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めっしゅの靴下のブロマガ

2012年秋に関ヶ原古戦場に行ってみた[1]

2013/06/23 16:00 投稿

コメント:2

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  • 日記
  • 関ヶ原
  • 戦国時代

 去年の11月に10日間くらい会社で使ってる機器のメンテナンスの為にお休みをもらっていて、そこを利用して「関ヶ原古戦場」に行ってきました。その様子を今更紹介したいと思います。



 11月16日の朝5時前くらいに家を出て、7時前には姫路到着。そして姫路駅にはこんなものが。







 このちょっと前に2014年大河ドラマが「黒田官兵衛」に決まって、出身地の姫路では色々沸き立っておるみたいです。ていうか官兵衛ダイスキーな私としても色々と沸き立っております。秀吉・家康にその智謀を恐れられた最強軍師・黒田官兵衛さんですよ。ここ20年くらい大河は見てなかったのだが、2014年は見ます。ふふふのふ。







 そんでもって、姫路から関ヶ原までのきっぷ。結構なお値段です。大阪で分割すれば安くなる(姫路→大阪で1,450円、大阪→関ヶ原で2,220円、足して3,670円)で、かなりお得なんだが、それに気づいたのが帰り道だったからなぁ。



 で、姫路からは新快速に乗る訳だが、播州赤穂から出てる列車の為、座席もそこそこ埋まっていたので、とある座席の後ろで待っていたのだが、その座席の人が降りるので、そこに荷物を置いてグルッと周って座ろうとしたら横から入ったオッサンが勝手に座った上に私の荷物をいけしゃあしゃあと「君の荷物、置いてあったから。ハイ」とか言いやがる。おいおい、後から来たオッサンが何を言いくさっとんねん。とりあえず脇腹のあたりを軽く靴のへんで押して、襟首を掴んで「オイオッサン、ええ度胸しとるやないけ。この駅で降りろや」とドアまで引きづり出す。ただ、そこまで引きづったはいいが、そこでガタイのいい兄ちゃんに笑顔で「まあまあまあまあ」と襟首を掴んでる手を引きちぎられて強制的に元の席に戻される。そしてなぜかオッサンがちゃっかりその席に収まる。



 ていうかね、私に引きづり出された際の表情や、その騒ぎがあった後に座ってた時の様子とかがね。くちびるとか指先がガタガタ震えてる訳。明らかに喧嘩慣れしてねーよって感じのヒョロいオッサンなんだが、こっちがチョロいと思って大きく出たってところかね。そういうのって一番ムカつくわ。普段から別に無頼漢な人生を送ってる訳でもないけど、自分より弱ければ「よし、こいつをいじめて俺の価値を高めたれ」とかやりだす輩は片っ端から金属バットで両手か両足粉砕させたいくらい腹立たしい。てかこういう相手が弱そうな時だけ威勢を張るのって、自分の中だけでこさえた脳内ヒエラルキーを臆面もなく主張して、理性のかけらもなく「のび太のくせに生意気だぞ~!」と思うがままに暴力をふるう、リサイタル大好き小学生以下のメンタルでしかないの?って思うんですがね。



 うん、ちょっと横道に逸れたね。メンゴ。色々あった新快速も無事米原に到着。そこから大垣行きの列車に乗って途中の関ヶ原駅で降りる。



 最初にこの駅を通過して以降「いつか降りたい、いつか降りたい」と思っていたのだが、ようやく叶うことになりました。おおお、ここが関ヶ原駅か。とりあえず、改札を出て、近くのおみやげ&レンタサイクルショップの「おへそ」に向かう。



 ここでは、まず関ヶ原町の古戦場MAP(無料)を貰い、会社向けのおみやげやら自分向けのおみやげを買って、4時間500円でボr…もとい味のある自転車を借りる。店員さんから「よければどういうルートを通ればいいとか色々ガイドしますが?」みたいなことを言われたが、そこは拒否。こっちはこっちでどういうルートを通るかある程度決めてきているからだ。







 到着。ここだけじゃなくて、関ヶ原はありとあらゆる所にこういうわかりやすい表示があります。実にありがたい。



 そんでもって、桃配山のふもとにチャリを置いて鍵を閉めて陣のあった場所に向かう。









 おおお、ここか、1600年9月15日の早朝に家康が構えた陣があった場所というのは。まぁ個人的に家康ってあんまり好きじゃないんだけど、それはそれとして、天下人が天下分け目の決戦に際して陣を構えた場所にいるんだって思えば、一応それなりに盛り上がるものがありまして。









 そばには軽く解説した立札なんかもあって、古戦場巡礼に来た人を迎えておるわけでございますよ。ちなみに、この立札に書かれた、「家康が椅子と机がわりにした岩」ってのがこちら。







 ここに座って戦況をにらみながらどうするか考えてたって訳ですな。当然私も座ってみました。実は昨日まで雨が降ってて軽く湿っていたのだが、軽く湿ってたくらいなら無視して座る。そんでもって駅で買った缶紅茶を飲みながら「…。小早川はまだ動かんのかーーー!」などと叫んでみました。ちょうど私が行った時には誰もいなかったしね。(普通の平日に行ったしなぁ。)



 そして、桃配山を下りて再びチャリに乗って今度は本多忠勝陣跡へ。家康は基本あまり好きになれない(関ヶ原に限らず)が、本多忠勝は割と好きだ。日本三名槍の1つ、蜻蛉切を持って生涯五十数度の戦に臨んでかすり傷1つ負わなかった伝説の名将。しかも家康が幕府を開いた後はかつての武功派を遠ざける処置(このへんはある程度は仕方ないとは思うけど…ねぇ…。)に出た後でも家康に忠誠を尽くし、本当にボロ雑巾になるまで仕え続けた忠臣・名臣。



 そんな名将の陣跡は行っておかないと!ってことでチャリを走らせたのだが、「あれ?通り過ぎた?確か新幹線の線路を超えたらダメだよね…」ってことで注意深く引き返したらすっげー小さい「←本多忠勝陣跡」って表示が。



 …これ、わからんよ。えっらい扱いが小さいな。別に後世の人からまで扱いを遠ざける必要もなかろうにって思って進んだらありましたありました。本多忠勝陣跡











 ここかぁ。忠勝が軍監として陣を構えた場所は。本来なら感慨深くなるシーンなんだけどね。あまり長居はしてない。ていうか出来ない。この写真の場所って普通に民家の庭なんだよね。一応史跡として置いてあるんだからここまでは入っていいと思うんだが、長くおれる場所ではない。誰かから何か言われた訳ではないが、本当に長居できる雰囲気ではない。そばには普通に洗濯物とか干してあるし



 まぁ、三国志の本場の史跡なんか行くと、徐庶の像の手の部分とちょっと離れた木の枝とを紐で結んで洗濯物を干してたりする(徐庶が干してるかのようにw)らしいので、それに比べればまだマシっちゃマシなんだろうが、それでもなんとかならんのか。



 ちなみに徐庶の像に洗濯物が干してあるのは本当の話で、そのへんに関してはさくら剛さんの「三国志男」に載ってます。この本は実際に作者が中国に行って三国志の史跡をあっちこっち見て回って、その様子を「学術的に」って言うより「おもしろおかしく」写真も交えて紹介してたりしてオヌヌメです。Amazonで三国志男で検索かければあります。銅雀台の跡地とか、入館料を取ってるらしいんだが、その割には手入れがズサンだったり、夏候惇・夏侯淵の墓の土地に石油会社の工場が立てられてうんぬんとか。



 とりあえず、2012年秋に関ヶ原に行ってみた日記前半終了。後半の方がボリューム多いかもなぁ。でもここで切る。ではまた。


コメント

妹尾 陸
No.1 (2013/06/23 21:43)
俺独自の理論だが、ケンカで一番やってはいけないことは、「ケンカを吹っ掛けること」
二番目にやっちゃいけないのは、『ケンカは良くない』なんて中途半端かつ自己満足な正義感で、「両成敗もできんクセにケンカを止めて、結局片方に負担・苦痛を与える結果にすること」

両方やられちゃったワケね。お疲れさん
めっしゅの靴下 (著者)
No.2 (2013/06/24 01:58)
>>1 妹尾さん
その2つの理論はとても大事だと思います。1番目はともかく、2番目については理解できてない人は結構多い…。
本当に中途半端な正義感で、弱い方にだけに「我慢しろ」「ケンカするな」とか言う人は多いんだよね…。それもいじめに加担してるとも思わずに善人ぶって言う人。本気で首突っ込んでくる覚悟もないくせにねぇ。
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