たむらまろの備忘録的ブロマガ

一人旅 その2

2018/08/31 00:14 投稿

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◎一日目(8月21日 盛岡8:09⇒一ノ関9:41


朝日がまぶしくなってくる頃、私はいわて銀河鉄道からJRに乗り換えるため改札を出た。

そして取り出したのは青春18きっぷ。

(画像引用:青春18きっぷ研究所 https://seisyun.tabiris.com)

ここに1回から順にスタンプが押されていく。盛岡駅、駅員さんに切符を見せると判が押された。

判が押されることに関しては、私の地元がローカル線で自動改札なんてなかったから違和感は無く、むしろ懐かしく感じた。高校時代は定期だったからあまり押される機会は無かったけれども、10代の思い出がふつふつと沸いてくる。そんな望郷の念に駆られながら、駅の階段を駆け下り、次の電車に飛び乗った。

行先は一ノ関。駅名は「一ノ関」だけど市名は「一関」だったりするややこしい所である。時間帯が時間帯だから電車は通勤スタイル、横イスのみ。通勤、移動に使う人でそれなりに混んでいたものの座席を確保、そのまま田園・山岳地帯をぼおっと眺めていた。ボックス席ほどゆっくり出来ないのか、少し緊張。それでも朝が早かったものだから眠気が襲ってくるが、そこを堪えてスマホ片手に通過駅をチェックしていった。

乗車時間が長いものだからダイヤのつなぎを改めてチェックしていくと、一関だけで少し間があることに気づいた。本当は仙台でタンでも食べようかと思っていたが、時間が無いとスルーする方針とした。ここでご飯調達することに決定。

そんなこんなで一ノ関到着。切符を見せるだけで改札通過は定期を使っていたころを思い出した。それと同時に失くせない恐怖を覚えるのだった…。


間があるし少し外に出ようと思った瞬間、襲うのは北海道ではほぼ感じたことのない不快な

熱波。そうか、本州はまだまだひどい暑さだった。北海道は時たま暑くなる程度ですぐ涼しくなるというのに…。これからの暑さとの戦いも感じつつ、駅前の像に目を向けた。


…男が三人、阿修羅のように並んでいるシュールな胸像。これは江戸時代、蘭書の翻訳、医学の発展に貢献した杉田玄白の弟子、大槻玄沢とその息子盤渓(洋学・儒学者)、孫文彦(日本初の辞書製作者)の功績を称えた「三賢人像」。岩手が誇る賢者の系譜。これほどまでの功績とは言わないけれど、自分も何か残せるように、苦手なことだけどもコツコツ頑張りたいなと改めて思った。

暑くて敵わないので駅に戻り涼みながら昼飯探し。駅弁を食べたい所だが、これは得てして高いことが多い。それでもということで、一番安かった(それでも900円)の豚南部焼き弁当を購入、切符と一緒に大事にキャリーケースに入れ、次の電車に向かった。

◎一ノ関10:39⇒小牛田11:25


この区間は東北本線でも列車が限られる空白地帯だと思う。電車がスイスイ走れる区間で普通列車のみ、一時間に1本となると接続が難しいのである。でも逆にとれば、一関で休む口実が出来たということだ。1時間休むことにより座席も容易に確保できた。

しかし何故か混む。

ボックスは4人掛けしかないことを把握し、横イスにそそくさと移動。

この区間はそこまで距離が長い訳でもないのと、小牛田での接続が良いことから、横イスでも苦にはならなかった。立っている方が辛い訳だし、どうせ後で立つと思っていたから、ここでの体力温存は大事なのである。

◎小牛田11:40⇒仙台12:27 またしてもガバ発生


小牛田到着後、すぐ向かいの電車に乗る。ある程度席は埋まっていたが横イスをまた確保。しばしの停車時間の後、杜の都仙台へ向けて出発進行。

ここで駅弁開封。

胡麻とタレが食欲をそそる豚の南部焼きが3枚。写真では二枚に見えるが下にある。ボリューム満点の弁当に舌鼓を打ちながら車窓を眺めると瓦屋根と青空、雲、山、田畑…。

そうか、これが日本の原風景なんだろうな。

北海道は雪や寒さの影響か瓦屋根があまり使われていないから、こういった景色を見る度に異世界に来たような不思議な気持ちになる。暑さから切り離された電車内で、そんなことを思っていた。

少しウトウトしながらも駅チェックを進め、仙台到着。地下鉄駅もついでに拾いながら、盛岡仙台間集め切れたかな、と駅メモチェック。…ガバガバだったことに気づく…。

分かる方はピンとくるかもしれないが、私の下調べの甘さから、利府駅、新利府駅が支線であったことを失念していたのだった。仙台駅からチェックすることは叶わず、東北本線コンプリートはお預けとなってしまったのだった…無念。

(赤丸が支線の利府駅、新利府駅。本線は赤線のルート)
(使用画像:Google map)

◎仙台12:30⇒福島13:48 快速仙台シティラビット


乗換時の不快な外気から逃れるように、快速電車に乗る。もう座席は人で埋まっており、立たざるを得ない状況についに追い込まれてしまった。ここが正念場…。本当は仮眠を取りたかったが仕方なし。

快速ということもあり時たま駅を飛ばしながら軽快に宮城県を抜けていく。

横イス席が空いたところで座り、しばし仮眠をとった。意識はしていなかったが流石に疲れたというところか。駅チェックは貯めておいたアイテムで済ませることにした。

◎福島14:19⇒郡山15:07


知ってはいたが、降りた瞬間うだるような暑さ。調べると34℃。先の線路を見ていくとハッキリと陽炎が立ち昇っている。


自販機で買ったポカリスウェットを飲みながら列車をしばし待つ。本州の方々はこんな中働いているのか…。僕には無理だと思った。ごめんなさい。

列車が来たと同時に乗る。まだ電車だから軽快そのものである。そんなこんなで郡山。

…まだ東北。

◎郡山15:33⇒新白河16:12


もう乗換も慣れたものだがここから通学生の帰宅ラッシュ。立つ時間が続く。風景も相変わらず町か山か田んぼ。兎に角移動することしか考えられない。何となく期待していた酷旅っぽくなってきたぞ。

…まだ東北(二回目)

◎新白河16:20⇒黒磯16:44


この区間は短いながら通学生でやはり溢れかえる。そして初めて気動車に乗った。多分パンタグラフ上げて電車として走っていた気がするけど。立ちながら数分、ついに東北を抜けた。

長かった。東北は長い。これでもまだ速いルート。何だかんだ抜けられたが、ここからまだ往く。

◎黒磯16:50⇒宇都宮17:41


栃木を駆ける。ここまでくると田園地帯がどこまでも広がっているような景色に変わる。相変わらず通学生に混じり、疲れたおっさん一人、宇都宮はまだかまだかと思うのだった。

◎宇都宮17:56⇒新橋19:55 (国府津行・上野東京ライン)


ゆっくり出来るなら餃子でも食べたかったが早く床に就きたかったこともあり断念。

遂に最後の乗り換えである。帰路につく背広姿が目立っていた。乗ると同時に席を確保、そのまま各停列車から外を眺めていたが、次第に暗くなっていく。

栃木を抜ける頃には日は落ちていた。淡々と電車は先へ進む。距離の長い各停だったから人の入れ替わりが多かった。談笑する年配の人、車内でPCを開く人、爆睡する人。色んな人がいた。それぞれに一日があったのだ。僕はただ疲れた一日だった(笑)

駅メモで移動区間を確認した。

思えば遠くへ来たもんだ。東北の就活生が上京目指し乗り継いできたような、そんな軌跡だろうか。

上野を過ぎ、東京を過ぎ、ついに今日の目的地、

新橋。改札を出る時が来た。特に驚かれることもなかった。時期だしこんなもんか。

晩飯は駅近くの安い饂飩で軽く済ませ、カプセルホテルに赴く。

室内は空調も効き、過ごしやすかった。外でフランス語?やドイツ語?聞き取れない言葉が飛び交う中、明日の作戦を考えながら眠りにつくのだった。

1日目まとめ

(八戸港⇒)八戸⇒盛岡⇒一ノ関⇒小牛田⇒仙台⇒福島⇒郡山⇒新白河⇒黒磯⇒宇都宮⇒新橋

乗換:9回 移動距離:約650km 所要時間:13時間46分

(その3に続く)

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