アイルランドにいます。出られないのです。パスポートとグリーンカードをスリに盗られたので……。
そもそもなぜアイルランドに来ることになったのか。去年の終わりに、『イニシェリン島の精霊』という映画を観たから。1920年代のアイルランドの孤島が舞台。とにかく風景には一本の木もない。石灰岩の上に薄っすらと乗ったわずかな土に生えた草が、どんよりと垂れ込める鉛色の雲の下、どこまでも広がっている。人々の楽しみはギネスビールと民謡だけ。
「アイルランドはあまりに貧しすぎる。あんな土地に生まれたら絶対出てく」
映画を観終わった後、肩をすくめてそう言うとカミさんが怒った。
「その上から目線やめなよ。本当はいいところかもしれないでしょ。行ってみてから言いなよ」
というわけで実際に来てみた。
アイルランドの首都ダブリンの街に出て驚いた。
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