つば迫り合いの音がまぶしい人生:そんなことより海老炒飯

#すべての道はローマに通ず キリスト教がキリスト教と呼ばれていなかった時代 

2019/03/26 14:42 投稿

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イエスをメシアとする、ユダヤ教のいち教派にすぎなかった。
 ※ユダヤ教イエス派? 
原始キリスト教と呼べる彼らは、二分していた。

ペテロ率いるエルサレム教団と、 
パウロ率いるアンティオキア教団である。
「わたしは
 イスラエルの家の失われた羊のほかは誰のところにも遣わされていない」
 このイエスの言葉にしたがい、エルサレム教団はユダヤ人のみで構成されており、ユダヤ教における儀礼も行っていたので、他のユダヤ教徒たちからも一目置かれていた。
 打って変わって、アンティオキア教団はユダヤ民族以外にも布教していた。当時、聖地エルサレムはローマの属領であったために当然ユダヤ民族以外もいた。異民族にも布教していたぶん、エルサレム教団よりも規模としては大きかった。
ペテロ率いるエルサレム教団(保守、民族主義、ユダヤ教儀礼遵守) 
パウロ率いるアンティオキア教団(リベラル、外民族構成)

第1次ユダヤ戦争(VS古代ローマ)が勃発。
ユダヤ人たちは勇敢に戦っただろうが、相手が悪かった。古代ローマは当時の最強の軍事国。当然勝てるわけもなく、国としてのユダヤは実質、滅びてしまう。
 エルサレムを聖地・拠点としていたエルサレム教団は、戦時どうしていたのだろうか。なんと、あろうことか戦うのではなく彼らはエルサレムを放棄した。

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