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tkさんのgdgdひとりごと

「ハジメテノオト」はなぜ特別か?

2016/04/11 22:39 投稿

コメント:4

  • タグ:
  • 初音ミク
  • VOCALOID

「ハジメテノオト」

初音ミクの「初」「音」を咏った、初音ミクのリスナーにとっての永遠のアンセムの一つである。

先日、N響のクラシック×ポップスの特別企画の演奏会にて、この楽曲が話題になった。

この「ハジメテノオト」は、ライブだと、初のミク海外ライブとなったLAミクノポリス、去年の武道館マジカルミライ、そして今回のN響での歌唱などで歌われている。
そんな記念碑的な楽曲であるハジメテノオトは、私にとって、単なるVOCALOIDイメソンの枠を超えた特別な意味を持つ。

この記事では、そんなこの曲の特別さについて、記す。



私が、この曲において特筆したい要素は「歌詞における初音ミクの人格性の薄さ」である。

私自身の主観的な分類だが、数多くのVOCALOIDイメージソングの歌詞の方向性は以下の4つになる。
「恋愛型」「(P視点の)救済型」「消失型」「祝祭型」である。

恋愛型は、「恋スルVOC@LOID」や「八月の花嫁」のような「VOCALOIDとしての自我を持ちつつも(主に使い手に)恋をしているミクを描いた」曲である。
こういった楽曲の世界観において、初音ミクは「喋りとか上手くないけど 側に置いて欲しいよ Ah」という風な、少女としての恋する感情を持っている。



救済型の代表曲は「ODDS&ENDS」、そしてみきとPの「僕は初音ミクとキスをした」だろう。
これらの楽曲のテーマは、要するに「冴えない、人生を楽しめずにいたヤツが、ミクと出会うことで「ボカロで音楽を作る」という生の楽しみを見つけ、救済される」というものであるが、
ミク視点のO&Eにしろ、P視点の初キスにしろ、人生の鬱屈さ、「私を歌わせてみて」というミクのボカロとしての機能からくる使命感、「僕はそんな そんな 意気地ない世界も 歌も 誰かに 届けてみたくなった」という衝動。。。 などといった生々しい感情があるからこそ成り立つ世界観である。



消失型は、文字通り「初音ミクの消失」、そして「永久に続く五線譜」などだろう。
ボカロとしての機能停止という切なさ、「永久に続く五線譜」の退廃的な絶望感もやはり生々しい感情だ。



祝祭型は、「INNOCENCE」や「39」など、「歌姫として、アイコンとして、周囲とともに有名になった初音ミク(およびその現象・ムーブメント)」を描いたものだ。
広義には「Tell Your World」のようなCGMそのものを描いたような楽曲も含まれると思うが、このような世界観の中で描かれるミクも、やはり周囲から歌姫として愛されることを素直に喜び、そして感謝するという「感情」を持っている。


          

以上のような分類に対して、この「ハジメテノオト」はどのカテゴリに属するだろうか?
それが、私にとっては、この曲はどうしても上の四カテゴリに当てはまらないのだ。

ハジメテノオトは、全ての、環境音も含めた色々な「音」の中で、
初音ミクの歌う「歌声」を「最初に心に感じる音」として規定する世界観となっている。

この中で「初音ミクが、初音ミクという自我として感じる、感情」はあるのだろうか?
強いて言うなら、「ワタシにとっては これがそう だから今、うれしくて 」というのが、ミクの思いになるかもしれない。
しかし、私にとって、この感情は上で言うような「人間味のある」感情とは一種違った、より原初的でシンプルな存在に思える。

つまり、恋心という切なさでも、歌という生きがいでも、消えてしまう(或いは消えることすらできない)という恐怖でも、栄光という歓喜でもない。
そんな、ただただ楽音を発することが嬉しさであり、それを誰かに聞いて欲しいという、楽器としての「感情」。

これが「ハジメテノオト」における初音ミクの「こころ」だと私は思う。

すなわち、この楽曲で詠われる初音ミクは、

「人として」ではなく「楽器として」歌っているのである。
それが、上で書いた「初音ミクの人格性の薄さ」の意味である。


ハジメテノオトにおいて、
その歌を歌う初音ミクの言葉は問いかけである。

「初めての音は なんでしたか?」
「初めての音は ありましたか?」
「初めての音に なれましたか?」

「知らない曲とか 街の音に
ワクワクしてますか? 」

そして、楽器として初音ミクは云う。

「世界のどこでも ワタシはうたう
それぞれの ハジメテノオトを… 」

そう。
この曲は「ハジメテノオト」なのだ。
最初という存在は、一つしか存在し得ない。

数列において、項は無限に増えていったとしても、
初項は最初の第一項のみだ。

それと同じように、この「楽器としての初音ミク」が歌うハジメテノオトは、
人格を持つDivaとしてのミクではなく、楽器としての初音ミクを描き切ったからこそ、
特別な、永遠のアンセムとして存在し続けるのである。




とまあ、私の、この曲に対する特別な思いを、書いてみました。
この曲の歌詞は、シンプルに見えて、いや、シンプルだからこそ難しいですね。
この奥の深さは、最早哲学かもしれない。

では|ノシ

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

最後に、毎度のことですが、自作動画の広告入れておきます。サーセンww



あの名曲、初めての恋が終わる時のPVを作成、投稿しております。どうかご覧ください。
原曲


では。

コメント

tk (著者)
No.2 (2016/04/12 00:15)
>>1
補論2
これ、聞き方によっては不快に思うかもしれませんが、良い意味でPの影が薄いのですよね。ミクがミクとして勝手に歌ったらこういうメッセージを歌うだろうと思わさせる要素がある。
逆にPのパーソナルさを極限まで推し進めて、使い手の人格にミクが共振する域に達してるのがryoのODDS&ENDS、あるいはみきとPの僕は初音ミクとキスをした。なのかなと思います。初キスは明らかに作りての人格視点ですし、ODDS&ENDSもミク視点の一人称とはいえ、そのミクの人格はryoという使い手のパーソナルな人格の鏡写しです。
そして、全く別のアプローチでCGMを歌ったのがkzのTell Your Worldかなあと思います。

それ以外にも、記事で書いた消失型とか、恋愛型とか、祝祭型……
とありますが、
この中で、Pの影が薄い。というより、Pが考えた「Pの家の初音ミク」になっていない、「楽器としての初音ミク」を描けているのはハジメテノオトが唯一無二なのではないかと思うのです。
PurpleWhite
No.3 (2016/04/13 18:17)
詳しい解説ありがとうございます。
ここまで深く考えたことは無いので、
VOCALOID(初音ミク)がどんなものであるかを確認できました。
読んでいると、納得いく部分もあって、(納得いかないのは曲を知らないからでしょう。)
個人的にはこの中で一番大事なことは、「ボカロ(初音ミク)は楽器」という事だと思います。
絶対に覆ることの無い事項ですからね…。記事、ありがとうございました。
tk (著者)
No.4 (2016/04/13 21:24)
>>3
PurpleWhite様、コメントありがとうございます。
ミクを「電子の歌姫」ではなく、楽器として扱っている。その上で、楽器として、楽器の付喪神的に、ミクの心を、ハジメテノオトとして歌わせているというのが私の解釈となります。
ただ、この記事はそもそも論理とか根拠のない、歌詞を読んだ個人の印象論です。なので、納得していただけない場合も、まったく差し支えないことでございますww
とはいえ、共感していただけたのでしたら、とてもうれしいです。お読みいただきありがとうございました。
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