P神 のコメント

P神
No.152 (2013/02/07 19:21)
通りすがりの者ですが、自分も長年頭を悩ませていた命題の一つだったのでレスさせて頂きます。
特に自分は、この記事で述べられている──

> 現れた敵をただ倒したいのではなく、
> 「ルール上許されているあらゆる手段を用いて」打ち倒したいのだ。
> その中で有効な手段は何か、比較検討し、試行錯誤しながら見つけ出したい。
> その部分こそゲームの美味しいところなんじゃないか。

──というくだりについて諸手を挙げて万歳三唱も厭わぬほど同意の立場ですが、
これらを「縛り条件のないノーマルプレイ下での試行錯誤の面白さ」と定義した上で、
さらにもう一歩踏み込んだ考えを述べるとするなら、

よく言われる

”使わなければいい”

という理屈は完全な正論ではないと思います。

こうした一言が飛び交うゲームというのは、
大抵が「縛り条件のないノーマルプレイ下での試行錯誤の面白さ」が損なわれている状態であり、
そうでないゲームと比較すると、バランスに明確な瑕疵のあるゲームだと言えます。
となれば、普通はこの瑕疵のある状態をいかに修正するかを考えるのが真っ当な思考と言うべきでしょう。


しかし”使わなければいい”という一言の裏に見え隠れするものは、
これらの問題をまるで瑕疵ではないかのように開き直り、
逆にプレイヤー側に瑕疵があるとでも言わんばかりの理不尽な正当性を主張するのみならず、
瑕疵の修正を図ろうとする思考をもバカにするかのような響きが含まれています。

少なくとも自分の見てきた中での”使わなければいい”という一言を振りかざす人間は、
皆一様に「使わないという選択の一事を以って全てが解決する」と言わんばかりに、詭弁的な正当性を主張する方々ばかりでした。


ですが仮に”使わなければいい”という一言が、
「縛り条件のないノーマルプレイ下での試行錯誤の面白さ」が損なわれている状態に対する
消極的な最終手段として用いられるのだとすれば、それは健全かつ良心的な一言だと自分は思います。

結局は”使わなければいい”という一言も用いられ方やニュアンス次第で
正論とも詭弁ともなってしまうということですが、
残念ながら間違った用いられ方で目にする方がはるかに多いと言わざるを得ないのが現状です。

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