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『キューブリックに愛された男』と『キューブリックに魅せられた男』を観て、武重邦夫監督を思い出す

2019/11/12 17:53 投稿

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公式サイト https://kubrick2019.com/


 今年はスタンリー・キューブリックの没後20年であり、最後の作品となった『アイズ・ワイド・シャット』(1999)の公開20周年でもある。そしてこの秋、まさに『アイズ・ワイド・シャット』に出演した2人の人物をそれぞれ主人公とするドキュメンタリーが、日本で同時公開されている。

 一本は、『時計じかけのオレンジ』(1971)製作中にキューブリックと知り合い、その後30年近くに渡って運転手兼雑用係として仕えたエミリオ・ダレッサンドロを主人公とする『キューブリックに愛された男』(2016)。エミリオは『アイズ・ワイド・シャット』ではトム・クルーズが新聞を買い求めるスタンドの店員を演じていた。
 もう一本は、『バリー・リンドン』(1976)に俳優として出演した後、キューブリックの個人助手となったレオン・ヴィターリを主人公とする『キューブリックに魅せられた男』(2017)。レオンは『アイズ・ワイド・シャット』では洋館に登場する赤マントの男を演じていた。
 どちらもキューブリックの「家族」ともいえるスタッフの回想を切り口に、謎多き巨匠の人となりに迫るドキュメンタリーである。しかし、この2本の強力なライトを持ってしても、キューブリックという巨大な多面体を照らし尽くすわけにはいかないようだ。それでも、危険の多い森に踏み込むための、充分なガイド役を果たしてくれることは間違いない。


スタンリー・キューブリックとエミリオ・ダレッサンドロ


『キューブリックに愛された男』は、カメラの前で語るのはエミリオ・ダレッサンドロとその夫人のみ。かつて撮られたスナップ写真のひんぱんなインサートに、デジタル加工された写真がアニメ風に動くなどの演出はあるが、キューブリック作品の本編はいっさい引用しない禁欲的な作りになっている。というのも、エミリオはカーレースと自分の仕事以外はほとんど興味がない素朴な男で、キューブリック作品も晩年まで観たことがなかったという。そんな映画ファン気質とは無縁なところが、キューブリックに気に入られた一因なのかもしれない。
 エミリオの話から浮かび上がるキューブリック像とは、膨大なメモや電話、ファックスを次々と送りつけては事細かな指示を下す口うるさい雇い主であり、家族と動物たちを愛するよき家庭人。F1レーサーをめざしたエミリオの息子が事故で大怪我を負った際、励ましのメモを何度も届け、さまざまな医者を紹介するなど親身になって世話をしてくれるし、『シャイニング』(1980)の撮影中、ジャック・ニコルソンの送迎役を仰せつかったエミリオが彼の下品な振る舞いに嫌気がさして、苦情を訴えるやただちにその役から外してくれるなど、気配りの人でもあったことも伝えられる。もっとも、合理主義者のキューブリックにしてみれば、スタッフのモチベーションが低下したまま仕事を無理強いさせることは、あまりに非効率的と思えただけなのかもしれない。
 90年代のはじめに一度引退してイタリアに引き揚げたエミリオが、結局また『アイズ・ワイド・シャット』製作開始と共に呼び戻される友情物語も心温まるものがあるし、エンドクレジット後のオチともいうべきエピソードには大笑い。エミリオが著した回想録『スタンリー・キューブリックと私』の邦訳を早く出してほしいものだ。


スタンリー・キューブリックとレオン・ヴィターリ


 一方、これが『キューブリックに魅せられた男』になると、主人公レオン・ヴィターリだけでなく、キューブリック作品の出演者やスタッフ、さまざまな関係者の証言を収集、映画本編の引用もふんだんに行われ、苛烈な映画作家・キューブリックの姿が生々しく立ち上る。
『バリー・リンドン』で主人公バリーと対立するブリンドン卿を演じた有望な若手俳優レオンは、キューブリック組の映画作りを目撃するや役者の道を捨て、その一員になることを志望する。キューブリック組の映画づくりとは、コンテを立てて必要なショットをさっさと撮影する、という一般的な演出法とは対照的な、リハーサルからしつこく可能性を探し求め、撮影ではレンズを変えては何通りも撮り続け、採用に値する「何か」が起こるのを待つ、というものだった。
『シャイニング』(1980)の子役探しからキャリアを開始したレオンは、5歳のダニー・ロイドを発見し、『フルメタル・ジャケット』では軍事アドバイザーに雇ったリー・アーメイの力量と野心に気づいてハートマン教官役に推薦するなど、キャスティング担当として活躍する。俳優としては素人だった彼らの演技コーチを受け持つ一方、照明や現像を学んでロケハンやカメラテスト、現像所のプリント作業を指揮したり、音響作業用のフォーリー(撮影現場における衣摺れや足音などの生音)制作をまかされたり、完成プリントから宣伝用のスチール写真を抜いたり、予告篇の制作に海外での配給管理など、細かい仕事をすべて請け負うなんでも屋へと成長してゆく。
 しかし注文主はあのキューブリック、「可能性の追求」に血道を上げる日々においては、無理難題の思いつきやカンシャクの矛先が向けられることもしばしばだ。24時間緊張を途切れさせることなくサンドバック役を務めるレオンはかなり疲弊しただろう。しかし、キューブリックもまた同じように疲弊していた。エミリオとレオンの映画を続けて観ると、最晩年のキューブリックは寝室に酸素ボンベを常備していたという。すべてにおいて映画作りを最優先し、集中力を途切れさせないない日々を続けるうちに、いつしか在宅酸素療法を必要とするほど心身を燃焼させ尽くしてしまったのかもしれない。
 マシュー・モディーンはキューブリックにこき使われるレオンを「フランケンシュタイン博士に仕えるイゴールのようだった。監督の奴隷に見えたよ」と率直に語っていたが、レオンはただ「イエス、マスター」と返答するだけの奴隷頭ではなかっただろう。キューブリックを納得させるだけの選択肢を発見し、目の前に運んでくる優秀な参謀長であり、演出の的確な助力者だったからこそ、深い信頼を築くことができたに違いない。ナポレオン好きのキューブリックなら、きっとレオンを「うちのベルティエ元帥」と呼んだと思う。


武重邦夫監督(1939〜2015)


 エミリオとレオンの映画を続けて観ているうちに、個人的に思い出した人物がいる。学生のころに出会った武重邦夫監督だ。

 武重さんは、今村昌平の一番弟子だった。映画人生のスタートは設立されたばかりの今村プロ社員、『「エロ事師たち」より・人類学入門』(1966)の制作部や、『人間蒸発』(1967)の録音助手、『神々の深き欲望』(1968)の助監督を務め、その過酷な現場で監督の手足となって酷使され続けた。やがて、今村プロがテレビ用のドキュメンタリー製作を始めればカメラを担いで東南アジアを駆けずり回り、横浜映像専門学院(後の日本映画学校、現在の日本映画大学)を設立するとなれば、その創設スタッフとしてカリキュラムの作成や学生たちの指導を行なう。今村が取材や金策に回ればその運転手を、糖尿病治療としてテニスを始めれば相手を務めるという滅私奉公ぶりで、映画製作が始まるたびに、プロデューサーや助監督として今村演出を支え続けた。長く徒弟制度が残っていた日本映画界においても、ここまで師匠に尽くしきることができたのは武重さんが最後の世代だろう。

 武重さんは2015年に亡くなったが、ある人が「今村監督は弟子の中では長谷川和彦をかわいがり、『青春の殺人者』(1976)をプロデュースして華々しく売り出したが、武重さんへの評価は低かった。武重さんの持つ『優しさ』が今村さんには温く感じられたのではないか」といった内容のことを書いていた。確かに、武重さんには今村昌平や長谷川和彦のような「不逞さ」はなかった。テーマを見据える目は鋭く厳しかったが、狂気を感じさせる獰猛さで自己を貫き通すには、武重さんはあまりにも紳士だった。何度か劇映画を監督するチャンスがあったそうだが、いずれも流れてしまったと聞いて残念に思う。
 武重さんの晩年のエッセイに「(最近になって)今村昌平という人は、他者の能力の可能性に期待する気持ちが強く、半分は幻想と思いながらも挑戦させてみる……そうしたタイプの人だとわかってきたのである」と書かれているのを知った。そのエッセイは、さらにこう続く。

"人間を信じ、可能性に期待する" これは今村さんの映画監督としての哲学である。

 素晴らしい哲学だ。私は彼のこうした生き方は好きだし尊敬もしている。
 しかし一方では、これは今村さんの片想いであり、人間に対する過信、もしくは、見果てぬ夢ではないかと思うこともある。

(中略)

 そして今村さんは、私が才能のない助手と判っていながら、愚鈍な青年の前に少しずつハードルを積み重ねてきてくれたに違いない。

 不思議なことだが、私たちはハードルを与えられ、越える度に鈍い感性に焼きを入れられ、嗅覚を鍛えられ、少しずつだがクリエートする方法を学んできたのである。

武重邦夫「全身映画監督〜活動屋外伝・今村昌平」よりhttp://www.siff.jp/essay/cinemauma_essay_16.html


 巨匠監督は弟子から「吸い取る」タイプと弟子に「与える」タイプに分かれる、とよく言われる。キューブリックや今村昌平は「吸収型」の際たるもので、ブラック労働への批判かますびしい昨今では、レオンも武重さんもわがままな巨匠によって搾取され続けた被害者に映るかもしれない。しかし一見、「暴君」に見える二人でも、その根底には他者への期待、可能性と選択肢を待ち続ける受け身の姿勢があった。彼らの期待に応え、納得のいく作品を成立させるために注力しながら成長を続けたレオンや武重さんも、やはり特殊な才能の持ち主であったと思いたい。それは、やはり師匠と映画、どちらにも惚れ抜いたからこそ出来ることだったろう。


『キューブリックに愛された男』&『キューブリックに魅せられた男』パンフレットより

 なお、『キューブリックに愛された男』と『キューブリックに魅せられた男』は共通のパンフレットが制作されており、コラム執筆陣の中では原田眞人の文章が目を引く。『フルメタル・ジャケット』の字幕制作のため、戸田奈津子に代わって雇われた原田は(後にビデオ版『時計じかけのオレンジ』の字幕も担当)、その日本語吹替版の演出も担当した。十数年後、『アイズ・ワイド・シャット』の日本語吹替版でも、キューブリックの遺志により演出を担当する予定だったらしい。しかしレオンがキャスティングに口を出し始め衝突、降板してしまったという。レオンは自ら声優を選び、来日してトム・クルーズやニコール・キッドマンの演技を再現させる演出を監修、一週間がかりで収録した。
 原田が演出した『フルメタル・ジャケット』吹替版は、一昨年ついにソフト化された。これと『アイズ・ワイド・シャット』の日本語吹替版を比較すると、その出来は歴然たる違いがある。優れているのはあきらかに後者の方だ。キューブリック没後も、師匠に恥ずかしくない仕事を、と粘りに粘るレオンは、ついにキューブリックの判断を越える選択ができるようになってしまったのかもしれない。
 自分は「Film Maker(映画製作者)」ではなく「Film Worker(映画労働者)」だと自称するレオンに、自嘲の響きはまったく感じられない。これもまた映画屋のひとつの在り方なのだ。



<おまけ> 武重邦夫さんのエッセイをもうひとつ紹介。

「我が師を語る-今村昌平監督」
深夜撮影中、ロケ先の長屋の壁を壊せといきなり言い出す今村監督など、こちらも面白いエピソードがたくさん。
https://www.eiga.ac.jp/blog/blog/2010/12/28/%E3%80%8C%E3%82%8F%E3%81%8C%E5%B8%AB%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%83%BC%E4%BB%8A%E6%9D%91%E6%98%8C%E5%B9%B3%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E3%80%8D%E3%80%80%E6%AD%A6%E9%87%8D%E9%82%A6%E5%A4%AB%EF%BC%88%E3%83%97/



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