明田蒼憲のブロマガ

新型コロナの対応について

2021/01/07 07:39 投稿

  • タグ:
  • 政治
  • 雑記
色々と政府や自治体の対応を批判するだけなら簡単にできるが、実際に何か行動を取っている人はどれくらいいるのだろうか。

 自粛による経済活動の低迷で打撃を受ける業界に自主的に支援をする流れが乏しい気がする。地震や台風などの災害が起きると義援金の募金をするように、自粛時に民間による基金を設立して、行政で足りない分を民間基金で賄うことはできないものか。実施できない規制や法律でもあるのだろうか。

 言い方を変えたら、人の命が掛かっているので、あなた方は路頭に迷ってください。って言ってるのと変わらないのではないだろうか。つまり、他人に遠まわしに死ねと言っているのに、自分の懐が痛むのは嫌です。ってのは釣り合いが取れないと思う。
 最近ではあまり見聞きしなくなった、私財をなげうって救援に尽力するみたいなことをしてもバチは当たらないと思う。災害と違って物理的に建造物が破壊されているわけでもないし、直接住む場所を失うパターンは基本的にないと思う。

 だからこそ、政府で全部やれって言うのは分かるけど、現状そうはなってないので、対応してくれるまで待つか、自分たちで自主的に困窮者を救うかだ。単純な金銭支援だけでなく、移動販売の補助とか、ライブとか新作映画の有料配信とかのサポートでもいいかもしれない。

 ツイッターで症状ないのにマスクするのを新型コロナ以前にしていたのかというのがあったけど、無症状だけども強い感染力と人によっては死亡まで行くところが問題なのであって、他の感染症は基本的に症状がなければ感染力はほぼない。
 病床数が足りなくなるってのも、感染対応用の病室がなくなるってことだと思うけど、陰圧管理できる病床だと思われる。それが必要かどうか検討したのかな。重傷者が入院できなくなるみたいなことをニュースで見たけど、軽症や無症状で大量に入院してるのなんて新型コロナくらいでは。ほかの病気と同じように重傷者の入院じゃだめなのか。

 このような事を書いていたら、どうやら再度、緊急事態宣言を一部地域でそのうち出すようだ。それを出すくらいなら、医療現場でトリアージ実施したほうが有益ではないだろうか。医療資源が逼迫していて、通常であれば救える命が救えない状況であるのであれば、トリアージを検討していいと思う。
 医療現場にいないから推測でしかないけど、過剰対応しすぎて疲弊しているように思う。死んでから火葬終わるまで対面できないとか過剰すぎると思うけど、本当にそんなことやっているのか。各病院の平時のインフルエンザとかのウイルス性で飛沫感染する感染症のアウトブレイク時のマニュアル対応でいいと思う。普段のアウトブレイク対応でも疲弊するのに、もしそれ以上の対応をしているとなるとより疲弊するのは当然。
 重篤例に呼吸器つけたりエクモつけたりも、どのようにやっているか詳しくは知らないが、新型コロナ以前は。たとえば高齢者のインフルエンザから重篤な肺炎になったら、急性期病院では呼吸器やエクモなど使ったりしていたのだろうか。
 新型コロナ以前でも全病例に全力で医療資源投与してたら枯渇するし、スパゲッティ症候群とか揶揄されていたと思う。年齢とか既往歴とか資金面とか延命希望とかを鑑みてどこまで医療資源を使うか決めていたのではなかったのか。大災害時にトリアージしないで、全傷害者に全力で対応してしまって救える命を救えなくするのは医療ミスなのだから、そのような状況になりそうなら、もはや選別すべき状況では。仮に宣言発令してもキャパオーバーしたらどうするつもりなのだろうか。
 現場で患者対応している人たちはそんなこと考える余裕はないだろう。災害でも自分が休んだら死ぬ人が増えるからと、できるだけ多くを救おうとして過剰に頑張る人が、似た状況に陥ってはいないか心配する。逆に無能な上司が何があっても全力で救えという命令を出すから、現場では無意味な例の時であってもしたがっているというのもあるだろうか。
 現状が過剰対応で、見直しをして対応が軽くなって、本当はそこまで対応しなくても良かったとなると、逆に今までの否定に繋がるから同様の対応を続けるっていうパターンもありそう。もちろん、トリアージで本当は見捨てた人を救えたのではと苦悩するパターンも落ち着いてから出てくるだろう。
 実際は無理だけど、新型コロナに限り、呼吸器以上の高度医療ケアを実施する場合は保険適用外ってなったら死者数は増えるだろうけど、現場の負担は減るのではないだろうか。看取る数が増えるのと、現状とどっちが負担になるのだろうか。連日看取るのもそれはそれでストレスが強いから、人によっては辛いのが割れるだろうけど、検討はされてもいいと思う。
 
 結局前回の宣言の時も何かに書いたような気がするけど、宣言の根拠と解除の根拠がないのが問題。総合的に判断すると言うけど、その前提となる数字ベースの判断基準がないとどうしていいかわからないし、その数字の判断が合っていたかどうかの検証もできない。
 たとえば2月の休校要請がどういう基準で出されて、どういう基準で解除されたかわかる人いますか。
 基準のないものは、ヤクザがやってることとかわりないのでは。誠意が感じられる慰謝料とか誠意が感じられたら許すというのと、総合的に判断して宣言をだしたり解除したりするというのは同じではないのか。たとえば、50万以下の罰金じゃなくて、総合的に判断した罰金ってことになったら法治国家の体をなさないのでは。

1/11追加
 2類のまま緩和すべきでない側の意見の人は自分たちは自粛に含まれないと思っているのか。
もっと強化すべきの人は中国韓国あたりを見本にというけど、まず、自分がそのレベルでの行動しないといけないのでは。
たとえ新型コロナを治療する医療従事者だろうと、許可なく外に出たら犯罪者という状況が望ましいのか?
罰則をつけるというのはそういうことじゃないのか。

 帰省したせいで感染が広がったとかあるけど、家に帰ることが罪なら、自分は職場に寝泊まりして、コロナ禍で困窮した人に家を明け渡せばいい。公共の福祉になるのだから。
 成人式やるなとかあるけど、生涯で1回しかないことを規制するのではれば、自分は配給で生活して、差額はすべて寄付すればいい。公共の福祉になるのだから。

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事