eb のコメント

eb
No.100 (2013/01/31 01:09)
私もスパ帝の記事を読み感銘を受けていたので、教授がきっちり文字におこしてくれたおかげで頭の中が整理できた。

ピースに数字が振られ、その順に並べれば完成するジグソーパズルがあったとして、
それが果たして面白いのか、ゲームなのかという話。

楽しむために「見なければよい」「見えないように塗りつぶせばよい」というのはひとつの方法だ。
ただそれでパズルをプレイしても「どうせ答えが書いてあるのに」という思いや、
完成させても「自分で塗りつぶした部分ばかりで不完全だ」という思いの人が出てくるのは感情として当然。

楽しいかどうかは人それぞれの気持ち次第なので、塗りつぶしプレイでも楽しめる人は楽しめるだろう。
しかし感情という人間視点で無く、「ゲームシステム」という機能視点でみると、オリジナルの状態は明らかにパズルとして不完全。
システムとして破綻しているのであれば、もはやそれはゲームではないのではなかろうか。

教授が感じていた苦しみというのも、「感情部分は自分で制御することも可能だが、
機能破綻してゲームでなくなっていることを認めたくない」という葛藤を直感的に感じていたからでは。

つまり「ゲームシステムとしての出来」ということでは、バランスのおかしいゲームは「ゲーム足りえぬ」悪いもの。
ただそこに人間の感情・考え方が入ると話はややこしくなり、「悪いなら直せばいい」という考えの人や
「直しても元々の不完全性は払拭されない」、あるいは「バランス悪くても味がある」と考える人が出てくる、というだけなのではないか。

ゲームシステムの出来の話(バランス)と、感情的な話(楽しいかどうか)がごっちゃになっている人が多いのが、
この話がまとまりにくい原因じゃないだろうか。

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