブ掲示板「2ちゃんねる」と「フラッシュ動画」を参照することは非常に有用だ。

 米マクロメディア社により1997年1月ごろにリリースされたFLASHは、ウェブ上で文字や画像、音声などを組み合わせて簡易的なアニメーションを実行できるウェブコンテンツである。同年7月には日本語対応し、国内でも地位を獲得している。コンテンツ収集家のばるぼらは日本における「フラッシュ動画」文化を論じる際、「ml-flash」と称されるメーリングリストと、ウェブ掲示板「2ちゃんねる」内「モナー板」に建てられた「Flash」というスレッドの二つのコミュニティが起点であるという(ばるぼら 2005)。「ml-flash」は主に技術者向けメーリングリストとして、新しいコンテンツであるFLASHをいかに効果的に用いられるかについて知見を共有したコミュニティであるが、いわゆる「フラッシュ動画」に特有の文化形成――そしてそののちに続く「ボーカロイド文化」――に貢献を果たしているのはこちらではなく、ウェブ掲示板「2ちゃんねる」であった。

 「Flash」と称されたスレッドは当初「モナー」といわれるアスキーアートをFLASHで動かした簡素な動画が掲載されただったが、2002年に「FLASH・動画板」として独立し、フラッシュ動画コンテンツを扱うコミュニティとして大きな注目を集めていった。その過程で特筆すべき点として、2001年に「Hatten ar din」というフラッシュ動画が代表的な海外のシュールな「MAD動画(1980年代ごろに登場した表現であり、「気が狂ったようなコンテンツ」という意味が込められている)」が国内で受容されたことである。

(↑Hatten ar dinの動画。2001年くらいに日本で受容される)

オリジナルを二次創作することで新たなコンテンツとさせるMAD動画の影響は、2001年以降に「ドラえもん」や「宇宙刑事ギャバン」を二次創作しアニメを作成した「ドラサイト 」や、「ゴルゴ13」を二次創作した「ゴノレゴ 」に見られる。これらのフラッシュ動画はオリジナルを活用し新しいコンテンツを提供する点で、いわゆる「二次創作」が動画上で行われた国内最初期の例だろう。

(↑ドラえもんのMAD動画「Doraemoooon!」。)



(↑「ゴノレゴ」シリーズ(http://www.poeyama.com/gonorego/ )。著作権的にアウトなのは言うまでもない。)

では、このようなMAD動画の流れを汲んだフラッシュ動画の文化は、どのように「ボーカロイド文化」に影響を与えたか。「初音ミクのネギ」はもはや一般化された代表例だ。この「ネギ」は「初音ミク」が発売された際にはキャラクターとしては全く関連付けられていなかったが、2007年9月4日に投稿された「【動画】VOCALOID2初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた 」という動画によって「ミク=ネギ」のイメージが最初めて付けられることになる。

この動画は、テレビアニメ「BLEACH」の登場キャラクターがフィンランドのフォークカルテット・ロイツマの歌う民謡「Ievan Polkka」に合わせ長ネギを回す二次創作動画「ロイツマ・ガール」の三次創作動画であり、いわば「ロイツマ・ガール」のMAD動画であり、N次創作動画である。

(↑ロイツマ・ガールの動画)

「【動画】VOCALOID2初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた」から2か月後、2007年10月31日に投稿された「【ネギ踊り】みっくみくにしてあげる♪【サビだけ】 」という四次創作動画では、ネギを担ぐ初音ミクが動画内で描かれている。この動画が大量に再生されたことで「ミク=ネギ」のイメージの基盤が完成し、後にゲームやフィギュアといった動画以外のコンテンツにおいてもネギが登場した。この過程のように、特定コンテンツに対し新たな価値を付与し生産するというN次創作は、1990年代のフラッシュ動画やMAD動画の文脈上に位置付けることが可能だ。

 このように、「ボーカロイド文化」の重要な要素であるN次創作の連鎖は、2ちゃんねる上で生じてきたフラッシュ動画におけるMADの流れを継承しながら発展することによって、オリジナルコンテンツの「パクリ」的な動画がお咎めなく生産され、そして投稿されてきた。「ネギ」を特定個人の所有物とさせず、あえてニコニコ動画上で「シェア」した思想の背景には、2ちゃんねるに兼ねてから存在した思想が、強く現れている。例えば、2000年代初期に生じた「のまネコ問題」は、2ちゃんねるにおける「シェア」について、重要な意味を提供してくれる点で参照すべきだ。

2004年に公開されたこの動画は、当時ヨーロッパで流行した音楽グループO-Zoneの「恋のマイアヒ」という楽曲の空耳を歌詞に、そして映像には2ちゃんねるの代表的キャラクター「モナー」を登場させたものである。この動画は2ちゃんねるの間で大きく人気を博し、さらには当時のアナログ放送でも流されたことによって、情報空間の枠組みを超え社会現象となった。この爆発的な人気をうけ、2005年に株式会社エイベックスによって「のまネコ」という名前のもとでキャラクターの商標化が企てられたところ、最終的には殺人予告に至ったほどの強烈な非難が2ちゃんねる上から生じた。その結果、最終的には商標化は断念されている。これが「のまネコ事件」と称され、今日ではネット上で語り継がれる大きな事件の一つだが、この事件は2ちゃんねるのキャラクターである「モナー」が誰の所有物でもなく、2ちゃんねるという大きな、かつ緩やかな共同体の中の成員としてみなされていることを明らかにした点で、非常に大きな意味を持っている。2ちゃんねるは匿名であり、コメントを送信する人物が何者であるかを決して明らかにすることができない。そのような2ちゃんねるの構造的特徴はそれゆえに、多くのユーザーを「2ちゃんねらー」という一つの集合的人格へと変身させ、「モナー」の著作権は「2ちゃんねらー」が集合的に保有するものとされる。そのため、「モナー」は共有物となったのだ。社会学者の北田暁大はこれを「繋がりの社会性」と称し、2ちゃんねる最大の特徴と置いている(北田 2005)。このような連帯性とキャラクターを「シェア」するという思想は、ボーカロイド文化の「ネギ」とも非常に近いものを見て取れるだろう。「初音ミク」自体は決して共有されたものではなく、あくまで株式会社クリプトン・フューチャー・メディアの所有物だ。したがって、「初音ミク」のネギというN次創作物の権利は最終的にクリプトン・フューチャー・メディアが保有する、という論理は間違っていない。だが仮に、この「ネギ」の保有権を「【動画】VOCALOID2初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた 」の作者や「ロイツマ・ガール」の作者が主張したのなら、たちまち大きな問題となったことは間違いないだろう。そのような2000年代の映像文化の「規範」があったからこそ、ボーカロイド文化は「ネギ」のような予測不可能な生成物を生み出してきたのだ。

おわりに

 本稿では「ボーカロイド文化」を形成する要因として「音楽」と「映像」におけるコミュニティ形成を論じることによって、「ボーカロイド文化」という曖昧な概念の輪郭を形成してみた。前者は1980年代ごろのMTRやDTM登場によるアマチュア作曲家のコミュニティ形成から、1990年代のDTMの大衆化による同人音楽業文化の登場が背景にある。この中で、二次創作をベースとした「同人音楽」が出現した。後者は1990年代末に登場する「フラッシュ動画」を起点に、2000年前後に海外で作成されたMAD動画の影響を受けることで、今日のN次創作的なコンテンツ生成の手法が確立された。

 両者はともに、1990年代末から2000年代にかけて大きな変化を迎えている点は特筆すべき点だろう。1992年のWWWの世界的一般化や、1995年の「Windows 95」の登場は、DTMの概念をより一般化させ、同人音楽の土壌を形成した。加えて、従来は困難であった動画、アニメーション編集が飛躍的に容易になった時期も1990年代である。1990年代は、革新的変化を遂げる情報技術に対して、過剰なまでの期待がなされていた時期だと言える。インターネットが大衆化されつつあったこの時期において、インターネットは大衆にとって「社会を何か大きく変える希望」のように思われていた。例えば、1995年に開催された美術展である『NTT インターコミュニケーション’95「on the Web —ネットワークの中のミュージアム—」 』は、インターネットの登場による新しいコミュニケーションの形をアートとして表象することを試みていた。



(↑美術展そのものがインターネット上で展開されたものであり、未だに確認可能である。https://www.ntticc.or.jp/ja/feature/1995/The_Museum_Inside_The_Network/index-j.html )


20世紀開始以降、常に最新の問題を批評しながら進化してきた現代アートの歴史がこの時期にインターネットを対象に扱った美術展を開催したことは、まさしくインターネットが新しい技術として期待されていた故のものだろう。このようなインターネットに対する肯定的見解――世界を情報技術によって繋げてしまおうとする「グローバルな情報社会」的見解――の延長戦上に、「初音ミク」もいるのではないだろうか。もうすぐ10年前のことになるが、2011年に公開されたGoogle ChromeのCMは、まさしく「初音ミク」や「ボーカロイド文化」が世界を変えるかのようなコンテンツであるかのように描いた。


「ボーカロイド文化」はこのような1990年代の夢の上に成り立ってきたと、考えることはできるだろう。だが、2010年代後半から2020年現在に至るまでに、その「夢」は崩壊しつつある。インターネットの大衆化によって、SNSでは多くのフェイクニュースが横行し、我々のネットリテラシーが大きく問題視されているのが現状だ。SNS上での誹謗中傷によって相次いで自殺が生じるような情報空間では、もはや「夢」を描くことはできないのではないだろうか。しかし、本論ではそこまでの議論は行えないだろう。

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参考文献
浅田明・伊藤俊治・彦坂裕・武巴光裕編,『ネットワークの中のミュージアム』,NTT出版,1996年.
ばるぼら,『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』,翔泳社,2005年.
————,『ウェブアニメーション大百科——GIFアニメからFlashまで』,翔泳社,2006年.
ばるぼら・さやわか,『僕たちのインターネット史』,亜紀書房,2017年.
井出口彰典,『同人音楽とその周辺——新世紀の根源をめぐる技術・制度・概念』,青弓社,2012年.
片野浩一・石田実,『コミュニティ・ジェネレーション——「初音ミク」とユーザー生成コンテンツがつなぐネットワーク』,千倉書房,2017年.
小山友介,「初音ミク――N次創作が拓く新しい世界[in Japanese]」『システム/制御/情報』57巻5号,pp.189-194, 2013年.
三谷昌平,「仮想空間におけるピアプロダクション型コンテンツ制作における研究——『初音ミク』を事例に」『政策科学』立命館大学政策科学会,23巻4号,pp. 195-214, 2016年.
芝邦典,『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』,太田出版,2013年.
スロウィッキー,ジェームズ,『群衆の英知』,小高尚子訳,KADOKAWA,2014年.


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