とまと船 のコメント

とまと船
No.8 (2015/06/25 10:27)
リウキさん、

解説ありがとうございますのぜ!

>言葉の内容を意味、意味の形式を言葉、

この表現で、かなりしっくりきましたのぜ!ありがとうございますのぜ!
「言葉」と「意味」の関係は、それぞれ、ある実在の「ある方向からの見た目、または概観」と「その内面または機能」のようなものやろか。見た目は内面を、ある程度表したものであると。また、内面は見た目にも表れると。

そして、同じ実在に出会っても、例えばAさんとBさんの2人がいたとすると、それぞれが異なる捉え方をして、異なる言葉で表現するし、異なる意味に解釈するんやろねっ!例えば、読み終わった新聞紙を「ゴミ」と捉える人も「資源」と捉える人もいる。一人の人の中でも、あるときは新聞紙を「ゴミ」と思っていたけど、「やっぱり資源」と捉えなおすこともあるよねっ!

すると、例えばこの「読み終わった新聞紙」という実在にたった一つの、誰からも受け入れられるような「真実の意味、真実の言葉」があるのかどうか、気になるところやし、目や耳などの感覚器官を塞ぐと人体では捉えられないから、あるのやらないのやら・・・?という感じもするのぜ!

>「言葉の乱れは心の乱れ」
> と言いますが、当然こうしたことにも大いに関係があるので
>しょうね。一応、悪い言葉を心に思っていると、その悪い言葉
>に対応した観念が心に生じ、実際にそれに対応する実体・実存
>を外界に見出してしまい、さらにはそれを招いてしまう・・

何でも汚い言葉で貶める傾向がある人なら、新聞紙を悪く言うやろうし、その人の世界では大抵の物事が中傷の対象かもしれんね!世界全体の意味を形作っているのは、「それを観測し、体験するその人自身の言葉(心の中での思いも含む)」ということも言えるやろうか? 善い世界に生きようとするなら、仏教で言うところの「身口意(立ち居振る舞い、口に出すこと、思うこと)」を善くするのが大事ということなんやろうね。

全世界がたった一つの真の意味、言葉を持つとすると、実際は人それぞれに一つずつの世界があるのかな・・・なんて、パラレルワールド的なことも思ったのぜ! 

>言葉を道具化する定義、の次元の話になっ
>てくると、冗談抜きで学問の開祖であるアリストテレスと喧嘩
>するくらいの覚悟も必要になってきますし、それを経ないこと
>には虚無の根本にも触れられないので、

虚無に一切囚われないために、敵を知る意味で虚無(絶望?)の根本に触れるか、「虚無に囚われうるも人生」として虚無の根本に触れないか、ゆゆゆ、ゆっくりの餡子脳では、、、

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