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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説③『奥さまは魔王』第5話

2018/07/08 08:36 投稿

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 果たして次の日の朝、俺に用意されていた朝食は、アンパンとカレーパンと牛乳パックというメニューだった。昨夜の罪滅ぼしのつもりなのか、それともあてこすりなのかは知らないけど、あえてカレーパンを買ってきているところがなんとも憎いね。
「アンパンだけでは、ちょっと物足りないかなと思いまして……」
 殊勝にもそう語る麻淋さん。確かに、スライムを一匹倒した程度のレベルアップは伺える。いずれにしたって、このお嬢さんは朝食を自分で作るつもりがまったくないらしい。
 とにかく、そういった健気な新妻にしばしの別れを告げて、職場でひどくつまらない時間を過ごした後、今夜こそはという期待、そして同じくらいの不安を胸に俺が帰宅したのは、午後五時五十分くらいのことであった。
 玄関のドアを開けてすぐに、まず煙や匂いの有無を確認してみる。……うん、とりあえず今日は何も燃えていないようだな。
「ただいま!」
 勢い良くリビングに入っていくと、
「……おかえりなさい」
 結婚生活三日目にして、ようやく普通の夫婦らしい会話が成立した。これでこそ、新婚家庭ってもんだろ。
 しかし、残念ながら俺に感動する猶予はあまり与えられていなかった。出迎えてくれた麻淋さんの顔色が、明らかに曇っていたからである。
 予知能力にはとんと縁のない俺でも、その後の展開はなんとなく読めたさ。
「晩御飯の用意が、できてはいるんですが……」
 語尾を濁す彼女に指差される前から、俺は食卓を凝視していたね。
 ……結論から言おう。今日の料理名当てクイズは、昨日よりもさらに難易度が高くなっているみたいだった。
「これは、その、何て料理ですか?」
 早々と解答を諦めた俺に対して、麻淋さんは気まずそうな表情を浮かべながらこう答えた。
「ええっと、パスタとドリアです」
「パスタと、ドリア……」
 憎き宿敵だと思っていた悪の帝王から、『実は私がおまえの父親なのだ』と告白されたかのように言葉を喪失してしまう俺。
「昨日の反省を、活かそうと思ったんですけど……」
 なるほど、彼女の言う通り、テーブルの上に置かれてあった料理には、昨日の失敗を教訓にした形跡がはっきりと現れていた。すなわち、パスタは水分を含みすぎてほとんどうどんみたいな太さになっていたし、ドリアは焦げ跡どころかろくに火も通されていない。これを『パスタとドリア』だなんて主張する為には、イタリアと国交を断絶する覚悟が必要そうだな。
「どうします? 食べますか?」
 おいおい、本当に悪の帝王みたいなことを言い出したぞ、この人。
「ちなみに、麻淋さんはどうするの?」
「私は、その、あんまり食欲がなくて……」
 ほぉ、そう来たか。
「あのさ……この料理は、美味しいとか不味いとかいう以前に、まず体に悪いと思うんだよね」
 諭すような口ぶりで俺が述べると、麻淋さんは驚くほど素早いスピードで首を縦に振った。自分が作った料理の危険性はちゃんと理解しているようだ。
 ……という訳で、この日の晩御飯も『芸亭』の天丼になった。引っ越して来て三日目にもう馴染みの店ができるとは、なんて順調な新生活だろう。タイタニック号くらいの大船に乗ったような気分だぜ、まったく。
 もはやここまで来ると、怒りや呆れるのを通り越して、なんだか笑えるようにすらなっていたさ。小さな頃憧れていたギャグ漫画の世界に、今俺はいるのだ。そう思えば、なんだかワクワクしてくるってもんだろ?
 そう思わずに現実を見るとするならば、要するにうちの奥さんは家事が大の苦手ってことなんだろうね。……料理だけではないぜ。どうやら彼女は、家事全般が不得意みたいなのだ。
 というのも、出前を待っている間に、俺はもっと嫌な光景を目にしてしまったのである。
 端的に言うならば、あまりにも家中が散らかっていた。ほとんど首を動かさなくたって、乱暴にはがされたガムテープやコンビニの袋やその他諸々の不用品が簡単に確認できる有様だ。当然、掃除機で細かいゴミを吸い取った形跡もまったく見当たらない。なおかつ、わざわざ畳んでおいた俺のパジャマは、ぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられた彼女のパジャマと連れ添うように、そのままの状態で寝室に残されてあった。こりゃあ、洗濯機の電気代が節約できて家計が大助かりってやつだね。ぜひとも節約しまくって、家政婦を雇えるくらいの金を捻出してもらいたいもんだ。
 つまり、まとめるとこういうことになる。――麻淋さんに、主婦能力を期待してはいけない。得点王を目指すキーパーくらい、期待してはいけない。
 ……ところが、だ。
 食欲がないわりにはやけに好調なペースで天丼をたいらげた後、彼女は高らかに宣言した。
「明日こそは、必ず、絶対に、ちゃんとした晩御飯を用意しておきますから!」
 明日こそは、ねぇ……。
 それでもギャク漫画の住人と化した俺は、このわかりやすいネタ振りに優しく微笑んで頷くだけであった。三段オチがギャグの王道なんだから、せいぜい明日は “ちゃんとした”料理を作ってくださいね、はい。
 まぁはっきり言って、やむなく自分で掃除や洗濯に取り掛かった夫を、まるで地縛霊のように立ち尽くしながら見つめていただけの麻淋さんに、俺が望む妻らしい行為なんて、一つしかもう残されていなかったさ。
 ……だけど、やっぱりギャグ漫画にふさわしく、その唯一の希望すらも叶うことはなかった。二人分の家事なんて慣れない作業を行ったせいか、この夜も俺は麻淋さんより早く就寝してしまったのである。
 こんなオチ、俺は全然面白くないぞ、おい。

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