『なんのために、その手はあるんだ』

観劇を踏まえて戯言めいてみる。(09/05・劇団まんぷくちゅうすう)

2015/09/13 21:45 投稿

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 やっほほーい! 日谷さんです。
九月になったのでアルバイトが始められたんですけど、ニートがいきなり体動かしたもんだから疲れが抜けない抜けない……。
長い夏休み中の出来事の振り返りは、もう少し落ち着いてからで良いかなと思ってしまう程度に疲れが抜けない抜けない抜けない……。

ので、癒やしを求めて行った観劇の感想を吐き出す記事です。
いつの話だよって感じなんですけどな。今更感より最早手遅れ感がする。









はてさて。

取り敢えずとして、まんぷくにはなれました。
ただ、この劇団ならもっと美味しいものを出せたんじゃないか、という期待も残ります。





端的な感想は、「良いとこ取り」だな、と。

すげぇ悪意を持つなら、どこかで聞いたような寄せ集め。

例えば、無味乾燥に人生を過ごす少年と、余命幾許かの少女のボーイ・ミーツ・ガールってことなら、『半分の月がのぼる空』や『ウラナリ』を髣髴とさせます。
(病室で交流を深めるって点で、半月のほうが「それっぽい」かな)

音楽を多用する点では、『さよならピアノソナタ』や、伊坂幸太郎作品を。

伊坂幸太郎と言えば、どことなく『死神の精度』を思い出しました。ぽくない死神とぽくない天使が重なったのかしら。



――とまあ、オリジナリティが見えづらいというか、主張が読み取りづらい作品だったかなあ。

「それでも僕は生きていく」や「死がふたりを分かつまで生きていこう」の方向に進まず、「それでも僕は死んでやる。だからお前が生きてくれ」という選択をしたのはちょっと珍しく、その点は面白かった。
……のですが、作中でそれが否定されるから複雑な気分。じゃあどうすれば良かったのよ。





舞台的な感想だと、暗転による状況変化が、慣れてないと難しかったかな。
手紙が出てくるまで、病室が別れたことに気づかなかったよ。
そもそも一時的にとは言え、年頃の男女を、しかも片方は余命幾許かの重病人なのに、同室にさせるのってどうなの感があったけどさ。
実は手紙が出てきてからも、しばらく「彼女」としか言わないからミスリードがあるのかと疑ってました。自殺の真意たるもう一人の「彼女」がいるんじゃないかって。



後は、会話劇なのもあってすげぇ長く、冗長に感じてしまったなあ。
医者とナースの恋人設定はともかく、別れ話とか、それに伴う天使との会話辺りは、物語にどのような影響を与えていたんだらうか。
どうせ天使との会話を忘れるなら、会話させなくても……天使であることの説得力?









ってことで、天使に対しての考察です。

自殺を罪としている点、「天使」という自称(しかも名刺にもそう記載してる)点から、自ずと候補は絞られてきます。
が、確か作中で神が複数いることを示唆していたんですよね……。
となると、途端に分からなくなる。
神ではなく上級天使のことを指していた。あるいは三位の考え方から複数扱いしたって解釈すると、あの宗教の天使様なのかなあ。

もしかしたらメシア教かも。実は一番それっぽい。

が、どこの宗派でも関係ないんですよね。
多分主人公の彼、どこの信者でもありませんし。

ならそもそもとして、どうして自殺しちゃいけなかったのでせう。
偽善でも良いじゃないか。どうせ誰か一人は死ぬ必要があって、それが彼女から彼になっただけ。



自分の命よりも優先したい、生きていて欲しい女ができたって、素敵なことのように思うんだけどなあ。



残された者が悲しむから死ぬなって、そんなことを考えて人生って過ごさなきゃならんの。
死んだ後まで、現世のことを気遣わなきゃならないの、と。

「親が悲しむから云々」ってのに対して、「生まれたくて生まれたんじゃない。勝手に産み落として育てただけじゃないか」ってのは、自殺云々に興味を持つとよく目にするフレーズですよね。



天使様は残酷なことを仰る。真に気高い心なんて、そうそう持ち合わせてるもんじゃねぇよ。



つーか彼、彼女が死んだら後追い自殺したんじゃないか?
自分の命よりも優先する女に出会った、元々人生の意味が見えなかった少年。
間違いなく人生の目的になるであろう女が、自分の近くで死ぬんだもんな。



立場を逆転しても同じことが言えてしまうので、天使はそれを防ぐために介入した可能性もあるのか。





どうにも、自殺が絶対的な罪として扱われていたことに違和感が拭えないのです。
天使の思惑って他にあったんじゃないか、とか。
わざわざ医者とナースにまで介入するぐらいだもんなあ。

ただ、天使って結構融通が利かないイメージもあるので、お役所仕事だった可能性も否めない。



この辺りの感想をどう処理するかで、感想が変わってくるのかも。
僕は上手いこと飲み込めなかったので、「もっと美味しいものを」なんて欲張ってしまっている、みたいな。

単純に好みの問題なのかなあ、おい。

個人的に、会話劇はもっとメッセージ性の強いものが好きなのです。
今回の場合なら、神学者や教典の言葉を引用するとかさ。

それこそ、人を選ぶような作品になっちゃうので、そうしなかったのが正解だとは思っています。


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