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哲学随想を試しに書いてみる。20

2014/12/15 21:18 投稿

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人は死んで初めて「何者か」「何か」になる。

 こういうと何かの意見や主張に聞こえるかもしれないが、困ったことに、これは哲学上の端的な逆説的事実で、宗教上なら真実とすら言ってもいいようなたぐいの事柄である。

 死を以て道とした我々日本人の祖先・侍の行動原理にこれを当てはめてみるならば、それはたとえば、
 「名を惜しむ」、
  という倫理的情念において現れる。

 前々回も語ったように、侍が生まれたのは平安時代の中期頃で、それに先立つ、まだ古代の武人の性格の強かった征夷大将軍・坂上田村麻呂のエミシ討伐や平将門・藤原純友の乱、平安末期の源平の争乱・合戦の頃の侍たちの関心が専ら、敵に勝つことや、侍の元々の主であった公家・貴族からの独立にあったのに対し、

 それらが平家物語などとして伝わるようになったその後世、室町幕府成立期・太平記の頃あたりからの武者はそうした物語を己の鑑とし、明らかに歴史や更なる後世、すなわち、今を生きる我々の目というものすらをも意識し、いかに死ぬか(生きるか)において、生きた(死んだ)自らの「名」を惜しむようになるのである。

 前に、歴史を「いつ(When)」の学問である、と言ったが、
 人間の歴史、「History」・・・すなわち、「His(誰かの)」+「Story(物語)」としての歴史、は「だれ(Who)」の学問と言える文学、と重なる。ただし、それは文学が含みこむ虚構性をどこまでも、果てしなく拒む、「誰か」の学、である。

 歴史に向き合う人は決して驕ってはならない。
 我々後世の者が彼らに眼差しを向けるように、以上の侍のごとく、彼らもまた、我々に眼差しを投げかけているからである。

 我々の前世代くらいの史家が、その前の大戦の惨禍ゆえか、命の価値に重きを過大に置きすぎ、そんな侍たちの眼差しに真っ向から応えることが出来なかったことは、まことに残念というほかはないだろう。
 ある種の蛮性、が命を軽んじるのは確かではあるのだが、侍の「武士道とは死ぬことと見つけたり」はそんなふうに命を軽んじるが故のものではない。


 一言で言えば、彼らは『命』よりも『魂』に価値を置いていたのであって、
 そして、それこそは、死を以て完結する『名』を惜しむ自由人の姿勢、と言えるのである。

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