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キミも「誰ソ彼ノ淵」を聴いてアイドルの内臓を愛でよう! という考察記事

2021/02/14 00:22 投稿

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  • クルリウタ



 本当は動画にするつもりだったのに、あまりに文字数増えるわゆっくりに喋らせるの難しすぎだわ眠いわで諦めました。懺悔から始めるな。

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 さて。みんな~ポプマス交通事故楽しんでる~? ぼくはエレナが刺さったPに初手クルリウタを投げる愚か者が多くて泣いています。どうしてもっと島原エレナの太陽なところとかクリスカの尊さとかなかよしTSVで光に染め上げてから誰ソ彼ノ淵で絶望に叩き落として丹念にぶっ殺さないのかって聞いてんだよ。それはそうとして今回はそんな「誰ソ彼ノ淵」の考察記事だが、なんとまあ今更感のあることか。よく考えるとCDリリースは半年以上前になる。



 個人的な話をするとアイドルの内臓や殺人の才能が大好きなので、当然「誰ソ彼ノ淵」も大好きな筆者であるが、17歳女性の心臓の平均重量は230gとかそういうのを調べていたらこういう文章が出来上がってしまったので、せっかくだから公開することにした次第である。

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 では早速始めていこう。考察に関しては本編やゲームの各種コミュの情報他、インターネット上で沢山の人が残した感情諸々を取り込んで半年くらい燻らせてきた個人的な解釈にまみれていることだけご承知おきいただきたい。あとめちゃくちゃ物騒な語がたくさん出てくるし、本編同様に過激な描写とか、そのへんの解説にかなり残酷な話もしたりするので、ショッキングなのがダメだった人たちは引き返してください。ごめんね。
 それからひとつ注意してもらいたいのは、TBTCの連動ガシャやイベント報酬カードのカード絵はそんなに参考にならないということである。劇中の描写と必ずしも一致しているわけではないので、矛盾がありそうな場合は意図的に無視してドラマの描写を優先する。


・何のために殺されるのか 人肉食説を考える

 最初は、「誰ソ彼ノ淵」のサスペンス要素である殺人描写について考えていく。
 伊織が滅多刺しにされたり、内臓抜かれた律子が木にぶら下げられたり、歌織だったものが乱暴に投げ捨てられたりする本作だが、最大の謎はその殺人が何のために行われているかということである。それを示唆する情報は数多い。
 すでに数多くの考察記事が公開されているので、もったいぶらずに言ってしまうと人肉食である。孤島では人を食料とするために殺しているのだと。しかし劇中やゲーム内展開では、人肉食を示唆するだけの情報が氾濫しているのみで、それを真とする確実な証拠はない。あくまで事実から推察される結論のひとつである。

 ドラマ「誰ソ彼ノ淵」は、いわゆるクローズド・サークルと呼ばれるタイプのサスペンスだ。その中で印象的に描かれているのが、人体を激しく損壊する殺人と、豪勢な食事である。このアンバランスが人肉食を想起させる環境を作り出している。つまり、この2点に関して掘り下げていけば、結論は真に近づいていくというわけだ。
 人肉食というのはヒトの肉を食料とすることなのだが、そもそも肉食に必要な工程とは、食肉の原料となる動物を解体する屠殺、肉を流通形態に調整する精肉、精肉を食べられるようにする調理からなる。これは人間の場合も変わらない。要するに「誰ソ彼ノ淵」における殺人描写が屠殺の作法に則っているのなら、それは人肉食のためであると言えるわけである

 これから先、かなり残酷な話をするので苦手な人は適当に飛ばしてください。というかアイドルコンテンツでどうして屠殺の話するんですか?


 まず、死に様が最も克明に描写された人物といえば律子。森の中でエレナが律子の変わり果てた姿をこう述べている。

「どうして律子先生のお腹に大きな穴が空いてて、それで、木にぶら下がってたの」

 最初に内臓を抜くのは屠殺の基本である。内臓というのはとにかく臭くなる。その臭みが肉に移ると非常に風味を損なってしまうのだ。家畜でもそうだが、狩猟においては仕留めた獲物の内臓をその場で出してしまう場合もある木にぶら下がっていたのは血抜きのためであろう。血液も臭みや鮮度を損なう原因になる。
 しかし食肉とするなら少し不自然な点もある。律子が殺害されたのは、茜が聞いた悲鳴と観た夢、その翌朝から行方不明という描写から茜たちが見つける前夜と考えられるが、そうなると森の中に丸一日放置されていたことになる。理屈を捏ねるなら、真っ暗な屋外で殺してしまったために痕跡を残さないよう屋敷に運ぶことが困難になり、その場で最低限の処理だけ施したというところだろうか。吊るされたものをエレナが即座に律子だと判別したことから、首も繋がっていたのだと考えられる。血抜きならさっさと首も落とすべきだが、志保が持っていたのがSSR覚醒後やキービジュアルのようなナイフなら、首を切断するのは困難だからだ。(まあ、作劇的にはそのほうが派手だからと言うのが本当のところだと思うが……)


 次に、歌織が見てしまった「志保が伊織の身体をナイフで切り刻んでいる」部屋についてである。まず、切り刻んでいる、という点で、一般にナイフを用いた致死的な攻撃方法である刺突ではないことが読み取れる。聞こえてくる音も、刺すというよりは刃物を何度も引くような音だ。それから、刃物の音の合間に何度も鎖を引きずるような音が響いている。この鎖は、切り刻まれている伊織が抵抗するような声を上げていないことか、拘束用ではないことがわかる。では何に使われているのか?
 屠殺された動物は精肉の際、吊るされた状態で刃を入れられる。これは吊るしたほうが作業が楽だからだ。鮟鱇の吊るし切りをご存知だろうか。あんな感じで、作業者が動くより被加工物が動いたほうが楽なのである。工業化された現代の精肉工場では時に100kg近い肉を吊るして搬送するため、強度に優れた金属製の鎖を使うわけである。(大抵は頭を下にして足で吊るす)
 さて、人間もなんだかんだ大型で重量がある。(伊織ちゃんが重いですって!? ムキー)同じように吊るしたほうが効率は良いだろう。鎖の音とは、吊るした伊織を切りやすいように位置を変えたりするために鎖を引く音なのだ。鎖を用いた簡便な吊り上げ装置としてはチェーンブロックがあるが、これはまさに吊りチェーンを巻き取るローラーを別のチェーンで動かすため、劇中と同じような鎖の音が鳴る。

 そしてこの鎖の音は、重要な意味を持っている。プロローグエピローグだ。
 プロローグとエピローグは、展開も全く共通している。鎖の音泣きじゃくる少女包丁の音。場面が変わると船舶事故について伝えるラジオ放送があり、食卓に三人が就く。少女は食事を拒否する。そして、啼泣のうちにトラックが終わる。泣いている少女は、最初が伊織であり、最後が茜である。
 そう、どちらも伊織が切り刻まれている間と全く同じ鎖の音がするのである。つまり、ここは人間をも食材に変えてしまう調理場にほかならないのである。そしてここが調理場であるのなら、伊織と茜が泣きわめいている理由は明白である。伊織と茜は、人間が料理に変わっていくさまを目の前で見せられているのだ。だから、食材を知っている伊織と茜は食事を拒否した。





 さて、殺人が屠殺の作法に則っていることは大分見えたので、次は食材について見ていこう。
 屠殺したんだから食うんだろ、というのはまあその通りなので、誰が料理になったのか考える。

 まず作中で一番最初に調理されているのは伊織の目の前である。これが誰なのかを示唆するのが、孤島生活2日目に伊織が花を手向けていた墓の存在だ。そこにはオレンジのガーベラが供えられている。伊織と関わりが深い人物で、オレンジに縁があり、「忍耐」「貴方は私の輝く太陽」といった花言葉のイメージがあり、同じく「孤島サスペンスホラー」で得票2位だった……ということで高槻やよいではないか、というのがどこかしこでも有力な説である。私もそう思う。因みにオレンジのガーベラが誕生花なのは7/28と10/8であり、該当者はいない。やよいを伊織の目の前で殺すなんて……ひどいやよいおりもあったもんですね。
 千鶴は「一ヶ月前にペットが死にましたの」なんて言っているが、人肉食のサイコパス女の言うことなので当然嘘だ。この女は劇中の端々でごく自然に矛盾する言動を繰り返している。
 全然関係ないけど伊織が大切にしていた動物というとぬいぐるみのウサちゃんからウサギを連想するわけだが、伊織の初めてのSSRでは伊織と一緒にバニーコスをしていた少女がいたような……

 次に明確に調理されているのは茜の目の前だ。しかし、ここでは誰かはわからない。茜はここまでで殺された全員と面識があるので、誰が目の前で料理に変わっていったとしても泣くだろうからだ。しかし茜は志保に刺されているので、食事ができるまでに傷が回復した後であるということになる。もしくは刺されても内臓に酷い損傷を受けなかったかだ。志保は何人も殺しているので、そうする方法を理解していた可能性がある。

 食材が明確になっていない食事シーンは、最初の晩に屋敷3人と遭難者4人全員が揃っていたときだ。ここまでの伏線はいくつかある。
 まず、千鶴に海難事故でこの島に流れ着いた事情を説明する場面である。千鶴は茜たちに救助が来るまで屋敷にとどまることを提案した際、「ちょうど本土から荷物が届いたばかりで……新鮮な食材がたくさんありますのよ」と言って饗しの準備を進めようとする。荷物を持ってきたものの正体は、志保の言う通り「週一回の定期便」である。
 千鶴の発言は状況と矛盾している。そもそも茜たちの海難事故の原因は悪天候である。そんな状況で定期便が来られたのだろうか? 茜たちが孤島に流れ着いた時点では晴れていたので、当日朝に来た可能性も十分にある。しかしなぜ、定期便が週1回来られる程度には本土に近く、遭難者が生存したまま流れつくことができた島に、2日経っても捜索隊が来ないのか? 捜索に来ない理由はともかく、定期船に関しては一言で説明できる。そんなの嘘っぱちなのだ。そもそも千鶴の言う食材には人間も含まれている。新鮮な食材とはつまり、茜たちのことなのである。

 え、茜たちはまだ殺されてないじゃないかって? 遭難者は茜たちだけではない。以下はエピローグで流れるラジオニュースの内容である。

「……今回海岸に流れ着いたのは、沈没した船の一部と見られています。なお、遺体は13日現在、13体が打ち上げられ、身元の確認も取れていますが、今もなお、生徒教師ら26人が行方不明となっております。地方自治体は引き続き捜索を行っていく模様です。それでは次のコーナーです。今週のアニマルステイションは、今話題のレジャー施設、(聞き取れない)パークからお届けします……」

 エピローグ時点で死者13名行方不明者26名である茜たち以外にまだ22人もいるのだ。同じ孤島に流れ着いていても何ら不思議はない。
 それを示唆するのが、茜たちに遭遇した志保が口走った「多いか」という台詞である。このときに静かに響く金属音は、これまでの我々の経験からナイフを抜いた音であることは明白である。では何が多いのか? 当然茜たちの人数だ。志保は「まさかここに人がいるとは思わなかったので」と言っておきながら、初めて茜たちを見た瞬間から一切驚いていないどころか、即座に殺す手順まで考えているのである。明らかに不自然だ。まるですでに同じ状況に遭遇したことがあるような……
 そういえば、TBTCも得票2位だったアイドルが何人か出演している。「誰ソ彼ノ淵」では律子と伊織だ。そしてメイド2位だったやよいも、その存在が示唆されている。残る主人公とその友達の得票2位は……






・何が繰り返されているのか 母と娘と「この世の理」を考える

 さて、次は表題曲が示すものを紐解いていこう。歌詞にある通り延々と繰り返される宿命についてだ。

 劇中で繰り返されるものとして象徴的なのは、プロローグとエピローグである。先述したとおりどちらも少女の悲鳴、嗚咽、それから調理の音、船舶事故を伝えるラジオ音声、食事の拒絶で構成されている。この中から見れば、多くの死者を出した船舶事故と同じような事故が、40年後――つまり茜たちが巻き込まれる形で発生した。そして女主人と食事を共にする。

 ここで最も重要なのは、何が誰の確固たる意志によって繰り返されているかということだ。
 先の人肉食説を前提とした上で考える。まず、船舶事故が千鶴の意志によって引き起こされたかどうかと言えば、違う。第一に千鶴が食人を行う上で、その獲物を船舶事故の漂流者に求めるというのは非効率かつ超自然的であるからだ。船舶事故が自然災害起因にせよ、例えば千鶴が超自然的な能力で人為的に引き起こしたものにせよ、被災者が島に生きたまま辿り着く保証はない(新鮮な食材を称賛する発言が劇中やSSRカード台詞にあることから、水死体を好んで食べるとは考えにくい)。そして、船舶事故が頻発するような航路や海域を40年間も利用するはずがないからだ。そもそも40年前の船舶事故はラジオニュースで伝えられたのみで、孤島の近海で起きた事故とは限らない。本編中の「週に一度定期船が来る」「定期船が来たばかりで食材がたくさん」という発言が船舶事故と漂流者を暗喩するものだとしても、やはり毎週のように事故が起きるというのはおかしい。よって、クルリウタが指すものは船舶事故ではない。
 もうひとつ繰り返されているのは、女主人と娘、つまり母と子の食事である。プロローグでは千鶴と伊織、エピローグでは千鶴と茜が食卓に就く。この食事は先の人肉食説でも述べたとおり、解体された誰かの料理だ。
 食事といえばプロローグとエピローグ以外に、館の住人と茜たちが全員揃っての晩餐、そしてSSR二階堂千鶴の描写がある。SSRは覚醒前では千鶴の他に三人が食卓を囲み、覚醒後には肉料理であふれるテーブルを前に千鶴が独り舌鼓を打っている。覚醒前の背景が嵐であることから、時系列的に共にしているのは茜たちではない。SSRが示唆するのは、千鶴と食事を共にしたものは、千鶴の食事になるということだ。娘であった伊織も、プロローグと同じ鎖の部屋で解体された。鎖の部屋で解体されたものは母と娘の食事となる。この孤島ではそれが道理であり、宿命なのである。

 では、宿命とは誰の宿命なのだろうか。当然この孤島で食事になる人間のことだ。それは娘の伊織も例外ではなかった。
 しかし、ここに最大の疑問がある。なぜ母である千鶴は娘である伊織までも食らうのか、という点だ。娘との食事を繰り返すのであれば、娘を殺す道理がどこにあろうか。もし千鶴が「伊織という娘」を他の少女に求め、志保と同じように従わせていたのだとすれば、茜たちが来て2日目の晩に千鶴の怒りを買って志保に「叱られた」娘に代わって、茜が「伊織」になることも辻褄が合うように思える。寧ろこれこそが繰り返されていることそのものだとも言えるだろう。千鶴が娘役の少女を何度も取り替えていることがだ。しかし、これは決定的に間違っている



 エピローグで千鶴の前に座る娘を、志保は「伊織さま」ではなく「茜さま」と呼ぶのである。

 千鶴が「伊織という娘」を求めているならば、これは絶対にあってはならない失策なのだ。千鶴の道理を否定した志保が叱られないはずがない。しかし千鶴は茜に対して温厚に、慈母の愛情を向けるかのように穏やかでいる。紛れもなく「茜さま」は千鶴の娘なのだ
 とは「伊織という娘」ではなく「千鶴という母」の役割が先にあって初めて成立するものなのである。千鶴が母である限り、娘が誰である必要はない。娘である必要もないかもしれない。

 親は子を育てるものだ。
 育てるということは、ときに我が子のように愛情を注ぐものである。
 花であれ、動物であれ。最後には枯れ、食べられると知っていても。
 親心というのは確かに存在するものなのだ。
 千鶴は親として、子に愛情を注ぎ育てる。
 美味しい食事になるように。

 守るべきはこの世の道理(ことわり)、それとも真心(真実)か、という歌詞は反転する。道理とは殺人を禁忌とする現代の価値観であり、ことわりとは千鶴を頂点とした食物連鎖である。真心とは母の愛、つまり料理に注がれた愛情であり、真実とはその中にある生命たちを指している。




・志保の行動原理

 このドラマにおける捕食者側の行動原理として、千鶴のそれは明確になった。
 ならば志保はどうして千鶴に協力するのだろうか。

 志保の正体について考えていこう。まず志保は主人である千鶴とその娘の伊織、伊織の友人であるやよいと、少なくともドラマ開始時点よりもっと前から孤島で暮らしていたと考えられる。

 ここで注目したいのは志保が口にした「ちゃんとしないと私が叱られてしまうんです、ちゃんとしないと……」という台詞だ。誰が志保を叱るのかと言えば、雇用主である千鶴にほかならない。では、私が、とはどういうことなのだろうか。
 この言葉の直前、志保は伊織を殺害している。伊織は千鶴の前で泣きわめき気分を害したからだという解釈もできる。しかしこれは不自然ではないか? 伊織に対する千鶴の怒りを志保が代行する理由は、存在するように見える。志保は千鶴に言われて伊織や茜に無理やり食事をさせようとするし、明らかに彼女の意志を代行する場面があるからだ。
 しかし、怒りというのは間違いだ。そもそも千鶴は怒りなど一度も見せていない。それに、千鶴が志保に殺させる目的は唯一、食事のためなのだ。千鶴は娘を叱らない。
 その中にあって異質なのが、志保の眼帯である。この島の中で死ではなく、怪我を負っているのは彼女だけなのだ。これこそが志保が叱られた痕跡であり、千鶴は娘ではなく従者を叱るという確たる証拠である。では、志保は自分の他に誰が叱られたと言外に述べたのであろうか。残された登場人物は高槻やよいただ一人、そして彼女はメイド役得票2位である。
 叱られたのはやよいなのだ。屋敷には当初、主人の千鶴娘の伊織、そしてメイドの志保とやよいの4人がいた(それぞれ屋敷組得票上位である)。おそらく娘役は何度も入れ替わっていただろうが、メイドは料理役でもあるし、長いこと仕えていたであろう。志保とやよいはふたりで千鶴のことわりを忠実に履行してきたはずだ。その相棒を自らの手で調理する羽目になった少女の感情は想像に難くない自分も捕食者でいるつもりだったのに、主人の機嫌次第で自分が今までしてきたことがそのまま返ってくることを強烈に体験させられたのだ。
 握り締めた刃は、いつでも自分自身を映しているのである。



 伊織の前でやよいが惨殺されるやよいおりもあれば、志保が伊織を惨殺するいおしほもある。百合ですね。巨大感情感じちゃうな。カプ厨がよ。



・おまけ 何故人肉食という題材が選ばれたのか

 さて、ここまでは劇中で起きたことをあーでもないこーでもないと並べてこじつけてみたが、ここからはちょっと外に目を向けてみたいと思う。

 ミリオンライブの劇中劇に対して個人的にちょっと思っていることがあるのだが、随所に「中の人ネタ」と同じものを感じることがある。アイマス自体も中の人ネタが出てくるが、そんな感じだ。
 例えばTB03「屋根裏の道化師」では、白石紬演じるウォーカーが驚いた拍子に「故郷の言葉」が出るシーンがあるが、紬自身も驚いたり恥ずかしがったりすると金沢弁が出てしまう。要するにアイドル自身のアイデンティティが役柄に反映される現象のことだ。これは口癖や人格に限った話ではなく、アイドルの実生活での立場もそうだと思っている。同じく「屋根裏の道化師」で新ヒロイン、コレットを演じる田中琴葉も演劇に強い関心があり、能力も高い。投票企画ではまさにそういった点で多くの票を集めた。MTW11「Parade d'amour」で北沢志保が演じたアシュリー・ノリスは奪われた証文を取り返し家族の平穏な暮らしを取り戻すため、単身男装までして士官学校に潜入したわけだが、志保自身も家族のために強い意志をもって独りアイドルの世界に飛び込んだ。TA02「果てしなく仁義ない戦い 魅梨音闘争篇」では組長の娘を演じる周防桃子が、一度は解散を決めた魅梨音組とそのシマを守るため後を継ぎ、桃子自身もバラバラになってしまった家族をなんとかしたいという一心で、再び芸能界に身を投じるのである。

 そういう事実を顧みた上で――「誰ソ彼ノ淵」でのアイドルのアイデンティティを見ていくことにする。なに、こんな猟奇殺人ドラマにそんなものがあるかって? 目の前にあるじゃないか、一番わかりやすいのが。

 猟奇殺人。人肉食だ。

 皆さんは二階堂精肉店をご存知だろうか。二階堂千鶴の実家ではないかとグリマス時代から実しやかに囁かれている噂話、仮説である。ミリシタにもそれを伺わせる描写は存分に引き継がれている。地元の商店街、おか……シェフの特製コロッケ「お肉屋さんのコロッケみたい!」「NIKAIDO SEINIKU」のシャツを着たカメラ男等々……
 精肉店とは精肉、つまり食肉を流通向けに調整したものを販売する小売店のことである。食肉とは動物の肉を食べること、またはそのために作られた肉のことを指す。




 いやまあ本当にひどい話をしているというのは重々承知しているが、ご容赦いただきたい。要するに「誰ソ彼ノ淵」の人肉食は二階堂千鶴の「中の人ネタ」と言いたいわけなのだ
 さあ、中の人ネタというからにはメタ視点で掘り下げなければいけない。「二階堂千鶴というアイドル」を見る(P含む)ミリシタ時空の住人視点と、我々プレイヤー視点からである。
 まずミリシタ時空では、二階堂千鶴の実家が精肉店である可能性というのは認知されていない。グリマスではPが千鶴を残念な感じで見ていた節はあるが、今はおいておく。しかし、プレイヤーは彼女の言葉の端々に二階堂精肉店の存在を示唆する情報を得ているわけである。前述のコロッケなんかがそうだ。なのでミリシタ時空の住人は「千鶴さんの実家精肉店だったよな……まさか人肉が……」なんて冗談でも考えたりしない。風評被害なんて起きようがないのである。安心安心。

 しかしここで風評被害を起こそうとしている邪悪なプレイヤーは違う。アイドル二階堂千鶴と「館の女主人」をそれはもうめちゃくちゃに結びつけようとしている。
 まず館の女主人は料理をしない。料理はすべてメイドの仕事だ。女主人はメイドの料理を絶賛している。精肉店の娘はどうだろう。商店街では顔が知れ渡っているようだが、我が家のシェフことお母さんのコロッケは絶品だと讃えて憚らない。Pに手料理を振る舞ったことがないわけではないが、基本的に登場する揚げ物はお母さん特製である。
 女主人は来訪者を最後には食料にするつもりで嘘をついている。精肉店の娘もセレブだと嘘をついている。
 しかし女主人も精肉店の娘も立ち居振る舞いは気品があり、纏うセレブオーラは本物だ。
 なんてこった、館の女主人は二階堂精肉店の娘そのものじゃないか!

 ――しかし、これらはすべてこじつけである。なぜなら二階堂精肉店が確実に存在することが証明されていないからだ。
 そして、それは「誰ソ彼ノ淵」で人肉食が行われていることが確実に証明されているわけでもないことと全く一致している。どちらも断片的で、しかし否定もし難く、それでいて確定的でない情報を繋ぎ合わせて解釈したものに過ぎない。

 こじつけはたのしいね!



・こまった オチがない

 そういうわけなので、もうひとつこじつけておこうと思う。
 エピローグのラジオをもう一度振り返ってみよう。

「……今回海岸に流れ着いたのは、沈没した船の一部と見られています。なお、遺体は13日現在、13体が打ち上げられ、身元の確認も取れていますが、今もなお、生徒教師ら26人が行方不明となっております。地方自治体は引き続き捜索を行っていく模様です。それでは次のコーナーです。今週のアニマルステイションは、今話題のレジャー施設、(聞き取れない)パークからお届けします……」

 ここで曲名ネタ入れるか普通? 本当に残酷だな。曲名ネタが入るくらいなので他にもネタはある。
 死者行方不明者は合計39名である。何がサンキューか。まあいい。ここから孤島に流れ着いた行方不明者のエレナ歌織律子を差し引くと、残りは35人となる。
 それから、TCシリーズはアイドルが各7人登場しているので、劇場アイドル52人からTCに出演した21人を除外すると31人となる。おや、ひょっとして死者行方不明者はTC未出演アイドル全員かと思ったけど4人足りないな。ん、4人……? なんてこった、社長、音無さん、青羽さんとプロデューサーを足すと35人じゃないか! 765プロ総出演おめでとう!
 ――なんて考えてみたものの、 ここまでの考察で31人の中からやよいを引っ張り出してしまっているので、矛盾してしまう。これは単純に「遺体は13日現在、13体が打ち上げられ、身元の確認も取れていますが、今もなお、生徒教師ら26人が行方不明」=52という単純な数字遊びだろう。

 しかしこのラジオ放送、明らかにおかしい点がひとつある。「13日現在」という表現から、事故からそれほど日にちは経っていないと考えられる。そんな段階で「地方自治体は引き続き捜索を行っていく」とはどういうことなのだろう。普通、海難事故の捜索や調査というのは警察や海上保安庁の仕事であって、自治体の仕事ではない
 考証ミスか、或いは意図的なのか、それを知る手がかりは見つけられなかったが……



 ここまでつらつらと妄想を書き連ねてきたわけだが、まあ、要するにエレナが死ぬとこめちゃくちゃえっちだったね……という話である。



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