品陀リウキのブロマガ

哲学随想を試しに書いてみる。11

2014/11/27 07:50 投稿

コメント:4

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おさらいすると、
全ての学問、全ての認識の対象であり、そもそもその当の認識そのものであるところの、

 「存在(もの)」

について、

 「存在がどう(How)存在するか?」  と問うのが科学であり、
 「存在がなぜ(Why)存在するか?」  と問うのが宗教であり、
 「存在する存在がなに(What)か?」  と問うのが哲学であった。

 そして、こうした問いの形式以外にも宗教と哲学を分かったのが、
「信じる」ということであり、

 神を信じて信念で神に接近するのが、宗教、であり、
 神を考えて理念で神に接近するのが、哲学、であった。


 じじつ、「コギト・エルゴ・スム」・・・通例訳「我思う、ゆえに我あり」(直訳:「思う、ゆえにあり」)・・で有名な自我の哲学者・デカルトにしても、この「信じる」の語の扱いには相当に慎重だったのであるが、
 それもひとえに、
  有(存在)と無、
 との関係にまつわる神の在り方に深く起因する。

 すなわち、
 

 無からの創造、である。

 この無から有への飛躍を認められるか否か、そこで宗教と哲学は分岐する。
 哲学の問いは「~とは何か?」なので、論理を突き詰めると、究極的に解答は、

 「あるはある。」 「ないはない。」

 という、一見して同語反復したものに至る。(但し、先の『ある(ない)』と後の『ある(ない)』の間には一人の人間の一生や一つの世界・宇宙の生滅に匹敵する深み厚みがある。要注意。)
 「ある(有)」と「ない(無)」はいくら考えても決して交わらないのである。

 これは科学や数学にも言えたことで、未だに宇宙誕生・ビッグバン以前の謎が解けないのもそうした「無から有は生まれない」という存在論の限界制約ゆえであり、1(有)を0(無)
で割ってはいけない根本の理由でもある。


 しかし、「信じる」ことは、そうした哲理や学問の限界を一足飛びにして、無から有の「天地開闢・創造」を、その逆、有から無の「仏への解脱」を、認めてしまう。有らしめてしまう。
 「信じる」にもそれが人の営為である以上、前世紀にさんざん批判されたように、軽信・盲信・迷信・狂信とさまざまな頽落形態はあるものの、
 そういう意味ではたしかに、考える人よりも信じる人の方が神的・仏的とは言えるのである。

コメント

品陀リウキ (著者)
No.2 (2014/11/27 21:23)
おやコメントありがとうございます^^

 まあ、この道を志す人の野望と言える、新概念の発見とか構築にも興味がないわけではないのですが、
おっしゃるとおり、これは基本的に万人のよって立つ常識に訴えかける本義論をベースにした筆者の息抜きのための随想(エッセイ)でして・・・(^^;)

 もしよければこれからも悶々とお楽しみください~
B・B
No.3 (2014/11/28 10:02)
>>2
返信ありがとうございます。
私が法学専攻ですので、法学というのはそもそも結論を出さなければならず、常に問題の核心に迫り、真実がはっきりしていなくてもおよそ正当性・妥当性があるだろうと認められる結論を求めるのでこういった随想を見てると
あはん!!あああはああああん!!!あ、あああああん!!!
となってしまうのですw

もちろん、これが法学の特徴であることを理解した上で他の学問領域の特徴も尊重しなければ学問の発展を阻害するだけですので、それはそれで未知との遭遇として楽しんでいますw

哲学随想というものをこのブロマガを期に知ることとなったのですが、今まで見たことの無い常識がそこにあるので非常に興味深く拝見させていただきました。
ひょっとしたら適当に書いてるのではないか…とあら探しをしてしまったのですがw
ちゃんと読んでも哲学をよく学んでいる人が書いた文章であることが伝わってきましたので素直に感心してしまった次第であります。

これからもちょくちょく足を運ばせていただきますので勝手に期待させていただきますw
品陀リウキ (著者)
No.4 (2014/12/06 20:28)
>>3
どうもありがとうございますw

 法学は社会的に実効性のある力の体系の学問ですから、常に一定の形の答えを出しつつ修正もされるから目まぐるしいですよね。割り切れないものを数学の無理数みたいに√にくくるわけにもいかないですしw

 哲学随想、という形式は自分の尊敬する、とある今は亡き哲学者が日本では初めて成した哲学の形式なんですが、ちょっと今はその名は伏せた上で、やれるところまでぼちぼちとやってみようかと思います。
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