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【RPG小説】あなたってよく見るとドブネズミみたいな顔してるわね【第16回】

2013/12/17 00:00 投稿

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はじめから よむ (第1回へ)

 最初にその噂を聞いたのは、リリカという女遊び人からだった。リリカは僕の顔や体をじろじろ舐め回すように見たあと、こんなことを言ったのだ。

「最近、ニセモノの勇者が出るんだって。あなたはホンモノ?」

 僕は「もちろんだよ」という呪文を即答した。この時は本当に心から「もちろんだよ」と言えたので、リリカには無事信じてもらえたようだった。

 たくさんの冒険者を勧誘してきて気づいたことだが、呪文の威力は思いの強さに比例して大きくなるらしい。相手の目を見据えて真剣に言う「愛してる」と、鼻くそをほじりながら言う「愛してる」では伝わる気持ちがまったく違うのと同じことだ。上っ面の言葉では相手の心に響かない。心を込めて言う必要がある。「仕事のことで頭がいっぱいで、ずっと空返事をしていたら嫁に逃げられた」と言っていた冒険者がどこかにいたが、つまりそういうことだ。空っぽの言葉を投げかけるだけでは、相手の心に響くどころか、相手の心を傷つけることになる。

 話を戻そう。「噂」の話だ。リリカを「もちろんだよ」という呪文だけで説得できたのは幸運だったが、リリカが言っていた「ニセモノの勇者が出る」という噂が、僕の心の中に深い影を落とした。

 ニセモノが出たという事例は、勇者の歴史を遡れば過去にいくらでもある。その大半が勇者の名声や信頼、ネームバリューを利用して、よからぬ事を企む小悪党の仕業だった。おおかた今回もそんな感じだろう。そんなもの気にしなければいいだけだ。あの格闘バカ、ジョンスにも勝った僕だ。小悪党くらい倒せるはずだ。そう思っていたのだが、事態は思わぬ方向に展開する。次に話しかけた冒険者からは、こんなことを言われたのだ。

「ねえキミ! 勇者を見たことある? とっても笑顔が素敵なの」

 勇者は僕だが、これは明らかに僕について語られている噂ではない。つまりニセモノの勇者のことだ。僕は狼狽しながら、様々な人に話しかけてみた。

「勇者に会ったけど、人当たりがよくて気さくだったぜ」

 これも僕のことじゃない。

「勇者さんの甘い声、ドキドキしちゃうの。あの声で耳元で囁かれてみたいなぁ……

 これも!

「勇者様ってホントにかっこいいの! もう、抱いて! ってカンジ!」

 これも違う!

「あの凛々しい勇者のためなら、俺は命をかけたっていいと思えるよ」

 これもだ! どれもこれも、僕についての噂じゃない!

 どうやら噂を聞く限り、ニセモノの勇者は僕より数段勇者らしい人物のようだ。このあたりのフロアの冒険者たちは、僕ではなく、ニセモノの勇者の方をホンモノだと思い込んでいるらしい。小悪党だなんてとんでもなかった。完全に予定外だ。しかしこの状況で「それはニセモノです。僕がホンモノの勇者ですよ」なんて言っても誰も信じてくれないだろう。ホンモノよりホンモノらしいニセモノなんてアリなのか。ぜぜぜ前代未聞だ!

 僕はニセ勇者に一つでも勝っているところがないかと、足りない頭を総動員して自問自答した。まず笑顔が素敵という情報についてだが、僕の笑顔といえば目は死んでるし頬は引きつっているしでとても素敵とは言いがたい。良くて「とっても独創的な笑顔だね」が関の山だろう。人当たりがよくて気さくだなんて情報は論外だ。僕を見てそんなふうに思う奴がいたらそいつはきっと目つぶしか何かをされている。そもそも目つぶしされてたら見えてないんだけど、とにかく僕とはかけ離れた言葉だ。かけ離れているといえば甘い声という情報。僕の声はご存知の通り腐った死体の咆哮なので、これを甘いと言う奴は耳が腐っている。僕と同類である可能性が高い。かっこいい、抱いてなどというのも論外で、耳垢が湿っていてワキガかもしれないのだからそんな抱かれたいフェロモンが出ているはずもない。凛々しいどころか、ゴボウに似ているとまで言われた僕だ、そんな男に命をかけたっていいと思えるはずがない。

 致命的だ。勝てるポイントがどこにもない。僕は沸騰しそうな頭を冷やすため、灼熱のフロアから階段を下り、氷のフロアまで戻ってきた。

 体が一気に芯まで冷えて、すぐにがたがたと震えだす。

 今僕が震えているのは、この階を作ったドレアさんのせいなのか。

 それとも。

「ゲヘヘヘヘ! オマエを蝋人形にしてやろうか!」

 ヨコリンが舌を出しながら、僕の顔の目の前でゲヘゲヘと笑う。

「おい、そんなカオするなよ。冗談だぜ。オレサマは蝋人形にはできないぜ!」

 リアクションを取る元気もなかった。

 完全に自信を喪失した僕は、ゆっくり、大人の階段を下りていった。

 

 一階に下りてきた僕を見て、マカロンやポマードが声をかけてくる。

「勇者様! どうしたんですか、上で何かあったんですか」

「お前、大丈夫か? そんな亡霊みたいな顔して。真っ青じゃねえか」

「ずっと勧誘を続けていますから。お疲れなんですよね」

 そう言って、マカロンは「やればできる」を唱えてくれた。やればできる。はは、一体何ができるっていうんだ。やってもできないことはある。やればできるなんて嘘だ。気休めだ。

 一時はあれほど勇気が湧いてきたマカロンの「やればできる」が、今はこんなにつらい。落ち込んだ人間に「がんばれ」と言ってはいけないのだ。「がんばれ」という呪文ですら、人を選ぶのだ。

 ニセ勇者なんか無視して、このまま旅立ってしまおうか。魔王を倒してしまえば、勇者だって言ってもらえるのは自分だし。僕は一階の壁にもたれかかり、深くため息をついた。またこの壁の前だ。ひとつ壁を乗り越えたと思ったら、すぐにまた大きな壁が立ちふさがる。こんなことのくり返しなのか。つらい。もうダメだ。欠陥だらけの僕には荷が重すぎる。

 仮にニセ勇者を無視して旅立ったとしたら、ニセ勇者のイイ評判を聞きながら冒険することになる。それもつらい。ニセモノから逃げて、わだかまりが残ったまま冒険するのなんてイヤだ。それだけならまだしも、ニセ勇者の方がホンモノっぽいのだから、ニセモノと呼ばれるのは僕かもしれないんだ。八方ふさがりだ。また八方ふさがりだ。ふさがりすぎなんじゃないのか僕の人生は。やっぱり勝たなくては。僕が本当の勇者なんだから堂々としていればいいだけなのに、やっぱりここでも僕の性格が足を引っ張る。勝ちたい。でもニセ勇者に自分が勝ってるところなんてあるんだろうか? いや、ない。だってさっき無かったもの。ああ、もう何もかも嫌だ! 私は貝になりたい!

 

 ゆうしゃは にげだした!

 しかし ヨコリンに まわりこまれてしまった!

 

 だああああ! もう! もうほっといてくれよおおおお!

「おいオマエ! 何かあるとすぐ逃げようとするな。もっと熱くなれよ、燃えろよ!」

 僕は人ゴミである。しかも燃えないゴミである。叱咤激励では燃えないのだ。それどころかさらに萎縮して、どんどん自信が失われていくのを感じる。まだ旅立ってもいないのに、なんなんでしょうかこの有様。僕はどこにも行けない。酒場からも出られない。僕はこのままこの酒場ダンジョンで一生を終えていくのでしょうか。いやだ! いやだ! いやだああああ!

 

 ゆうしゃは にげだした!

 しかし ヨコリンに まわりこまれてしまった!

 ゆうしゃは にげだした!

 しかし ヨコリンに まわりこまれてしまった!

 ゆうしゃは にげだした!

 しかし ヨコリンに まわりこまれてしまった!

 ゆうしゃは にげだした!

 しかし ヨコリンに まわりこまれてしまった!



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・原作となるアプリはこちら(iPhone、Androidに対応しております)

http://syupro-dx.jp/apps/index.html?app=dobunezumi

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