じゆうちょう

[記録に見る第二次大戦]原子爆弾の誕生と投下決定 補足:枢軸側の状況

2015/05/24 20:50 投稿

コメント:14

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前回からの続きです。今回は、テーマ「原子爆弾の誕生と投下決定」の補足記事として、枢軸側の状況を記します。

1945年2月に交わされた米国、英国、ソ連のヤルタ協定によって、ソ連の対日参戦が確実となりました。2ヵ月後の4月、長く米国の舵を取ってきたルーズベルトが死去し、代わって元副大統領のトルーマンが大統領を引き継ぎました。新たな方針と体制をもって構える連合国側に対し、枢軸国側のドイツ、日本は苦境に立たされていました。


□枢軸、傾く
残った枢軸国、ドイツ、日本の1945年4月~5月の状況を見ていきます。

ドイツ:
4月、ソ連軍はドイツ国内に侵攻していました。ヒトラー56歳の誕生日である4月20日には、すでにソ連軍による首都ベルリンの砲撃が開始されていました。4月25日、とうとう首都ベルリンは完全に包囲され、ヒトラーは逃れるすべを失ってしまいました。

この頃、かつて枢軸国イタリアを率いたムッソリーニはパルチザンに射殺され、遺体がミラノの広場に逆さ吊りにされました。知らせを受けたヒトラーは衝撃を受けたようです。今や自分とその部下は、ヨーロッパの中で完全に孤立した、との思いだったのでしょう。

4月29日未明、ヒトラーは、長年連れ添ったエヴァ・ブラウンと結婚式を挙げ、後継の大統領および国防軍総司令官にデーニッツ提督を指名しました。そして翌日、ブラウンとともに首相官邸の地下壕で自殺しました。

ヒトラーの死後、宣伝相ゲッペルスはソ連との単独休戦を試みましたが、失敗し、ヒトラーの後を追いました。他方デーニッツは米英との分離休戦を試みましたが、これも果たせず、西部戦線(対英戦線)のドイツ軍は5月7日に無条件降伏しました。東部戦線(対ソ戦線)でも、5月9日に降伏文書の調印式が行われました。

連合国側はデーニッツを正当な後継者と認めなかったため、降伏文書には、ドイツ国防軍を代表してヨードル将軍が署名しただけでした。正統政府が存在しないまま降伏したドイツは、連合国による分割・直接占領下に置かれることになりました。

日本:
B29戦略爆撃機による東京空襲を皮切りに、1944年11月末から日本本土に対する爆撃が恒常化しはじめ、月を追うごとにその激しさを増していきました。国民の多くは、大本営による「戦勝」発表に疑いを抱くようになり、様々な流言が飛び交うようになっていました。

それでも日本政府と軍部は、1945年1月半ばに「本土決戦」準備を決定したように、抗戦姿勢を変えませんでした。悪化する一方の戦局に、政府内部でも戦争の前途に不安を表明する者が出てきていたにもかかわらず。

1945年4月5日、ソ連のモロトフ外相は佐藤尚武駐ソ大使を呼び、「日ソ中立条約」を延長しない旨を通告しました(条約自体はこの通告後、1年間は有効となっていました)。4月7日には鈴木貫太郎首相のもと新内閣が発足しましたが、この頃には日本海軍最大の戦艦「大和」を中心とする海上特攻隊が米軍機の集中攻撃を受け、主力を失ってしまっていました。

そして5月、ドイツが連合国に無条件降伏したことで、日本は全世界から孤立してしまいました。ここにきて鈴木内閣は、5月11日から数日間にわたって会議し、「ソ連仲介による和平」等を目的とした対ソ交渉の開始を決定しました。連合国の大国の中で唯一、日本との中立条約の効果が残っていたソ連であれば、歩み寄れるとの考えによるものかもしれません。

鈴木首相は、
「スターリン首相の人柄は西郷南洲(隆盛)と似た者がある」

― 『日本の歴史25 太平洋戦争』 中公文庫刊 著:林茂
として、ソ連の仲介に期待をかけながら、対米戦争を継続していました。対ソ交渉において東郷外相は、朝鮮の領有を除き、たいていの譲歩を行うつもりでした。しかし、皮肉なことにこの数ヶ月前、ヤルタでの秘密協定によって、ソ連の対日参戦は決定されていたのでした。


つづきます。

[参考にした図書]


コメント

ロランP
No.13 (2015/05/25 23:01)
この時代で、もうスパイとかしれっと、日本の一番偉いところに
もぐりこんじゃってるんですね。
今の時代とか、
深く考えても自分じゃどうしようもないけど
国家間とは、恐ろしいものですね。
(著者)
No.14 (2015/05/26 07:24)
ロランさん、

ワイの想像やけど、色んな国のスパイがおるから、互いの利害がいい具合に対立して、かえって不思議なバランスが保たれていたりして、、、のぜ。どの国のスパイも抜けた所はあるし、完璧でもないと思うのぜ。CIAが完璧超人なら、共産主義の中華人民共和国は出来んかったはずやし、KGBが全能やったら、ソ連崩壊もなかったはずぜ〜

どんだけ訓練された人間でも、世界は思った通りにはなかなか動かせん、ということかな? まああと、「組織は一枚岩ならず」といって、対外協力よりも組織内対立のが強く出る場合もあると思うのぜ。
(著者)
No.15 (2015/05/26 07:36)
例えば、前の記事で紹介した米国のトルーマン大統領と、占領軍GHQのマッカーサー元帥は、ソリが合わなかったとかいう話があるのぜ。ある程度は、その「ソリの合わなさ」が両者の行動、そして国際情勢にも影響しとるかもなのぜ。歴史って面白いのぜ。
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