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哲学随想を試しに書いてみる。30

2015/01/29 17:02 投稿

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「魔法少女まどか☆マギカ」でも重要なキーワードだった、感情、つまり情念は、感覚と思惟の中間の存在であり、思惟とほぼ等しい思念、にカテゴライズされる。

 思念(想念)にカテゴライズされるものには、情念、の他には、妄念・邪念・執念・雑念・疑念・信念・観念・理念、などが挙げられるが(超越的な概念はここでは除く)、やはりこの中で見ても、情念がもっとも感情や感覚に近い。
 そして、先のプラトンら哲人のセンスであるロゴスが理念的であるのに対し、ホメロスたち詩人のセンス、ミュトスは情念(パトス)的である。
 前に、観察が不可能な思想は洞察するしかない、と言ったが、観念に加えて思想を洞察する助けになるのはこの理念、であり、情念(パトス)は思想とはまた違った存在様式を持つ、芸術、の原動力になったりもする。


 ロゴスが何か、については数学やこうした論理学に基づく、極度に抽象的で、なかなか「慣れ」で読み進むことが出来ず、それこそ思考自体について考えなければ読み進むことの出来ない、哲学者や賢人の言葉や文章などを思ってくれればよいのだが、
 他方、ミュトスが何か、について知りたければ・・・
 もっとも良いのは、見知らぬ外国語に触れてみることである。

 つまり、意味(ロゴス)、というものの完全に排された、それこそ、音楽、として捉えられるような言葉、それが、純粋なるミュトスと言える。
 体感的直観としては、いわゆる「頭とハート(胸)」である。
 詩句においては韻律、音楽においては旋律、として表現される基調リズムの繰り返しの心地よさは、やはり頭ではなく胸の、心臓の拍動のリズムに訴えかけるものが大であろう。

 意味の省かれた、言葉の響き自体の音楽的心地よさ、その味わいこそは感情・情念(パトス)の表出・表現・迸りで、それは音楽が国を超えて愛され伝わるように、動植物すらにも、時として伝わるという。

 我が国の思想史においては、意味論・ロゴスに対立するものとして、感情論というものが強く批判され排された時期もあるが、情念(パトス)や感情、ミュトスはロゴスに対立するというよりは、ロゴスや思想の基礎・基本であり、子供がいつかは大人になるように、そこに留まり続けることが許されない、それこそひとつの青春期のような在り方をしているところのもの、としてとらえるべき類のものであると言えるだろう。

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