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おくやま です。

「歴史学者の中に、現在や未来について
知ったかぶりのコメントをする人がいるから気をつけよう」
という内容のことを前回書きましたが、
http://ch.nicovideo.jp/strategy/blomaga/ar840273

私がこのように考える最大の理由が、
学問(とくにこの場合は歴史)をマスターしたからと言って、
それが必ずしも正しい現状認識や未来予測にはつながらない、
という点にあります。

と言いますのも、私はまだ学問を本格的にやろうとする前
(とくに90年代)から、
世紀末に近づいていたということもあって(苦笑)、
これから世界はどうなるのかという未来予測本を
(怪しいのから真面目なものまで)
けっこう読み漁っていた時期がありました。

ところがどの本も、あとから振り返ってみると
全然予測が当たっておりません。
そのいくつかのケースやその理由をうまくまとめて説明してくれたのが

『専門家の予測はサルにも劣る』(http://goo.gl/3AJ0W2)
という本でした。

そのような問題意識があって、最終的に私がたどりついたのが
地政学関連の本だったわけですが、
たとえば私が専門として研究している古典地政学だって、
未来予測という点に関しては
スパイクマンの中のいくつかは
異様に当たっているものがあったりしておりますが、
そのすべてが当たっているというわけではありませんし、
学問的にも体系化されているとはいいがたい部分があります。

そういう意味で、地政学も「怪しい学問」であり、
戦略論であるために、
多分に「フィクション」の部分が大きいと言えるでしょう。
なにせその怪しさを批判する「批判地政学」
というジャンルがあるくらいですから。

ところが、私がそれよりも問題だと思うのは、
やはり歴史を知っていると自任する人々
(とくに歴史学者、歴史専門家といわれる人々)が行う、
現状分析や未来予測。

なぜなら彼らは「過去」のエクスパートであるだけであって、
「現在」、ましてや「未来」のエクスパートではないのに、
なぜか「現在」と「未来」に対しても
異様に傲慢な態度を見せることがあるからです。

もちろん歴史に詳しいことは極めて重要ですし、
私もそうありたいと思っておりますが、彼らの中には

「そもそも人間という生き物は、現状把握さえ満足にできず、
ましてや未来予測も不可能である」

ということをことを忘れてしまっているような人がおります。

クラウゼヴィッツの言うように、
戦争の現場にいる人々は、誰しもが「戦場の霧」の中、
いわば「五里霧中」です。

いや、これは戦争だけでなく、
われわれ人間の活動のすべてに
多少なりとも当てはまることです。

現代のシーパワー論の世界的な権威である
ジェフリー・ティル(キングス・カレッジ教授)は、
『Maritime Strategy and the Nuclear Age』
(http://goo.gl/AzPa3G)
という本の中で

「現代と将来の分析にとっての歴史の主な有用性というのは、
教訓を導き出す点にあるのではなく、むしろ
必要な物事を要素ごとに区別して考えさせてくれる点にある」

という印象的な言葉を残しておりますが、
これは歴史を使って現状分析したり、
未来を見通そうとする(私自身を含む)
すべての人々に当てはまる警句なのではないでしょうか。

( おくやま )



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http://www.realist.jp/strata.html

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■-編集後記-(和田)-----------------------------------■
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過去を研究しているはずの学者が
現在や未来予測に傲慢なのは、
過去の分析も捉え方が
ワリとオカシイ人じゃないかなって思います。

9条があったから日本は平和であったとか、
そんな「過去」を語る学者の現在批評や未来予測は
聞くに値しません。
9条だけで絶対的に防げると思っているのです。

確かに未来はわかりません。
それでも、予測し続ける学者や評論家はそれなりにすごいと思います。

私は経済評論家で、株式を買っていない人のはあまりあてにしません。
逆に、現在もなお運用している人の予測には敬意を払います。
自分の予測シナリオに手銭をかけているんですから、
過去に負けた相場も当然あるので、必ず謙虚さも持っています。

謙虚さとはどこからくるか?
クラウゼヴィッツの三位一体の中に、
「不確定なチャンス」要素があります。
http://www.realist.jp/Clausewitz.html )
ここを当てるのは人間の能力の究極であると思います。
つまり、この部分はブラックボックス的要素があるわけですから、
その分謙虚さも必要となり、
わからないながらもパターンを予測しておくのです。
絶対はないというのが前提です。
そこに謙虚さがあるべきなのです。

なので予測や批評をする人で、謙虚さのない学者は、
学問に向き合っているとは思えないですね。
( 和田 / https://twitter.com/media_otb )

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(担当:紫)
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