人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。
 金玉工場の工場長(通称“おやっさん”)には、唯一、落語という趣味があった。
 工員たちはもちろん、そのことを知っている。
 仕事には大層、厳しいおやっさんだが、ふだんの会話では“ゆーもあ”を挟んでくることも多い。
 それは若い頃からのルーティーン、就寝前に聴く落語の影響だと思われる。
「桂米朝はホンマええで」
 おやっさんはそう言って工員に勧めてきたこともあったが、何せ古びた落語カセットだ。それに対応出来るラジカセはおやっさんの部屋にしかない。 
週刊文春デジタル