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開国と鎖国?

2017/01/09 23:09 投稿

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日本は、この百五十年間に、「明治の開国」「戦後の開国」を成し遂げました。
不安定な国際情勢にあって、政治や社会の構造を大きく変革し、
創造性あふれる経済活動で難局を乗り切ったのです。
私は、これらに続く「第3の開国」に挑みます。
(菅直人平成23年1月24日 国会施政方針演説にて)


「明治の開国」とは、砲艦外交によって治外法権を認め、関税自主権を失う不平等条約を結ばされたことである。不平等条約を解消するために、我が国は日清、日露戦争で2度も戦争をしなければならなかった。


「戦後の開国」とは、GHQに否応なしに国家体制を変えられたことである。


外国の軍事力に敗れて主権を失った屈辱の歴史を「開国」と誇らしげに語るのである。


「第3の開国」とされるTPPは、いずれ全ての関税と非関税障壁を廃止する主権を放棄する行為である。




鎖国についても語らなければならない。


江戸時代、我が国は金銀銅の輸出国だった。
特に銅は世界一の産出国であり、ヨーロッパの市場を動かした。
当時の日本は、通商大国だった。

一方で、幕府は貿易を一手に集めて統制、キリシタン禁止令を発し、日本人の海外渡航を禁じた。これが後に鎖国と呼ばれるわけだが、安全保障上の政策である。

幕府は、キリスト教を侵略の道具として植民地を広げている情報を把握しており、鎖国はそれに対する防衛手段だった。

交易は、オランダ、シナに限って断交したのはポルトガルとスペインだけで、全ての外国との交流を途絶したわけではない。

アヘン戦争の直後に『別段風説書』を発行し、警戒心を喚起できたのも、この時の貿易の利益の多くを情報収集に回すことができたためである。

要するに鎖国とは、開く所は開き、閉じる所は閉じるという当然の政策であったということである。

これを無理やり開国させられたため、日本は度重なる戦争を行わざる負えなくなった。

鎖国とは攘夷であり、国際社会の捉え方という観点では、攘夷と対立するのは、それぞれの国家は独立し、平等の存在であるべきだとする主権対等の観念である。


フランスの人類学者 エマニュエルトッド氏は
今、必要なことは『協調的保護主義』と訴えかけている。
これは、日本の鎖国政策である。


『門戸開放 機会均等』
明治32年(1899年)
アメリカが世界に求めたスローガンである。

シナ大陸では、どの国も自国の租界の安全を守り、莫大な資金と労力を投じていた。
それゆえ、自国に有利な貿易を行うのは当然で、門戸開放すると得をするのはアメリカだけである。この『門戸開放 機会均等』は、40年以上日本に突き付け続け、最後には、ハルノートに盛り込まれ日米戦争の引き金となった。

『門戸開放 機会均等』のスローガンはTPPの理念そのものではないか!
アメリカは未だに100年前と同じ戦略上にあるのだ




主権を捨て、開国すれば我が国は壊国するという現実を直視しなければならず、

鎖国(日本国及び国民保護主義)

こそが今求められている事である。



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