その天皇賞の3日前、某地方新聞の隅に気になる記事が掲載された。7年前に落馬による脳挫傷を患い、そのまま引退した石山繁ジョッキーの現在の姿だった。落馬後は意識不明となり、1か月半後に意識が戻るも家族の顔も分からず、身体も動かずそのまま引退となったのだが、現在では乗馬をこなすまでに回復し、この秋には馬術の全国大会で優勝。パラリンピック出場を目標にしているという。
石山繁と言えばやはり思い出すのがサイコーキララである。デビューから石山が騎乗し圧倒的な強さで4連勝するも、大目標の桜花賞直前に一部報道で乗り替わりが囁かれていた。実はその2年前にも同じように石山がデビューから乗って3連勝したファレノプシスが本番の桜花賞では武豊に乗り替わったという前例があったからだ。しかし、ファンの後押しもあってか、調教師は桜花賞で石山を続投させた。
あのサイコーキララが出走した桜花賞の日。俺は阪神競馬場のパドックで女と待ち合わせをしていた。当時の俺は某競馬サイトの掲示板を毎日のように荒らしていたのだが、その掲示板の常連だった女から「良かったら会いませんか?」という主旨のメールが数日前に届いていたのだ。それまで競馬場には常に独りか、男同士でしか行ったことのなかった硬派で"純"だった俺にとって女と競馬場で待ち合わせるということは夢のまた夢。今で言う危険ドラックに相当する背徳感のある行動だった。
俺は女と会う前にサイコーキララの単勝馬券を2万円分購入した。1番人気で単勝オッズは1.8倍だったが、とにかく当ててカッコいい姿を見せたかったんだろう。単勝馬券をポケットに忍ばせ、パドックに行くと確かに女がポツンと立っていた。震える足で女に近づき目が合うと会釈をしてきた。そして対面して「はじめまして」とこちらが言い終えるかどうかのその時、ふいに後ろから両手を掴まれた。「おい、てめえか」と言われて振り返ると三十過ぎの大男が2人。「てめえか、掲示板荒らしは」。彼らは女を罠に俺をおびき寄せたのであり、俺はその罠に引っ掛かったのだとすぐに理解した。その後掲示板での悪行の数々を謝罪させられて、今後の改心を約束しおまけにモンタージュ写真みたいのまで撮られて一応の手打ちに。険悪な空気のまま、なぜか4人で桜花賞を一緒に観戦。石山のサイコーキララは直線伸び切らず4着に敗れ、ポケットの単勝馬券は誰に知られることなく、静かにハズレ馬券と化したのであった。
明日の群雄割拠、エリザベス女王杯。本命は抜群の安定力を誇るキャトルフィーユを指名したい。相手には3歳馬のヌーヴォレコルト、サングレアル。パドックで羽交い絞めにされた男の予想に今一度、期待してほしい。
2014年11月15日 新爆