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無駄に真面目に考えてみた

【アニメ】ノーゲーム・ノーライフ② ~ノゲラに足らないモノ~

2014/05/22 14:00 投稿

コメント:2

  • タグ:
  • アニメ
  • 2014年春アニメ
  • ノーゲーム・ノーライフ
  • ラノベ原作アニメ
【カテゴリ】アニメ
【タイトル】ノーゲーム・ノーライフ、ブラック・ブレット
【作者属性】原作未読
【論  題】超展開の面白さとは何か
※ネタバレ注意(アニメ6話まで)

ノーゲーム・ノーライフ
二巻相当と思われる丁度いい区切りを迎えたので振り返って見たい。

アニメ四話まで(第一巻相当)については既に先日の記事で触れた。
【関連記事】ノーゲーム・ノーライフ ~第三話からの評価が大荒れの原因を考える~

以後、筆者はこのアニメを「超展開」アニメとして楽しむことにしている。
では超展開アニメとして五話・六話はどうだっただろうか。


■おさらい
まずはメインパートたる具象化しりとりの内容をおさらいする。


情報収集のためジブリールと「具象化しりとり」をすることになった空と白。
基本はしりとりと同じルールだが、解答したものが無ければ具現化し、在れば消失するという。
肉体の耐久力と知識量で優位に立てる自信があり、また相手の知識を開陳させて知的好奇心を満たすこともできる、ジブリールというキャラクターに最適なゲームだと思う。


しりとり中にKENZEN空間出現


惑星を崩壊させつつ、最後はスーパーノヴァで止め


異世界の書籍四万冊の対価として賭けられたジブリールの全権利を取得



■超展開アニメの面白さ
改めて筆者の考える「知能戦」と「超展開」を区別しておきたい。
「知能戦」はロジックが求められるが、「超展開」はロジックが求められない。
どちらも視聴者の予想を裏切らなくてはならないが、「知能戦」は視聴者に対してフェアでなければならない。「超展開」はアンフェアでも構わないが視聴者を放置してはならない。

当記事ではノゲラを「超展開」と区分するので、ロジックを求めてはいけない
よって、具現化しりとりの科学的根拠を追及することはしない。マントル無くなった時点で惑星終わりじゃないかとか、気圧ゼロなら息吐き切ったってダメだろとか、惑星にスーパーノヴァが起こり得るのかとか、クーロン力消失で超新星爆発以前に色々起こるだろうとか、突っ込んでもしょうがないのだ。
※筆者にも正確な知識は無い。

また、視聴者を放置するような描写でもなかったと思う。
作画は相変わらず優秀で、声優の演技も秀逸。テンポがよく、展開もわかりやすい。
「超展開」アニメとしての前提は抑えられていた。

さて、超展開アニメの面白さとはどこにあるだろうか。

丁度良い比較対象として「遊戯王」がある。
カードゲームで超展開を繰り広げ、長年愛され続けている作品だ。
筆者が面白いと思う遊戯王の要素を突き詰めてみた。
  • 無駄にスケールがデカいこと
  • 相手が強敵であること
  • 予想外の展開であること
  • 爽快感が伴うこと
順番に詳述し、ノーゲーム・ノーライフに当てはめてみる。



■無駄にスケールがデカいこと
これは二つの場面で現れる。
1つは設定上のスケールのデカさ。ゲームの世界観における位置づけ。超展開の礎となる。
もう1つはゲーム自体。超展開の飛躍の大きさでもある。

遊戯王では自分の命どころか世界の命運をも賭ける。デュエルが世界の中心に位置し、企業も個人もファラオもデュエルの結果に一喜一憂する。
デュエルの内容も肉体的・精神的負担を伴い、生命の危険すらある。カードの中には神と称されるモノすらある。


デュエルスタンバイ!

ノゲラはどうだろうか。
ゲームですべてが決まるという世界観。賭けるものは個人の自由や国家の将来。
「具象化しりとり」においては惑星を崩壊させ、宇宙をスーパーノヴァに巻き込んだ。ゲームの戦法としては遊戯王も上回るスケールのデカさだ。



■相手が強敵であること
超展開の質に関わる要素である。
超展開とは結局はご都合主義だ。作者が用意したシナリオがあり、おおよそ最後には主人公が勝つ。だが、その過程が困難に見えなければ視聴者は納得しない。

矛盾しているかもしれないが、最終的に勝つと分かっているのに勝つか負けるかドキドキさせられるのが理想だ。

また、相手も「超展開」を繰り広げなければゲームとしてアンフェアに見える。


遊戯や城之内君の敵は常に強敵であった。
独自のコンボを携え、ライフポイントを100まで追い詰めるのが鉄則である。

伝統芸となった顔芸


「具象化しりとり」の相手、ジブリールの基本スペックは強敵に類するだろう。
だが、ジブリールは全力を尽くしていただろうか。負けるはずが無いと慢心し、何の戦術も無く言葉を紡いでいたように見える。
空と白も肉体的苦痛を味わったが、いずれも自らの言葉によるものであって、ジブリールは全く二人を追い詰めていない。

ハラハラ、ドキドキがなかったのだ。



■予想外の展開であること
これがなければ「超展開」ではない。
その予想外っぷりは斜め上であるほど良い。前述のスケールのデカさとも重なる要素である。

この点については、ノゲラは優秀であると思う。
相手を倒すのにスーパーノヴァというのは宇宙的跳躍っぷりだ。



■爽快感が伴うこと
超展開が人のどのような感情を揺さぶるかと考えてみた。
それは清々しい爽快感ではないかと。

スケールのデカさも、相手が強敵であることも、予想外の展開であることも、
最後に視聴者が得られる爽快感の為の要素なのかもしれない。

爽快感は他の要素からも生まれうるだろう。
例えば敵がゲスであればあるほど、倒した時の爽快感は大きい。主人公を襲う重圧は跳ね返した時の爽快感に変換される。

遊戯王の場合、強敵はゲスで憎たらしい。殴り倒したい。主人公のストレスはマッハ。

だからこそ敵を撃破したときの爽快感はたまらない。あからさまな不正も清々しい。



ノゲラはどうか。
派手で、テンポがあるためスピード感もあり。
筆者個人としては面白いと評価できるほどの爽快感は得られたと思う。

しかし、欲を言えば。
もっと。もっとなのだ。

仲間になりそうなジブリールを憎たらしくできなかったのは仕方がないとしても、空白コンビが順調すぎる。

ロジックの危うさなど吹き飛ばしてしまう程の爽快感が足りない。
科学的におかしいとか、もっと簡単に勝てる方法があるとか、周囲を巻き込んで視聴者を現実に引き戻す悪質なイチャモン(敢えてこう表現)を黙らせるようになってほしい。
「頭脳戦」の呪縛を自ら解き放ってほしい。

その可能性があるからこそ、期待している。


■結論
テンポが良くて派手なのは大変良い。しかし空白が苦戦する「溜め」が無い。
超展開アニメとして面白くなりそうな素地がある。次に期待を残したい。

■私的教訓:爽快感の作り方

コメント

ハヤカ
No.1 (2014/05/31 08:20)
最強が苦戦するわけないじゃあないか
じょー
No.2 (2018/06/15 12:13)
ジブリールで苦戦してたら今後オールドデウスやテトと善戦できない。毎回ギリギリな戦いをする主人公など腐るほどいて飽き飽きしてる。
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