【TPP参加で知財分野はどう変わる?】津田大介の「メディアの現場」vol.56より
新政権をスタートしたばかりの自民党が、TPP交渉参加への方針をめぐって揺れています。TPPは交渉参加国間で2013年10月の合意を目指すといわれており、日本の参加表明の期限は2013年早々だという話も。参加するのか否か、遅々として議論が進まないのは、秘密協議であるTPPの情報が開示されないためと言われています。国民にとっても同様、政治家にとってもTPPは謎のベールに包まれた存在になっています。そこで今回は、これまでに明らかになったTPPの知財分野の情報を総ざらい。2012年12月、ニュージーランドで開催された知的財産権に関する国際的な反TPP会合に出席したMIAU事務局長の香月啓佑(@kskktk)に話を聞きました。
◆TPPで日本の著作権法はどう変わる?――保護期間延長、非親告罪化、匂いや音の特許まで
津田:2012年12月28日、自民党の石破茂幹事長がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加について、来年夏の参院選までに党の方針を決めることを明らかにしました。[*1] 自民党はTPP推進に意欲的だった民主党の野田佳彦前首相に対し、[*2] 「“例外なき関税障壁の撤廃”を前提とする限り交渉参加に反対」と慎重な姿勢を政権公約に掲げていたはずが、[*3] ここにきて交渉参加に前向きな意見も出始めているようです。ただ、党内には依然TPPに反対する声も多く、同日、有志議員180名以上が政権交代後初めてとなる「TPP参加の即時撤回を求める会」の会合を開催。このままではTPP交渉参加の期限とされる2013年早々に間に合わないでしょうが、各国の交渉妥結後に加入する可能性も残されている、といったところです。[*4] 周知のとおり、TPPとは環太平洋地域の国々による経済自由化を目的とした経済連携協定で、[*5] 現在11カ国が交渉のテーブルについています。そこで扱われる21分野 [*6] の中に、著作権をはじめとする知的財産権(IP)条項が含まれていて、何やら密室で協議がされているようだと。そこで先日、僕が代表理事を務めるMIAU(一般財団法人インターネットユーザー協会)[*7] とthinkC(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)、[*8] そしてクリエイティブ・コモンズ・ジャパン [*9] の3団体合同で、TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム「thinkTPPIP」[*10] を立ち上げました。ちょうどその頃、ニュージーランドで開かれた各国の反TPP団体・アクティビストのネットワーク会議「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」[*11] にクリエイティブ・コモンズ・ジャパンやMIAUから数名が派遣されたわけですが、香月さんはそのうちの1人です。ぶっちゃけ、TPPの知財条項をめぐる今の状況ってどうなってるですか?
香月:結論から言うと「わからない」んですよ。もちろん、TPPで交渉されている21分野の中に知的財産が含まれていることは以前から報道されていますし、日本の外務省が公開している資料 [*12] にも明記されています。ただ、具体的な協議内容については一切表に出てこない。なぜかというと、TPPは近年の国際通商交渉の慣例に倣い、秘密協議が貫かれているんですね。TPP交渉参加国の一つであるニュージーランドの外務貿易省がウェブサイトで公開している文書 [*13] によると、交渉国間では秘密保持について合意がなされていると。「全参加国は交渉文案や各政府の提案、それに付随するあらゆる資料を秘密扱いにする」「これらの文書は、TPP協定の発行後4年間、協定が発効に至らない場合も最終ラウンドから4年間は公表してはならない」という内容のもので、日本の野田前総理も国会答弁の中で「TPP交渉中のテキスト及び交渉の過程で交換されるほかの文書を秘密扱いとする旨の記述が掲載されていることは承知しております」とこの文書の存在を認めています。[*14]
津田:秘密協議なのは知ってたけど、交渉内容を4年も公表しないんですか!? 今、TPPに否定的な政治家や国民の最大の不満は「情報開示が不十分」だという点です。でも、すでに交渉に参加しているニュージランドですらそんな状況なら、もし日本が交渉への参加を表明したとしても情報開示は期待できない、と。
香月:ええ、残念ながら。ただし厳密に言うとまったく秘密だというわけでもなくて、交渉に参加すれば当然ながら政府関係者は条文案にアクセスできますし、実は、ステークホルダーの農業従事者や著作権権利者団体といった各分野の利害関係者は説明会に招かれるらしいんですよ。先日ニュージーランドで行われた第15回ラウンドでは、200以上の団体から280名以上が説明会に登録したほか、[*15] 先日行われた「thinkTPPIP」のシンポジウムでも米国から600人ものステークホルダー(利害関係者)が参加しているという話が出ました。[*16] まあ、彼らにも秘密保持が課せられますから、一般の国民に情報が下りてくることはほとんどないでしょうね。
津田:利害関係者を招いて話を聞いてるわけだから秘密協議ではない――進めている側はそういう意識があるのかもしれないですね。でも、それは幅広い意見を聞いてる国民の声のヒアリングではないし、MIAUみたいな消費者側の団体も呼んでもらえない。この知財分野のTPP問題、結局は権利者の利益を優先して交渉することになりそうですよね。
香月:本当に納得いかないですよね。MIAU――というか「thinkTPPIP」が主張しているのもそこなんですよ。僕たちとしては、TPPへの参加そのものに反対しているわけではない。関税撤廃などの規制緩和を進めて自由貿易を推進するという経済政策は、新自由主義的な観点からするとある種の既定路線と言うこともできます。その部分については「thinkTPPIP」は口を出す気はなくて、実際「thinkTPPIP」の中でも意見が分かれています。ただ「thinkTPPIP」の中で共通していることは、協議の密室性と知財条項の内容に危機感を抱いているということです。まず第一に、TPPの公開交渉化。どうしても出せない情報は仕方がないとして、せめて現時点での条文案だけとか、今どこで誰がどんな話をしているのかは開示してほしいですよね。もしそれが無理な場合は、少なくとも知財条項をTPPの対象から除くことを参加条件にしてほしいと。そう政府に求めていくのが「thinkTPPIP」の役割ですね。
◇リークされた米国の知財要求項目
津田:正式な情報を開示してもらえない状況がある一方で、2011年2月、米国の有力な消費者NGO・Knowledge Ecology International(KEI)が「TPPにおける米国政府の知財要求項目」をリークしたじゃないですか。[*17] リーク文書とはいえ、あれはかなり信憑性が高いと言われていますよね。
香月:ええ。国内の景気が低迷する一方の米国としては、海外――特に、成長著しいアジア市場へ参入したいという思惑があります。[*18] TPPへの交渉参加もその一環なんですけど、それ以外にも米国は個別にいろんな国とFTA(自由貿易協定)[*19] を結んでいるんですね。その一つに、2012年に発効した米韓FTAがあるのですが、[*20] その知財条項がKEIのリーク情報とほとんど同じだったんです。さらに、文書がリークされたのと同じ2011年2月に日本の米国大使館が公開した「日米経済調和対話」――過去には年次改革要望書と呼ばれた米国政府から日本政府への要望事項 [*21] にも同様の項目が少なくなかった。
津田:米国が諸外国とFTAを結ぶ時、知財分野で要求してくるものはテンプレート化してるんですよね。KEIがリークしたTPPの米国提案には、そのテンプレートが結構反映されていたから、これを軸に進んでいるのは間違いないでしょうということになった。しかも、強気で交渉しやすい2国間で行われたFTAの要望と、複数国が参加するTPPでの要望がほぼ一致するということは、米国はTPPの協議でもジャイアニズムを発揮して、自国のルールを強引に押し付けてくるんじゃないかと。
香月:米国が自国の映画、音楽、コンピューターソフトから得た国外収入は約1340億ドル(現在のレートで約11.5兆円)の規模だと言われていますからね。[*22] 米国にとってコンテンツやITといった分野は最重要項目だから、どんどん外国に知財での要望を突きつけたいんです。
津田:で、そんな米国がTPPで交渉参加国に突きつけるであろうリーク文書の要望には、具体的にはどんな項目があったんですか?
香月:現行の日本の法律にはないものをいくつか挙げると、まずは著作権の保護期間延長です。日本では、映画を除いて著作権の保護期間は作者の死後50年になっています。その期間が過ぎた作品は著作権が消滅してパブリックドメイン――社会の財産ということになり、誰の許可もなく自由に利用できるようになります。[*23] わかりやすいのが青空文庫 [*24] で、あそこで読める書籍はすべてパブリックドメインですね。
津田:たとえば2013年1月1日からは『宮本武蔵』[*25] でお馴染みの吉川英治、『遠野物語』[*26] などで有名な民俗学者・柳田国男の作品の著作権が切れます。「青空文庫のビッグイヤー」なんてことも言われているわけですが、著作権保護期間が延長されてしまうと、もうすぐ青空文庫で読めると思っていたら20年先になってしまうなんてことが起きるわけですね。著作権というのは一定期間を経たら社会共有の資産になるべきということが保護期間が設定されている理由なわけですが、保護期間を延長すると、そういうパブリックへの還元の減退が起きるわけです。
香月:2006年頃にも保護期間延長の機運が高まった時、「NO」と声を上げたのがまさに津田さんであり、thinkCだったわけですよね。
津田:そうそう。弁護士の福井健策先生(@fukuikensaku)たちと一緒にthinkCのシンポジウムを開いたり、パブコメ [*27] を募集したりして、最終的に文部科学省の審議会で延長を見送りにすることができました。この問題で難しいのは一度延長してしまったら、もう戻すことはできないというところなんですよ。ミッキーマウスの著作権がいつまでも消滅しない「ミッキーマウス法」[*28] と言われているのもそういう背景があります。
香月:そのほかに懸念すべき条項として、著作権の非親告罪化があります。津田マガでもたびたび取り上げてきたとおり、日本では著作権侵害の処罰は親告罪なので、著作権が侵害しても作者の訴えがない限り罪に問われません。それが非親告罪化されると、作者が告訴しなくても逮捕されてしまうんです。
津田:非親告罪化って、たとえば本の著者が自分の作品はネットでコピーされてもかまわない、むしろ歓迎だと思っていても、誰かが通報すればコピーした人は犯罪者になってしまうんです。望まぬ逮捕を生む可能性があり、それがクリエイターの創造のサイクルに対する萎縮効果を生むのではないか、ということが最大の懸念点ですね。
香月:次は、法定損害賠償。あるミュージシャンの曲が動画サイトに違法にアップロードされているのを見つけて、訴えを起こしたとします。ミュージシャンはアップロードした人に損害賠償を請求できますが、現状では、賠償金は被害額を算定して決められるんですね。1件1件の著作権侵害の被害額はそれほど大きな額にならない。何回ダウンロードされたのかを調べるのに時間もお金もかかりますし――。
津田:裁判となれば弁護士費用もかかる。費用倒れになることは目に見えていますね。
香月:だから泣き寝入りする権利者も結構多いんです。そこに懲罰的な意味を含んだ法定損害賠償制度が出来れば、被害額は関係なしに裁判所が賠償額を決められるようになります。
津田:米国のルールでは賠償額の幅が決まっているんですよね。いくらでしたっけ?
香月:下限750ドル、上限15万ドルとなっています。[*29] 著作権を侵害された時、「最低でもこの金額はもらえる」と見込めるので訴訟を起こしやすくなるんですよね。
津田:しかも、「とりあえず訴えて賠償金が手に入ればラッキー」みたいな感覚で、知財訴訟が横行するかもしれないという指摘は福井さんもしてましたね。それこそ、最近日本でも問題になっている過払い金訴訟みたいな感じで、カジュアルに知財・著作権がらみの裁判が行われるようになる可能性もある。
香月:そうなれば新しいビジネスも生まれるでしょうね。これは実際に米国やイギリス、ドイツあたりでは深刻な問題になってるんですけど、調査会社や法律事務所が手を組んで、著作権侵害を見つけたらそこに和解案を含む警告状を送ると。もし30万円の和解金を払わなければ訴えますよ、法廷に引きずり込みますよと、脅しのようなことをやっているわけです。特に目立つのがポルノコンテンツ絡みの事案です。「あなたはこんな卑猥な動画をダウンロードしましたね? 法廷で争ってもよいですが、そうすると会社や家族にバレてしまいますよね。だったら和解金を支払って解決しませんか?」と言われると、まぁ普通の人は訴訟を起こされる前に和解しちゃいますよね。加えて、日本にはカジュアルな著作権侵害にも刑事罰を設けていますから、それがないアメリカやイギリスに比べると脅す材料は多いですよね。
津田:和解すれば見逃してあげる、と。そんなことが日本でも起こる可能性があるわけですね。日本の司法文化を考えると、レコード会社や出版社がそこまでのことをするとは思えませんが、それも懸念点の1つではありますよね。
香月:ほかにも、ファイルを違法にアップロードして生じる著作権侵害の責任をインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)にも負わせる「米国型のプロバイダーの義務と責任の導入」、音や匂いも商標登録する……など手強そうなルールが揃ってますね。
◇TPPIPに対する各国ユーザー団体の反応は?
津田:やっぱり完全に米国式の知財ルールの押し付けですね。ほかの国もウチに合わせろって話ですよね、知財分野のTPPは。気になるのは、TPPの交渉参加国で怒っているところはないのかなということなんです。香月さんが出席した「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」でいろんな国の人と話す機会があったわけですが、そのあたりの話は出ました?
香月:あそこに集まったのはTPPに反対する人たちばかりですから、それはもう非難轟々でしたよ。そもそも、今回MIAUのメンバーを招待してくれたのは「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」を主催した電子フロンティア財団(EFF)という米国の団体です。[*30] 彼らは米国のインターネットやデジタル家電ユーザーの権利を守るために活動していて、ACTA [*31] に続いてTPPにも大反対しているんです。ウェブサイトにあるTPPの特集ページ [*32] を見るとわかりますが、米国政府のやり方をきっぱり否定しています。
津田:ちなみに、MIAUは「日本のEFFになる!」って言って立ち上げた団体ですね。活動内容や主張は似ているのですが、両者の一番の違いはEFFには潤沢な資金があるということ。EFFはお金を使って派手にロビイングしたりといったことができるんです。
香月:EFFは財団ですからね。腕のいい法律家とか弁護士もたくさん雇っています。EFFの中の人に聞いたところ、今回のような国際関係の問題を担当する部署だけで6名がフルタイムで働いているそうです。ハーバード大学のロースクールなどから優秀な人材を引っ張ってきていて、もしインターネットユーザーが著作権侵害で訴えられて困っていたら「うちが弁護士を派遣します」みたいなことをやってくれる。今回の「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」だって、僕らの飛行機代やホテル代、現地での食事代まですべてEFFが出してくれましたから。
津田:いわゆる「アゴアシ枕つき」で呼ばれたわけですね。うらやましいなぁ……。で、「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」ってどんな会合だったんですか?
香月:11月1日と2日にニュージーランドのオークランドで開かれた反TPP団体・アクティビストのネットワーク会議です。ちょうどTPPの第15回ラウンドがオークランドで開かれている時期だったので、それに合わせて同じ場所で開催したということでしょうね。各国のMIAUやEFFのようなユーザー団体が集まってTPPに対する問題意識を共有しよう――それがきっかけだったんですけど、実際の会議はデジタルライツ全般について共同連携をしていきましょう――そんな内容に終始しました。
津田:どんな国からどんな団体の人が来ていました?
香月:オーストラリア、米国、タイ、チリ、ニュージーランド、マレーシア、メキシコ、日本、ベトナム……と、基本的にTPPに関係のある環太平洋地域から来た人がほとんどでしたね。参加している人や団体は大きく3つに分類できて、1つは明確にTPPに反対している団体。もう1つは知的財産権やインターネット政策のために活動している団体で、MIAUやEFFはここに含まれますね。最後は、インターネットの検閲や監視といった言論の自由のために戦っている団体。参加の動機は国の状況によってさまざまですが、少なくとも「デジタルライツを守りたい」というところでは一致している。どの団体もユーザーの声を代弁する団体で、たとえば米国からはEFFやKEIのほかにPublic Citizen、[*33] オーストラリアのElectronic Frontiers Australia(EFA)、[*34] カナダのOpen Media [*35] が中心になってやっている反TPP連合「STOP THE TRAP」、[*36] それからクリエイティブ・コモンズ・メキシコ [*37] も来ていましたね。
津田:その人たちとどんなことを話すんですか。
香月:まず最初に、TPPをめぐる世界的な状況についての説明があって、それは冒頭でもお話したとおりです。KEIによるリーク文書のことなどですね。それを受けて会議のコアイシューを確認したあと、初日は各国の現状について報告し合いました。
津田:それはTPPとは関係なく?
香月:はい。TPPについてというよりは、各国が今抱えているデジタルライツ全般に関する課題や問題、それを解決するために自分たちはどういう活動ををしているのかについてですね。TPPに関しては、その後のグループ討論で個別の条項についてじっくり話し合いました。参加者との食事や雑談などでもTPPについて議論されることが多かったですし。
津田:それはなかなか貴重な機会ですね。海外のMIAUみたいな団体の人たちと話してみた率直な感想は?
香月:MIAUの活動って、インターネットユーザーのデジタルにおける権利――インターネットに接続するとか、情報にアクセスするとか、コンピュータを使うとか、そういうものの権利をユーザーの立場で主張していくことじゃないですか。MIAUやEFFだけじゃなく、同じようなことを考えているユーザー団体が世界中にいることを目の当たりにできたのが大きかったですね。国の状況は違っても、同じような理念を共有している。日本や米国では言論の自由が保証されているし、知財に関しても環境が整っています。でも、そもそもインターネットに自由にアクセスできなかったり、言論統制が行われている国の人も来ていて、そういう話を聞くと考えさせられました。本当は各国について具体的にお話ししたいんですけど、この会議にはチャタムハウス・ルール [*38] が適用されていて、何について話したかを報告するぶんには問題ないんですけど、発言者を特定できる引用を外部に向けてしてはいけないんですよ。
津田:なるほどね。じゃあ、話せる範囲でいいので、議論する中で得た新たな発見などがあれば教えてください。
香月:「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」でメインだったのはポストイットアクティビティで、5つくらいのトピックについて各人が思うことをポストイットに書いてイシュー出しをして、それに合わせて5つの分科会を作ってそれぞれ話し合いをするというものでした。参加者はそれぞれの分科会に強制的に振り分けられて、僕はアクティビズム [*39] について議論するチームに入りました。
津田:あれ? ちょっと待って。香月さんって外人と熱く議論できるほど英語がペラペラ話せましたっけ?
香月:それがですね、僕の入ったチームのメンバーは僕を除くと3人だったんですけど、そのうちの2名が日本語が理解できたんですよね(笑)。僕の発言がこなれていないと「日本語でいいですよ」とか言って、その場で英語に翻訳してくれるという。いやー、ラッキーでした。で、ここで議論されたアクティビズム論が僕にとっては大きな収穫で、アクティビズム――つまり、自分たちの社会活動をどうやって世の中に広めていくか、たとえばツイッターを使って効果的に情報を出していくにはどうするか、活動を認知してもらうためにはどうすればいいかについての具体的な話が聞けた。EFFのサイトにも文章が公開されているんですけど、すごく勉強になりましたね。
津田:逆に、香月さんは流暢な英語でどんなことを話したんですか?
香月:僕は日本が誇るメディア・アクティビストの会社で働いていますからね! 国内における社会活動や政治活動の現状をお話ししましたよ。一番ウケたのは選挙の話。日本ではネットでの選挙活動が禁止されているから、立候補者は公示後ツイッター使っちゃいけないし、ブログも更新できなくなると言うと、「えー、ありえない!」みたいにめちゃくちゃ驚かれました。
津田:ある意味、国民の知る権利を阻害しているわけですからね。ほかの先進国では考えられないことだと。
香月:日本はそういうところを変えていかないといけない、という話になりましたね。まずはネット選挙が解禁されないと、MIAUみたいな団体の活動はシュリンクしていかざるを得ないよねって。あと、活動という意味では、日本はデモなんかもやり方を変えないといけないなと。現地で反TPPのデモを見たのですが、これがすごく面白かったんですよ。TPPの密室性を皮肉って、「どんな目が出るかわからない」と大きなサイコロを振るパフォーマンスをしたり。この様子についてはビデオに撮ってきていて、字幕をつけて取材映像としてまとめたものをYouTubeにアップしていますので、ぜひ見てくださいね。[*40]
津田:へー! それは面白い。ほかに何かTPP関連で印象的だった話は?
香月:TPPで扱われる21分野のうち、ほかの分野の動向が知財分野に影響する可能性があるというのは初耳でした。たとえばインベストメント・チャプター――投資家保護の条項があって、これは米国とカナダのFTAですでに発効されています。どういう内容なのかというと、国が法改正などで投資家の投資に影響をおよぼすようなことがあってはならないと。あくまで投資は自由であって、国が干渉してはいけないというものです。具体的な例を挙げると、米国はカナダに対してある資源を輸出していたんですね。カナダはそれを受け入れてたんだけど、どうやら米国が輸出してきた資源の中に有害物質が含まれているようだということがわかってしまった。カナダ政府としては当然、国民を守るためにその資源を輸入するのを禁止する法律を作りますよね。ごく常識的な対応なわけです。ところが、カナダ政府が輸入制限をかけたらFTAの投資家条項に抵触してしまった。米国では投資家たちがその資源に投資してマーケットを育ててきたのに、カナダ政府に規制されることで台無しにされたと言うんです。米国は実際にカナダを訴えて、カナダは賠償金を払ってるんですよ。最近では、米国とFTAを結んだ韓国でも、米ファンドが韓国政府を訴えたと報道されていますよね。[*41]
津田:それと同じことが知財分野でも起こるかもしれない、と。
香月:はい。たとえば将来、日本でもフェアユース [*42] が導入されるかもしれないという時に、そのせいで日本の映画産業に投資をしていた外国人投資家の実入りが減ることになってしまった、政府は投資家に賠償しろということもありうるわけです。投資家条項を盾に訴えられるおそれがあると、国内法を改正できなくなってしまう可能性もありますよね。
津田:知財だけを追いかけていると、思わぬ落とし穴にハマってしまうかもしれない――確かにそれは怖いですね。TPPのことを考える時は、ある程度ほかの分野についての知識も必要になってくるわけですね。
香月:そうなんですよ。僕たちがTPPを語る時、いつも「TPPは農業と自動車産業だけの話じゃない。知的財産も同じくらい重要なんだ」みたいな言い方をしますけど、逆に言うと僕はTPPの農業や工業製品分野についてほとんど知らないんです。今回TPPについていろいろ考えた中で、それが一番の反省点でしたね。
津田:確かにそれはあらゆる分野の貿易交渉に臨む上で必要な態度なんでしょうね。「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」では2日間に渡ってそんな話し合いが続いたわけですけど、全行程を終えて、何かしら目に見える成果みたいなものってあったんでしょうか?
香月:当初、この会議の最終的な目標は、参加団体で共同声明を出すことだったんです。トピックごとの分科会を開いて議論を深め、僕らは今後の国際社会に対し、デジタルライツのどのようなあり方を求めていくのか、要望をまとめていくと。各分科会の結論をそれぞれ提言にして「オークランドデジタルライツ宣言」とする。本当はそこまでやる予定だったんですけど、議論の時間が足りなくて共同声明には至らなかったんです。でも、将来的にはそれを出していこうというところで一致しました。
津田:みんなで連携して反TPPIP連合みたいなものを作ろうということにはならなかったんですか。
香月:もちろんそういう話も議題に挙がったんですけど、共同で団体を作るのは難しいだろうという結論になりました。反TPPIP連合といっても、出身国の状況や言語の問題、それに関わってる人の考え方が違うのでかなりハードルが高いんですよ。それに、それぞれの団体は各国でかなりのプレゼンスを誇ってるので、それを捨ててまで新しい団体を作るメリットがあまりないんです。あくまでも各国の団体がゆるく連携し、情報や危機感を共有していけばいい。それを示すのにベストな方法は、共同声明を出すことだろう、と。
津田:なるほど。ものすごく有意義な海外出張だったわけですね。MIAUの事務局長として初めての海外出張だったわけですが、最後に「NZ デジタル・ライツ・キャンプ」に出席した感想を改めて教えてください。
香月:TPPや各条項についての議論を深めていく中で、それぞれに興味深いエピソードはたくさんありましたが、僕の中で一番の収穫は、なぜデジタルライツが大事なのかを改めて実感できたことです。僕らはなぜDVDのリッピング規制に反対しているのか、なぜ著作権の保護期間を延長させてはいけないのか。普段からそういう主張をしているものの、つきつめて考えると、結局のところ「知へのアクセス」を守りたいんだなと。インターネットがもたらした一番の利点は、ネットにつながることによって、地域によって偏在していたり、外国に行かないと手に入らなかったような知識や文化、ノウハウに誰もがアクセスできるようになったことです。インターネットを規制することは、せっかく拓かれた知識へのアクセスに壁を作るということ――だから僕は反対していたんだということを、具体的にというか、肌感覚として理解できるようになりました。あと、日本ってやっぱり知財分野ではかなり注目されてるんですよ。ACTAにしても著作権法にしても、日本は良くも悪くも先進的なことをやってるので、その動向を各国がウォッチしている。とりあえず、目下の課題はTPPです。MIAUとしても「thinkTPPIP」としても、情報開示を働きかけていくのはもちろん、知財以外の分野についても学んで、場合によっては別分野の団体と連携していく必要もあるのかなと。
津田:自民党政権がどちらに舵を切るのかわからないとはいえ、残された時間はあまりないですからね。実は、インターネット国民投票「ゼゼヒヒ」[*43] でもTPP関連の質問をたくさん用意しようと思っているので、政治家への意見表明に使えないか、考えてみたいと思っています。
香月:僕たちMIAUのメンバーもたくさん質問を考えているのに、津田さんがぜんぜん承認してくれないんじゃないですか!
津田:ソーシャルで話題にならなきゃしょうがないからね。TPPがニュースで話題になったタイミングを見てる感じですね。近いうちに、まとめて連投する予定ですので皆さんお楽しみに!
▼香月啓佑(かつき・けいすけ)
一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)事務局長。有限会社ネオローグ編集部。1983年福岡県北九州市生まれ。九州大学芸術工学部音響設計学科卒業。音響機器メーカー勤務を経て現職。MIAU事務局長として、インターネットやデジタル機器等の技術発展や利用者の利便性に関わる分野における、意見の表明・知識の普及などの活動を行う。ネオローグではインターネットに関係する記事の執筆や電子書籍のオーサリング、インターネット放送やラジオ番組の構成やインターネット生中継のコーディネートを担当している。
ツイッター:@kskktk
この記事は「津田大介の『メディアの現場』」からの抜粋です。
ご興味を持たれた方は、ぜひご購読をお願いします。
[*1] http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121229/stt12122909040002-n1.htm
[*2] http://www.asahi.com/politics/update/1119/TKY201211190787.html
[*3] http://www.jimin.jp/activity/colum/115185.html
[*4] http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF2800Q_Y2A221C1PP8000/
[*5] http://www.nikkei4946.com/zenzukai/detail.aspx?zenzukai=vpki4SN21puUbxlPRyIePg%3D%3D
[*6] 「TPP協定交渉の分野別状況」(平成24年3月)- 国家戦略室
http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20120329/20120329_1.pdf
[*7] http://miau.jp/
[*8] http://thinkcopyright.org/
[*9] http://creativecommons.jp/
[*11] http://en.wikiversity.org/wiki/International_Digital_Rights
[*12] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/index.html
[*13] http://www.mfat.govt.nz/downloads/trade-agreement/transpacific/TPP%20letter.pdf
[*14] http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000118020120127003.htm
[*15] http://stoptppaction.blogspot.jp/2012/12/2tpp15.html
[*16] 『TPPの交渉透明化と、日本の知財・情報政策へのインパクトを問う!』
http://live.nicovideo.jp/watch/lv117939659
[*17] http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/fukui/20111031_487650.html
福井健策先生による抄訳
http://www.kottolaw.com/column/000438.html
[*18] http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2011/12/tpp-2.php?page=2
[*19] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/
[*20] http://www.jetro.go.jp/world/n_america/reports/07000966
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[*23] http://cozylaw.com/copy/kihon10/no-007.htm
[*24] http://www.aozora.gr.jp/
[*25] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/406196514X/tsudamag-22
[*26] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101047049/tsudamag-22
[*27] http://thinkcopyright.org/public_comment.html
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[*30]https://www.eff.org
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[*33]http://www.citizen.org/Page.aspx?pid=183
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[*37]http://wiki.creativecommons.org/Mexico
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[*40]https://www.youtube.com/watch?v=1AO0y5-TEx8
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[*43]http://zzhh.jp/