頼まれて、あるオーケストラの財団の理事をすることになった。
 それならばもっと勉強しなくてはと、本を買った。楽器を操る人のことを知りたかったからだ。
 ちょうどいい本が出ていて話題になっている。今、世界でひっぱりだこのピアニスト、藤田真央さんのエッセイ集『指先から旅をする』だ。
 音楽家にも名文家が多いが、この方の文章も非常に面白い。
 フランスのナントでベートーベンを弾いた後はすぐにロンドンへ向かいラフマニノフを演奏する。その後、イスラエルのテルアビブで、藤田さんは、
「生涯忘れ得ぬであろう体験をしたのです」
 ここで演奏したのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467。指揮者は藤田さんの意図をよく汲み取ってくれた。そしてイスラエルの管弦楽団は、
「ふわっと優しい極上の土台を築き上げ、わたしはその土台にピアノの音をすっと乗せる」 
週刊文春デジタル