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おもひでぼろぼろ

2019/03/10 02:20 投稿

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小学校低学年のころ住んでいた団地には
住宅地として工事予定になっていた裏山が
バリケードをはさんで広がっていた。
団地敷地内には住人の物置が5つくらいは並んで設置されて
かくれんぼをするのにうってつけの場所ばかりだった。

物置の2番目と3番目の間がすこしだけ広くなっていて
子供の体格なら通ることが可能だった。
さらにその物置の裏側に、子供1〜2人入れるスペースが
外側に膨らんでゆがんだフェンスによって形作られていた。

団地は小高いところに密集していて
フェンスの2〜3m下にまた、団地があると言う感じで。
フェンスから下の世界をこっそり覗き見るようにして
友達と一緒にアイスやお菓子を食べていた。

そのうち漫画やおもちゃの武器、ヘルメットが保管され
さながら秘密の武器庫のようになっていった。
下の団地はいつしか「監視対象国」のようになっていって
秘密基地は「極秘の監視拠点」として変質し
フェンスと大人の腰くらいに育った雑草の影から
下の団地の様子を「監視」しつつ友達とお菓子を食べながら
誰にも見つからない(であろう)拠点で時間を過ごすことが
なによりも楽しかった。

小石と、マッチや枯れ木でつくった小さいかまどに
友達の一人がもってきたライターで着火。
ちいさい焚き火をおこして、やかん直火でお湯を沸かし
みんなでカップラーメンを食べた。
どういうわけか格別にうまかった。

しばらくしたある日、3番目の物置が撤去され
我々の秘密の監視拠点が見つかってしまった。
学校から戻ると撤去だけでなく、監視拠点の掃除も
全て終わっている状態で、何もかもがきれいさっぱり
なくなっていた。
保管していた、武器や防具もなくなっていた。
親に怒られるのが怖かった僕らは
全てを腹のなかに抱え、飲み込み、しらを切った。
結果、秘密の監視拠点が誰のものかはうやむやになったが
僕らは悲しかった。悔しかった。
大人の都合で勝手に居場所が奪われることが腹立たしかった。
でも、なんて言ったらいいかわからなかった。
どんな風に抗弁すればいいのか、全く分からなかった。
他の友達も同じような気持ちだった様子だけど
共有する方法も分からず、なんとなく疎遠になった。
秘密基地を媒介にして、一緒に過ごすことが楽しかった。
けれど、その秘密基地が理不尽に奪われた瞬間に
どんな風に話したり、笑ったり、漫画を見せ合ったり
遊んだりしたらいいのか分からなくなってしまった。
秘密や居場所を共有することでつながっていた関係性が
共有するものがなくなったら途切れてしまったようだ。
裏山におがくずや綺麗で曲がっていない釘を拾いにいくことや
キャッチボールすることも楽しかったとは思う。
でも、秘密基地で過ごしたときのような、濃い楽しさは
なんだか失われてしまったのだ。

でも、こうして鮮明に覚えているということは
秘密基地がなくなってしまったことが
大きなインパクトを持っていたということだろう。
なくなったからこそ
理不尽に取り上げられたからこそ
こうして何かを考えることができたのかもしれない。
「人生万事塞翁が馬」とはよく言ったもの。

もう二度と戻らない世界ではあるけども
草むらの影から、下の公園で遊んでいる子供たちの
安全を守っていたと妄想していた日々は
なにか自分を彩るものになっていたのは間違いない。

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