【 はじめから よむ (第1回へ) 】
ここまで考えて僕が出した結論は「女の子に話しかけるのはやめよう」だった。
大丈夫だ。酒場は二階まである。あえて話しかけづらい女の子を勧誘しなくても、二階に話しかけやすそうな人がいるかもしれないじゃないか。そもそも女の子なんか連れていったら、冒険してる最中「今、変な奴と思われたんじゃないか」とか気になってしょうがない。しかも「キモイ」とか言ってくるかもしれない。モンスターと戦ってる時に「キモイ」を唱えられたらモンスターからも味方からも大ダメージだ。女の子とモンスター、なぜか二つの勢力と戦うハメになってしまう。だからやっぱりまず二階へ行こう。そうだ。そうしよう。
明らかに楽しそうに賑わっている二階に行くのもかなり嫌だったが、それでも同年代の女の子に話しかけるよりはマシだと判断し、僕はゆっくりと二階に続く階段をのぼっていった。
顔をふせ、下を向いて、なるべく目立たないように。ヨコリンから教わった呪文を反芻しながら。なんて話しかけよう、二階にいるのはどんな人だろう、頭の中がいっぱいで、ぼんやりしながら歩いていたら。
どん。
何かにぶつかってしまった。
はっと驚いて顔をあげる。するとそこには。
「あ? 痛ぇじゃねえかこの野郎」
見るからに怖そうなヤンキーがいた。一気に血の気がひいていくのがわかる。自分の顔が、首が、背中が冷たくなっていくのを感じる。あわ。わ。あわわわわわわ。
「テメェどこ見て歩いてんだ、ちょっとジャンプしてみろ」
カツアゲか。カツアゲなのか。絵に描いたようなステレオタイプな絡まれ方をされ、途端に僕の頭の中は真っ白になり、堰を切ったように冷や汗が吹き出てくる。脇汗が止まらない。ご覧ください、現在人ゴミの脇汗がビショビショでございます。
「なんだその顔? ふざけた顔しやがって」
ひいい。申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません。
「頭悪いんじゃねえのか」
悪いかもしれませんいやきっと悪いですごめんなさい殴らないでごめんなさい。
「あっ、テメエ、待てコラァ!」
考えるより先に体が動いた。
僕は反射的にきびすを返し、一目散に階段を下りていた。
あんな奴がこの酒場にいたとは。やはり二階、恐るべし。頼むから追ってこないで。ホント追ってこないで。僕は階段を下りてすぐ店の端の壁際に避難し、がたがた震えながら縮こまった。終わった。世界が終わった。いや世界は終わってないけど、もしあいつが追ってこようものなら僕は終わりだ。僕が終われば世界も終わりなんだ。世界の終わりって意外と狭い範囲で起こるんだ。神様。もしかしたら世界はヤンキーに滅ぼされるかもしれません。
一分一秒がこんなに長く感じたのは初めてだった。しかしそれから五分経ち、十分が経っても、ヤンキーは一階に下りてこなかった。よかった、大丈夫みたいだ。世界の皆さん、なんとか助かりました。よかったです。一番よかったと思っているのは何を隠そうこの僕です。
もしかしたらあのヤンキー、階段の途中で僕が戻ってくるのを待ちぶせしているかもしれない。僕はじりじりと階段に近づいていき、そっと二階の方を覗いてみた。しかし、さっきヤンキーとぶつかった地点には誰もいなかったので、僕はほっと胸をなでおろした。助かった。無事ヤンキーから逃げ切り、小躍りしたい気分だった。よかった、本当によ……くない!
全然よくなかった。これで二階に行くのがなおさら恐ろしくなった。つまり僕に残された道は、話しかけづらいランキング堂々一位に輝く同年代の女の子に話しかけるか、先ほどステレオタイプな絡み方をしてきたヤンキーのいる二階に行くか。二つに一つだ。
人生における選択肢は時として残酷だ。どちらかが必ずしも正しいわけではないばかりか、どっちもイヤなものだったり、選べるものが全部間違っている可能性だってある。それでも何かを選んで、決めて、無理やりにでも前に進まなければいけない。それが、今だ。
帰りたい。
僕の思考はふりだしに戻った。
けれども人生はふりだしには戻れない。リセットもないしセーブもない。
人生は、ゲームではないのだ。
リセットもセーブもできる勇者もいたそうだが、なんだそれは。ズルいじゃないですか。
羨ましがっていてもしょうがない。
僕は、一階にいる女の子に話しかけることを、決意した。
女の子は、テーブル脇にある椅子に腰かけ、先ほどと変わらぬたたずまいで、ぼんやりどこかを眺めていた。
おそるおそる女の子の方に近づいてみる。コックがかぶるような長い帽子にも、衣服にも、大きな十字架があしらわれているところを見ると、この女の子はどうやら僧侶らしい。
「あ」
女の子がこちらに気づいて声をあげる。その声に反応して、ビクッと体をこわばらせる僕。
「説得のコツは相手の好みを知ることだ」
「見た目や立ち振る舞いにも、手がかりが大量に隠されてるぜ」
「相手が言う第一声を聞き逃すなよ。それは重要なヒントだぜ!」
さっき言われたヨコリンの言葉が頭の中にこだまする。
見た目。立ち振る舞い。相手が言う第一声。
緊張しすぎて定まらない視点を、なんとか女の子のいる方へ固定しようと体に力を入れる。
僕にとって勧誘とは、戦闘だ。
相手の気持ちと向かい合い、時には自分を殺し、相手を尊重し、互いの思いをぶつけ合う。
押してばかりではいけない。時には引く事も大切だ。戦略が必要なのだ。
その結果、望み通りになることもあれば、ならないこともある。
そう。コミュニケーションとは、戦いなのだ。
僕の戦いが、はじまった。
マカロンが あらわれた!
マカロンは じぶんのことを せつめいした!
「わたし さわがしいのは にがてなんです」
「こわくて びっくりしちゃうから」
ゆうしゃは なにをいえばいいのか まよった!
「オレサマが見たところ、このオンナは騒がしいのが苦手らしいな!」
今までどこにいたのか。急にヨコリンが目の前に現れ、せわしなくしゃべり出した。
「嫌がりそうな事は言っちゃダメだぜ!」
「びっくりさせないように、小さな声でやさしく用件を言うんだぜ!」
ちちち小さな声でやさしくってそんないきなり言われても。というかお前今までどこにいた。急に出てきてなんなんだ一体。ヨコリンの登場で僕は出鼻をくじかれ、持っていた荷物を落とし、拾おうとしたら蹴つまずき、てんやわんやになっていた。
「おいどうしたオマエ! 鳩が豆鉄砲食らったような顔して!」
「オレサマはずっとここにいただろうが! オマエが気づいてなかっただけだろうが!」
そうか僕がずっといっぱいいっぱいだったから。視界が狭すぎて気づいてなかっただけか。ふふふやっぱり人ゴミはひと味違うなあ。
「そんなことより前を見ろ! オンナが何か言おうとしてるぞ!」
え?
マカロンの じゅもん!
「なんか くさくない?」
え、え、え。なんか臭くないって、なんか臭くないってもしかして僕か僕なのか。普段から体臭には人一倍気をつけているつもりだけどやっぱり僕は臭いのか。耳垢が湿るタイプにはワキガの人が多いらしいけど耳垢絶賛湿り中の僕はやはりワキガなのか。人ゴミでしかも臭いってもうそれは本当にゴミじゃないですか。ついに人ですらなくなりました。
ゆうしゃは くさいのは じぶんかもしれないと ふあんになった!
ゆうしゃに 24のダメージ!
こんな僕にだって「やればできる」と思ったけど。できませんでした!
ゆうしゃは しんでしまった!
【 第7回を読む 】
・原作となるアプリはこちら(iPhone、Androidに対応しております)
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アプリやりました!
小説化ということで毎回楽しみにしています。
小説ではゆうしゃがこれからどうなっていくのか、期待してますw