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沖縄駐留の米海兵隊は”トリップワイヤー”的な「人質」なのである。|THE STANDARD JOURNAL

2015/05/15 21:29 投稿

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おくやまです

今回は、日本の「産経新聞」に掲載されていたトピックについて少々。

私の番組でも取り上げたのですが、
産経新聞に毎週金曜日が掲載している「金曜討論」という
コーナーの記事をとりあげてみたいと思います。

▼【無料動画】沖縄の海兵隊は人質(=トリップワイヤー)である。




この記事は、毎回二人の識者が出てきて、
一つのテーマについて、それぞれ正反対の立場から議論を戦わせるというもの。
実際に相対してガチンコで議論を「戦わせる」わけではなく、
あくまでも産経のインタビューに対して
それぞれの立場を述べるという体裁です。

この記事の5月8日付のテーマは、
沖縄に駐留している、アメリカ海兵隊の「抑止力」について。

この「抑止力」とはどういうことか?というと、
沖縄に駐留しているアメリカの海兵隊に対して、
中国や北朝鮮が「こいつらに手を出したらヤバイ・・・」と思うか否か?
ということでして、つまり、戦争の勃発を防げるのか?です。

まず「ノー」の立場を代表するのが、
国際地政学研究所の理事長の柳澤氏。

氏は元キャリア防衛官僚という長年の経験から、
沖縄に米海兵隊は「抑止力」になっていない
と主張しておりまして、とりわけそれを
海兵隊の軍事的な合理性から話をしております。

そして、「イエス」の立場を代表するのが、
慶応大学の准教授である神保謙氏。

この方も、同じく軍事的合理性から、
沖縄の米海兵隊は十分な「抑止力」になっている
と主張しております。

しかし、この二人の議論に決定的に欠けていた視点があるのです。
それは・・・「アメリカ海兵隊は日本にとっての”人質”である」
というもの。

読者のみなさんの中には、思わず冷や汗、
という方がおられるかもしれませんね。

ですが、アメ通読者のみなさんに、
大手メディアに載るような「建前論」を必要はありませんので(笑)
敢えて、「本音」の話をします。

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さて、みなさんは、ジョージ・オーウェルという作家をご存知でしょうか?

ジョージ・オーウェルといえば、なんといっても
管理社会の恐怖を描いた『1984』や、
共産主義社会を牧場の動物たちになぞらえて風刺した傑作『動物農場』など
独特のテイストを持った小説の数々で知られる大文学者。

この大作家の作品群の中に、
『ビルマの日々』という
少々マイナーな作品があります。

自分の体験を元にした小説であり、ここに登場するのが、
植民地で警察となったイギリス人。

オーウェル自身も親がインドでアヘンを栽培していた関係から、
生まれはインドであり、イギリスで学校を出たあとは再びインドに戻り、
現地で警察官の訓練を受けた後に、実際にインド周辺の各地で
警察官として赴任した経験があります。

ゾウが町中で暴れ、現地人に自分がそれを抑えるようにいわれて困惑した。
というエピソードがこの作品の中に登場します。

このエピソードこそ、オーウェル自身の体験と言われておりまして、
イギリス人である彼は、現地の治安維持に責任を負っていました。

もちろん、ゾウの鎮圧などは危険なので絶対にやりたくない仕事。
それでも「マスター」であるイギリス人として、
彼はやりたくない仕事を押し付けられてしまうわけです。

この時にオーウェル自身が感じたのが、

「支配しているのに支配されている」

という不思議なパラドックスです。

植民地という「システム」の中では、
インド人を支配している側である彼の立場は高いわけですが、
ゾウが暴れるような事態に直面すると、
なまじ「マスター」として責任があるために、
逆に現地民からもその責任を負うように期待されてしまうのです。

本来は支配している側であるはずのイギリス人が、
逆に、支配されている側のはずのインド人から責任を負わされて、
まるで支配されているかのようなプレッシャーに遭遇する・・・

ここではいわば、
「支配関係のパラドックス」が生じてしまっているわけです。

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そして、今回の本題ですが、このオーウェルの作品のエピソード。
まったく同じメカニズムが、沖縄の海兵隊(というか米軍全般)自身にも働いている、
とは思いませんか?

沖縄にある海兵隊の普天間基地というのは、
アメリカ海兵隊にとっては旧日本軍との熾烈な沖縄戦
(その前の硫黄島での戦いなども含む)を経てようやく手に入れた、
いわば「戦果」とでもいうべき貴重なもの。

ところが基本的に遠征軍であるという性格から、
現在の沖縄駐留米海兵隊は輸送力が弱く、
戦力も低いという批判もあり、
すでに一部の部隊のグアム移転が決定しています。

その意味においては、純粋な軍事的合理性という観点からいえば、
「アメリカ海兵隊はわざわざ沖縄に駐留している必要はない」。
という柳澤氏の理屈はわかります。

年々膨張を続ける中国人民解放軍が、
ミサイルなどの装備を充実させている状況下で、
アメリカとしても、沖縄に軍を駐留させることの
「軍事的な合理性」が高いとはいえないことも確かです。

海兵隊自身にとっての沖縄は、
”居心地の良い”「戦果」であっても、時代の変化に伴って、
「対中国との最前線」というコンテクスト上においては、
むしろ、脆弱性を晒している、単なる「お荷物」なのでは?・・・
と言える状況でもあるのです。

しかし、これはあくまでもアメリカの立場から考えた場合の話です。
私たち日本人にとっては、沖縄駐留の海兵隊がそこに存在している意義、
身も蓋もなく、それは「抑止力」に他なりません。

”占領されている”日本側にとって、
中国との最前線である沖縄に駐留を続ける米軍は、
「バッファー」のような形で、非常に重要な存在です。

なぜなら、ひとたび沖縄が攻撃されれば、
その被害は駐留米軍に及ぶ確率が高く、
そうなると米軍自体は望む・望まずにかかわらず、
ほぼ自動的にその争いに介入せざるをえなくなるからです。

これが、いわゆる「トリップワイヤー」(tripwire)という考え方です。

日本にとっての対中国最前線に
自分たちを支配しているはずの米軍をあえて
足に引っかかるワイヤーのように配置する。

これにより、仮に中国や北朝鮮のような仮想敵国が
日本を攻撃してきた際には、
図らずも米軍をも攻撃することになってしまう・・・

このようなメカニズムをつくることによって、
無理やり駐留米軍を「抑止力」
つまり「人質」にしてしまおうというものです。

先程ご紹介した「ビルマの日々」における
オーウェルの立場に米軍を追い込んでしまうというものであり、
暴れるゾウは中国や北朝鮮、そしてインドの現地人が日本、
という構図になります。

こうなると、米軍は日本を支配しているはずなのに、
そこでパラドックスが働き、実は日本に支配される・・・
という状況になってしまいます。

このような話は、表向きは大きな声で語られることは決してありません。
しかし、日米双方の「演者(ゲームプレイヤー)」たちの中には、
このようなパラドクシカルな状況に気付いてる人間はいるはずであり、
それぞれが暗黙の了解の上で、各自の利益を最大化するべく、
「カブキ」を演じている・・・などとも想えてきます。

新聞やテレビなどの一般的なメディアでは、
特にこのような安全保障に関する話題は、
誰にもでも分かりやすように、
トピックをかなり単純化して報道しておりますが、
多国間の問題というのは、数多の要素が錯綜している
複雑怪奇なものです。

リアリストたることを標榜する私たちは、
「米軍を人質とは、なんとエゲツナイ・・・」
などという真っ当な「正論」には”敢えて”耳を傾けず、
そんなエゲツナイ国際政治の現実を、
冷酷に見据える必要があるのです。

( おくやま )

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